第二話 『出会い』
━━━━━ときは数十分前に遡る
◆ ◆ ◆
ここは……どこ?
わたしは……だれ?
「私は…………織田左近衛中将信忠だ!!」
よし、名前はしっかりと覚えている。
しかし……この場所には見覚えがない。
う~ん。この状況から考えるに、あの鵺が言っていた通り、ここは私がいた世界とは“異なる世界”という訳か……。
見たことのない草木が生えているので、確実に日本ではなさそうだ。
「さて、どうしたものか……」
周りは所々に林や丘がある広い平原ばかりで、目に見える範囲には集落のある気配がひとつも感じられない。一応近くには街道が見えているのだが……。
この状況では、このままこの場に留まって誰かが来るのを待つより、道なりに進んで行った方が良さそうだ。
そうと決まれば、即行動! 神速は織田家の家風だ。なんとか今日中には、集落か宿屋を見つけたい。
目標を決めていざ出発しようとしたとき、心地よい風が吹いてきた。この風に乗っているのか、私の背後から鳥が羽を広げて飛んできた。
「これはこれは、縁起が良いぞ」
つい先程までは逆賊・光秀に謀叛され、訳の分からない生物に、見覚えのないところへ連れてこられたりして不運な事が多かったが、今からは何か良い事でも起こ……バチッ!
「っ痛! 何だ!」
急に身体が痺れたぞ!
雷でも落ちたか!?
落ち着け、まずは状況確認だ!
天気は……晴朗。雷雲は……なし。雷鳴も……聞こえない。
……気のせいか? いや、ここは確か『異世界』と(鵺が)申しておったな。きっと面妖な事がいつでも起こるのだろう。多分。
はぁ……結局、不運な事が続くのか!
まぁ良い。早く集落を探そう。
しばらくすると痺れもとれてきたので、私は街道に向かって歩き始めた。
街道に着いた後、どちらに向かうかを決める為に、方位を調べることにした。
今の刻限は巳の上刻くらい(午前11時頃)だろうか。私の目の前に影ができている。
この影から方位を推測するに、右手側が東へ、左手側が西へ向かう道なのだろう。
東へ向かう道はほとんど平原ばかりだな。西へ向かう道だと遠くに山が見えている。
どちらもどのくらいの距離に集落があるかは分からないが、確実なのは西へ向かえば山を生活基盤として暮らしている者か、国境の監視として築いている砦があるだろう。
それに西に向かう道には、すぐ近くに林もある。この林を暮らしに利用している集落もあるはずだ。
「ここは西へ向かうべきだな」
ということで、私はまず近くにある林へと向かっていった。
パチッ
いや~とても長閑だな。
家臣の謀叛に遭い負け戦を行ったり、腹を切ろうとしたら訳の分からない生物によって、これまた訳の分からない所に連れてこられたりしたのが嘘の様だ。
まぁ周囲は平原なので、騒がしい奴はどこにもいないのだが……。
パチッ
しばらくすると目的地である林に到着した。
集落があるだろうと考えていたが、どうやらなさそうだ。早く見つかると思っていたが、そうそう希望通りにはならないか……。
根気強く探そう。
めげるな信忠! 気合だ!
パチチッ
……先程からビシビシと背中が痛いぞ、鬱陶しい。若干痺れる様な感覚もしてくる。
出発する前のあの痺れがまだとれていなかったのか、それとも具足の内側に何か入っているのか。
一度具足を脱いで確認しようとしたとき、さらに強い刺激がやってきた。
バチッ
「痛っ! ……いったい、何なのだ!」
明らかに何かがおかしい。天気は晴れていて雷も落ちた様子ではないのに、何故こうも身体が痺れるのか理解に苦しむ。
────もしや、あの鵺にまだ何かされているのか、それともこの世界の面妖な事にあっているのか、それとも……。
この身体の痺れについてあれこれと考えていたとき、背後から馬蹄が轟いてくるのが聞こえてきた。
「やっと人に会える。ここのことについても訊く事ができる」と思っていたが、仄かに殺気が感じとれた。
────まさか明智勢もこの世界にやって来ていたのか?
聞こえてくる馬蹄の音から、こちらに向かって来る者は二騎だと推測した。
「もし明智の手の者ならここで父上の仇をとってやる!」と、心中で思い腰に差している太刀に手を掛け身構えた。
この道は林に沿うようにして敷かれている。ちょうど私の左に林があるので、敵は今私が立っている場所から見ると左側から飛び出して私の所へやって来るかたちになる。
さぁ、来い! 目にもの見せてやる!
そう息巻いていると、敵がやって来た。
結論から言うと、敵ではなかった。もちろん明智の手の者でもない。しかし見たことのない者ではあった。
一人は南蛮人(※南蛮人とは、ヨーロッパ人のこと。主にスペイン人とポルトガル人のことをさす)の様な金髪の男で、もう一人は人の容姿はしているが、頭に狼の耳が付いている銀髪の面妖な女であった。二人とも南蛮の鎧を身に纏っていた。
男のほうは、まぁ見たこともある容姿だが、女のほうはこの世の者とは思えない、まるで妖の様であった。
すると女のほうが馬上から私に向かって尋ねてきた。正確には怒鳴ってきたが……。
「っ! 貴様のその格好、扶桑王国の者か!」
ほう。此奴、日本語が話せるのか。良かった。南蛮語だったらどうしようかと心配していたが、杞憂であったな。
まぁそれは置いといて……扶桑王国の者と言ったな。扶桑とは日本の別の言い方だ。私の格好を見て日本人だと分かるとは、よく日本のことを知っているではないか。
言葉も通じそうなので、私は女の問いに答えた。少し彼女の血走った目に違和感を抱きながら……。
「いかにも、拙者は日本の者だ」
「ヘンリベルト様。奴は恐らく扶桑王国からの刺客と思われます。身元は分かりましたので、奴を殺しても?」
ん? 殺す、この私を?
初対面で?
というか、刺客だと思われてるのか!?
ちょっと待て! 人の話しをまず訊くことから始めよう!
身元確認だけじゃダメだ!
そう心中で言っていると、男のほうが女に待ったをかけていた。
「待てアレクシス。まだ刺客だとは断定できない。私からも質問させろ」
「はっ! 失礼いたしました!」
「謝らなくていい。……さて、扶桑国人よ。貴様から殺気が感じられたが、何か狙っていたか?」
「……拙者の仇がやって来ると思っていたので、殺気立っていたのだ。もし不快に感じたのならすまない」
「……正直者だな。アレクシス、奴を斬るぞ」
「はっ!」
「はぁ!?」
私は唐突に斬られることが決まってしまい、驚きの声を上げてしまった。
ちょっと待て! 今の件のどこから私を斬る判断に繋がったのだ!
まさか始めから私を斬るつもりで、今の問答はただ格好だけか!?
おいおい、ふざけるなよ。私とて武士だ。そう易々と殺されてたまるか!
私は仄かな怒気を醸し出しながら目の前の二人に言った。
「理由もなく人を斬る外道共であるなら、こちらも容赦はせんぞ。拙者の邪魔をするなら斬り捨てる!」
すると男が声を大にして言い返してきた。
「理由ならある! 『敵が来るから殺気立っていた』と先程自分で申しただろう! 言い訳などするな!」
「確かに言ったが貴方がたではない! それに拙者は刺客ではない!」
「証拠でもあるのか!」
「証拠は……ない」
「証拠もないのに刺客ではないとよく言えるな!」
「証拠はないが、この刀に誓い私は刺客ではない!」
「……ヘンリベルト様、これ以上言い合っても時間の無駄です。この者は確実に黒です。斬りましょう」
痺れをきらしたのか女が両腰に差していた剣を抜き、私に向かって構えた。どうやら二刀流らしい。
男のほうも女の言い分に同意した様で、剣を抜きながら言ってきた。
「アレクシスの言う通りだな。話しても埒が明かん。扶桑国人! 言い訳なら貴様のその剣で言ってこい! 正々堂々と勝負だ!」
なるほど。
確かに口で言い合っても一向に話しが進まないので、剣で語り合うのもいいだろう。男の言い分には一理ある。
その方が早くすみそうだ。
「いいだろう、受けて立つ!」
そう言った後、太刀の柄に手を掛け居合いの構えをとった。
彼らは馬から下りると改めて剣を構えた。
暫しの間、睨み合いが続いた。お互いに相手の出方を、窺いなかなか仕掛けることはなかった。
しかし睨み合いはそこまで長くは続かなかった。
「ハァッ!」
裂帛の気迫とともに先に仕掛けてきたのは男のほうだった。
上段に構えていた剣が私の右肩を目指して振り下ろされてくる。
それとほぼ同時に私も刀を抜いた。
右薙ぎに刀を滑らせて男の胴を狙う。
「っ! チッ!」
私の剣速の速さに間に合わないと思ったのか、男は後ろに飛んで間合いをとった。
そのため私の刀はただ空を斬ってしまった。
「ほう。これはなかなかできるな」
紙一重で避ける技量を見せつけられ、私は男に賞賛の言葉を呟いていた。
今度は男と入れ替える様にして、女が斬り掛かってくる。
右袈裟と左袈裟を狙って剣が振り下ろされてきた。
私は振り下ろされた剣を受け止めて横に受け流し、女の背中に斬り掛かった。女は振り返って剣を交差させて私の切落を受け止める。
そのまま膠着状態が続く。その間私は女と言い争いをしていた。
「貴様……。刺客のクセにやるではないか!」
「貴様も女のクセになかなか良いぞ!」
「ナメるな! これでも王国で十指には入る実力者なのだ!」
「ほう! 私にとって良き敵だ! 貴様と手合わせできたことに感謝する!」
「刺客に感謝される云われはない!」
「だから何度も言っておろう! 私は刺客ではない!」
その間に体勢を立て直した男が、私の背中に刺突しようと突っ込んできた。
「女、剣術の腕はなかなかだ。だが足腰がまだまだだな」
「……なに? っ! ぐはっ!」
私は女の下腹に蹴りを入れて間合いを取る。
背後に振り返ると男の剣を弾くために刀を横薙ぎに振った。
その直前、私は今日何度目となるか分からない面妖なものを見た。
「【フォイアーランツェ】」
男が剣を突き出す直前、なんと剣が炎に包まれたのだ。
こいつは妖術師かなんかか! さすがにこれには対処できん。
どうする?!
……あぁクソッタレ!
ええぃ、ままよ!!
私は意を決してそのまま刀を振りきることにした。
「うおおおおお!」
「はあああああ!」
二人揃って大きな声を上げて剣を繰り出す。
双方の武器がぶつかり合ったとき、「パキンッ!」という剣が折れる音がした。
「なっ?! コイツ、俺のロングソードを折りやがった!」
折れたのは男の剣であった。
私の刀は何事もなかった。てっきりあの妖術のせいで刀が変形するかと思っていた。……でも、本当に私の刀は無事なのだろうか?
それにしても案外あっさりと剣が折れたな。これで勝負はつくな。
剣を折れて呆気にとられいる男に、上段から斬り掛かる。しかし男に避ける気配がひとつもなかった。
何を狙っている? 何か嫌な予感が……ゾクッ!
頭上から何かを感じ咄嗟に右へと跳んで逃げる。
すると私が元いた場所に雷が落ちてきた。
危ないあのままあそこにいたら今頃死んでおったわ。
今度は私が呆気にとられている間に、女が男のほうに駆けて行って剣を渡していた。
「ヘンリベルト様! 私の剣を!」
「すまぬ。まさか魔術強化した剣を折られるとは」
「えぇ。奴をナメて掛かれば、こちらが痛い目に遭いそうです」
「あぁ。心して掛かろう」
そう言うと私のほうに向き直して剣を構えてきた。
冷静さを取り戻してきた私は、少し気になったことを訊いた。
「女。今まで私の身体を痺らせてきたのはお前か?」
二人は驚いた表情をして顔を見合わせた。しばらくして女が私の問いに答えた。
「あ、あぁそうだ」
「今の雷もか?」
「そ、そうだ」
「なるほど。今まで余の邪魔をしてきた訳か……。貴様ら覚悟しろ」
私の剣幕が凄かったのか、二人は数歩後退りした。
私も刀の切っ先を二人に向けて構え直す。
今度は三人同時に斬り掛かった。
お互いの剣がぶつかり合う直前に、私達の間に一騎の白馬が入りこんで来た。
白馬に乗っていたのは白銀の南蛮鎧に身を包み、ビロードのマントを羽織った青い目をした長い金髪を後ろで一つにまとめている女性だった。恐らくこの二人の主君であろう。
その女性は私達を交互に見ると大きな声を上げて言った。
「双方とも、剣を納めなさい!」