キャンプ遠足買い出し編
そこから数日がたった。
今日の放課後は買い出しに行くことになってはいるが忘れてそうで不安だ。
というのも、あのメッセージ以来桜井とは、放課後はおろか教室内でも会話が無くなってしまった。
一条さんも遠足のグループで昼休みを過ごしているらしく、俺と新道の男臭い昼休みが当たり前が少しずつ日常になってきている。
周りを見れば男女仲良くしているところが多く、精神的にはややキツめ。
「なぁ西川」
「なんだよ新道」
「おれたちほんとに桜井さんになんか嫌われることしたもしれないんじゃないかと思って」
「今更かよ」
「だってよぉー」
俺はいつも通りコンビニで買った菓子パンとお茶のセットを頬張っていると、新道が今更ながらそんな事を心配し始めた。
本当に嫌われてるとすれば会話もない時点で手遅れとしか言いようがない。
「まぁそうかもしれないなぁ」
「やっぱりか? だとしたらめちゃショックなんだけど」
「それ星河さんに聞かれたら脈無くなるぞ」
まぁ星河さんは昼休みになると基本教室にいないので聞かれる心配もないんだけど。
「そういう西川は、桜井さんに嫌われたってのに随分冷静だな? もしかして他に狙ってる女子いるじゃないだろうな? もしそうなら、おれは教えたんだからお前を言うべきだぞ」
「いやまだいないぞ。それに俺の中では彼氏説が濃厚なわけだし」
まだ男と歩いていたという目撃情報はないものの、それだって広がるのは時間の問題だろう。
この手の噂は、カーストが上であればあるほど拡散が早い。
桜井は間違いなくこのクラス、いや学年のトップカーストの上位に入っている。
なので、見つかればすぐのはずだ。
「確かにぽいとは思ったけど、やっぱり全然そういう話聞かないし違うんじゃね?」
「俺たちがここで議論してもしかたないんだがな。正直」
「なら西川直接聞いて来たらいいと思うんだ」
「そういう報告がないんだから下手に聞かない方がいいだろ。違ったら嫌味だぞ?」
「それもそうだよなぁ」
はぁーっと男2人のため息が重なり誰得な昼休みはこうしてすぎていく。
最近新道のやつ露骨にテンション低いんだよな。
ヒロインと喧嘩して落ち込むラノベ主人公かよ。
午後の授業が終わると、買い出しの始まりだ。
他の班も今日買い出しするつもりなのかあちこちで予算の回収が行われ、どこに買い出しに行くかをスマホを囲んで話し合ったりして、イベント直前独特のテンションの高さで盛り上がっている。
一方の俺たちの班は。
「これ予算。よろしく」
「新道。す、すまん1000円あるにはあるんだが、あのファミレスの件の詫びを遠足終わりの土日する事になってて来月返すから、今はこれで頼む」
てな感じで星河さんは帰宅。
新道は100円玉5枚を机に置いて返事を聞かずに、逃げるように去っていった。
そして桜井はと言うと、
「桜井ちゃんも買い出し行くん? 一緒に行かない?」
「それはほら、急に私が行ったら班のメンバーびっくりちゃうだろうから、……ね?」
今日も斎藤に粘着されていた。
ほんとにこいつも諦めないよな。
だがな斎藤、桜井は既に彼氏がいる可能性が高いんだぞ。
まぁ、嫌そうな顔を一つ見せずに話に付き合ってるあたりが桜井のモテる理由なんだろうな。
「いやいやうちの班員なら誰も反対しないって」
桜井の人気と可愛さを考えれば反対する人はいないだろう。
桜井は女子にも友達は多いし男子は可愛い女の子が来ることに関しては基本大歓迎だ。
放課後なら喋る機会もゼロじゃないだろうから関わりの薄い男子だって喜ぶ。
しかし、桜井の表情とかチラチラ俺の方を確認するような視線とかを含めて考えると、その言葉は意味が少し変わる。
それに気づいていない斎藤はとにかく押しまくる。
「それはそうかもだけどメニュー違うから、2箇所ぐらい回るつもりなんだ。だから迷惑になっちゃかもしれないし」
「全然大丈夫。なんならオレだけでもついて行くよ」
「いやー、あはは」
斎藤がうちのクラスを率いているからか、他の班員は桜井の助けてオーラに気がついているけど、助けられないようだ。
ここはかっこよく俺が助けるべきなのかもしれないが、前回それで桜井には迷惑をかけてしまった。
なのでここは先に移動して玄関で待っておくことにしよう。
どこで買い出しするかも分からないが。
玄関でスマホをいじる。
プロゲーマーたるもの情報収集は大事だ。
普段やっているFPSがアップデートメンテナンスのお知らせだったり、九条唯華の配信情報。
他のプロゲーマーのゲームに対する意見だったりを見て回る。
てか九条唯華1週間の活動休止ってテンション下がるわぁ。
仕方ないからコメント返しでもやるか。
気がつくと15分程が経過していた。
やはりこうしてすぐに反応を返してくれる視聴者と言うのは貴重だな。
すっかり夢中になっていると、ふと背後に人の気配を感じた。
慌てて振り返る。
「うぉっ。なんだ桜井か」
「随分楽しそうだね」
久しぶりに会話する桜井はなんか妙な圧を感じる。
あれ? 桜井ってこんなに怖かったっけ?
「いやそんなことはないぞ? ちょっとゲームしてただけで」
さすがにSNSでコメント返ししてたと素直に言う勇気はない。
「私は結構大変だったんだけどなぁ」
顔にはかなりの疲労感が見て取れた。
斎藤の相手って大変なんだろうな。
「大変なのはこれからの買い出しだろ? なんせ2店舗も回らないと行けないんだからな」
「聞こえてたんなら助けてくれてもいいと思うんだけどなぁ」
桜井の怒りが炸裂したのを何とか沈めつつ移動を開始する。
大人しくなったものの、桜井の歩幅はいつもより大きく怒っているというのを全身を使って表現してくる。
しかも無言で隣を歩いてくるので圧がすごい。
さすがに視界の端で圧を受け続けるのはきついものがあるので、何とかさらに怒りを沈めて貰えないかと画策する。
「えー今日はどこに買い出しに行くんだ?」
「……………………」
「あー、うん」
ダメだ。
コミュ力小学生以下の俺ではどうする事もできない。
ここは一つスマホに頼るか。
男女が仲直りやり方。
現代っ子らしく検索をかけた。
スマホが検索結果を表示するほんの少し前。
「もうちょっと頑張ろうよ」
苦笑い混じりに呆れたような声で桜井が話しかけてくれた。
「コミュ力小学生以下だから許してくれ」
「何それ。意味わからないけど」
「そのままの意味。中学時代色々あって、なんだかんだ3年間誰とも喋らなかった」
それでも高校に入ってすぐから普通に喋れているのは、プロゲーマーとして初対面の人と喋る経験を積んできたにほかならない。
「中学時代って色々あるよね。わかるよ」
なせが桜井が同情してきた。
桜井にも中学時代の色々があるのかもしれない。
「確かこの先を曲がったらスーパーがあるんだよ」
普段なら滅多に来ない高校から先の道を歩くこと20分。
住宅街を抜けるとそこに無駄に広い駐車場とそこそこの規模のスーパーが現れた。
「へー、こんなところあるんだ」
「もしかして西川君、普段料理とかしてない?」
「男一人暮らしで料理する方が珍しいでしょ」
「そんなことないと思うけど」
スーパーに入ってすぐ野菜が出迎えてくれた。
やはりどこのスーパーも野菜が最初にいるんだよなぁ。
「何買う予定だったっけ?」
「確か玉ねぎとピーマンとかぼちゃとあと色々」
このペースだと野菜だけで予算使い果たしそうだな。
ピーマンや玉ねぎはともかくかぼちゃ1個まるまる買うと量が多すぎる。
半分になっているものも売っているけど、それでも4人なら多い。
量の問題もあるがとりあえず思いついた食材を眺めてあることに気がつく。
「これまずくね? 向こうで調理出来るとしても時間が、かかりすぎる」
「そうかも、どうしよう」
かぼちゃは切るとなると割とめんどくさい。
母さんが送られてきたかぼちゃと格闘して夕飯が遅れに遅れた天ぷら事件を思い出す。
玉ねぎもピーマンも残りの野菜も全部切るとなると食べる時間が少なくなる。
今回のキャンプ遠足はオリエンテーリングが午後からあるので、割と時間がギリギリ。
片付けまで含めるとアウトの可能性だってある。
普段アウトドアを全くしないし料理もしないからここまで気が付かなった。
「西川君みてこれ」
玉ねぎを手に持ちながら考えていると桜井のテンション高い声が聞こえてきた。
手には店の商品らしき白いトレーが握られている。
「何それ」
「ほらこれみて」
差し出されたトレーにはおひとり様バーベキュー野菜セットなるピンポイトな商品名が。
「これを4つ買えば」
「そう! どうかな?」
「これなら肉にかなり予算回せる」
テンションが上がりハイタッチしかねない勢いだったが店の中という事で鋼の自制心で自重した。
なんか桜井と普通に会話出来てるよな。
嫌われてる感じは全くない。
むしろ向こうから会話がちょくちょく振られるし。
少し違和感を感じつつも肉を選ぶ。
「このスーパー1箇所で済ませるのか」
「それはもういいでしょ? 私だって出来れば嘘つきたくはなかったけど……色々あるの!」
変にぼかすと、なんか2人で買い出ししたかったみたいに聞こえちゃいますけど大丈夫ですか?
などと言えるはずもなく華麗にスルー。
「ほんとに大変なんだから…………っ」
肉コーナーには何故かステーキ肉とサイコロステーキが大量に並んでいた。
「なんだこれ? 10パック以上あるぞ?」
「今日、牛肉安いみたいだよ」
「なら牛肉メインで予算ギリギリまで買うか」
ひとまず手前のパックを適当に手に取る。
それから上の段、横にズレて一通りカゴに入れた。
「うわっと、西川君何しての?」
「適当に肉を選んでいただけだが?」
「そのお肉高いコーナーのなんだけど。しかも豚肉だし」
「あっ」
手に持っていた肉はグラム700円の豚肉だった。
しかも300グラムで2100円。
どう考えても予算オーバー。
コンビニのくせで値段見ないで手に取ったせいでとんでもないミスをやらかすところだった。
「1万円超えてるじゃん。私が選ぶから西川君はカート見てて」
そんなわけで見事追い出されてしまった。
でもスーパーにある700円の肉って興味あるなぁ。
家に確かにフライパンあったし、買っちまうか?
好奇心と言う名の悪魔が囁く。
俺はそっと700円の肉を手に取り、手を後ろで組んで背中に隠した。
肉と野菜が揃えば買い出しは終了。
レジに一緒に並ぼうとする桜井に俺はあくまでも優しさを装って提案する。
「レジは俺がやっておくからもう帰ってもいいぞ?」
「え? どうせなら最後まで付き合うよ。やるなら最後まで徹底的にってねっ」
まずいな。
手には高級肉がある。
まだ上手く隠してバレてないが、レジで確実にバレる。
興味のためだけに2000円以上する肉を買うなんて言えば金銭感覚おかしいと思われかねない。
ならば諦めればいいと思うが、ここまで肉を運んで置いて買わないと言うのもさすがにまずい。
今は制服を着てるし学校に通報されたりしたら後々怒られる可能性がある。
自分でもアホな事をしたと今更ながら後悔し始めた。
これもゲーマーの性なので仕方ないのだが。
1度の組み合わせが強いかもとか思うと無性に試したくなる。
それだけ好奇心が強いのだ。
仕方ない。肉のためだ。
まだ無くなってない好感度を捨てるのは気が引けるがやるしかない。
「すまん桜井。急にトイレに行きたくなったこれ星河、新道、俺の分の予算」
5000円を取り出しそれを握らせると、別のレジ目掛けて猛ダッシュした。
レジを終え再び合流する。
桜井は綺麗にレジ袋に買ったものを詰めて、それを重そうに持ちスマホをいじっていた。
そんな良くある日常の1ページでさえ桜井の可愛さがあるとラノベ挿絵みたいだ。
いつまでも見とれている訳にも行かないので慌てて声をかける。
「すまん桜井さん」
「トイレなら仕方ないよ。ところでその袋はなに?」
あっ。
そういえば買ったあとの事考えてなかった。




