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1-3

 翌日──、清々しいほどの快晴の下、パレードは滞りなく進行していた。

 皆が皆、日々鍛練を重ねてきた結果を、あちらこちらで遺憾なく発揮している様を、帽章を付けた紺の制帽を被っている一人の青年が柔和な面持ちで眺めていた。のだが、その表情は若干、本当に僅かに強張っていた。

 紺の腿丈程のレザージャケットに革ベルトで剣を吊るし、紺のズボンと革製ロングブーツを組み合わせた、どこからどう見ても、何処ぞの組織に所属しているであろう青年は、何度も己の栗色の目を擦り、目の前の景色が変わらないか確認し、何も変わらない事を認めると、今度は自分の薄栗色の癖毛な頭をポカポカと叩く。

 どうやら自分が寝惚けていると思っているようだ。

「あ、のー……」 

 どうにも変わらない景色を打破すべく青年が取った行動は、隣に棒立ちしている学園の教諭に声をかけることだった。

「はひっ!?」

 話しかけられた中年の男性教諭は冷や汗を浮かべて固まる。

「その……首席の方を推薦頂いていたと記憶しているのですが……」

 教諭は「バレたか」という表情を一瞬浮かべるも、すぐに何事もなかったかのようにポン、と手を打ち合わせた。

「あ、あー! そ、そういえば見当たりませんねー」

 白々しすぎる言葉とともに、これまた白々しい仕草で、右手で庇を作り、こめかみにその手を当て、周囲を見回す。

 だが、すぐに青年の視線に耐えきれなくなったのだろう男性教諭は、全てをかなぐり捨てるかのように、青年の前で勢いよく土下座した。

「あのその、実は今朝から学園に色々と罠を仕掛ける大馬鹿者がおりまして……、負傷者は出るわ、罠の駆除は間に合わないわで、生徒の点呼も出来ず仕舞いでして……その、わ、わたくしの管理がなっていないばかりにこのようなことになってしまいまして、もう、もうわたくし、かくなる上は──」

「お、落ち着いて下さい。首席の方はきっとお手洗いにでも行かれているのでしょうから」

 完全に青ざめ、がたぶると震える教諭の姿に、このままでは彼が自ら命を絶ちかねないとみた青年が助け船を出す。

 だが、その首席が見当たらない理由がトイレなどではないことは、誰の目にも明らかだった。

 だって、白服を着た生徒など、(はな)から校庭にいなかったのだから。

(団長……、今回の学園首席は、ある意味とんでもない人材のようですよ……)

 青年は頭の中で本部にて報告を待つ上司を思い浮かべる。

 かくいう青年もかつては主席としてこの学園を出た身であり、生徒達にとってパレードがどれほど大切な催しであるかを身をもって知っているが故に、この大一番の舞台をすっぽかすという選択肢がどれほどあり得ないものであるか、よく分かっていた。

 だが彼らがいくら待てど暮らせど、やる気の皆無な学園主席が現れるはずもなく。

 哀れな教諭は薄い頭を掻きむしりながら、どこかに白服が見えないかとギョロつく目玉で周囲を見回し、

「あーっ! ヴァイセンベルガー! 良いところに、すぐ来なさい!」

 古びた分厚い本を抱え校庭を歩いていたローザを、隣に立っていた青年の鼓膜が破れるのではと思うほどの大声で呼び止めた。



「ヴァイセンベルガー! お前、お前なら知ってるだろう!? ツバキ・ミツルギはどこにいるんだ!」

 侘しい頭髪が脂汗で額にべったり貼り付いた、贔屓目に見ても見苦しいことこの上ない姿の教諭に詰め寄られたローザは「ひっ」と一瞬たじろいだ。勿論ながらその視線はチラチラとその薄い頭に注がれている。

「ミツルギは!? 一緒じゃないのか!?」

「先生、残念だけど私もツバキを探しているところなのだわ。アイツ、パレードが行われている校庭には絶対寄り付かないだろうから、校庭以外の学園のいたるところに、昔ツバキから教えてもらった、トラバサミとかいう足を挟む罠も設置しているのに、どこにも掛かっていないのよ!」

 図らずも学園トラバサミ事件の犯人には、いとも簡単に見つかった。

 まさか首席捕獲を試みる友人の仕業だったとは教諭歴三十余年のベテラン教諭でも見抜けなかったことだろう。

「罠を仕掛けた犯人はお前かヴァイセンベルガー! お前にあのハサミに挟まれた奴の痛みが分かるか!? い、いや、だが今回ばかりは案件が案件だ。お前のしたことは許されるような仕方ないような……」

 首席を捕獲する、もうその一点しか頭にない教諭の善悪の判断基準はもうグダグダだ。

 そんな教諭にローザは拳をぐっと握りしめ、力説する。

「先生、アイツを燻り出す為には、もう学園を更地にする他ないのだわ!」

「ヴ、ヴァイセンベルガーもそう思うか!? わしももうそれしかないと思っていたとこで──」

「お二方とも、落ち着いて下さい」

 このままでは学園が瓦礫の山と化す恐れがあるため、見かねた青年が仲裁に入る。

 ローザはこの時ようやく青年の存在に気付いたらしく、視線だけを青年の頭から足元までゆっくり滑らせ──ぼふっと頬を染めた。

「あ、あわわ、その飾緒と『天使羽にリンドウ』の階級章……もしかしなくても時の竜騎兵の七天使、シズマ・イヴァノフ・ゼヴィン様ですよね!? イケメン、雑誌で見るよりずっとイケメンなのだわー!」

 ローザは青年──シズマを直視できないのか、手に持つ本に顔を半分埋めながら、チラチラと彼の顔と『正義』の花言葉を持つリンドウの階級章をチラ見する。

「はは、ありがとうございます」 

 ローザのような反応は彼にとっては、よくあることなのだろう。

 とりたてて慌てたり、困ったり、といった反応は見受けられない。

「ヴァイセンベルガー! それどころじゃないだろう! ミツルギを探すんだろうが!」

 一人忘却の彼方に追いやられた教諭の言葉に、ローザは、はっと我に返った。

「あ、そうだった。ツバキを探さなきゃなのだわ」

「そうだぞ! なんせヤツの発見に今後のわしの教諭生命が掛かっ……いやいや、何でも」

 つい本音が零れかけた教諭は、ゴニョゴニョとお茶を濁す。と、その目がふとローザの手元の本に止まった。

「そういやヴァイセンベルガー、その本、なんだ?」

 パレードそっちのけで、古びた本を握り締めているローザの姿は、熱気溢れる校庭ではかなり浮いてしまっている。

「あ、この本はそこら辺を歩いてた生徒から取り上げてきたのだわ。何でもそのボンボン生徒曰く、これは家に代々伝わる、悪魔を封印している魔導書だそうなの。パレードで力を誇示するためにこの封印の本を燃やして悪魔を召喚しようとしていたから、小突き回して取り上げたのだわ」

 さらっと言ってのけたローザだが、彼女は学園十八位の実力を持つ能力者なのだ。

 止められる過程でボンボン生徒とやらが痛い目を見たのはまず間違いないだろう。

「悪魔ぁ!? ヴァイセンベルガー、本当によくやった……!」

 教諭は「もういやだ」といった表情だが、まあさもありなん、である。

 悪魔は、魔物の蔓延るこの世界において、魔物を支配し使役するとされる者。

 一匹存在するだけで天災と同等とされる悪魔は、大昔の能力者によって封印されている、というのが都市に古くからある言い伝えだ。

 言い伝えである以上、本当に存在するのかは不明なのだが、万一にも復活などされた日には、一介の生徒の手になぞ負えるものではなく、天災と謡われるくらいなのだ。七天使たるシズマでも返り討ちに合う確率の方が非常に高いであろう。

 この魔導書が真に悪魔を封印した物であるならば、ローザは多くの生徒の命を救ったと言っても過言ではない。

「その魔導書は後からわしが預かる。とにかく今は手分けしてミツルギを探すぞヴァイセンベルガー。わしは外回りを見て回るから、お前は罠を回収しつつ、校内を見てきてくれ」

 教諭の言葉に「わかったのだわ」と大きく頷いたローザは、外回りの捜索を教諭に任せ、自身は校内へと足を向けた。

 まあ、見え透いた罠とはいえ、トラバサミの設置場所と設置数を知っているのはローザしかいないのだから、当然と言えば当然の割り当てだ。



「ローザとお呼びしたので良いでしょうか? その、ローザはパレードにあまり興味がないのですか?」

 校舎の一階、長く伸びる廊下を早足で歩くローザは、まさか自分の後ろに付いてくるとは微塵も思ってもいなかったシズマの問い掛けに、

「はいっ!?」

 と、振り返りながら固まる。

 どうやらよほど彼女はシズマの存在に緊張しているらしい。

 ドレストボルンに住まう民間人にとって、天使というのは雲の上の存在であり、その天使達の筆頭である七天使ともなると雲の上の上の更に上の存在である。

 それはローザにもしっかりと当てはまることであり、そんな彼と一対一で会話しているということがいまだに信じられないのだろう、彼女はガッチガチに緊張していた。

「あ、パレード!? 興味ありますよ! ありありです!」

 言葉も何やらおかしくなっているのだが、本人は至って真剣なのである。

 自身の存在がローザに緊張を与えてしまっていると気付いたシズマは、「そうですか」と少し寂しそうに微笑んだ。

 立場上仕方ないとはいえ、彼とて人間である。遠巻きにされることには寂しさを覚えるし、虚しさもある。

 だが彼を対等に扱ってくれる者は、組織の中ですら、同じ立場の七天使くらいしかいないのだ。出会ったばかりの民間人に緊張するな、というのは土台無理な話であった。

「あ、あの、シ、シズマ様はその、パレードを見に来られたのでは!?」

 暗に、ここにいても良いのか、こんな私の後ろにいても良いのか、というローザの問いに、シズマはのほほんと答える。

「あ、校庭にいた方々の測量は終わりました。今年は中々に質の良い生徒達が揃っていましたよ。まあ、そんな粒揃いの中、まだ一年生でありながら推薦に挙げられた、首席の方が如何程の力を持っているのか、これは是が非でも見て帰らなくてはならないと思いましてね」

「そんなわざわざ……」

 ツバキ、お前は誰を動かしていると思っているんだ、という文句をローザは飲み込み、とにもかくにも彼の気が変わらないうちに、早くツバキを見つけなければ、と、彼女は足を早めた。

 結局小一時間かけてローザとシズマはトラバサミを回収しつつ校内を回るが、生徒のいてもおかしくない場所、即ち、教室を始め、調理実習室や体育館、はたまたトイレの個室まで丁寧に覗いて回ったが、どこにもお尋ね者の姿は見当たらず。それどころか、道中で大量のトラバサミを抱えた保健係の女子生徒に会い、ツバキの目撃情報を問うも、全く目撃者すらいないとのことであった。

 保健係の女子はローザの腕にどちゃりと回収したトラバサミを落とし、

「ローザ、今時こんな古典的な罠に引っ掛かるヤツとかいないから。絶対アンタくらいしかこんな罠仕掛ける子いないと思って回収して正解だったわ。罠を仕掛けるにしても、もっと他の罠を使いなさい」

 と、ダメ出しをして去っていってしまった。

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