秘密
少し早めに設定したアラームと共に目が覚める。
夜更かしに慣れている俺は、多少眠気が残る程度なので、まだ寝ぼけている顔に冷水を浴びて完全に目を覚まし、制服に着替える。
冷蔵庫を開けると、中にはミネラルウォーターが数本とエナジードリンクが入っているだけだった。
昨日ファミレスからそのまま帰宅し、そのまま寝落ちゲーム耐久に巻き込まれたから買い物する時間が無かった。
夜中に出歩いて、補導されたら色々めんどくさいし。
さすがに朝食抜きってのは良くない。
どの道購買が使えるようになるまで、コンビニで昼飯を調達する必要がある訳だし。
俺は同じミスは2度しない。
今日少し早めにアラームをかけたのも、昼食を買う時間を作るためだ。
そうと決まれば行動は早い。
サッと制服を整え、カバン、スマホ、家の鍵。
必要なものを全てもつと、まだ人気のない住宅街へとくりだしていく。
同じことを考える人いるんだ。
目の前に現れた少女見た時に出てきた感想はそれだった。
コンビニに昼食と朝食を買い、コンビニ前でおにぎりを食べはじめてすぐ、サンドイッチをもった少女が俺から少し離れて店の壁にもたれかかってそれを食べ始めたのだ。
最初は同じ事考える人いるんだぐらいに思っていたんだが、その少女の顔を見て驚いた。
それは昨日ファミレスで見た一条さんだったからだ。
一条さんはあのラノベ主人公の新道の幼馴染の美少女。
2回しか会話した事ないし、2人きりというのは初めてだ。
どうしよう。
顔見知りなんだからここは挨拶ぐらいしておくべきか?
いや、向こうが話しかけて来ないのだから気づかないフリをしてあげる方が良いのかもしれない。
学校以外の空間で学校の人に声をかけられることを迷惑に思う人だっているし。
少なくとも俺はそっちのタイプだ。
新道への態度を見ている限り、一条さんはどちらかといえば人懐っこいタイプのような気がしなくもないけど、あれは新道にだけそういう態度をとっている可能性の方が高い。
ここは勇気のスルーを選択すべきだ。
覚悟を決めると2つ目のおにぎりからビニールをはずす。
「あっ」
間抜けな声がもれると同時に半分に割れたおにぎりがポロっと手からこぼれ落ち、地面につく。
たまーにコンビニのおにぎりって割れてることあるよな。
なんでよりにもよって今引いちゃうかな。
それに大きな声も出ちゃうし。
このコンビニ、駅と住宅街の中間ほどに建っているんだけど、この時間は車が1つも通らないので、声が反響する。
人間は同然大きな音や声がしたらそちらを確認しないと気が済まない生き物なので、一条さんも当然こちらを見ない訳はなく、バッチリ目が合う。
俺は落ちて食べられなくなったおにぎりを拾ってビニール入れているところで、向こうは2個入りサンドイッチの2つ目を一かじりしたところ。
はたから見たら非常に間抜けなタイミングでお互い固まった。
「なっ。えっ?」
一条さんはどうやら知り合いにこの光景を見られたくは無かったのか先程までの澄ました顔から恥ずかしさで顔を赤くして、それを必死にビニール袋で隠そうとしていた。
既に顔はお互いはっきり見てしまったので手遅れでしかないのだが、それを指摘するのは野暮ってやつだろう。
俺はだかろうじて残ったおにぎりの半分を冷静に口に放り込み何事も無かったようにお茶で流し込む。
こんなに露骨に顔を隠してやり過ごそうとするのだから相当見られたく無かったのだろう。
俺は気遣いのできる人間だからあえて触れないという選択肢が取れる男だ、
気遣いができる人はモテるらしいので実践だ。
まぁ新道の彼女(予定)なので狙ったりはしないけど、この理論が正しいがどうかの確認をするぐらいは許されるはず。
2つ目のおにぎりを食べ腹も満たされた俺はさすがに登校時間まで早すぎるので、お茶をちびちびと飲みつつスマホを弄り時間を潰している。
それはビニールで顔を露骨に隠す一条さんも一緒だ。
非常に気まずい。
俺は一条さんの方を極力見ないようにしながらスマホに集中しているのだが、一条さんはこちらをガン見しているようでめちゃ視線が突き刺さる。
プロゲーマーとして表舞台で目立って来たからそういうのに過敏になっていることは自覚しているが、それを差し引いても見られている感じが凄い。
しかし1度声をかけるタイミングで声をかけない選択をとった手前、今更声をかけるというのもなんか負けた気がする。
なのであと少しくらい無理やりにでもこのまま過ごすつもりだ。
「ねぇ」
しんとした空間にそんな声が聞こえてきた。
あまりに可愛く綺麗な声だったので幻聴だろうと判断しネットニュースを読み進める。
寝不足だったりゲームのやりすぎるとたまーにあるからなこういうの。
しかも今の声ちょっと九条唯華ぽい声だったし。
昨日配信見てないから罪悪感で幻聴が聞こえた説が濃厚。
「ねぇってば」
幻聴は2度も聞こえた。
先程は遠くから風に乗って来た声だったから幻聴ぽさが強かったが、今度は少し近づいて来ている。
しかし先程と同じ声。
ちょっと張った感じが九条唯華ぽい。
多分俺がこの声は九条唯華ぽい声だと思ってしまったから脳が勝手にそっちに補正をかけているんだろう。
幻聴ぐらい可愛い声にしてほしいもんな。
今日は早めに寝よ。
「無視しないで欲しいんですけど」
3度目はほぼ真横から聞こえた。
さすがにこれは幻聴では無い。
なにか幽霊でも出たのか?
1回2回聞こえた気がするぐらいは寝不足で片付けられるけど、今のははっきり聞こえすぎてどちらかといえば心霊っぽい。
怖いけれど声のした横の方を振り向く。
「誰だ!」
「きゃっ」
そんな可愛らしい声と共に尻もちをついたのは、一条さんだった。
「ごめん。驚かせたみたいだな」
「いてててっ。急に大声出すとかやばっ」
俺からしたら急に声をかけてきたそっちもどうかと思うけど……いえば怒りそうな気がしたので黙って起きるのを待つ。
手を差し出すなんてくさい真似はどこぞのラノベ主人公がすることなので俺はやらん。
「んでなにか用か? ここで朝から買い食いしてた事知られたく無いから顔を隠してやり過ごそうとしたんじゃないのか?」
一条さんが落ち着いた所で疑問をぶつける。
先程のビニール袋で顔を隠すのと、今俺に声をかけるのは正直矛盾している。
「それはさ。……とりあえず今日あたしがここにいたのは内緒にして欲しいってのが最初の用件。言いふらさないとは思うけどユウマに心配かけたくないし」
何から話すか迷ったのた少しの間を明けて一条さんはそう頼んできた。
一条さんの家庭環境はよく知らないが、この感じから推察するにあまりいいものではないのだろう。
新道に心配かけたくないって発言も家庭環境の問題だから出た発言だと思うし。
「別にそれは問題ない。言いふらしてもなんにもならないしな」
「ありがとう。それで本題なんだけど…………」
何やらとても言いにくいものなのか視線をあちこちさまよわせる。
しかしその中で何度も手に持っていたスマホを見ている。
そこから俺は1つの仮説に至った。
これプロゲーマーってことバレたんじゃね?
最近はあまり活動してないからニュースになるような事はないはずなんだけど、スポンサーは中学生でプロになった俺を使って学生でもプロゲーマーになれる事をアピールしたいらしい。なのでことある事にメディアに出そうとしてくるからそのうちの1つをたまたま見つける可能性はある。
一応マスクは着けているけど俺を知っている人が見たらバレない保証はない。
どうだ完璧な推理だろ。
バレたら仕方ない。
素直に認めて秘密にしてもらおう。
入学早々バレるのはちょっとめんどくさいことになりそうだし。
「言い難い事なのか?」
既に聞きたい事は検討がついているので内心は余裕しゃくしゃく。
どっからでもかかって来なさい。
今の俺に死角はない。
「うん。正直知り合ってすぐに聞くことかどうなんだろうって思っちゃう話……」
確定演出来ましたわ。
知り合ってすぐプロゲーマーやってるなんて普通は聞きづらい。
もう絶対それ以外ない。
「気にせずなんでも聞いてくれ。俺はどんな質問だろうと不快な気持ちなることはないぞ!」
「そ、そう? ……じゃあ聞かせてもらうけど、昨日話してた逢沢さんと西川君って同じ中学よね? というか同じ小学校だよね? というか幼馴染だって逢沢さん言ってたけど昨日なんで知らないみたいな反応したの?」
深呼吸をすると捲し立てる勢いで質問を重ねた一条さんの一撃は死角からの即死級攻撃並に火力が高く俺の脳天を撃ち抜かれたような衝撃を与えた。
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