第四話 『視察』
本来信忠はコーデリアに仕えているので、敬称を付けて名を呼ばないといけませんが、物語進行の上で非常に読みにくくなるため、地の文では敬称なしで呼んでいます。
「なんでこんな砦を築いたのよ! これでブランケト王国軍の侵攻を防げると思ってるの! こんな砦じゃ1時間……いえ、30分も保たないじゃない!」
「ひっ! で、ですが我々は命じられた通りにこの砦を築いたので……」
「だからってこれはないでしょ! 設計変更したにもほどがあるわ!」
「姫! 落ち着いて下さい! このままではまともに話しができません!」
「ヘンリー、こんなの落ち着ける訳ないでしょう! どう見─・──・・! ──・・・─」
……突然の怒号に驚いてしまった人もいるだろうが、気にしないでくれ。
私、織田勘九郎信忠は今コーデリアたちとともにロヴェヘネ砦という所にいる。(王国に仕官することになったので、官位名である左近衛中将で名乗るのをやめて、通称で名乗ることにした)
ツェーリング王国に仕官することが決まった後、私はコーデリアたちの目的であった砦の視察に付いていくことになったのだ。四半刻(約三十分)ほど馬を駆けさせ(私はもちろん馬を持っていないので相乗りして)、この国にとって重要な砦にやってきた。
……少し訂正しよう。砦に似た何かにやってきた。『ロヴェヘネ砦』と名前が付けられいるが、どう見ても関所程度の規模しかないお粗末な砦に来てしまったのだ。
関所も防衛に使うから別に関所規模でも良いじゃないか、と思う人もいるだろう。
しかし、ここへ来る道中にコーデリアから聞いた話しによれば、『ロヴェヘネ砦は防衛を主眼に置いているけど、ブランケト公国への侵攻も想定して築かれているの』、とのことなので兵站拠点としてなるべく大きい必要がある。
またこの砦が敵軍に包囲された場合、援軍を要請しても近くにある城砦とは3日掛かる距離にある為、関所規模では守りきれないのだ。
とまぁこんな状態の砦でだったので、怒り心頭のコーデリアがここの守備隊長(兼普請奉行)を呼び出して怒鳴りつけ、それをヘンリベルトが止めに掛かり、そのやり取りを私とアレクシスの二人で眺めている、というのが今の状況だ。
「いやぁ、それにしてもなんともお粗末な砦ですね」
私は先程から一緒にコーデリアたちのやり取りを見ていたアレクシスに話し掛けた。
「これは私たちも予想外だ。それとノブタダ殿。道中にも言ったが私たちには敬語を使わなくていい」
ここに来る道中、この国や世界のことについていろいろ訊ね、基本的なことを教えてもらった。特にコーデリアたちが名乗ったときアレクシスたちが言っていた侯爵や伯爵の身分がイマイチどういうものか理解できなかったので、この国の身分制度については詳しく教えてもらったのだ。
そのとき、ヘンリベルトとアレクシスの家は爵位を貰っているが、本人たちはまだ爵位を貰っていないので、話すときは敬語を使わなくてもいいと言われていたのだ。……すっかり忘れていた。
「あぁ、すまなかった。ところで予想外とはどういうことだ?」
「言葉の通りだ。この砦は設計段階からまずおかしかった。元は目の前に見える山の向こう側に、“木だけ”を使って建てることになっていたのだ。木だけで砦を建てるなど愚策でしかないのに……」
「いや、木だけでも砦は建てれると思うのだが……」
そう言うとアレクシスは首を横に振って言ってきた。
「ノブタダ殿の世界ではそれで良かったかもしれないが、私たちの世界では“木だけ”で出来た砦ではダメなのだ」
「それは何故?」
「簡単な話しだ。ノブタダ殿のいた世界にはなくて、私たちの世界にはあるものが原因だからだ」
こちらの世界にはあってあちらの世界にはなかったもの? 何かあったか?
「……あっ! 魔法のことか!」
私と戦っていたときに見た不思議現象、もとい魔法についても教えてもらった。なんでもこの世界の人々は必ず魔法なる物が使えるのだそうだ。魔法には、火・水・風・土・雷・光の6属性からなっていて、コーデリアは風、ヘンリベルトは火、アレクシスは雷、という様にそれぞれ一つの属性の魔法が使え、各々の戦い方に合わせて扱っている。また、魔法が使える中でも特に魔力量が高く強い現象を起こせる者を『魔導師』と呼び、魔法専門の部隊として運用しているそうだ。
ちなみに、私の様な派遣者も魔法が使えるらしく、私の魔法属性は王都に帰還後調べることになっている。
アレクシスは説明を続けた。
「そう、私たちの世界には魔法がある。魔法は攻撃に使われるから、もし木材だけで砦を建てたら長時間の攻撃に耐えることができず、すぐに陥とされてしまう。だからこの世界では軍事拠点を石材で築くのが一般的なのだ」
「なるほど。それで木だけで築く砦は愚策なのか。もう一つ、山の向こう側に築く予定だったというのは?」
「あぁ、それはだな。本来この砦はこの場所に建てる予定ではなかったのだ」
そう言うとアレクシスは地図を兵士に持って来させ、それを指差しながら説明してくれた。
ついでにこの砦周辺の地形を説明してもらった。
「この砦は、ツェーリング王国の南西部国境線にある。砦から見て北東側に街道が走り、北西の方に行けばブランケト公国に、南東の方に行けば我が国の城塞都市『ハルナード』に向かって続いている。北側には大きい山と少し小さめの山が街道を挟んでそびえ立ち、その二つの山の間を通っている街道を、妨げるような感じで築れいるのだ」
「なるほど。鬼門になるのはこの二つの山か。敵軍が攻めて来たとき、あの山に陣取られるとこの砦の動きは筒抜けになってしまうな」
「そうだ。それを防ぐ為に山の向こう側に築く予定だったのだ。が、何故か今いる場所に築かれてしまった。だから私たちも非常に困惑している」
「山上に築く案はなかったのか?」
「あったよ。姫様を筆頭に若手の参謀将校と貴族たちが提案したのだが、古参の貴族連中に『建築期間が長くなり、築城中に敵軍が来たら攻め落とされてしまう』、と猛反対されて廃案になってしまったがな」
「あーなるほど。だから姫様はよけい激怒してるのか」
改めてコーデリアたちの方を見ると、コーデリアの叱責はまだ止まっていなかった。
「誰がこの場所に築くよう言ってきたの!」
「わ、私たちは存知ておりません」
「知らないじゃないでしょ! 誰かがこの場所に築くよう命じないと、ここにこの砦は存在しないでしょ!」
「そ、それが、古参貴族の方々からの使いの者と名乗ってきただけで、どこの家中の者かは知らないのです」
「やっぱりあのボケ連中か! てか、知ってるじゃない!」
守備隊長の発言はコーデリアの怒りに油を注いのか、彼女の怒りは大爆発を起こし、目の前にあった机を思いっきり叩いていた。
「ひっ! ももも申し訳ございませんでした!」
「で、ソイツは何って言ってきたわけ?」
「『建築資材を運ぶのに時間が掛かるだろうから、ハルナードに近いこの場所に築くように』と場所の変更を申し付けられました」
「……あのボケ連中は距離の『き』の字も知らないのか? 何が『建築資材を運ぶのに時間が掛かる』だ! ふざけんな! ここに築くのも山の反対側に築くのも距離的に変わらんわ! ほぼ誤差よ!」
「ひぃ!」
コーデリアは再度机を強く叩き、守備隊長を酷く驚かせていた。哀れ、守備隊長。
ヘンリベルトに諭されて怒りを落ち着かせたコーデリアは私たちの所へ意見を求めてやって来た。
「さすがにこのままではマズいでしょう。先程ノブタダ殿と話しておりましたが、やはりこの場所では不利な戦になってしまいます」
「それに規模は関所程度。少なくても二千の兵がやって来たら一溜まりもないわね」
「では改築、もしくは増築いたしますか?」
「それをしてもあの山を敵軍が占拠したら、こちらの動きは筒抜けよ。あまり意味がないし、どうせまた木材で造る羽目になるんでしょ。だったら耐久力は変わらないわ」
「確かにそうですね。ヘンリベルト様は何かありますか?」
「うん? あぁ、──・─・・・───」
四人で意見を出し合っているが、根本から問題を解決する案はなかなか出てこなかった。
やはりこの砦の立地場所が悪い。目の前にある山がどうしても問題になる。話しを聞くところ、この世界の城や砦の建て方は南蛮の城と同じ石材を利用して建てるため、増築するとかなりの時間が掛かるらしい。またアレクシスに言われた通り、魔法の攻撃に耐えるために石材で砦を築くとその調達時間と費用がかかり敵軍に時間を与えてしまうことになる。ならここは……。
「姫様。少し申し上げたき儀が御座います」
私は手を挙げるとコーデリアたちに提案をしてみた。
「この砦、新しく築城し直しては如何でしょうか」
「新しく築城し直す?」
コーデリアに問い返されたので、私は説明を始めた。
「はい。さすがにこのままでは敵軍がやって来たとき守り切ることは難しいでしょう。また、増築するにしても時間や費用が今よりもっとかかります。ですのでここは新しく築城し直すのが最上かと考えます」
するとヘンリベルトは私の案に異議を申し出た。
「いや、ノブタダ殿。築城し直しても時間と費用はもっとかかるだろう。それなら新しく築城するより増築した方がまだ良いではないか」
「いやいや、ヘンリベルト殿。今、建っている砦よりはかかるだろうが、増築するよりはましなはずだ。それに防衛に不利な砦を増築した所で何も意味はないだろう」
「確かにノブタダ殿の言うことにも一理あるな。しかし、新しく建てるにしてもどこに建てるのだ?」
アレクシスの問いに、私は不敵な笑みを浮かべると私の目の前に見えるものを指差して言った。
「あの山に城を築く」
「山に? しかし山に城を築くとなると築城資材を運ぶのが難しくないか?」
「南蛮式の城を造るのではなく、我々日本人の城を造れば良い」
「日本人の城と言うことは扶桑国の城と同じだな。しかしそれだと木材で造ることになるだろう。そしたら城の耐久力は今のままと変わらないぞ」
「土で壁を造れば良い。木材や石材を用意する時間はいらないし、何よりその場で資材が手に入いる」
「なるほど。確かに土ならどこでも資材は入手可能だな。木材よりも強度はあるだろう」
アレクシスは私の意見に賛同していたが、ヘンリベルトはまだ納得出来ていないのか私に新たな質問をしてきた。
「土で壁を造る案は良いが、山上に築くくらいなら、山の反対側に築けば良いのではないか? そうすれば我々の背後に山がくるので敵に渡ることはないだろう。まぁこうすると当初の案に戻る訳だが……」
「……確かにねぇ」
コーデリアは怒りが蒸し返してきたのか、眉間にシワが寄ってきていた。せっかくの美人が勿体ない!
それはさておき、私はヘンリベルトの問いに答えた。
「背後に山があっても、敵に取られれば意味はないだろう。私の世界には、過去に背後の山を敵に取られて陥された城もある」
私の言っている『過去に裏山から城を取った』という話しは、『関東の覇者』・北条家の基礎をつくった伊勢宗瑞が行った策だ。
明応四年(1495) 伊豆国に勢力を持っていた伊勢宗瑞は、相模国・小田原城の裏山に勢子に扮した兵を入れ強襲し、これを奪取した。奪取後に城の改修が行われ、宗瑞の死後にも改修を重ねられ、武田信玄や上杉謙信の侵攻を防ぐ難攻不落の城に様変わりしていた。
このことを知っている私からすれば、正面や背後に山があっても大差がないと考えている。
「であるため、山麓に砦を築くくらいなら、山上に砦を築く方が良いのだ」
「なるほど。確かにその方が良いかもしれない……。姫様、如何致しますか?」
「……ノブタダの案でいくわ。直ちに取り掛かります」
「しかし、それだと独断専行になってしまいます」
「古参どもには事後報告でよろしい! あのボケどもをまともに相手したら、先にこの国が滅びるわ!」
「……御意」
「今ここにいる人数じゃ人手不足だから、ヘンリーはハルナードに戻って人足を集めてきて」
「御意」
「ノブタダは新しい砦の設計を考えて。アレクシスはノブタダの補助にまわって」
「「ははっ!」」
「よし。思いっきり独断専行するぞー!」
コーデリアは和やかに笑いながら、軍事上してはいけない言葉を言って拳を振り上げた。
コーデリアが「やっと解決した」と呟いたとき、息を切らせた伝令兵がやって来て面倒なことを報告してきた。
「も、申し上げます! 敵がこの砦を目指して進軍して来ております!」
コーデリアの顔に怒りが戻ってきた。
初登場からほとんど怒りっぱなしのコーデリア姫ですが、本来はそこまで怒る人ではないです。今回のお怒りはすべて古参の貴族たちのせいです。