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5-2

「オラァ! んなことじゃ、簡単に魔物に食われるぞ!」

 ペガサスに振り落とされた兵士へとジオンが怒鳴る。

「テメエはとりあえず訓練場の外周七周してこい! 次!」

 落馬した兵士が「了解でありますゥゥ!」とものすごい勢いで走り去るのとほぼ入れ替わりに、違うペガサスに跨がった別の兵士が、ジオンへと槍を構えて突進してくる。

 ジオンは事も無げに愛斧で槍を叩き折ると、青ざめる突進兵の首に腕を引っ掛け、いとも簡単にその兵士を落馬させた。

「ほらよ、これでテメエも死亡な」

 銀灰色の瞳に睨まれた落馬兵は、

「鍛え直して来るであります!」

 ──と、自ら外周するべく走り去っていった。

「ったく……どいつもこいつも……ん?」

 走り去る兵士の背を見送っていると、広い訓練場の一角に何か、白いものがちらりと見えた気がしたジオン。──だが、よく目を凝らしてみても既にそこには何もなく。

「気のせい、か?」

 ジオンは内心首を傾げながらも、気のせいだったのだろうと判断し、訓練に戻ろうとした──その時、再び白い何かが視界にちらついた。

「あの……ジオン様?」

 なにやら一点ばかりをじっと凝視し続ける己が隊の隊長を不思議に思ったのだろう。兵士の一人が、ジオンへと控え目に声をかける。

「ん? ……ああ、すまねえ」

 彼は一旦視線を戻すも、何か思うところがあるのだろう。すぐにチラチラと彼方へと視線を向け──、

「間違いない、か。……テメエら悪りぃが、少しだけ自習していてくれ」

「え? ……あ、はい。了解であります」

 ──と、結局ジオンは、互いに顔を見合せる部下達を残して、どこかへと歩き去って行ってしまった。



「オイコラ、テメエ、何やって……」

 急に目の前に現れたジオンの姿に、ツバキは屈み込んで抱えていた頭をぱっと離し、弾かれたように立ち上がる。

 刹那、組紐で一つに結い上げた彼女の艶やかな黒髪が大きく跳ねた。

「ふえぇっ!? い、猪男?」

 若干引き攣ったその顔を三白眼で見やるジオンは、頭を抱えていたその手に訓練用の弓が握られていることに気付く。

 ──と、彼の視線の先を目で追ったツバキは「違うの!」と、何が違うのやら分からない発言をしつつ、己の左手に握った弓を右の人差し指で指す。

「これ? これね、お、落ちてたの!」

 それはもう白々しい笑みを顔に貼り付けるツバキ。──だが、備品であるその弓は比較的新しいものであるため、まだきっちりと管理がされているはずのものであり、まずそこらへんに落ちてなどいるはずがないのだ。

 つまりは、その弓がそこにあるということは彼女の意思で持って来られた、ということに他ならず。

「……」

 敢えて何も言わずに、何やら挙動不審な彼女を両の腕を組みながら見つめるジオン。

「あ……う……えっと、その……」

 無言というのは案外、ツバキには絶大な効果を発揮するらしく、気まずいのだろう彼女は自らボロボロと余計なことを喋っていく。

「えっと、迷子になってて……」「んで弓を拾うのか?」

「あ、実は通りすがりで」「テメエの制服の裾がずっと見えてたが?」

「あ……あう……あうぅ……」

 次の言い訳が見つからないのだろう。酸欠の魚のように口をパクつかせるツバキに、ジオンは得たくもなかった確証を得てしまったらしく「テメエなぁ」と渋い顔でため息を吐いた。

「な、何よぅ……」

 ツバキはキョドキョドと視線をあちこちに徨わせ続けおり、傍目にはどう見ても『怪しい人』でしかない。

 図らずも、彼女の過去を覗き見てしまっていただけに、より、ジオンはその確証に虚しさを覚えた。

「テメエ……何でそんな簡単なことができねぇんだよ……」

「な、何の話かしら?」

「あのなあ、たった一言『混ぜてくれ』って言えばいいだけだろうが! そんなこともできねぇのかテメエは!」

 ジオンの言葉が図星だったのだろう。ツバキは目に見えてショボくれる。

「だって……だってぇ……」

 結い上げた濡れ鴉の黒髪を指で弄りながら、俯くツバキはボソボソと呟く。

「私はお父様の言い付けを守らなくちゃいけないのだけれど……だって、みんな楽しそうで……面白いんだろうなって……ちょっとだけ興味あるなって……ちょっとくらいなら言い付け破っても……いけないんだけど、でも遊びたいなって……」

 どうやら、彼女は自身の中で葛藤していたようだ。

 そんな彼女に、ジオンは少しだけ声音を和らげる。

「あのなあ、過去の亡霊に縛られて──此処でもテメエは居場所を失う気か?」

「あ……う……だから、それは……」

 ゴニョゴニョと口ごもる、その間もずっと彼女は髪を弄り続けている。

「……来い」

「ふぇ!?」

「いいから来やがれ!」

 ジオンに腕を掴まれたツバキは無理やり引きずられながら喚いた。

「ま、待って、待ちなさいったら! ねえ!」

 必死の制止も効かず、結局ジオン隊の兵士の前に引き出されたツバキは、己に集まる視線に、眉根を寄せる。

 沈む彼女の気持ちなど全く関係ないとでもいうように、ジオンは彼女へと訓練用の矢を放り投げた。

「ほらよ。……余興がてら、そのへっぽこの腕前で、そこの兵士達と勝負しろ。勿論、点数を多く取った方には褒美もあるぞ。的はアレだ」

ジオンの指差す先には板で作られた魔物の模型。

 そして、その模型には、魔物の急所を模しているのだろう、赤く印のついた部位がある。

「どうだ? 逃げるか? 別に恥をかきたくなければ逃げてもいいんだぞ?」

 ジオンの挑発に、ツバキは口を一文字に引き結び、俯いた。

「私……」

 ──気付いていた。『孤高』の呪縛に囚われた己に、彼が機会をくれようとしているということに。

 此処に、確かな己の居場所を作ろうとしてくれている、ということに。

 ──気付いている。だけれどそれを素直に認めるのは癪だから。

「ふん、私とあなた達とでは余興にすらならないわ」

 思考を断ち切り、ツバキは顔を上げる。

 ──と、彼女の肩へと昼寝を終えて飛んで来たらしい、極彩色のインコに変化したカゲロウが舞い降りた。

「カゲロウ、やるわよ」

「え? よくわかんないけど、影法師のホコリにかけて、ってやつだね!」

「ええ。格の違いってやつを見せてあげるわ!」



 勢い付いて挑んだその勝負は、ツバキにとっても予想以上の結果だったようだ。

 模型の急所へと寸分違わぬ正確さで撃ち込まれていく矢に、己の順番を待つ兵士達はポトンと矢を取り落とし、

「相変わらず超人だね、ツバキ!」

 インコは主を褒め称えるように器用に嘴を鳴らす。

 興に乗って、勝負がついたにも関わらず、次々と模型の急所を撃ち抜いていくツバキの姿に、大敗を喫し、勝負にすらならなかった兵士達は名々好き勝手なことを言い始めていた。

「すげえ……」

「黒髪黒目だし、人間離れしてるし、実は魔王なんじゃ……?」

「いんや、絶対女神様に違いねえって」

「いや、一番濃厚な線は神代の時代に天使達の手足として稼働していたとされる機械仕掛けの古代遺物だろ!」

 彼女の黒髪黒目を人々が奇異と好奇の目で見つめることは今までと変わらないものの、その実力を目の当たりにした兵士達の中には、彼女を表立って悪く言う者はおらず。

 ジオンはなんとか狙い通りの結果に落ち着いたことに、

「不器用すぎるんだよ、バカが」

 ──と、ボソリと呟きながら小さく目を細めたのだった。




「いやあ、楽しかったわ!」

 その日の夕刻、ツバキは戦勝品の焼き菓子を両腕いっぱいに抱え、ルンルンと足取りも軽く廊下を歩いていた。

 廊下にはちらほらと兵士の姿が見えるが、兵士達は皆、ジオンを視界に納めた瞬間に、その行く手を阻まないよう左右に避け、道を開ける。

「いや、楽しかったじゃねえだろ……」

 ツバキの隣を歩くジオンは、避けた兵士へと片手を掲げ、道を開けたことへの礼を示した。

「自分も混ぜてくれ、なんて言うだけのこと、ドレストボルンの幼稚園児でも出来ることだぞ」

 至極当たり前のことを言っただけなのだが、ジオンは己に全力で詰め寄ってくるツバキの顔に並々ならぬ悲壮感が浮いていることに気付く。

「猪男、あなたも幼稚園を引き合いに出すの!? 私今日、あの団長とか呼ばれている白髪男にも幼稚園に行けって言われたのよ!」

「団長……」

 彼がどんな顔をしてそれを言ったのか、この上なく気になるジオンであったが、絶対に本人に聞いたところで再現などしてくれるはずもないので、想像するに留めておく。

「あ……そういえば、アスタロトの情報が一つも入って来ないのだけど?」

 どういうことだと言わんばかりに、眼光鋭くジオンを睨むツバキ。

「今日一日、被害は出ていないようだから良いけれど……本当にあなた達、働いているの?」

 ジオンはツバキの少しだけ前方を、彼女が付いてくるのを確認しながら歩く。

 ツバキは気付いていないが、それは入団したばかりで、食堂の位置も分からないであろう彼女への彼の気遣いだった。

「働いてねえワケがねぇだろが。ウチの勤勉な奴らをどこかの誰かと一緒にするな」

「被害が出ていないということは、どこかで魔力の回復に専念しているのか、それとも何か策を練っているのか……それとも……」

 彼の反論を聞いているのかいないのか。ぶつくさ呟きながら、そのまま食堂を通り過ぎようとしたツバキの首根っこをジオンは引っ掴み、強制的に進路を食堂の内部へと向ける。

「いえ、あり得る話ね。なんせ相手は……」

 思考に没頭しているツバキは、何事もなかったかのように、トテトテと食堂の奥へと消え、

「あ! ツバキ、いい子にしていたのだわ?」

 目を輝かせながら駆け寄ってくるローザが、そこにはいた。

 ツバキはローザに気付くが早いか、

「え? ええ、勿論賢く待っていたわ! でもどうしてここに? 屋敷に戻るのかとばかり思っていたのだけど」

 と、褒められ待ちの犬のように答える。

「アンタが何かやらかしていないかと心配で心配で様子を見に来たのよ。でも、どうやら杞憂のようだし、お夕飯を頂いたら屋敷に帰るのだわ」

 一般兵士達が萎縮しないように配慮し、夕食の時間を七天使の面々は前倒しにしている為、食堂ではもう見慣れた面子が各々食事を摂っている所だった。

「……あら? ツバキそのお菓子、どうしたの?」

 ローザは、ツバキの腕いっぱいに積まれた焼菓子に首を傾げる。

「あー、コレは……ローザへの贈り物」

 一瞬だけ説明しようと努力するも、途中で面倒になったのだろう。ツバキはさらりと嘯き、ローザへとクッキーを横流しする。

 礼を言いつつクッキーを受け取ったローザは、鞄へとクッキーを押し込みながら、ぽろりと呟いた。

「なんだろ、こうやって考えてみると寂しいものね。今日はこうして一緒にいられるけれど、アンタはもう時の竜騎兵の一員なのだわ。アンタの住居はこっちなわけだし、これからは夕飯はひとりぼっちかぁ……」

 ツバキが時の竜騎兵に入団できたことに比べれば、独りでご飯を食べることくらい、何でもないことだ、とローザは自分に言い聞かせる。が、寂しいものは寂しいのだから仕方がない。

──と、そんな寂しげなローザへとアマラが艶やかな声をかけた。

「あら、ならローザは毎日夕飯を食べに来ればいいじゃないの? どうせ私達の食事の資金はヴァイセンベルガー家からもたんまり出してもらっているワケだし、いいと思うわよ?」

 それがいいわ、そうしなさいよ。と笑むアマラの顔を、しばらくきょとんとした表情で見ていたローザだったが、徐々にその顔が輝いていく。

「そっか! そうよね! ツバキ、アタシ夕飯だけは……ってあれ? ツバキ?」

 忽然の目の前から消えたツバキをキョロキョロと探すローザ。

己の名前を呼ばれたツバキは、食堂の出入口から出て行こうとしていたらしく、振り返りながら答える。

「ん? どうかしたのローザ?」

「いや、その、どこに行くのだわ? ご飯、食べないの?」

 ローザの問いに、ツバキは彼女にだけ見せる柔らかな笑みで答える。

「ちゃんと食べるわよ、あなたが心配するから。でも、ここの一般兵士の食事の時間は天使達の後なのでしょう? そうだと聞いていたから用事を一つ入れているの。だからまた、その頃に戻ってくるわ。んじゃ」

 スプーンを握りしめたまま、ツバキの背を見送ったローザは、むう、と頬を膨らませた。

「んもう、いつもアタシが一番とか言ってるくせに……命の危険がなければ、こうやってすぐどこかへ行っちゃうんだから……!」

「ローザ、あなたも苦労するわねえ」

 苦笑するアマラの隣にローザは腰を下ろすと、彼女に勧められるままに、熱いキャベツのスープにパンを浸して口に運ぶ。

「本当は、一緒に食べたかったんだけどなぁ……。あ、このスープ美味しい……」

ツバキとは食事が摂れなかったローザだが、憧れのアマラと食事ができて、それはそれで楽しかったようだ──。

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