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第七話 『人類史上初の戦い』

 ――――大陸暦1534年6月2日

 この日、俺はあの()()()()()()()()()を使いこなし、(いくさ)においてあの様な鮮やかな運用を行った人物を初めて見た。

 魔法と比べて威力がなく、狩猟以外では使用することが全くない忘れられた武器・マッチロック式マスケット(※ 火縄銃)。この武器は彼がこの世界に派遣されるより前に製造方法が伝えられていた。

 だが、なまじ魔法の方が実用性が高く、また使用する防具や武器に自身の魔力を注いで耐久力や攻撃力を上げる技術である《魔術》を使うため鉄砲の攻撃では殺傷することが難しく 、長らく武器としての存在意義を見出す事はなかった。

 しかし、彼が派遣される11年前に攻勢を掛けてきたある勢力が鉄砲を組織的に活用し瞬く間に版図を拡大させる事に成功する出来事が起こった事により、この武器の価値が重要視され、鉄砲の殺傷能力向上と運用方法についての研究を行う様になった。

 だが、未だに鉄砲の殺傷能力を向上させる事はできず、また最適な運用法も見い出せずにいる。

 しかし、この日俺が見た光景はこの進まぬ研究を前へと進ませる発破となるだろう。



◆     ◆     ◆



「火蓋切れぇ! 放てえぇぇぇ!!」



 ノブタダの命令の下、山賊どもを待ち伏せていた我々の鉄砲隊がその火を吹き、轟音を林の中に響かせた。奇襲を受けた山賊どもは突然の砲煙砲火に慄き、先頭集団は混乱の中に陥っていた。しかし、未だ殺傷能力が低いため撃たれた敵兵に死者が殆どいなかった。



「話には聞いていたが、まさかこれ程までとは……。ヘンリベルト殿、私は夢でも見ているのか?」



 初撃の戦果の少なさにノブタダは目を丸くしていた。ノブタダは多数の死者が出てもっと混乱しているのを予想していたらしい。

 俺は差も当然の様に応えた。



「残念だったな。夢だと思いたいのはわかるがこれは現実だ、受け止めてくれ。だが、鉄砲の轟音で敵の騎馬は驚いて暴れているし、初撃にしては中々良いのではないのか? 先頭集団が混乱している今こそ姫様たちの部隊に攻勢を掛けささせる機会だと思うが……」


「いや、種子島の轟音で敵の騎馬が暴れるのははじめから予想している。が、もうひと押し敵を混乱させる為の一斉射が必要だろう。……ヘンリベルト殿、弓隊と魔導師隊に攻撃を命じろ。鉄砲隊の弾込めが終わるまで射続けさせるのだ」

(※ 種子島とは火縄銃のこと。戦国時代には火縄銃のことを種子島と呼称する事があった)


「お、おう」



 急に冷徹になったノブタダの雰囲気に呑まれかけてしまい、俺は素直に命令を受諾してしまった。伝令兵を呼び俺は命令を出す。



「弓兵と魔導兵は敵先頭と中央に向けて攻撃を開始せよ。魔導兵は敵に土壁ができる予兆があれば速やかにレジストする事を心掛けよ、鉄砲隊の射線を遮らせるな!」


「「はっ!!」」



 各隊に伝令兵を送り敵への攻撃を開始させた後、俺はノブタダの隣りへと戻った。俺たちがいる場所は他の所より少し高く、戦場一帯を見渡す事ができる。この場所から俺たちは戦場を俯瞰して見る事ができた。

 現状、この戦は我々の優位で推移している。次々に放たれる矢や魔法攻撃により、山賊どもは混乱の坩堝と化していた。敵陣から弓や魔法による反撃を受けているが、組織的な反撃ではない為、こちらの被害は最小限で済んでいる。このままいけばこの戦いは勝てるだろう。



 ……オダ・ノブタダが裏切らなければの話であるが。

 コーデリア様はノブタダを信頼しているが、俺は彼を信用していない。

 この戦いの前に砦で行った軍議の時、ノブタダは砦からの出撃を主張し、砦から約2km離れたこの木々が生茂った林道で敵を撃滅する作戦を提案してきた。

 もし、彼が間者(スパイ)であったら我々を砦から出撃させ、わざと兵力劣勢で戦わせることで、コーデリア様を山賊どもに討たせようとするだろう。もしくはその後ろから鉄砲隊に射撃をさせ、あるいは彼自身が狙撃して姫様を殺す可能性もある。今混乱しているのは先頭集団だけだ。この混乱もこちらの油断を誘うものかもしれない。

 俺は王国とコーデリア様に忠誠を誓った騎士だ。万が一、ノブタダが裏切りそうな予兆があれば、すぐ斬れるよう俺は剣を握っていた。

 すると先程まで矢の雨による攻撃を受けて慌てている敵を眺めていたノブタダが、鉄砲隊の隊長に鉄砲を一挺持って来るよう頼んでいた。


 ――――……やはり、彼は間者だったか。コーデリア様に銃を向けようものなら、たたっ斬ってやる!


 俺は剣の柄を握り締め、不審な動きをしたら直ぐに斬れる体勢をとった。

 ノブタダは弾込めの済んだ鉄砲をもらうと、その鉄砲を構えて言った。



「日ノ本で使っていた種子島とは構造が違うな……。この肩にあてる部分(銃床)がなかなかしっくりこない……」



 ノブタダは鉄砲の構造にブツブツと文句を付けていた。そして彼は伝令兵を呼び命令を下した。



「次の鉄砲隊の射撃の後、騎馬隊と足が……、歩兵隊に敵陣中央に向けて突撃されよ、とコーデリア様にお伝えしろ」


「はっ!」



 彼は命令を下した後、戦場に向けて鉄砲を構えた。


 ――――いよいよ、奴が動くか! コーデリア様を殺させはしないぞ!


 そう息巻いていると、ノブタダが戦場を見ながら言ってきた。



「ヘンリベルト殿、そう殺気を私に向けないでくれないか? そんなに私は疑わしいかい?」



 俺は殺気を隠していたが、ノブタダに気取られてしまった。俺は彼の背中を凝視しながら言った。



「……あぁ、疑わしいね。貴殿がもし本物のオダ・ノブタダ殿であったとしても、あの様に急に道のド真ん中に現れた人物をすぐすぐ信用できるか?」



 俺の問いにノブタダは笑って、しかしはっきりと答えた。



「ハハッ! 確かに信用できないな。ここには私を証明する事ができる物はなにもないし、織田家の家紋を見せても信用は得れないだろうね。だが、私は今このツェーリング王国に仕える事を決めた武士(もののふ)だ。私は惟任(これとう)日向守(ひゅうがのかみ)の様に裏切る事は決してしない、絶対にだ」

(※ 惟任日向守とは明智光秀のこと。朝廷から賜った姓と官位名である)



 その言葉には覚悟を決めた武人としての重みがあった。



「……わかった。貴殿の覚悟を見せてみろ。少しでも怪しかったら斬るぞ」


「構わん。私の覚悟を今この場でお見せしよう。……鉄砲隊、私の射撃に合わせて撃て! 敵先頭集団に止めを刺す! ……火蓋切れぇい! 放てえぇぇぇ!!」



 ノブタダたちが放ったニ斉射目は混乱している先頭集団に止めを刺し、一気に崩れていった。結局、ノブタダの撃った鉄砲はコーデリア様に向けられる事はなく、敵部隊の指揮官に対して放たれたようであり、敵指揮官を討ち取った事で敵軍全体を動揺させることに成功していた。

 そしてその混乱に間髪入れず、コーデリア様とアレクシス率いる騎馬・歩兵の混成部隊が敵陣中央目掛けて突撃を開始した。敵陣中央は弓兵で構成されており、騎馬隊の突撃を受け早々に潰走した。また、敵後続の歩兵にはこちらの弓隊と魔導師隊の攻撃を受けその被害を増やしていた。

 この状況を見てノブタダは鉄砲隊と突撃していない残りの歩兵隊に新たな命令を下した。



「これより敵先頭集団を撃滅する。鉄砲は誤射する公算大のため鉄砲隊も槍を持て。あと少しでこの戦の趨勢は決まる。我らの敵は騎馬隊であるが、恐れるな。奴らの馬は先の銃撃で死んでいるか、逃げたかの(いず)れかである。故に、我が敵は騎馬隊ではなくただの雑兵である! 今まで奴原(やつばら)に略奪されたこの恨み、ここで晴らそうぞ! ……突撃いいぃぃぃ!!」


「「「オオオオオオオオオッ!!」」」



 俺は先頭を走るノブタダのすぐ後ろを追いかけて、敵陣に突撃した。俺はノブタダを監視できるよう彼のそばで敵を斬り伏せた。

 終始混乱している敵の()騎馬隊は、我々の突撃を止める術をなくしており、突撃の衝撃でその半数を討ち取られた。

 我が部隊の兵たちは、今まで自分たちの国を略奪してきた山賊どもへの恨みを、或いはその怒りを武器に込めその(ことごと)くを討ち取っていった。

 山賊どもはこの復讐の鬼と化した兵士に慄き、戦わずして逃げる者が続出した。



「おい! 野郎ども、逃げんじゃねぇ! ここで勝たねぇと酒飲めねぇぞ!」



 なかには踏み留まって戦おうとする者もいたが、逃亡する山賊は後を絶たたず、徐々にその人数を減らしていった。



「おい、そこののっぽ。邪魔だ、どけ」


「なに! 貴様、俺を誰だと思っ……グハッ!」



 俺は踏み留まって戦おうとしていた山賊を、いとも簡単に討ち取ると敵部隊を殲滅した我が部隊に新たな命令を下した。



「敵騎馬隊は壊滅した! これよりコーデリア様の部隊と合流する! 敵歩兵を殲滅せよ!!」


「「「オオオオオオオオオッ!!」」」



 味方は鬨の声を上げると、コーデリア様率いる部隊と交戦している敵後衛目掛けて進撃した。

 敵陣中央へ向けて駆けようとしたとき、ふとある事を思い出した。先程まで俺の前にいたノブタダがいなかったのだ。

 周りを見渡すが、敵目掛けて進撃する兵たちに視界を遮られノブタダを見つける事ができない。



「クソッ、見失った! ……まさか姫様を狙う為に隠れたのか」



 このままでは危ないと考えた俺は、コーデリア様を守る為急いで敵陣中央へと向かった。中央に向かう都度、ノブタダを探したが見つけることはできなかった。

 戦場中央に到着すると真っ先にコーデリア様を探した。コーデリア様は自身の愛馬の白馬に乗っておられたので直ぐに見つかった。

 俺はまだ間者に襲われていない事を知り安堵した。しかし、その一瞬の気の緩みが俺の反応を鈍らせてしまった。

 それに気付いたときには、小男がコーデリア様の背後から槍を繰り出そうとしていたのだ!



「っ! 姫様!」



 俺はコーデリア様のもとに駆けながら叫んだ。コーデリア様も背後の敵に気付き、剣を向けようとしたが、間に合いそうにない。

 小男は槍をコーデリア様の横腹に向けて突き出しながら声高に宣言した。



「敵姫騎士、この俺が討ち取ったりイィィィ!!」



 しかし、小男が繰り出した槍はコーデリア様の横腹に突き刺さる寸前で止また。

 俺は助かったと思いつつ、急に槍を止めた小男の方を訝しがりながら確認した。すると小男の口から血が溢れ出ていた。そして、その小男の胸のあたりが刀で貫かれているのに気付いた。

 小男の後ろにノブタダがいたのだ。彼は突き刺していた刀を抜くと、小男の首を掻っ切り止めを刺した。



「コーデリア様、ご無事ですか?」



 ノブタダはコーデリア様に訊ねていた。



「……ええ。大丈夫よ。助かりました、ノブタダ」


「いえ、ご無事で何よりです。主君の命……を守るのが…………我ら家臣……の務めですから」


「……? ノ、ノブタダ殿? 如何されました?」


「姫様、家臣である私に敬語は使わないで下さい」


「アッ、うん、ごめんなさい。でもノブタダ、あなた顔色悪いわよ。どこか怪我でも負った?」


「いえ、別にどこも。……そんなに顔色が悪いでしょうか?」


「ええ、かなり悪いわよ」



 ノブタダは首を傾げていたが何事もなかったかの様に、自身の率いてる兵を連れ戦場に再度駆けていった。



「コーデリア様! ご無事で何よりです!」



 俺はコーデリア様のもとに来ると、雑兵を斬りながら言った。

 コーデリア様は返事を返した後、俺に訊ねてきた。



「ヘンリー、ノブタダの顔色が悪いけど何か知ってる?」


「いえ、なにも。途中見失っていたのでその間に何かあったのでしょうか。今まで監視していたのですが、別段怪我を負ったとかはなにもありませんでした」


「……貴方まだノブタダを疑ってるの? しつこいわよ」


「……はい、申し訳ないです」


「それはノブタダ殿に言いなさいな。それと彼が危なかったら助けてあげて。今の彼、少し加減が良さそうにないの。なにかあったのかな?」


「了解いたしました」



 コーデリア様に叱られた俺は、敵雑兵と戦っているノブタダのもとに向かった。



「ノブタ……、お、おい! ノブタダ殿、どうした?! 顔色が悪いが大丈夫か?!」



 ノブタダのもとに近づくと明らかに彼の顔色が悪いことに気付いた。彼は何かをぶつぶつと呟いており、返事が返ってこなかった。



「ノブタダ殿! 気をしっかり持て! 何かあったのか?!」



 俺はノブタダの肩を叩く。するとノブタダ振り向き様に斬りかかってきた。

 俺はすんでのところで躱し、二撃目を繰り出してきた彼の刀を食い止めた。斬りかかった人物が俺だと気付いたノブタダは我に返ると、俺に謝った。



「すまん。敵だと思った」


「いや、大丈夫だ。怪我も負ってない。ところでノブタダ殿、貴殿は先程から顔色が悪いが如何した? 何か戦局に悪いことでもあったか?」


「……いや、なにも。…………なにもない……筈だ」


「……先程呟いていた、『なぜ私は家臣を見殺しにしてここで戦っている』ってのはなんだ? 」


「……いや、大丈夫。何でもない」



 ノブタダは俺の問いには答えず、淡々と敵を倒していった。暫くの間、俺はその場に立ち尽くしてしまった。


 ―――― 一体この短時間の間に何があったのだ?


 俺はノブタダの後を追った。暫く彼とともに山賊どもを倒していたが、継戦困難と判断した賊徒どもは武器を捨て投降してきた。

 コーデリア様は賊徒の捕縛を命じ、下った者を皆縄に掛けた。全員の捕縛が完了したあと、コーデリア様の音頭で勝鬨を上げた。

 兵士はみな顔をあげ、各々の武器を天に掲げその鬨の声を戦場一帯に響かせた。ただひとりを除いて…………。



◆     ◆     ◆



 後年、歴史家たちは人類が大きく発展しはじめた時期は鉄砲を戦場で使い始めた頃だ、と考え組織的に鉄砲を使い始めた時期についての研究を多数行った。

 今までの定説では、ある勢力が攻勢をかけてきた大陸歴1523年から約14年後の大陸歴1537年であると唱えられていた。

 しかし、近年ある二つの史料が発見されたことによりこの定説が覆ることになった。見つかった史料の内の一つは日記であり、そこにはこう記されていた。



 ―――― 未だに鉄砲の殺傷能力を向上させる事はできず、また最適な運用法も見い出せずにいる。しかし、この日俺が見た光景はこの進まぬ研究を前へと進ませる発破となるだろう。

 彼はこの戦いにおいて、威力の低さには閉口していたが、その絶大なる発射の衝撃を利用し敵に対し奇襲を行った。

 鉄砲を使ったこの奇襲は、通常の奇襲効果よりも絶大な効果を発揮し、終始戦の流れを我々が掴むことに成功した。その結果我が方の損害少なく敵多数を討ち取り、その他を捕縛、或いは逃亡させることができた。この結果は彼、オダ・ノブタダ殿のおかげである。彼を疑っていた俺は今日この日から信頼しよう。

 そして彼が立案したこの鉄砲を()()()()()()()使()()()()戦いは、後世のありとあらゆる事に影響をあたえるだろう。



       『ヘンリベルト子侯爵日記 大陸歴1534年』

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