不幸の真相そして……一区切り
逢沢を見た瞬間俺は逃げ出したい衝動にかられた。
しかし何とかその場にとどまろうと気持ちを落ち着ける。
今俺は、かまどの火を見ているのだ、もし目を離してその間に火事でも起きたら大変だ。
気配を殺してかまどに集中する。
顔を見ると不調が起こるかもしれないのでしっかり背を向ける。
そのおかげか幸いにこちらに気づいた様子はなく、下ごしらえを終えた食材をかまど担当の派手陽キャ男子と網に乗せて焼き始める音が聞こえてきた。
どうやら俺たちとメニューが被っているらしい。
「おぉちゃんと焼けてんじゃん」
「当たり前だろオレらだってこういう時はちゃんとやるんだって。なぁ」
「おぉよ。意外と野菜綺麗に切れてるなこれハルカが切ったの?」
「ううん。ほとんどあたしがやった。この娘料理した事ないって言うから……ねぇ?逢沢さん?」
「う、うん。そうなの。私料理苦手だから一之瀬に手伝ってもらっちゃった」
嘘だ。
逢沢が料理出来ないなんてありえない。
暇すぎて思い出したくもない事を思い出してしまったが、逢沢の家は小学校入学の辺りから両親は共働きで良く俺の家に来ていたが、その時俺の母さんの手伝いをしているうちに料理がそこそこ上達していたはずだ。
何故そんな嘘をつくんだろうか?
振り返りたくもないのに1度頭に浮かんだ疑問を解決したくてちらっと隣の班を見てしまった。
それがいけなかった。
「あれ? 新道君じゃん? 1人で暇なの?」
まるで狙いすましたかのように一之瀬と目が合って話しかけられてしまった。
「え? 新道? えぇ?」
つられて俺の顔を見た逢沢は当然のように呼ばれた名前に疑問を持ち、首を傾げた。
早く答えなければ、余計な事を言うかもしれない。
「どうも、俺はかまど当番だ。一之瀬さんの班は調理?」
極力逢沢の方を見ないように視界から外し、一之瀬のみを見つめる。
「そうよ。そっちは作るつもりなの?」
「バーベキューだ」
「そうなの? こっちもバーベキューなんだ、どう? こっちと合流しない?」
リア充はどうしてこう人を巻き込みたがるんだろう。
俺としてはこんな誘い乗るわけないんだが、うちには桜井がいる。
勝手に断ってこの一之瀬の機嫌を損ねたりしたら桜井が危ないかもしれない。
となると迂闊に断れないよなぁ。
なら取れる選択肢は少ない。
「もう少ししたら班員来るだろうし、班員が良いって言えば問題ない」
「OKそれでいい。んじゃ合流するなら声掛けて」
何とかこの場は凌ぐ事ができた。
向こうの男子は多少文句を言ってるようだがそれもすぐにおさまった。
トップカーストに君臨してるのだろう。
さすがに手馴れてる。
しばらく火が消えないように薪を追加しつつ、新道達を探していると、遠くの方にダークブルーの髪を見つけた。
よーく集中して見ると100メートル程先に新道、星河さん桜井が下ごしらえした食材を手に持ちゆっくりこっちに向かっている。
食材を落としたくないからかその足取りはめちゃくちゃ遅い。
星河さんと新道なかなかいい感じだな、ここから見ている限りそれなりに会話が弾んでいるように見える。
ゲームやっていると目が悪くなるなんて言うけどFPSは目が悪いと遠くの敵が見つけられないので逆にやればやるだけ目が良くなってる気がする。
「待たせたな西」
「おぉすげぇ待ったぜぇ」
おっと、危ねぇここで西川なんて呼ばれたら隣りの班に聞こえちまう。
今更ながらあの時嘘吐くんじゃなかったなぁと後悔し始めたがもうそれは遅い。
この昼ご飯の間だけ凌ぐだけなら何とか出来る。
「おぉなんかめちゃくちゃ待たせたみたいだな」
「そうねでもそれは新道くんがいけないのよ。肉切った包丁でそのまま野菜切るから」
「それは悪かったってば」
「まぁまぁ2人とも喧嘩はそれくらいにして、早く始めちゃお?」
このまま流れに任せて始めちゃおかと思った直後のこと。
ぞわり。
背中に寒気が走った。
振り返ると一之瀬がこちらを怖い顔で見ていた。
確かにこれはみんな従うよな。
女子って怖い。
「そ、その前に少し話があるんだ。いいか?」
「なんだよ?」
「うちめちゃくちゃ野菜切って腹減ってるから早くして」
「実は隣の班から一緒に食べないかと誘われててな。勝手に決める訳にも行かないから保留してたんだ。どうだろうか?」
全員が考えるように黙り誘われた班をチラ見した。
学校ではみんな仲良くの精神から、班に誰かいるかで判断するのは良くないなんて言うが実際はそういう基準でのみ人間関係は結ばれていく。
嫌いならやつとは極力関わらないようにと。
最初に答えを出したのは新道だった。
「おれは別にいいけど」
「うちは反対。なんかあの辺めんどそうだし」
「やっぱ反対で」
「手のひら返しキモ」
「星河さん〜酷い」
星河さんは反対で続いて新道が寝返った。
星河さんの言うことは間違ってない。
向こう肉焼くだけでシャンパンタワー入ったホストぐらい盛り上がってるしな。
あのノリについて行くのは辛いと感じる人の方が多そうだ。
しばらく黙っていた桜井の方を向く。
現状反対が2俺も口には出さないが反対だ。
満場一致で反対なら断り易い。
俺としては是非反対して欲しい所なのだが……。
「私は合流してもいいと思うかな。やっぱりこういう時って人が多い方がいいって聞くし、どうかな?」
そこで後ろにいる2人に声をかける。
1歩近づいて、新道の顔をじっと見つめた。
さすがに美少女の提案を面と向かって嫌と言えないのが男心なわけで。
新道はあっさり意見をひっくり返した。
「桜井さんがそう言うならおれはそれでも……」
「はぁ? この手のひら返し男キモっ」
「だってよぉここで反対したらやな奴じゃんおれ」
「星河さんはダメ?」
「勝手にすれば、この空気だと反対してもムダそうだし」
星河さんは反対派と言うよりめんどくさいのが嫌い派なのでごねると、めんどくさいことになると
諦めたように賛成派におちた。
そんなわけであっさり3票がはいってしまい合流して食べることになった。
向こうが持っていた簡易のテーブルに紙皿を並べそこに焼いた肉や野菜を持ってそこからみんなで取っていくバイキングスタイル。
向こうの陽キャ男子は露骨に桜井を見つけるなりナンパするようにまとわりつき始めた。
「ねぇ桜井さんってしたの名前なんて言うの?」
「アリサですけど」
「アリサちゃんって呼んでいい?」
「それぐらいなら別にいいですよ」
「ほんと? アリサちゃんありがとう」
俺は誰とも話さないために、黙々と食材を焼く。
トングさえ離さなければ交代されることもない。
最初新道が自分の株を上げたいからか焼くと言ってきたが、星河さんと仲良くなるチャンスだからここは俺に任せておけと行ったらあっさり引いてくれた。
単純なやつで良かった。
黙々と肉を焼いてると、すっと隣に人が並んで来た。
「新道君ずっと焼いてるけどこういうの好きなの?」
「一之瀬さんか。まぁそうだ」
「ねぇ、いつまで嘘突き通すつもり?」
「なんの話しだ?」
動揺しそうになるが、これでもプロゲーマーとして何度も大舞台でブラフを決めてきた。
なのでこれくらいならすぐに何とか修正出来る。
しかし向こうは既に確信しているらしく、自信たっぷりな態度を崩さない。
「とっくに情報は仕入れ終わってるわ、西川アラタ君?」
「いつから?」
「さぁね? それは言えないわね」
いつかはバレるとは思っていたが既にバレているとは想定外だ。
しかし向こうに怒った様子はない。
だから目的を探りたいのだがそれも全く見えてこない。
俺の情報は調べれば簡単に出てくるから出処なんてぶっちゃけどうでもいいのだが、少し前までは中学時代の写真を使って検問していたのに、今は俺が西川アラタだと確信しているようだ。
記憶にある限り一之瀬やその仲間がうちのクラスに来たことは無いので少し引っかかるがそれよりも今知るべきは俺を探していた目的。
「何が目的だ?」
「へぇーなんでバレたとか聞かないんだぁ」
「そっちはどうでもいいし、なんなら見当はついてる」
「教えてあげたいんだけどぉ少し待っててね。金田君? ちょっとお願いがあるの」
その権力を振るいクラスの男子に焼く担当を引き継がせると俺と一之瀬は、そのまま少し離れた森の中に入った。
「この辺ならさすがに聞こえないでしょ。プライベートな話だから」
「そうか」
先頭の歩いていた一之瀬は振り返ると気味の悪い笑みを浮かべながらそう切り出した。
「西川君を探していた理由を知りたいのよね? それはね友達の恋を応援してあげたいからって前に言わなかった?」
「俺がその回答で納得すると思うか? 友達の恋を応援すると言う割に君は俺とその友達を引き合せるような素振りは一切なかったぞ?」
その相手が逢沢である所まで一条から聞いているのだが、そこまでばらすと一条さんの立場が危ない気がするのでぼかす。
俺も今絶賛新道と星河さんの仲を進展させるために動いているからこそわかるが、一之瀬さんから誰かとくっつけるような動きはなかった。
それどころか肉を焼いてる間ずっと姿が見えなかった。
「あちゃー。そうね確かに恋を応援するってのは嘘。でも本当」
「なんだそれ?」
明らかに矛盾している発言に混乱しそうになる。
「だから逢沢とアンタが上手く行くのを願ってるの。でもそれは逢沢の事を応援してるからじゃない」
「それは逢沢の事が嫌いだからか?」
「当たり前よ。あんな女。ワタシが先に見つけた男を横取りした挙句、いらないなんていいやがったのよ。ムカつかないわけないでしょ」
ここまで必死に取り繕っていたものが綺麗に剥がれ、本音をむき出しにした悪魔のような女がそこにいた。
「なるほどな。確かに逢沢はムカつくよな」
「は?」
俺の言葉がそんなに意外だったのか間抜けな表情のまま固まっていた。
ようは一之瀬はハルマ先輩とやらと付き合いたいがためにここまで手の込んだ工作をしていたのだ。
「何をそう意外そうな顔をしているんだ? 俺のこと調べたんだんだろ? なら知ってるんじゃないのか? あのメールを送ったのだってお前だろ?」
「メール? それはそうだけど……知ってるだろってなんの事かしら?」
「俺が中学時代に逢沢に振られてる話だ」
「は? 振られてる? 何それ。それじゃ一体ワタシはなんのために……計画が丸つぶれ」
リアクションから見れば確実に知らないと見ていい。
この驚きようと、立てていた計画が崩れたみたいな力の抜け方、演技ならプロ級だ。
かなりこの計画に力を入れていたのだろう。
しかし、なんでこんなに周りくどく調べていたはずなのに知らないんだ?
逢沢が誰にも喋ってないって事か?
いやあいつは自分が標的から外れるために振った男の名前を勝手に借りるような人間だ。
いや、好きだって事の信ぴょう性をあげるためか。
1度振っておいて好きですなんて有り得んもんな。
そう結論づける。
それを理解した一之瀬は力が抜けきって地面にへたりこんで動かない。
もしかしたらここで告白をさせようとしていたのか俺に告白するように強要しに来たのかおそらく計画はそんなお粗末なものだったんだろう。
「一之瀬さん。逢沢さん連れてきましたよ?」
一之瀬が動かないのにも関わらず、一之瀬が立てていた計画は止まらない。
もう1人の計画に巻き込まれた少女、逢沢ハルカは目隠しされた状態で、こちらに来た。
目を隠していたのは俺の知っている少女。
これでうちのクラスにいた俺の事を西川アラタだとリークした犯人がはっきりしたわけだ。
「桜井?」
「もしかしてもう聞いちゃった? ごめんなさい。でもこうするしかなかったから」
「あっ、おい」
桜井は何も解説することなく逢沢をおいて戻って行ってしまった。
残ったのは計画が破綻してへたりこんだ一之瀬と俺。
そして目隠しをといてこの状況に絶句している逢沢。
考えうる限りの地獄だ。
「えっと、アラタ?」
名前を呼ばれ何かが込み上げてくる気がした。
焼く方にまわってて良かった。
お腹いっぱい食べていたら多分吐いてただろう。
俺はいつものように、逃げ出そうと逢沢の横をすり抜ける。
しかし、すり抜ける直前逢沢の手が俺の手首を掴んだ。
「待ってっ!」
振りほどこうとするが両手でしかもかなりがっちり掴んでいるせいでまるで外れない。
元々俺は非力な方だし今日はブロックを運んだり肉をずっと焼いたり手を酷使していた。
それもあり、力が弱っている。
しばらく抵抗したものの、これ以上は手に怪我をする可能性があると思い抵抗をやめた。
もちろん話を聞くためじゃない。
商売道具の手を守るためだ。
「放せ!」
「話を聞いて欲しいの」
「お前との関係はもう終わっている。話すことはない」
「だから誤解してるんだってば」
「誤解などしていない」
「してるんだって」
「してない」
「してる」
まるで小学生の言い合いだ。
完全な水掛け論。
お互い説明もせずただ感情をぶつけ合う。
プロゲーマーとして過ごして高校に入って少しは大人になったつもりだったのに何も変わってないような気がする。
だが今は気持ち悪くなることもなく戦える。
多分俺は怒っているんだ。
今更なんだよって。
もう気にしてないとか自分に嘘つくから気持ち悪くなってたんだ。
俺はようやく今の逢沢に向けている感情を正しく理解した。
そうして誤解してるしてない論争を続けること3分。
「あははははっあーはっはっはっはっ」
俺と逢沢の無意味な論争は、一ノ瀬の笑い声で中断された。
「なんだ西川君あなたまだ全然未練ダラダラなんじゃない。逢沢さんもキモイぐらい好きなんじゃない。ならワタシの計画は変わらないわ」
「誰がこいつなんかもう好きになるかよ」
「だまらっしゃい。いい西川君。ワタシはハルマ先輩と付き合いたいの。そのためにはハルマ先輩に好かれているそいつに彼氏が出来るのが1番いいのよ。そうすればハルマ先輩は失恋し、傷心中の所をワタシが甲斐甲斐しく面倒を見て一気に落とす。つまりワタシの恋を上手く行かせるためにあなた達を付き合わせる。そう決めました」
ちらりと横目で見た逢沢は無言で顔を赤くしていた。




