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影法師 時の竜と黒き巫女リメイク中  作者: 壱戸 利希
神具女の里と籠目の少女
19/42

4-6

ジオンは闇の中でぱちりと目を覚ました。どうやら彼はいつの間にか眠ってしまっていたようだ。──が、夢に見ていたものが見ていたものだけに、それはどっと疲れる目覚めだったようで。

「……テメエ、樹ってヤツだったのか」

 闇に身体を委ねたまま、近くからこちらを見守る狐面にジオンは声をかけた。

 狐面の青年は一切の言葉を口にすることはなかったが、面越しにも伝わってくるその悲痛な感情が、何よりも彼が樹であることを物語っていた。

「俺がここでまだ生きてるのは、さしずめ、影法師であるテメェが俺を“許可”したからか?」

 闇の中、起き上がったジオンは、器用に闇に浮きながら胡座を掻く。

 狐面は少し考える素振りを見せたが、やがて彼はゆっくりと頷いた。

「そうか。夢通り……っていうか何というか。まあ、あの女の見立て通り、すげぇ影法師だったんだな、テメェ」

──『きっと、此処へと自力で辿り着けるほどの能力を持っているのは私とあなた、二人だけ──』

ふいにジオンの耳に蘇るのは、夢の中の、幼い椿の言葉。

樹は彼女の予想通り、影の世界から帰り、祭りの惨劇が起こるまでの一晩で、本当に『影の世界』を理解するところまで辿り着いたのだろう。

此処へと沈んだジオンの存在を“許可”し、その実体を保たせた。それが、彼がこの世界を真に理解したというその証左。

「さて、と。……まあ、あんなの見せられりゃあ、黙ってもいられねぇ、か」

 ジオンは儚く発光する樹に向き直った。

「元の世界だか表の世界だかに帰らせてくれるか? ……どうやら、やんなきゃなんねえことが山積みみてぇだからな」

 樹の影法師としての能力の高さを認めたジオンだからこそ、彼は樹に告げる。

 帰れるのか、ではなく帰してくれ、と。

 樹が小さく頷き、ふつりと闇の中に消える。──と、闇の中に揺蕩っていたジオンの身体が徐々に浮上し始めた。

それを肌で感じながら、ジオンは深淵の底へと一度だけ、目を向ける。

 ──そこにはもう誰もいないけれど。だけど、ジオンには日だまりのような、さらさらと木の葉歌う木漏れ日のような、樹の声が確かに聞こえたような気がした。

──『本当は優しい子なんです』と。

「……そこで待ってろ。いつか絶対、アイツに迎えに行かせてやる」 

 ジオンは見えなくなった樹へと、聴こえるかは分からない約束を残し、影と地の境目へと手を伸ばしたのだった──。



 所変わって、その少し前──。

「だーかーらー、知らないって言ってるじゃない」

 時の竜騎兵本部の会議室でツバキは、円卓に設えられた椅子から、じとっと己を見つめてくるジオンを除く、七天使の男性陣の姿に、大きくため息を吐く。

 まだ夜中であり、アマラは起こされなかったのだろうか、姿が見えない。

「私は無実よ。なーんにも怪しくないわ」

 つい先程、売れるものを探し、正面門扉の前でジオンの荷物を物色しているところを窓越しに目撃した近所の住民から時の竜騎兵へと通報されたツバキは、窃盗の現行犯でものの見事に捕まっていた。

「確かに私は荷物は(あさ)りましたー。だけど? それと猪男は関係ないし? あの猪男は、ここに居づらくて家出したのだと思いますぅー」

 どうやら彼女は、荷物を置いて忽然と姿を消したジオンの、その失踪事件の容疑者と見なされているようである。

「そんなハズがあるか! ジオンはワシらに黙って去るような男ではない! じゃろう? リン!」

「キュ、キュウキャウ!」

 ツェンリンが主の声に同意するように、ツバキを見据え、鋭く鳴く。

「はぁ!? 思い違いもいいとこじゃないのそれ!? アイツ黙って出て行こうとしていたから! それこそ門扉の所でわんさか荷物抱えて……あ……」

 うっかり暴露してしまったその言葉に、当然ながら、集う天使全員の視線が冷たくなる。

「ホレ見ろ。おヌシの仕業ではないか」

「誘導尋問とか卑怯じゃないの!?」

「いや、お前が言うな、お前が」

 柄でもなく人生初めて突っ込みというものを入れることになってしまったヴァイスは、周囲の「えっ?」と言わんばかりの雰囲気に、気まずさからか、すぐに咳払いをして誤魔化そうとしたが、既に後の祭りで。

 レーベンとシズマは珍しいものを見た、と言わんばかりに互いに顔を見合せている。

「ハイハイ、本当は見たわよ。ええ、見たわ。だけれど、行き先なんて知らないわ」

 ツン、と顔を背けるツバキに、シズマがティーカップに注いだ熱い紅茶を差し出した。

「春とは言え、まだ寒いですからね。とりあえず体を温めて下さい」

 肉付きの悪いツバキは傍目には一層寒そうに映るらしく、そんな彼女を見つめ、何かを閃いたらしいイェンロンは懐をまさぐり、

「ホレ、肉まんもやるのじゃ。食べたら全部包み隠さず話すのじゃぞ」

 ──と、ツバキの前に人肌程度の温もりの残る肉まんをぽすっと置いた。

「要らないわよ!? アンタの肌で(ぬく)められた、こんな気持ち悪い饅頭なんて!」

 鳥肌の立つ手で払いのけられた肉まんを、床に落ちる寸前に救出したイェンロンは、

「むむ、確かに夜間に女性に出してよいものでもなかったのう」

 ──と、何か、斜め上の勘違いし、救出した肉まんをツェンリンに咥えさせる。

 勿論人間とは違い、時間という概念で食事を摂るわけではないツェンリンは思わぬおやつにご機嫌でかぶり付いた。

 ツバキはシズマから差し出された、紅茶の注がれたティーカップを毒の盃を見るような目で一瞥し、それには口をつけることなく立ち上がる。

「とにかく、私は猪男の行方なんか知らないから」

「ボ……ボクも知ーらない!」

 話を切り、ツバキがくるりと踵を返す。──とほぼ同時に、部屋の出入口の大きな観音開きの扉が重い音を立てながら開き──。

「はい、本当のことを言いましょうね。ツバキ」

 扉の先に立つのは、ワンピースのような寝間着の上に、上着を羽織ったローザと、彼女を起こしに行っていたのだろう、同じく寝間着姿のアマラ。

 規律に対する模範意識の表れか、はたまた個々の意識の甘さか。男性陣はきっちり隊服を着込んで正装しているのに対し、遅れてやってきた女性二人は羽織を羽織っているとはいえ、寝間着姿で、あまつさえその髪にも寝癖がついている。

「うげ……」

そこに立つ友の姿に、目に見えて苦い顔をするツバキ。

「あら、何が「うげ」なのかしら? ……さあ、隠したってムダなのだわ。ジオン様の行方を教えなさい、ツバキ」

 腰に手を当て、にじり寄ってくるローザの姿に、ツバキはぶすっ、と膨れっ面を作る。

「知らな……」

「知っているわね?」

「……」

 共に過ごした月日がものを言うとはまさにこのことだった。

 些細な言動から、ツバキがジオンの行方を知っている、と確信したローザは、ずい、とツバキに更に詰め寄る。

「教えるのだわ、ツバキ?」

 白を切るツバキの表情が、段々と断念の色を強めているのをシズマは苦笑交じりに眺めながら、

「団長。やはり万一の為にと、今日はローザにも本部に宿泊してもらって正解でしたね」

 と、ヴァイスの前にもティーカップをコトリと置いた。

「そうだな。あの娘が一番、あのじゃじゃ馬を扱うのに長けているからな。なあ、レーベン?」

 流れるように、ヴァイスから話を振られたレーベンは申し訳なさそうに、己が組織の長から目を逸らす。

「いやー、私も反省しているんですよー? 本当に少しばかり目を離した隙に、スタコラサッサと救護室から脱走しているんですか──」

「ああっ!?」

 ふいに響いたローザの大声に、談笑していた男達がそちらを振り向く。──と、にじり寄ってくるローザから上手く身を躱したのだろうツバキが「さよならっ」と猛然と扉へと駆け出し──、

「させるかボケェ!」

 走り出した体勢のまま、おもいっきりつんのめると、彼女は派手に前倒しに転倒した。

「ツバキ!?」

「ジオン!」

 カゲロウとアマラがそれぞれ、驚きの声を上げる。

 ツバキから伸びる影より這い出たジオンは、這い出る時に会議室から丁度逃げ出そうとした彼女の足首を、がっちりと掴んでいたのだ。

「ったあ……!」

 したたかに床で打ち付けた顔面を手で押さえながら起き上がったツバキは、足首を掴む男の顔に瞠目する。

「ちょっと! 痛いじゃない!?」

「なんで!? なんでいるの!? ツバキが影に沈めたの、ボク確かに見たよ! ……あ」

 カゲロウはしまった、と口を閉じるがもう遅い。

「やはりお前の仕業か」

 氷点下の瞳を向けてくるヴァイスから目を逸らし、ぴぴーっと口笛を吹いて誤魔化すツバキ。

「ジオン! 無事で良かったですよー」

 レーベンが手早くジオンに駆け寄り、その身体に傷がないか確認する。──が、ジオンはレーベンそっちのけで、明後日の方向を向いているツバキの胸ぐらを片手で掴んだ。

「オイ、クソ女」

「……何かしら。また影に沈みたいのかしら?」

 もう殺意を隠す気もないのだろう。敵意マシマシで返答するツバキ。

 だが、そんな彼女はすぐに硬直する羽目になった。

「樹に会った」

 ただそれだけの言葉に、息を呑みながら身体を強ばらせたツバキは、過去を──故郷の青年を思い出したのだろう。その視線をあちらこちらへと頼りなく彷徨わせる。

「そ、そんなの、……嘘よ」

 信じないわ、と先程までの威勢もどこへやら。ツバキは叱られた子供のような、拠り所のない瞳のままで首を何度も横に振った。

「奴に会っていなかったとしたら、なんで“許可”してもらってない俺が、あの影から生きて出てこられたんだ? なんで俺が奴の名を知っているんだ? テメエ、あの女にも黙ってたんだろ? なあ」

 顎をしゃくり、ローザを指すジオンの言葉に、何のことだかさっぱり分からないローザはただただ首を傾げる。

「アイツが俺に見せてきた。テメエのやらかしまくった過去を」

「──ふぅん。『ソレ』を知ってしまったの。……樹、本当に──」

──あなたはまだ其処にいるのね、とツバキは奥歯を噛み締め、俯く。

「お陰さまで、テメエが天使を毛嫌いする理由もよく分かった」

 だが、そんなことよりも、とジオンは胸ぐらを掴んだ手を乱暴に目の前に引き寄せた。

「テメエ、何を『奪われた』?」

「は?」

 疑問符を浮かべるアマラ達を他所に、ツバキの顔が完全に色を失った。

 それは、彼女がジオンの言葉の意味を正確に読み取ったからである。

「もう一度聞くぞ。テメエ、ルシファーに、何を『奪われた』?」

 ツバキは苛立ちを隠そうともせず、ジオンを突き飛ばし、怒鳴った。

「はっ! そんなの教えるワケがないでしょう! このタコ!」

「ツバキ、急にどうしたのだわ!?」

 急に激昂した友の傍へとローザが駆け寄り、その肩に手を添える。

「どうもしないわよ! とにかく私は絶対に教え──」

「……なるほど、私はその答えを知っていますね? ツバキさん」

 レーベンは突き飛ばされたジオンに手を差し伸べながら、そうツバキに問いかける。

「私は言ったはずよ。吹聴すれば即座に殺させてもらうわ」

 腕に顔を半分埋めながら、肉食獣のような鋭い眼光をレーベンへと向けるツバキ。

「テメエ、どの道最後は俺達を殺す気だろうが」

 レーベンの手を掴み、一息に立ち上がったジオンの目が据わる。

「ええ、最後は天使には皆殺しになってもらう。……けれど、少しでも永らえたいならば、黙りなさい」

 射殺さんばかりに睨み付けてくるツバキの視線をその身に受けながら、レーベンはいつも通り、のほほんと微笑んだ。

「では私は殺されますね。魔王ルシファーが生きている時点で、歴史上類を見ない、人類滅亡の危機が迫っていると踏んでも過言ではないでしょう。私は自分の命惜しさに、貴女の秘密を守ることはできませんから」

 ツバキは迷いのないレーベンの瞳に、かつて自分が里の民を護ろうとしていた時のことを思い出したのだろう。──ドレストボルンを護るためならば例え殺されても構わない。そんな彼の言葉に、その目の敵意が──殺意が僅かに揺らぐ。

「……ッ!」

 ──同じ、なのだ。護りたいという想いは。

 人並み外れた能力を持ってしまった、ということも似ている。なのに──片や道を踏み外し、化け物へと成り果て、片や、人としてあるべき道にありながら、化け物となることもなく、其処にいる。

「なんでよ、どうしてよ……」

──どうして彼と自分の間にはこんなにも大きな違いがあるのだろう。

両者の分岐点を探すように、ツバキはしばらくの間、過ぎ去りし過去へと思考を巡らせた。

「あの日……」

 樹の最後の言葉の意味を理解できず、誰もいなくなった故郷を去り、敵であったはずの壁の民に拾われた。

「最初に私を拾ったのは、あなたじゃなくて、暗殺者だったけど──」

──それでも、人でなくなって、否、人を棄てて、初めて人として扱われた。

「故郷を棄て、人を棄てた時──決めたはずだったのに……。もう金輪際、己の意志を持つことはしたくない、って。誰の傀儡(にんぎょう)でも、どんな道化でも良い。今度こそ誰でも良い、誰か他の『人間』のために己を使い潰して終わり(こわれ)たい。ずっとそれしか考えていなかったのに……」

──己は狂っている。だから、意志を持たぬ、ただの暗殺の刃であろうとした。

最初はそれだけで良かったはずなのに、暗殺の依頼先で不思議な人に出逢ってしまった。

──『何故、それほどまでの力がありながら、正しきことにその能力を使わぬのか……。もし私にそれほどの能力があれば、そなたのように幾百の屍の山を築くためではなく、幾千の民の幸福を導くために使うというのに──』

 暗殺対象だったその人に言われて、ふいに疑ってしまった。自身の決めた、誰かの傀儡であるために、他人を平然と殺めるということの、その無責任さを。

 結局その人は殺めてしまったが、何度忘れようとしても、その人の言葉がどうしても頭から離れなくて、暗殺業界から遮二無二逃げ出して、空っぽの身体で道に転がっていたところを、ローザに拾われた。

「初めて出逢ったあなたは、とっても眩しくて──」

 己の汚れた手では護るどころか穢れてしまうのではないかと心配になるくらい、その金髪の少女は輝いていて。

 一緒に暮らす内に、くるくると表情の変わる、その少女の幸せを、心の底から願うようになった。

だからこそ、無気力と言われようと、サボり魔と言われようと、狂っている己が彼女を壊してしまわないように、彼女の世界を壊してしまわないように、他人と関わるのを避けた。

「ツバキ?」

 ふいに耳に響いた友の声に、ツバキはハッと意識を引き戻す。

「私に……わかるはずもない、か」

 何かを悟ったように、藍色の艶やかな髪を束ねた天使に、羨望の目を向けるツバキ。

「だって、私は狂っているのだもの……」

 そうよ、と一人頷くツバキ。

「判ることはただひとつ。あなた達天使を殺すことが、ローザを護ることにも、崖の民の仇を討つことにもなるということ」

 ──その考えすらも狂っているのかもしれないけれど。

 ──何、今更だ。

「私は『私』をもう一度くれた──、こんな私でも生きて(わらって)良いと言ってくれた、そんな尊い愚か者達を護るためだけにこの命を使う。……私の悲願、その達成の為には、あなた達天使の首が必要で、あなた達天使は、民を護る為に、その力を振るい続けるには生きなくてはならない」

 端から平行線なのだ。

 決して交わる事のない、二本の線。

 ツバキの護るものに今必要不可欠なのは、彼らの首。

 だがそれは、彼らが決して差し出せないもの。

「だからまあ、そこの猪男からさくっと始末しようとしたのだけど、樹のせいで予定が狂ってしまったわ」

 恨めしそうに、ジオンを睨むツバキ。

 ジオンはそんな彼女の視線を、斜に構えてさらりと受け流す。

「でもまあ、樹があなたを助けた以上、彼が何を考えてのことかは知らないけれど、下手をすれば今後も私の計画の邪魔をされる恐れがあるわね……」

 それだけは避けたい、と言わんばかりにツバキは爪を噛んだ。

「樹は何故邪魔をするのかしら。こんなにも簡単な話なのに……。ねえ、私の話はまた間違っている? 私は……やっぱり狂っているの?」

 くるり、と振り向き、集う一同に問いかける彼女の瞳に浮かぶのは、それこそ正に、今の彼女が一番恐れている狂気の光──。

「そうだ! なんならいっそ、ここでどちらかが死ぬまで、景気よく殺し合うのはどうかしら? そうすれば、私もチマチマ一人ずつ七天使を狙わなくてもいいし、それに、いい加減長々しく続いてきた、壁だの崖だのという馬鹿馬鹿しいお伽噺にも終止符を打てる。ね、悪くない話──」「──悪いわボケェ!」

 ゴツン、とそれはもう鈍い音がした。

 ツバキと目線を合わせたジオンは、彼女の額にヘッドバットを叩き込み、吠える。

「テメエはなんにも成長しちゃいねえのか!? あの男が、そんな末路を望んでいるとでも思ってんのかコラ!」

 なんとか言えや! と犬歯を剥くジオン。

 対するツバキは、

「あーっ! イジメだーっ! ツバキがあぁ!」

 カゲロウが桃色の肉球で、てしてしと主の頬を叩くも、床に転がった彼女は完全に目を回していた。

「あちゃー、もろに食らったのー。ジオンの頭突きは化け物じみてるからのう」

 イェンロンはまるで自身が頭突きを食らったかのような顔で、己の頭を押さえた。

「はっ、男なら最後はパチキで勝負に決まってんだろーが」

 負けたアイツが悪い、とふてぶてしく腕を組むジオン。

「あの、ジオン、一応彼女は女性で──」

「俺の辞書には、影に人様を引きずり込むような怪物は女とは載ってねぇ!」

 シズマの抗議もなんのその。

 彼の抗議を一蹴したジオンは自分を凝視しているローザに気付いた。

「あ、何だ? そいつが目ぇ回してるコトについてなら、謝る気はねえぞ」

「あ、いや、そうじゃないんです。その、さっきの、アタシの知らない話って……」

 己の膝枕に、目を回したツバキの頭を乗せたローザは、顔を曇らせる。

「知りたいんです。聞けば後悔するかもしれないけれど、このバカは嫌がるかもしれないけど、でも、ツバキが何と言おうが、アタシはコイツの家族なんです。だから、教えてくれませんか、私の家族(ツバキ)のこと」

 そうだ、家族なのだ。とローザは己の膝上で転がる、濡れ鴉の髪をするりと撫でた。

 家族のために自分に出来ることがあるのならば、してあげたいと思うのはごく自然なことだろう。

「お願いします、ジオン様!」

 己を見上げるローザの、その瞳が宿す真っ直ぐな芯に”ただのお金持ちのお嬢様”くらいの感覚しか彼女に持っていなかったジオンは内心驚きを禁じ得なかった。

 きっと今、己が話をはぐらかしたところで、彼女は自分が口を割るまで絶対諦めることはないだろうと、何とはなしに思うジオン。

それは全て他でもない、その膝の上で頭上に星を回している彼女にとっては大切な『家族』のためなのだから。

「シズマ、飲み物をくれ。話が長くて、絶対喉が乾くからな──」

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