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紙一重

作者: ナオフミ

紙一重


プロローグ

 今日も元気に私は登校する。私、二階堂(にかいどう)果無(はてな)はいつも通っている道をいつものとおり歩き目的地まで行く。朝の清々しい空気を肺いっぱい吸い込んで、鳥のさえずりを聞きく、朝だとい

う実感が沸き上がり脳は完全に覚醒する。

 すれ違うご近所のおじいちゃんおばあちゃん、おじさんおばさん、お兄さんお姉さんに挨拶をして「いってきます!」と元気に言うと「行ってらっしゃい」とみんな返してくれる。

 数分歩いて行くと十字路があり、その一角にある公園(遊具はブランコ、滑り台のみ)には私の友達、神崎(かんざき)(けい)君と大門(だいもん)加奈(かな)ちゃん二人が、ブランコに座り何か楽しそうに談笑している。

「おまたせ〜」

「あっ遅いよはっちゃん! 学校に遅刻したらどうするのさ〜」

「加奈ちゃんいっつもそう言うけど、遅刻したこと今までなかったじゃん」

「遅刻はないけど、一分前に着くことはしょっちゅうだけどな」

「そうだよ! 毎朝心臓ドキドキだよ」

「あはは、まあいいじゃん。二人ともおはよー」

「「おはよー」」

 この二人と一緒に登校する。三人とも家が近くにあって小さなころからよく遊んだ。幼稚園、小学校、中学校、そして高校も三人一緒。私は一人っ子だけどこの二人とは血はつながってないけど家族のようなものだ。

 私が到着して、二人はブランコから立ち上がり鞄を持っていつもの形になる。私が真ん中で右が慶、左が加奈、いつの間にか決まっていた私たちのポジションだ。そして加奈ちゃんが私の腕をギュッと抱いて三人は歩く。

「加奈暑いよ〜」

「いいじゃんいいじゃん、私を介護しておくれ」

「もう、夏服でもくっつくと暑いんだから」

 八月中旬のこの日、気温は私の住む七神町(しちがみちょう)での今年の最高気温を超えた。雲一つない空に太陽だけが存在して、じりじりと町の人を焼いていく。高校三年生にもなり、残り少ない学校生活を謳歌するとともに、受験に向けて頑張る私達、夏休みに入っても私たちは学校に登校し勉強をする。クラスの生徒はみんな嫌な顔をしながら登校するが、私はこの二人と登校して学校に行けるからものすごく楽しい。

 私達の通っている高校、七神第一高校はこの町じゃトップクラスの進学学校だ。小学校や中学校に入ったばっかりの頃の私達は、別に勉強が得意というわけではなかったのだが、三人寄れば文殊の知恵というように、それぞれの得意科目が違った(加奈ちゃんが国語と英語、慶君が数学と理科、私が社会)ため、一人が二人に教え、三人で助け合った。そのため自分の得意

科目だけでなく、他の教科もできるようになり私達は三人で、この七神第一高校を受験した。

 さすが町一番の進学学校という評判があるだけに、学校生活は楽と言えるものではなかった、どこに行っても勉強づけの毎日、修学旅行も大きな町に行って楽しむのではなく、企業訪問へ行きレポート作成。学校祭では班になって研究発表。正直一人だけだと心が折れてただろう。

 そんな鬼のような日々も、二人がいたから私は何とかここまで来ることが出来たのだ。わからない所を三人で教え合いながら勉強して、心が折れそうな私を二人が支えてくれて、その逆もだ。

「こっちまで暑くなるから離れろよ」

 慶君が私達二人を見てそう言うと、すかさず加奈ちゃんが返す。

「なになに慶、ヤキモチ妬いてるの?」

「は? 別に妬いてない、ただ暑いだけだ」

「そんなこと言って、顔に出てるよこのスケベ」

「誰がスケベだ!」

「はっちゃんは私の嫁だ!」

「お前ら女同士だろうが!」

「愛さえあればなんとかなる!」

「ならない!」

 また始まったこの痴話げんか。一見、私のことでもめているように見えるが、私はこの二人がお互いの事をよく見ているから、こんな喧嘩ができるんじゃないかと思う。怒る論点も人をしっかり見ながらじゃないと探し出せないしね。

「そもそも、お前なんかに果無を養えるはずがないだろ!」

「なにおー! 私ははっちゃんが専業主婦だとしても、裕福に暮らせるだけの収入を得られる能力を持ってる!」

「はっ! 前回のテスト、俺が数学教えてなかったら平均点も取れなかったお前が何を言ってんだか」

 確かに、前回の数学のテストは過去一番で難しかった。平均点も低かったし、慶君が教えてくれなかったら私達は絶対に平均点以下だった。

「ぐっ!」

「テストでいい点数取れない奴が、社会でいい収入何て取れるはずないだろが」

「あんただって私が作った古典のノートがなかったら、今頃補修地獄だったじゃない!」

「ちっ!」

 今度は加奈ちゃんが攻める番だ。加奈ちゃんが言う古典のノートとは、加奈ちゃんが古典の授業を元にさらにわかりやすく綺麗にまとめられたノートの事で、私と慶君はいつもこのノートを見てテストに挑んでいるのだ。しかも、今私達の古典を担当している先生が、これまた厳しい先生で、先生の定めた点数以下の学生は強制的に補修を受けることになり、寝る暇がない程だと恐れられているのだ。実際に私達のクラス(三人とも三年A組)でもその補修を受けた生徒がいたが、もうあの時の顔といったら‥‥‥胸が痛くなるほど頬がやつれ、目の下のクマが日に日に濃くなっていく。

 あれを受けないで済むのは本当に加奈ちゃんのおかげだな〜。

「料理ができないお前に果無を支えることが出来るか!」

「掃除能力がない慶には言われたくない! いい加減、あのゴミ部屋を焼却してしまいなよ」

「弁当作ったとか言って、劇薬みたいなもの作るお前も同じようなものじゃないか!」

「劇薬()()()()ものでしょ、ならセーフじゃん!」

「ふざけるな! 俺が毒見してなかったら、果無は救急車行きじゃねえか!」

「毒見とか調理作ってきた人に失礼じゃない!」

()()を作ってきた人にはな!」

 慶君は料理の才能が有りと私は思う。毎日弁当は家族全員分を作って、この弁当がとてもおいしいのだ。今まで食べてきた中で最高のフワッ、トロッを再現できている卵焼きに、マヨネーズの酸味と塩コショウの塩味が絶妙なバランスの上に成り立つマッシュポテト、外はカリッと中はジューシーに、肉汁と何時間も付け込んだタレの味が口いっぱいに広がる唐揚げ。想像していたら、さっき朝ごはんを食べてきたばかりだというのにお腹が空いてきた。

 しかし、慶君、料理は両一流なのだが掃除に関しては三流もいいどころ、キッチン周りは綺麗なのだがそれ以外、自分の部屋とかはまさにゴミ屋敷。まず床は座れないほど埋まっていて当たり前、何日も放置されている飲みかけのペットボトル、謎に高い湿度。初めて慶君の家に行ったときは、小学生の時で加奈ちゃんと私で慶君の家に遊びに行き、そして慶君の部屋を見

て、その日一日は慶君の部屋のお掃除で終わってしまった。その三日後にはもとに戻っていた。

 加奈ちゃんは慶君の真逆である。加奈ちゃんの部屋はしっかり整理整頓されていて、物がどこにあるのか客人の人でもわかるように整理されている。それだけじゃなく、この前私の制服についてしまった醤油のシミも、加奈ちゃんがすぐに対処してくれて、シミをなくし心なしか前の制服よりも綺麗にしてくれた。

 だが、料理はからっきしダメで、さっき慶君が言っていたように、先日加奈ちゃんが弁当を作ってきたと言って、私に食べさせようとしたところで、隣から慶君がぱくりと食べ、その瞬間、顔を真っ青にしてお腹を手で押さえながら床に倒れ、急なことだったのですぐに救急車を呼んで、医者に食中毒と診断され適切な処置のおかげで今に至っている。

 加奈ちゃんの料理は見た目では判断できない、だって見た目は他の料理と比べてとても美しい出来上がりになっているからだ、救急車で運ばれるの程の料理を気づかれずに出せるのは、何か加奈ちゃんには暗殺者の才能があるのではないかと考えるあたし。

 とまあ、こんな二人の痴話げんかの話を考えているといつの間にかもう学校に到着である、

私は二人の痴話げんかを止めにかかる。

「二人とももう学校に着いたから、その辺にして」

「‥‥‥果無がそういうなら」

「はーい」

 こんな二人との朝の登校が私は何よりも大好きだ。


 1

 

「んん〜」

 私は今日一日の授業終了とともに、めいっぱい腕を上げて体を伸ばす。下を向いて固まって

いた筋肉が一斉に解放されて気持ちがいい。他の生徒も私と同じことをやっている、今日の授業は少し難しかった、しっかり家に帰って復習しなければ。私がそう思っていると、私の視界に二人が映る。

「はっちゃん、かーえーろ!」

「お疲れ、コンビニにでもよって帰ろう」

 二人とはもちろん慶君と加奈ちゃん、別にこの二人以外友達がいないというわけではない。

本当、本当、ただこの二人がよく私の机に来るからこの二人としか話してないように見えるだけで友達は……いる。

「うん、ちょうど荷物の準備ができたから行こうか」

 そしてまた私達はいつものポジションで教室を、学校を後にするのだった。

 学校の周りはほとんど住宅で囲まれているが正面の左側には寺があって、そこは木々に囲まれて森になっている、セミが一週間を謳歌するように鳴き、私達の頭の中に夏だという志向が作られる。

 コンビニはこの森を通り過ぎて右折した先に、マンション、空き家と続いてある。右折せずに真っすぐ進むと交番もある。

「今年はどうしてこんなに暑いんだろ〜」

 両腕をだらんとさせながら歩く加奈ちゃんは言った。

「地球温暖化じゃないかな?」

「そうだな、ここだけじゃなくいろいろなところで異常気象が計測されているから、俺達だけが辛いなんてことはない」

「でも〜、人間は暑さと寒さには勝てないし、もうちょっとさ〜」

「ああもう、うるさいな! お前がうだうだ言ってるともっと暑くなるじゃねえか!」

「私のせいじゃない! この気温が悪い!」

 またまた始まった、二人はコンビニに着くまで、私を真ん中に挟みながら言い争っていた(正直、真ん中にいて口論にサンドイッチにされている私の方が暑い)

 暑さを忘れるほど二人が言い争っているうちに、いつの間にかコンビニに到着し、私は登校と同じように二人に軽く注意して店内に入る。自動ドアが私達を認識して開き、店内で冷やされた空気が私達を横切って外に漏れていく、その瞬間だけ私達は足を止めてしまう。

 店員さんの「いらっしゃいあせ〜」と気の抜けた挨拶も、この暑さでは心地よく感じた。店内をぐるっと一周して、私達はそれぞれジュースとアイスを買ってレジに並ぼうとする。

「ちょっと待ってよお二人さん! ここはじゃんけんで負けた人が奢るということでどうかな?」

 加奈ちゃんがニヤニヤとしながら私と慶君に提案してくる。

「別に私はいいけど、慶君は?」

「俺もかまわない」

「それじゃ、いっくよー!」

「「「ジャンケン、ポン!」」」

 結果は私がグーで二人がパー。

「へへへ! はっちゃんありがとー!」

「あざーす」

「負けちゃった〜」

「はいこれ、私達、外で待ってるから!」

 加奈ちゃんが私に三人分のアイスとジュースを入れたかごを私に渡して、慶君と外に出て行った。私はかごをもってレジに行く、先に先客がいたようだ、他の店員さんは見られないから、私は後ろに並ぶ。後ろにある商品などを適当に見ながら、暇を潰していると、

「合計で一万二千五十六円になりま〜す」

 気の抜けた店員の声で言われた合計金額に、私は商品に向けていた目をレジの方を向ける。

(一万円以上もコンビニで買い物する人初めて見た)

「一万三千円お預かりいたしま〜す」

 コンビニで一万円以上の買い物っていったい何を購入したのだろう、私は少し体を横にずらして見る。

(うわ、全部お酒じゃん)

 ビニール袋にパンパンに入っているお酒、ビール数本、ワインに紙パックの焼酎、ウィスキーにその他にもなんかいっぱいある。

「こちらお釣りとレシートになりま〜す、ありがと〜ございました〜」

 酒の入った袋を持ってレジを去ろうとする客を、私はしっかり見る。身長は多分だけど、慶君がちょうど百八十センチだからそれより低い気がするが、絶対に百七十センチ以上はあると思う。上はTシャツに黒のテーラードジャケットを羽織り、下は黒いパンツを履いてサンダルだ。高身長なだけあり、かなり似合っていると思う。

 さぞイケメン何だろうなと顔を見たところ、意外にも中性的な顔立ちをしていて男性か女性か判断がつきにくい、胸を見る限り男性だとは思うが、自信はない。一瞬だけ彼? 彼女? と目が合ったがお互いすぐに離した。

「次のお客様ど〜ぞ〜」

「あっはい」

 店員に呼ばれて私も会計を済ませるのだった。


 コンビニを出て、再び熱さに身を焦がされる感覚が私を襲う。端の日陰になるところに二人はいた。

「お待たせ〜」

「まってました!」

 二人が私に気づくと、スマホの電源を切って、鞄にしまった。

 加奈ちゃんが私に近づいて、袋からガサガサと自分の分のジュースとアイスを取りだして、それにつられて慶君も同じように取り出す。残った私の分のアイスを取り出して、三人で食べ始める。

「ねえ、さっき出てきた人見た?」

「え、なんで?」

「凄かったんだよ、一人で飲むには多すぎるくらいのお酒を買ってね! それで見た目は男な

のか女なのかわかんないの」

「なにそれ、私も見たかったんだけど!」

「変な人かもしれないからやめとけよ」

「変な人かもしれないけど、三人で会えば大丈夫だよ!」

「加奈‥‥‥俺はお前がなんで俺達と同じ高校に入ったかわからないよ」

「はぁ? それどういう意味?」

「まんまだよ」

「ムキー!」

 この二人は本当に仲がいい、私はアイスが溶ける前にさっさと食べてしまおう。こうして三人で過ごすこの瞬間が、私はとても好きだ。私の人生本当にこの二人のおかげで輝いている、嬉しい思い出も、楽しい思い出も、悲しい思い出も、つらい思い出も、苦しい思い出も、いつも二人がいる。私は二人の方を見て微笑む。


「ただいまー」

 二人と別れて私は玄関を開けてそう言った。返事はかえってこない、くるはずがない。私の両親は二人とも今海外にいる、仕事の都合上家を空けることがしょっちゅうあり、一人で家にいる時間の方が両親と過ごす時間よりも多い。別に愛がないわけではない、お正月には二人とも返ってくるし、私の誕生日には必ずプレゼントをくれる。電話も掛けてくるし、なんだった

ら少し過剰なほど連絡をくれることもある。

 小さい頃からだったから、家事スキルはある程度は極めてある、料理に洗濯、洗い物に裁縫まで様々だ。お金の心配はない、両親が毎月お金を振り込んでくれるので、そのお金をやりくりして毎日過ごしている(余ったお金は私のお小遣いになる)

 そんなわけで私はほぼ一人暮らしをしているのだ、今日の献立を考えながら手洗いうがいを済ませて、二階にある自分の部屋に行き、荷物を置いて制服を脱ぎハンガーに掛ける。そして下着姿になった私の姿を全身鏡が映し、私は鏡の前で何となくポーズなんかをとってしまう。

「うーん、私にこのポーズは似合ってないかな〜」

 誰もいないこの家では、独り言がやけに響くように感じる。ポーズを止めて鏡の前に立ち、自分の体を見る。日焼け対策をばっちりしている肌は白く、ニキビにも気を使っている自分の顔にはニキビなどはなく、ダイエットも最近頑張っているためお腹周りは引き締まってきた。

「あとは‥‥‥」

 自分の顔を下に胸を見る、やっぱり小さい。

「はぁ〜」

 ため息が漏れてしまう。そう、私は周りの女子と比べると胸が小さいのだ、いわゆる貧乳というやつだ。全くないわけではないのだが、こう、自分でも触ってもボリュームがないというかなんというか味気ない、加奈ちゃんは着やせするタイプで実はかなり大きい、最近少し来ているブラが小さくなってきたなと思って浮かれていたが、まだまだのようだ。

 部屋着に着替えて、机に向かい鞄から教科書、ノートを取り出して復讐をする。私にはこれと言って趣味などもないため、勉強しなくてもただ何となくテレビを見てだらだらするだけなので、それだったら勉強しようと勉強をする。それに私が賢くなれば二人の力にもなれるし。

「あっ、そうだった。ご近所さんから貰った素麺食べないと」

 今夜のメニューも決まり考えることがなくなったため、勉強に集中する私だった。


 ピピピピピピピピピピ?

「うーん」

 朝の六時だということを知らせる目覚まし時計が鳴り響き、私は薄い目をしながら目覚まし時計をとめ、ベットから上半身を起こして、体を伸ばす。

「ふぁ〜、ふぅ」

 力が抜けていくとともに意識もはっきりしてくる。ベットから降りて、少しふらふらしながらも階段を降り、ポストにある新聞を取る。親がいつの間にか朝刊と夕刊を取っていて、せっかく来るんだから読もうと思い、三年前から読んでいる。

 ヒラリ

「ん?」

 新聞をポストから取ると、一緒に何かメモ用紙のようなものが落ちた。

「何だろうこれ?」

 私は落ちたメモ用紙拾って見てみると、そこには文字が書かれていた。しかも送り主は私がよく知る人だった。

 果無へ

  このメモを読んだらすぐ山頂に来てくれ

                  慶より

「慶君からなんだろう?」

 よくわからないが慶君が呼んでいるなら行ってみよう、親友だから。私は二階に戻り服装を整え、スマホとメモ用紙だけを持ちを出た。

 私の家の目の前には山があり、その山の頂上を結ぶ道の出入り口は公園の前にある。そこまで高さがある山ではないので十分ぐらいでつく。家の外に出て朝の清々しい空気を吸って山頂を目指す。

「あっ加奈ちゃんだ、おーい!」

 いつもの公園が見えてきたところで、なぜか加奈ちゃんも外にいた。私が手を振りながら近づいていくと、加奈ちゃんの方も私と同じ、なんでという顔でこちらを見ている。

「はっちゃんじゃんおはよー」

「おはよう加奈ちゃん」

「どうしたの朝早くに外に出て?」

「加奈ちゃんこそどうしたの? 朝は苦手でしょ?」

「いや、実は慶から山に来いって言われてさ」

「えっ? それってメモ用紙で?」

「えっうん、そうだけど‥‥‥もしかして?」

「私もなんだ」

 私が受け取ったメモ用紙を見せると、加奈ちゃんも見せてくれた。加奈ちゃんのに書かれていた内容は、私の名前の部分が加奈ちゃんの名前になっているだけで、内容は一緒だった。

「言ったい何の用なんだろう?」

「私もわからない、とにかく慶が山頂に来てくれって言っているから山頂をめざそう!」

「そうだね」

 私達は謎のまま、山頂の入り口に足を踏み入れる。

 朝の山道はとっても空気がおいしい、朝なだけあって、木々の間から漏れている日が、これまた綺麗だ。風が少しだけ拭いていて、森全体が動いているようにみえて、なんとも幻想的な世界だろうか。

「慶ったらいったい何なんだろう?」

「わからない、慶君ってたまに変な行動に出るから」

「ははは、そうそう、この前なんかいきなり俺はこの国を変えてやる! とかなんとか言ってたし」

「ふふふ、そんなこと言ってたね」

「今度は、俺は世界を変えるっていうのかな?」

「うわっ慶君なら言いそう!」

「でしょ?」

 私達は山頂を目指して上っていくこと約三分、私は変な違和感に気づいた。

「ねえ、加奈ちゃん」

「なあに?」

「なんかさ、さっきから少し臭わない?」

「え? はっちゃんはいい匂いだけど?」

「そうじゃなくて! 周りが!」

「周り? スンスン‥‥‥うわ、ほんとだ臭い」

「しかも臭いがだんだんきつくなってくる」

「いったい何なんだろう?」

「わかんない」

「とりあえず行こう」

「うん‥‥‥」

 さらに約二分歩き続け、匂いは収まるどころか、むしろ増して私は気分が悪くなってきた。

「うえぇ、本当に‥‥‥何なのこの臭い」

「ゴミがさらに腐ったような臭いだ‥‥‥しかも、横の茂みからしているような」

「うわっ、本当だ」

 横の茂みに近づくと、臭いが強くなった、私達はついに鼻をつまんだ。

「ちょっと見に行かない?」

「ええーやだよーはっちゃん一人で行ってよ〜」

「もしゴミだったら、私だけだと処理できないかもしれないから、ね?」

「うぅ〜、はっちゃんにそこまで言われたら断れないよ」

「ありがとう」

 私達は、匂いのする茂みの方へ足を踏み入れた、奥に進むにつれて臭いもまた一層濃くなっていく、鼻をつまんでいるのにこの臭い、一体何なんだろうか。

 コンッ

「ん?」

「どうしたのはなちゃん」

「いや、足になんか当たって‥‥‥きゃああぁぁぁーーーーー!!!」

「はっちゃん!」

「加奈ちゃん、下! 下!」

「下‥‥‥きゃああぁぁーーーー!!!」

 私の足に当たったのは、血がべっとりついている斧だった。そして、斧のさらに奥にはバラバラにされた、人間の死体があった。

「うっおえぇ」

 本物だ、手、足、それに顔と体が離れていて、下を真っ赤に染め上げるほどの血液、お腹を裂かれているのか内臓も、私はそのあまりのグロさに吐き気が抑えられなかった。

「はっ‥‥‥ちゃん、こっち!」

 私の頭の中はパニックになり、何も考えられない。そんな中、加奈ちゃんが私の体を力ずよく引っ張って、茂みから元の道に出した。私達の吐き気は止まらない。

「うえぇぇl」

 頭がチカチカする、目に入る色が全部赤に見える。

(気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い)

 自分が今何を考えているのか、なんでここにいるのか、全部わからなくなってきた。

「はっちゃん! はっちゃん! はっちゃんしっかり!」

 その言葉が、私を暗闇から救ってくれた言葉だった。肩を揺らされ、目を向けると顔を真っ青にして今にも泣きそうなのをこらえて、私の名前を呼ぶ加奈ちゃんの姿を目にして、私の頭は少し冷静さを取り戻した。

「ひとまず下に行こう!」

「うん!」

 私達は全速力で下に戻った。今まで感じたことがない速さで走り、疲れも一切感じない。下について安心した瞬間、私達の足は力を失ってその場で座り込んでしまった。

 呼吸も荒くなって、さっきの光景が頭の中で何回も蘇る。

「加奈ちゃん加奈ちゃん」

 一人でいることがとても怖くなり私は隣にいた加奈ちゃんに抱き着いた。歯が勝手に震えてカタカタと音を立てている。

「はっちゃん、大丈夫、大丈夫」

 自分も辛いくせに一生懸命強がる加奈ちゃん、でも今はその強がりに助けられている。


  2

 数分間、私は加奈ちゃんに抱き着きながら恐怖に耐えて、震えがなくなり二人とも少し冷静になったところで急いで持っていた携帯で警察に電話を掛け、数分後パトカーが数台到着した。

 私達は一時的に警察に保護され、警察のそばにいることで、私は少し心を落ち着かせることが出来た、しかし、まだ吐き気や周りの色が赤に染まっていることには変わりはない。

 警察署で保護されて約二時間がたったところで、私達が保護されている部屋がノックされ、見た目三十代前半の警察の男性が入ってきた。

「失礼するよ」

 背筋がピンと伸びていて、ひげも丁寧に剃られてる、服や態度から感じ取られるのは、とても真面目な人だなということ。

 男の人は、胸ポケットから警察手帳を出して、ビシッと敬礼して自己紹介をした。

「警視庁捜査一課の七森(ななもり)(しち)()だ、二人とも大変な思いをしたな」

 私と加奈ちゃんは首を縦に振ることで肯定する。

「二人共には悪いが第一発見者には事情を聴かなくてはいけないんだ、すまないが話してくれるかな? まず、どうしてあんな場所にいたんだい?」

 私達は目を合わせて、お互いに首を縦に振り手を握って話し出した。まずは私から、

「そっそれは、朝新聞をポストから取り出した時に、一緒にこんなメモ用紙が出てきて」

 私はポケットに入っていたメモ用紙を七森さんに渡す。

「ふむ‥‥‥」

「その紙の差出人は私の大親友だから‥‥‥だから、私はすぐにあの山に登ろうと思ったんです。そして山に登ろうと入り口に向かっている途中で彼女とも合流したんです」

「なるほど‥‥‥君は?」

「私は朝にお母さんがこのメモ用紙を発見して、それを私に教えてくれて、そしてはっちゃんと一緒で大親友だったんで、すぐに外に出てちょうどその時に合流したんです」

「なるほどなるほど‥‥‥」

 七森さんは私達の話をしっかり手帳に書き残していく。目はこちらに向けているのに、手はスラスラとペンを動かす。

「合流した私達は一緒に山に登り始めて、三分くらいたった当たりだったと思うのですが、私が何か臭うと彼女に行ったんです」

「ほほう‥‥‥」

「私の勘違いだと思っていたんですが彼女も臭うと言って、そして進んでくるにつれて臭いがきつくなっていって、そして‥‥‥そして‥‥‥」

 私の頭の中であの光景がフラッシュバックする、呼吸がどんどん荒くなっていく、目の前がチカチカしてくる。

「きっ君、無理しなくていいから、落ち着いて‥‥‥リラックス、リラックス」

「はっちゃん、私がいるから‥‥‥ここからは私が話します」

 私の代わりに加奈ちゃんが後のことを話してくれた。助かったと思った、これ以上話していたら、また吐いてしまうから。

「進んでいった後、さすがに臭いが無視できないぐらいの異臭で、しかもそれが道から横に反れた茂みの中からするもので、私達はゴミとかだったら処理しようと近づいたのです」

「そして見つけたと‥‥‥」

「はい、最初ははっちゃんが、足になんか当たったと言って下を見て叫んだので、私も見たら‥‥‥という感じです。その後は何とか下に降りて、数分した後に警察に電話しました」

「なるほど‥‥‥ありがとう、君も辛い思いをしてまで話してくれて、心から感謝する」

 七森さんが私達に向けて敬礼をする。本当につらい体験だ。死体を発見するって、いったい人生の中でどれほど起こることなのか。

(まったく、どうして慶君は山頂なんかに‥‥‥)

 そして私は、今まで忘れていた彼の存在について七森さんに聞いた。

「あの、七森‥‥‥さん」

「どうかしたかい?」

「あの山の山頂に、神崎慶って男子がいたと思うんですけど、彼が私達のメモ帳の差出人なんで、彼にも話を聞いた方がいいと思うんですけど、彼はどうしましたか?」

 あのあたりに警察が入ったということは、近くにいた慶君も保護されているんだろう。

「そうだよ刑事さん! 慶の奴が山頂にいるはずなんだ!」

 加奈ちゃんも私の質問で、慶君のことを思い出したようだ。

 私の質問を聞いた七森さんはすぐには答えてくれなかった、顔をしかめて、なにか渋っているようだった。

「その‥‥‥君たちが言ってた大親友って、神崎慶って男なのかい?」

「そうです」

「そうかい‥‥‥」

 七森さんの顔に影が差したように見えた、そして言葉を選ぶようにゆっくり、そしてはっきりと私達に言った。

「その‥‥‥今回、私達警察が駆けつけて、君たちが言っていた遺体が発見し、ただちに包囲網が引かれ、そして、山頂も調べたが‥‥‥人は誰もいなかった」

「え?」

「誰もって、慶の奴は山頂で待つって言ったんだよ、いない訳がないよ刑事さん」

「いや、あの山には遺体以外に人は誰もいなかった」

 七森さんがそう言うということは、本当なんだろう。じゃあ、慶君は一体どこに行ったのか、私達を呼び出しといて、本人がいないというのはどういうことなのだろうか。

 この私の疑問に答えたのは––––七森さんだった。

「誰もいないことを確認した俺ら警察は、遺体をさらに調べてなにか身分を表せるものがないかを捜た‥‥‥そして、捜したら近くには遺体の物らしきスマホが見つかって‥‥‥そのスマホのカバーのポケットに()()()と書かれた、書店のポイントカードが見つかった」

「「‥‥‥」」

 言葉が出てこない、頭から冷水を被ったみたいに、体ではなく心が冷えていく感覚を感じた。

「ねえ、七森さん、今なんて言ったの?」

 私は七森さんの服を両手でつかみながら聞いた。その時の七森さんの顔を私は忘れないだろう。

 私の目を見て泣きそうな顔で、とても可哀そうなものを見る目でポツリと言った。

「今回発見された遺体は‥‥‥七神町在住、年齢十八歳、七神第一高校三年A組、神崎慶だとわかった‥‥‥」

 目の前がいきなりぼやけた、瞬きをするが目の前はぼやけたままだ。鼻水の出て来る、喉の奥から嗚咽が聞こえる。今まで過ごしてきた記憶が走馬灯のように巡った。

「嘘‥‥‥だ、嘘なんでしょ? ねえ? 七森さん?」

 必死に七森さんの体を揺らして、今の言葉が嘘だということを真実にしたかった。

 しかし、七森さんは私の両肩に手を乗せるだけで何も言ってくれない、これが真実だということを、必死に私に訴えてくるのが伝わる。

 受け入れたくない真実、しかし、生きる上でその真実は飲み込まなければならないことだった。

「うわあああぁぁぁぁーーーー???」

 膝から崩れ落ちて、それでも七森さんから手を離さず、私はまるで子供の頃に戻ったように、大声で泣いた。


 テレビとかで大事な人を失った人のインタビューを見たりするけど、その時は可哀そうだなーとか、この人も辛いんだろーなとか思ったけど、実際に失った立場になったら、外に出る気力さえ失ってくる。可哀そうとか辛いとか、そんな次元じゃない、もうなんか自分でも訳が分からなくて、ただ喪失感だけが、胸の真ん中にぽっかり穴が開いたような感じだ。表に出てコ

メントをしている人は、実はあまり悲しんでないんじゃないかとか‥‥‥考えちゃダメなことを考えてしまう。

 慶君の死を知らされた私は、散々泣いた後、もぬけの殻になり七森さんから、

『今日はもう帰って休みなさい』

 そう言われ、加奈ちゃんに肩借りて、用意されていたパトカーに乗って家まで送ってもらった。

 最初に私の家に着いた、送ってくれた警察の方が声を掛けてくれて、ボワボワと聞こえてくる声を何とか認識して車を降りようとしたのだが、体が動かなかった。

「はっちゃん?」

 加奈ちゃんが心配して私の顔を覗き込んでくる。体が徐々に震えてきて、今、家に帰って一人になるのがとてつもなく怖いんだと、私は自分を理解した。

「加奈ちゃん‥‥‥」

「なに?」

「私を‥‥‥一人にしないで」

 声にも覇気がなく、弱々しくて小さな声だったが、私のもう一人の親友にはしっかり届いたようだ。

「うん‥‥‥一人にしないから。刑事さん、私もここで降ります」

「わかりました」

 警察の方は加奈ちゃんが一緒に降りるのを許可して帰って行った。私達二人は家の中に入って、真っすぐ私の部屋に向かった。その間も私の足には力がうまく入らず、加奈ちゃんに負担を掛けさせてしまった。

 部屋に入って私をベットに座らせ、加奈ちゃんも隣に座る。私は無意識のうちに加奈ちゃんの手を握る。

「どうして‥‥‥慶君なんだろう」

「うん」

「死ぬんだったら、もっと適切な人がいたでしょう‥‥‥」

「うん」

「まだまだ、人生はこれからなのに‥‥‥」

「うん」

「どうしてなの‥‥‥」

「‥‥‥うん」

 私の吐き出す心の声を、加奈ちゃんはしっかり受け止めてくれる。私が今言っていることは人として最低だと思う。けど、言わずにはいられない、自分の気持ちを出さないと、壊れてしまいそうになる。

「これからも三人で大学行って、違うところに就職して、それでも三人毎日会って‥‥‥」

「うん」

「上司がウザかったとか、仕事がうまくいったとか、一人暮らししたとか、給料はこんなのに使ったとか‥‥‥」

「うん」

「もっと私達の思い出を作る予定だったのに!」

「‥‥‥」

「なのに‥‥‥なのになんで?」

 下を向いて下唇を噛み、散々涙を流したのにまた涙が流れ、加奈ちゃんの手を強く握ってしまう。

 どうしようもない心を、悲しみや怒りで出すことによって自分をコントロールする、慶君を殺した犯人に殺意も抱いてくる。どんどん正常の道から離れていく。

「慶君を殺した犯人が憎い! 憎い! 憎い! 憎い!」

「‥‥‥」

「私が‥‥‥私が慶君の仇をッ!」

「はっちゃん‼︎」

 下を向いていた私は加奈ちゃんの手を握っていた手を力強く引っ張られて、加奈ちゃんの方に体が動き、私をギュッと抱きしめた。痛いと感じるくらい強い抱擁。

「はっちゃんが何を考えているかは、私にはわからないけど‥‥‥慶君を殺されて、感じている気持ちは私も一緒だから!」

「ッ!」

「私だけじゃない、慶の両親だって私達と‥‥‥いや、多分私達以上の気持ちだよ」

「‥‥‥」

「だから」

 抱擁を解いて私の目を真っすぐ見る彼女の目には涙があった。その涙で私はようやくまともな思考になる。

「一人で考え過ぎないで、はっちゃんには‥‥‥私がいるから!」

 親友の一人を失った、そのことは私の心に大きな影響を与えたが、救うのもまた親友だ。

 今度は私から加奈ちゃんに抱き着いた、親友の温もりを、心に感じるこの温かい感覚を、私は忘れないようにしたい。

 

 慶君が殺された事件は、七神町男子高校生殺人事件として捜査が開始されることになった。

学校も休校になってようやく本当の夏休みが始まった。

 捜査が始まってからの三日間、私と加奈ちゃんはずっと二人、私の家で過ごしていた。とにかく、慶君が殺された当日よりも落ち着きを取り戻した私だが、一人になるのがとても怖く、そしたら加奈ちゃんも怖いとのことで二人一緒だ。

 別に私の家じゃなくてもいいと思うのだが、別に何かあればすぐに加奈ちゃんの家にも行けるし、この怖ささえ落ち着かせればなんだっていい。実際、加奈ちゃんのご両親からも了承をもらっている。

 慶君のご両親は警察に協力して、犯人を早く捕まえて罪をつぐなってもらいたいと、悲しみの力をバネに頑張っている。そして、慶君のお葬式は明日行われる予定になっている。もちろん私達も出席する予定だ。

 そんな前日のお昼の事、私の部屋で加奈ちゃんと私が勉強をしていると、

 ピーンポーン

 と、家のチャイムが鳴って、加奈ちゃんが「私が出て来るね!」と言って下に行った。階段を下る音を聞き、私は少し心細くなってしまう。ドアをガチャリと開けた音がして、そこから加奈ちゃんが誰かと会話し始める。会話の内容はよく聞こえない。すると、

 ドッ! ドッ! ドッ! ドッ!

 階段をもの凄い勢いで登ってくる音が聞こえ、私は思わず立ち上がり、ドアの方を見てしまう。

「たっ大変だよ!」

 加奈ちゃんが顔色を青くして、階段を一気に登ってきて息も少し上がっている。私はあわて

て加奈ちゃんに近づいた。

「大丈夫加奈ちゃん?」

「私は大丈夫だから、それよりはっちゃんが‥‥‥!」

 その時、加奈ちゃんのほかに階段を上ってくる音が聞こえた。しかも一人ではなく複数人だ。

そして私の部屋に入ってきた最初の人物は、七森さんだった。その後ろに複数人(多分七森さんの部下たちだろう)が待機している。

(なんで七森さんが? しかも大勢人を連れて‥‥‥)

 私の理由はすぐに解決した、七森さんが見せた紙と言葉によって。

「二階堂果無、神崎慶殺人の疑いで逮捕する。なおこの家の中に事件と関係するものがないかなど調べさせてもらう」

「へ?」

 そして、私は逮捕された。


 3

「お前がやったんだろ?」

 何時間もこの部屋に閉じ込められてから、このセリフを聞くのは何回目だろうか。

 家に七森さん達が来てからのことはいまいち覚えてない、それぐらいの衝撃な展開に私は置

いてきぼりにされてしまった。

 人生で三度目となるパトカーは、まさか犯人側の視点で乗るとは思わなかった。パトカーの中には運転する警察の人と、助手席の警官、私を両側から挟むように座る二人の警官、合計で四人の警官が私なんかのために乗り込んでいる。そして、四人とも私を見て、なんか驚いた顔をしている。

 そりゃそうか、だって犯人がこんな若い人だったら誰でも驚くか。しかも、優秀な高校に通っている女子高生だし一応。逃げられないために手錠までされている、こんなか弱い女子高生が訓練された警察官から逃げられるわけがないのに。

 パトカーが止まって、降りろと言った警察の人の指示に従って私が下りると、私は光に包まれた。

 パシャ! パシャパシャ!

 目の前を覆いつくす人と、カメラのフラッシュで私は目をくらませる。そして私に向けられたマイクに、いろんな方向から聞こえる人の声。混乱している中で、私は警察の人に引っ張られる方向について行くことしかできなかった。

 慶君の事件は今や一番ホットなニュースとなっている。私は知らなかったが、というかこの三日間、外の情報は一切見ていない。だが、このマスコミの数を見ればこんなことはすぐに予想できる。

「私はやってません‥‥‥」

 到着して私は真っすぐこの取調室に連れてこられて、このやり取りを繰り返している。いかにも頑固そうなガタイのいいおじさんがさっきから私に怒鳴ってばっかりで、この私達のやり取りを、これまたいかにもな感じな眼鏡をかけた細いお兄さんがパソコンで記録している。

 バンッ!

「お前は何回嘘をつけば気が済むんだ!」

「‥‥‥嘘なんてついてません」

「それが嘘と言ってるんだろうが!」

 バンッ! バンッ!

 机を叩き、私はびくりと反応してしまう。やってないのにやっていると疑われ、しかもこんなところにまで連れられて、マスコミにも囲まれて、弱っていた心にとどめを刺したのは言うまでもない。

 私はギュッと膝の上で拳を作って、体を丸めて下を向き、ついに涙がこぼれた。

「泣いてどうにかなると思ってるのか!」

 頑固なおじさんの警察は私が泣いたのを見ると、さらに怒鳴る声が大きくなり、机を叩く力も強くなる。

「人一人殺しておいてなくとはどういうことだ! なんとかいえ! 女子高生だからって優しくされると思うなよ!」

 私は短い人生の中で一番の地獄を見たのだった。


「ほら、出ろ」

 私がここに連れられてきてから何時間が???いや何日経ったろうか、中にある牢屋からは日の光は入らず時間が分からない、それに起きているときは全部取調室で怒鳴られ続けた。暴力などは一切なかったが、私の精神はズタボロだ。犯人じゃないのに本当のこと話せだの、君の人生はまだやり直せるのだの、お前は人として終わってるのだの、様々な罵倒や誘導があの

取調室では飛び交った。

 そんな毎日に私は怯えていた、もう疑われるのは嫌だ、怒鳴られたくない、私は眠れなくなった。一応食事も用意されるのだが、口の中に入れるともの凄い吐き気がして食べられなかった。唯一水が飲めた。

 日々やせ細っていく体と、もうろうとする意識。やってもない罪を認めて楽になろうと何度思ったことか。けど、そんなことはしなかった。

(そんな偽物の真実で慶君は喜ばない)

 不幸中の幸い、慶君は私にとって二人しかいない親友の一人。その慶君のためにと私の心はクモの糸でギリギリ繋がっていた。

 建物から出て、そこに待っていたのはマスコミとそのマスコミを抑えている警察の方、そして私を送ってくれる車だった。

「あの! 本当にあなたが犯人なんですか!」

「今のご感想を!」

「人を殺してどういった感情ですか!」

「中ではどのようなことを!」

 光に包まれる中で私は車に乗り込む、それでもマスコミは諦めず車の周りに集まってきて、警察に引きはがされても諦めない。無理矢理車が動き出して、ようやくマスコミは諦めたのだった。

 

 家まで送り届けられたが家の前にもマスコミはいた、この手の世界にいる人間たちはとにかく情報を得るために手段を選ばない。ここでも警察とマスコミのひと悶着があり、私は急いで家の中に入ってカギを閉め、家中のカーテンを全て閉めた。二階にある自分の部屋入り、ベットの布団にくるまって完全に光を立った。

 外の世界が怖い、今や私は男子高校生を殺した殺人鬼として世の中に知れ渡ってるだろう、自分はやってないのに世の中はやったと思い込んでいる。こんなことになったからには私の人生はもう元には戻らないだろう。

 私はもう何度目かわからないが涙を流した。すると、スマホの着信音が部屋中に響き渡った。

体をビクッとさせて、布団を少し開けてスマホを取り画面を見た。そこに書かれてあった名前を見て私はすぐに着信のボタンを押して電話に出た。

「もしもしはっちゃん、私」

「‥‥‥加奈ちゃん」

 電話の相手はこの世に今一人しかいない親友の加奈ちゃんだった。その声を聞いただけで私の心はどれほど癒されたか。

「加奈ちゃん、私ッ!」

「わかってるよ、はっちゃんは絶対犯人じゃない」

「ああ‥‥‥」

 その言葉をどれほど言ってほしかったことか、疑われ続けてまともでいられる人間なんていない。まるで神様からの言葉みたいに私は今まで感じていた、心の重みがスッと消えていった。

「はっちゃんがいなくなってからの二日間、私ははっちゃんが犯人と思ったことなんで一回もないよ」

 力強くそういう加奈ちゃんが本当にカッコよくて私は、今までとは違う涙、嬉し涙を流すのだった。

「私は世界でただ一人のはっちゃんの見方だから」

 電話のはずなのに私には、加奈ちゃんの温かさが伝わっていた。


 完全に外が暗くなって、マスコミの人たちももう帰った。私はようやく布団の中から出てこれた。やはりこの真夏日に布団なんて被るものなんかじゃない、体中汗でびしゃびしゃだ。

 なんというか、ようやく落ち着いてシャワーに入ることが出来たと思う。取り調べを受けていた時のことはいまひとつ覚えてない。加奈ちゃんが二日間と言っていたけども、私はもっと長く感じていた。

 私の体を伝うお湯は今まで溜まっていた汚れ????疲れも流していくようだった。あそこで体験した地獄のような日々が、靄をさすように頭の中から流れていく。空っぽになって何も考えられなくなって、やっと肩の力が抜けた。

 心のダメージというのは時に身体のダメージよりも深刻だと、今回の経験で私は学んだ。体の傷は今の医学であれば、傷跡を残さずに綺麗に治るが、心の傷はそうはいかない。治ってもその傷はずっと残り続け、いつかまたその傷が再び開いてしまう可能性がある。人を壊すなら

まずは心から。人格の柱である心を壊せば後はもう‥‥‥

 キュッ

 シャワーを止めて、せっかく空になった頭でまた余計なことを考えてしまった。私はさっきの考えを忘れて浴室から出たのであった。


 久しぶりのご飯はカップラーメンで済ませた???冷蔵庫に何も入ってなかったのだ。いつも自分で作って食べているが‥‥‥うん、カップラーメンもなかなか美味しい。というか、さっきまでの空腹だったら何を食べても美味しいのではないか‥‥‥

 ズルズル

 麺を口の中へと運び、味わいながらよく噛んで、胃へ流す。スープの独特な味と面が絶妙にマッチしている。そして、小さいながらも入っているナルトもまた美味しい。見た目も悪くなく味が避ければもはや完璧なのではないか?

 そんな少しおバカな考え方をしているうちに食べ終わり再び二階に行こうと思ったが、少し外の空気が吸いたくなった。


 外は当たり前だが真っ暗だ。等間隔で置かれた電灯と月明かりが周りを照らし、この光源の少なさのおかげで星が凄く綺麗に見える。夜目になっていないから周りはよく見えなく、星が私の視界を埋め尽くす。夜遅くまで起きていることはあっても、外を見ることはなかったが、見てこなかったことを後悔するぐらい綺麗だ。

 夜といういつもと違う雰囲気がとても新鮮で、同じ空気を呼吸しているのに心が躍るような感じがする。昼間はあんなに暑かったのに、夜になると涼しくて快適になる。何も見えなくて誰もいない、毎日通ってた道なのにとても楽しい、いつもの公園を目指す私、スキップをしたりボーっと上を眺めながら歩いたり、普段じゃしないことをこの時間この瞬間だからやる。

 そうして随分時間をかけて到着した公園、闇に目が慣れて周りが見えるようになって、滑り台の上に誰かいるのが分かった。私は驚いた????こんな表現しかできないがとにかく驚いたのだ。今の時間はもう午前の二時をとっくに過ぎていて、普通の人は外に出ていないはずなのに。私は月明かりを頼りにその人物をよく見た、髪の色は美しい黒でショート、上はTシャツに黒のテーラードジャケットを羽織り、下は黒いパンツを履いてサンダル‥‥‥

(この格好どこかで?)

 月明かりに照らされる顔は中性的で美しく男にも女にも見えて、正直どちらにしても美男か美女だ、滑り台の周りに散らばっている大量のお酒から、かなり飲んでいるのが分かる。

(この美しい顔でどっちかわからなくて、大量のお酒は!)

 私の記憶が現在と過去でつながった。あの時???慶君と加奈ちゃんと三人でコンビニに行って、私が奢ることになった時の前で会計していた人だ。凄いお酒と綺麗な顔だったから印象的に残ってる。

 それにしても、あの量のお酒を一人で飲んだというのか。下に転がっているお酒はビールの勘や焼酎の紙パックだけでなく、ワインの瓶やウィスキーまで空で転がっている。空気中に漂うお酒の匂いに今更ながら気づき顔をしかめる。

 夜の楽しい気分が消えてしまい、その場で足を止めているとお兄さん? のほうから話しかけてきたのだった。

「やあやあそこのJK、どうしたんだいこんな夜中に」

 その声もまた、男なのか女のかわからない中性的な声だ––––世の中にはこういう人もい

るんだろうが、いるだけであってその数は少ないとても少ないだろう。

 声を掛けられたら声を返すのが礼儀なのだが????返す言葉がなかった。ただでさえ、女子高生がこんな夜中に歩いているというだけでも言葉に詰まるのに、今の私は男子高校生を殺した犯人としてニュースに出たのだ。

 バレたら、私はいったいどうなってしまうのだろうか‥‥‥

 想像しただけで体が震えてくる、お兄さん? からの視線を下を向くことで切った。

「だんまりかね? 悲しいねー、jkに無視されるとは、ワタシはひどく傷ついたよjk、お詫びにお酒を注いでおくれよjk」

「‥‥‥」

「jk、ねえ、jkって、聞いているのか? 上司の言うことは絶対なんだぞjk」

「‥‥‥」

「まったく今どきのjkときたら、返事もろくに返せないのか? いやjkだからこそ返さないのか、いわゆる思春期というやつだな! わかったぞjk! お前は思春期であるがためにワタシの言葉に返事をしないのだな! うむうむ、思春期は誰しもが通る道だからな、親に自分の部屋に入ってほしくなかったり、妙に彼氏彼女が欲しくなったり––––ははは、ワタシの配

慮が足りなかったな……ところでjkお酒を持っていないか?」

 私の気持ちを率直に言うなら、「即座に逃げたい!」だ。いや、だって、この人危なすぎでしょ。

 はっきり言って最低だ。なんなんだこの人、私が返事を返さなかっただけで、めちゃめちゃ絡んできて、果てには自己解決してしまったし??挙句の果てに酒を持ってないかだって? ものすごい酔っ払いに絡まれてしまったものだ。

 あんなにカッコよく、後ろの背景がキラキラと見えていたカッコいいお兄さん? だったが、人の株というものはすぐに下がっていくものだ。

 こんな酔っ払いに私は何を警戒していたのやら、ばからしくなってくる。

 そう、この時の私はあまりの結果に心を緩めてしまった––––つまり、油断だ。私の今置かれ

ている状況で油断というのがどれほど危険なのか、身をもって知る。

「なんだ思春期のjk、私にお酒を渡さないというのなら、その()()()()()()にでも渡すのか?」

「えっ?」

 私は急に突き付けられた言葉を理解するのに数秒かかり、理解するや否や後ろを振り返った。するとちょうど曲がり角から逃げる人影が見えた。

「ははは駄目じゃないか思春期のjk、マスコミという生き物は情報を得るためならば昼夜問わず粘り続けるものだ」

 確かに私は、もう夜だからと、外に人影は見えないからと、勝手に決めつけていた。

 情報を命として仕事をする人の心を全く考えていなかった。

(油断した……!)

 そう、思った時にはもう手遅れなのだ。さっきの人影がただの通行人だったとしたら(たぶん、いや絶対にないとは思うが)私の今後は平和––––ではないけど、いくぶんかましだ。マスコミならば(ほぼ百パーセント)『夜のうちに逃亡!』とか『知らない男性との密会!』とか私の犯人としての評判がさらに上がっていく。

 私は警察に逮捕された、慶君を殺す動機が発見されたからだ。しかし、警察は逮捕するだけで、私を起訴することはできなかった。動機は見つかっても証拠が見つからなかったからだ。

 それなのにこうして悪い噂が広まれば広まるほど、ありもしない証拠ができてしまう。そして私は再び逮捕、起訴され、罪を背負わされる、冤罪の完成だ。

 冤罪は警察にとってとても好ましくないしもちろん私も。しかし、警察の名誉や自分の身(百パーセント自分の身)を守るために今の自分ができることが、考え付くかというと何も考え付かないのが現実だった。

 いくら理想を並べても、それを実現できなければ意味がない。自分の無力さがとても腹立たしい。自分の身くらい自分で守れなくてどうする。

「自分の無力さに気づいただけでもワタシはいいと思うけどね〜」

 お兄さん? はまるで私の心を読み取ったかのようにそう言った。自分の考えがばれていたことにも驚いたが、やはり一番は––––

「あなたは私の何を知っているのですか」

「ん〜、思春期のjkの事件のことぐらいは知ってるよ」

 そう、ニヤニヤしていったのだ。

 初めて私は、お兄さん? と目を合わせた。時間がたって周りもだいぶ見えてきて、美しい顔立ちだとは思っていたが、その美貌は私の予想をはるかに超えていた。アイドルにいても差し支えないほどの美貌の持ち主(男か女かわからないけど)。

 逆に男か女かわからないからこそ、そこにどこか神秘性とか芸術性が生まれているのかもしれない––––周りの背景も彼女を引き出すためのシチュエーションにしか見えなかった。綺麗な星空、月明かりに、この公園(遊具が二つとシンプルな景色)も……

(はっ!)

 私は数秒の間飛んでいた意識をようやく取り戻して、本題を思い出した。

 なんであんなことを聞いたのか、自分でも自分のことをうまく説明できないのだが(一番とか言っといて)こう、なんというか、この人からはどこか底知れない不思議な感覚? みたいなものを感じたというか––––ここで出会ったのも偶然じゃないような。

 とにかく、お兄さん? が返してくれた答えに、私はさらに深く入る。

「……私の事件を知っているんですか」

「そりゃあもちろん! 名前は未成年だから伏せられてはいたものの、今や世の中のホットニュースだよ」

「よく私だってわかりましたね、たぶん顔写真だとモザイクがかかってたはずです」

「それは最近パトカーがここを頻繁に通るのが一つと、あとはあれだけマスコミが家の前にいたら、顔ぐらいバレるでしょ?」

「……確かに」

「それに、ワタシたちは別に初めてって訳じゃないでしょ?」

「えっ、それって」

 お兄さん? が言いたい場所、私が初めておにいさん? を目撃した場所、三人で行った最後のコンビニでのことだ。

「私のことを覚えていたんですか?」

「いや、思春期のjkを覚えていたわけではないのだよ」

「?」

 私を覚えていないのに、私と出会ったことは覚えている? 一体どんななぞなぞなのだろうか。

「あの時、ワタシの印象に残っていたのは、外にいた思春期のjkの連れの二人だ」

「慶君と加奈ちゃん?」

「その慶君と加奈ちゃんが、あの日コンビニを出た私が出たとき何かこそこそ話してたから、気になってこっそり聞き耳立てたんだよ」

 何をやっているんだこの人は、人の内緒話を勝手に聞くとか、プライバシーの侵害、れっきとした犯罪だ(盗聴は法律では裁けない)。

 でも、私が会計を澄ましているうちに、二人だけで内緒話? まあ、なんか夫婦みたいな二人だったから、二人だけで話したいことでもあったのかもしれないし、私の知らないところで付き合ってたりして。

 別に私は、加奈ちゃんと慶君が付き合ってたとしても別に驚かない、当たり前の二人がくっついたなと、薄く反応するだけだ。

「そしたら、慶君のほうが、明日俺は果無に告白すると言っていたんだ」

「え?」

「そしたら加奈ちゃんのほうが、じゃああの作戦を実行しようと言って、それ以上聞いてたら怪しまれるから帰ったが、人の告白宣言ほど印象に残るものはないだろう? だから、ワタシは思春期のjkは覚えてないけど、そういえばコンビニの会計で一緒だった人がいたなと覚えているんだ。簡単に言えばおまけだな」

 私が警察に逮捕されて、貴様には動機があるとか言われて、それが慶君は私が好きだったらしい。慶君は毎日日記をつけていて、そこに私の思いが書かれていたんだとか、しかもその日記の何日かは––––

 平成xx年 十二月 二十四日 

  今日はクリスマス、いつもの三人で俺の家でクリスマスパーティーを開いた。毎年この三人でパーティーをやっているが全然飽きない、とても楽しかった。しかし、来年から俺たちは高校三年生になる、受験が忙しくなって大変な時期になり、高校生活が終わってしまう。このままのんきに過ごしていたら、果無に俺の思いが高校生のうちに届かない。だから俺は今日、

勇気を出して果無にアプローチをした。その結果、聞いてすらもらえなかった。

 好きな人にこんな感情を抱くのもあれだが、自分の心を踏みにじった果無には正直憎悪が湧いた。この俺の気持ちは本物なのに!日記に八つ当たりをしても意味がないので、そんな一日だったと締める。


平成xx年 五月 二十日

 今日は勉強会をするために果無の家におじゃました、メンバーはいつもの三人で順調に進んでいった。クリスマスの心の傷はいえてはいないが、俺はチャンスをもう一度待っていた。すると、神様は微笑んだのだ、果無と二人っきりになったのだ、部屋の中で男女が二人、いくら昔から仲が良くても意識くらいするだろう。俺はあの日のリベンジをした。

 だが、また、失敗に終わった。


平成xx 七月 十一日

 果無が気づいてくれない、俺はお前のことがこんなにも好きなのに、どうして俺の愛を受け止めてくれない、せめて断るくらいはしてほしい、そうすれば俺だってあきらめがつくのに!

最近は照れずに果無にアピールできるようになったのに、果無は全く振り向いてくれない。

 悲しい、辛い、憎い。


 ––––こんなことが記されていて、警察の考えた、私が慶君を殺した動機は、あまりにもしつこいアプローチだったため殺した。

 動機がこれで、事件当日の警察の見立ては、私は日々慶君がアプローチをかけてくることが苦痛となり、早朝の誰もいない山に慶君を一人呼び出した。当然思い人からのお誘いを断るはずがなく、到着した慶君は山道を外れた茂みへと誘導されて、あんな無残な死体で発見された。

 殺害を実行した後の私は、あらかじめ用意しておいた、手紙を加奈ちゃんのポストに入れて、家に帰る。そして、いつも加奈ちゃんの家の人たちが起きること時間や、その手紙を読んで加奈ちゃんが絶対に来ることを知っていた私は、自信をもってもう一度山の入り口に行き、加奈ちゃんと合流し、二人で遺体を発見する。

 これを初めて聞いた時の私の気持ちがわかる人はいるだろうか。

 慶君からアプローチをされていたことすら知らない(大前提)私が苦痛だと思うだろうか? 

否、矛盾している。そもそも慶君の好きな人が私だと知ったのは逮捕されてからで、そこから警察の人たちが話すことは全部が筋違いで、間違えで、誤りだというのに––––もちろん否定はした、慶君からの思いなど知らない、アプローチを受けた記憶がないと。だが警察はみんな口を揃えて、

『嘘をつくな!』

 そう言った。そこからは地獄だった、私が知らないことが知っていることになっていて、行ってない場所が行っていることになっていて……全てが警察の都合のいい解釈になっていった。

 取り調べも一日中というわけでもなく、何時間か休みがもらえる(全然休まなかったが)、そこで私はずっと考えていた、慶君を殺した犯人が誰なのかどうして殺したのか。そして、どうして慶君は私たちを山頂に読んだのか––––しかし、私は探偵ではない、結局何も考えられなかった。

 だが、だがしかし、私が悩んだことの一つの答えを目の前のお兄さん? は知っていた。

 その情報を聞いたら別に私のことを、おまけで覚えていたとかいう情報は全然入ってこなくなる。

「慶君と加奈ちゃんがそんなことを話していたのですか?」

「いやはや、青春––––アオハルだね。誰が聞いているかわからないのに」

 この証言があれば、私にかけられた疑いを晴らすことができる! もしかしたらこのお兄さん? はさらに情報を持っているかもしれない。 

 疑いは晴れても、また変な解釈を起こして逮捕されてはかなわないから。

「あの、それ以外に二人が話してたことってありませんか?」

 私は興奮を抑えきれずに、少し大きな声をあげてしまった。人から疑われるのがつらいことは今回の件でとてもよく分かったので、私は早く楽になりたかった。

 するとお兄さんが滑り台から立ち上がり、私のほうに向かってきた。その足取りはお酒を大量に飲んだ人の足取りではなかった。

 強く一歩、また一歩と距離を詰めてくる。近くなるにつれて私との身長差が大きくなり、その顔もよりはっきりと見える。

 その顔がいくら美しくても、いくら高身長でスタイルが良いといっても、知らない人が近づいてくるというのは恐怖心が芽生える。

 しっかり私の目をまっすぐと見つる。私の中にあったお兄さん? のイメージが勝手に優しい人となっていたことに、この瞬間ようやく気が付いた。ほんの数回、しかも話したのは今日が初めての赤の他人に、勝手なイメージで無意識に決めつけていたが、もしかしたら悪い人かもしれないのだ。

 ––––わかった気になっていただけだった。

 お兄さんが私の目の前に立つと、その顔は見上げるほど高い場所あり、私は動くことができなかった。

 何をされるのだろうか、殴られる? 連れ去られる? はたまたただ私の前に来ただけ? 

私の頭の中に考えられる出来事が思い浮かびそして、最悪の事態も––––

(殺される!)

 お酒を飲んでるなんて嘘だった。だってあれだけ飲んで足元がしっかりしてるなんておかしい。しゃべり方だって酔っぱらっている人みたいに演技してたんだ。全部全部騙されていたかもしれない。慶君と加奈ちゃんのことも、もしかしたら……

 するとお兄さんが、ポケットに手を入れて何かを取り出し、私のほうへ差し出してきた。とっさの反応で、私は両腕を挙げて体をくの字に曲げ後じずさる。両目を閉じて本当の暗闇になる。さっきとは比べ物にならないほどの緊張がして、体が冷え切っていくのを感じた。

「おやおや、思春期のjkは少し情緒不安定のようだな。よく見た前、ワタシが出しているのはナイフとかスタンガンとか物騒なものではなく、名刺だよ」

 暗闇の中でお兄さん? の声はよく聞こえた。

(めい……し?)

 数秒たっても体に異変がないので、私は恐る恐る目を開けて、お兄さんが手に持っている物を見た。

 荒川探偵事務所 所長

   荒川 一

    七神町xxx―xxx

        電話番号 ***―¥¥¥¥―&&&&

 お兄さん(もう名前からして男だろう)の持っていたのは名刺だった。私は全身から力が抜けて、態勢を崩してしまうが、

「おっと」

 お兄さんがすぐに動いてくれて私の腕をとって、助けてくれた。

「仕方がないことだ、君が地獄から抜け出してから、まだ半日くらいしかたっていないのに。それにマスコミが家の前にいて怖くて仕方がなかったろ」

 その言葉はまるで私の行動を全部見ていたかのようだった。

「助けてほしいが誰も力になってくれない。友達とかをあたろうとも考えたが、その友達にも迷惑をかけてしまう。両親は……いない、もしくは今なんだかの理由で連絡を取れないため頼れず、弁護士を予防にもお金がかかり八方ふさがり」

 お兄さんは私から腕を話し、どんどんと私の内面を当てていく。すべてを知っているまるで神様のようだ。しっかりと地面に二本足で立ち、驚愕、恐怖、そして期待を込めた顔でお兄さんを見る。

 『助けてほしいが誰も力になってくれない』そうお兄さんが言った時に、私は自分がなぜ外に出てみたかったのかが理解できた気がする。加奈ちゃんに救われたと思っていたが、あれはただの励ましだった、現実からは助けられていない。それに私は気づいていなかった。だが、無意識に助けを求めた、そして、無意識で動いた成果が表れようとしている。

 今までの会話で私はこの人がただのお兄さんとは思えない、もしかしたら––––もしかしたら、

私を助ける蜘蛛の糸になるかもしれない。

「だけどね、思春期のjk、八方をふさがれたからってまだあきらめるときじゃない、それがわかってて君も行動したんだろ?」

 お兄さんは私に手を伸ばした。細くてきれいな指。ごつごつとしてなく、でも、力ずよく、まるで女のような手。

「私が思春期のjkを助けてあげよう、君の罪を私が元の場所に返しておこう。しかし、私の力を借りるか借りないかは君次第だが、どうするかね、()()()()()?」

 地獄の空から、不釣り合いなほどにキラキラと輝く蜘蛛の糸が私には見えた。

 しかし、それは蜘蛛の糸だ、それに変わりはない。私がつかんでしまったら切れてしまうかもしない。だが、私はその薄い希望をぎゅっと握った。

 たとえこの蜘蛛の糸が切れようとも、やってみなければ未来はわからないのだ。限りなく少ない可能性でも、私はその先を見るためにお兄さんの手を力強く握るのだった。


 4

「よし、ならばまずはワタシの事務所に行くとするか」

「えっ今からですか?」

「ああ、思春期のjk……おっと失礼、依頼人となるのだからしっかり名前でっと、おほん! 果無には今マスコミはもちろんのこと、警察も周りにいる。探偵たるもの依頼人との話は機密事項であるから絶対に外部へは漏らさない。そのためには私の事務所がうってつけだ、そしてさっきのマスコミに対しても探偵を雇ったといえば変な噂は広まらなくなるし、警察も外に出た果無がどうしようが口出しはできないさ」

 お兄さんはそう長々と話してくれた。私が依頼人となった瞬間とてつもない優遇。私の気持ちを察してくれて、周りの状況までも解決してくれる。

 そして、周りにマスコミだけではなく警察もいるという事実に私は背筋が凍った。私への疑いは晴れていないのだ。あと、せっかく思春期のjkから、名前で呼んでくれるようになったのだが、依頼人に対して呼び捨てはいいのだろうか?

「ほらほら、ボケっとしてないで私の事務所に行くぞ果無!」

「えっ、ちょっ!」

 お兄さんが私の手を引いて商店街の方向へ歩いていく。私たちがいつも登校している道を歩き、少しだが心がキュッとした。

 商店街の道を過ぎて、例のコンビニも過ぎ、左手に森が見えて、右には空き家、アパートが建っていて、お兄さんはその間にある路地裏に入っていった。

 いつもこの道を通っていたが、ここが路地裏だということは気づかなかった。何せ、暗すぎて奥はてっきり壁でもあるものだと思っていた。

 そうした真っ暗な路地を抜けるとそこには、アパートが建っていた。アパートの裏にアパートが建っているのだ。しかも、路地裏に立っているアパートからはかなり年季を感じる。

「昔からある建物だからね。この町もどんどんと栄えて行って、この場所もついに周りが囲まれて闇に隠れてしまった、激安な家賃で貸し出されてるんだ」

 そのアパートには下に三つ、上に三つと計六つの部屋があり、そして上の階の階段を上ったすぐ左の扉には、この場の雰囲気とは随分かけ離れている、ピンクに赤に青に緑に––––様々な色でデザインされている、『荒川探偵事務所 なんでも受け付けます!』と書いある。

「ふっふっふっ、いいだろうあの看板、こんな暗い雰囲気の場所とはあえて真逆の看板をつけることによって興味が引かれて以来が来るという寸法だよ」

 お兄さんはなぜかドヤ顔でそう言った。

 本当に、この人はこんな看板で依頼人なんか来ると思っているのだろうか。第一この場所は、人が全く通らない路地裏に立っているのだ、依頼人なんか来ないだろう。来たとしてもあんないかにも怪しい看板があったら、警戒して絶対に入らない。ていうか、アパートの一室だから入りにくい。

 それに––––それに、看板をつけて宣伝をするのなら、こんな路地裏よりも人が多く通る、商店街のほうがいいと思うのだが……まあ、本人が良いと思いならいいのだが。

 会談を一段一段上るたびにキィキィと悲鳴を上げる。この空間と相まって、日も出てないこともありなんともおどろおどろしい。この雰囲気では事務所の中もいかにもな畳の1Kではないのだろうか。

 お兄さんが鍵を使って事務所のドアを開けて、扉を開けた。

「ようこそ、私の城『荒川探偵事務所』へ」

 そこに広がっていた空間に私はあっけにとられてしまった。壁は私が想像していたような白い壁ではなく、レンガ模様になっていて、下は古臭い板ではなく、おしゃれなアンティークな濃い茶色の板。入って横には靴箱と、その上にはいくつか観葉植物がおいてあり、藁で編まれている皿に飴が入っていて『ご自由にお食べください』と書いてある。

 上についている電気も、昔の発熱電球ではなくLEDで、とても明るく照らされている。一本の廊下には扉が右手にある一つと奥の二つしかなく、右の扉には『TOILET』と書かれていた。

 この場が一瞬海外のように見えた。まるで想像もつかないこの内装、幽霊やなんやらがいっぱい出そうな雰囲気の建物からは想像がつかない。ドアを開けたら別の場所にワープしていたというほうが信じられる。それぐらい雰囲気が違うのだ。

 靴を脱ぐ場所があり、そこにはスリッパが揃えられていた。そのスリッパもなんというか、置物として存在感がすごい。

 お兄さんの後をついていき、奥にある部屋の扉を開けて電気をつけてくれた。対面で並んでいる四人は座れそうなソファー、パソコンや資料などがきれいに置かれている机、家具は少ないがとてもすっきりとしていて、茶色で統一されているこの部屋は、なんとも落ち着く空間だった。

「やっぱり探偵と言ったらシャーロック・ホームズ、ホームズと言ったら茶色というわけで、ワタシがデザインしたんだ。少しお隣さんに手伝ってもらったがね」

 こんな風に部屋をがらりと変えてしまうデザインというものは、そこから才能の影が見える。断じて、イメージしてやったからと言ってここまでもクオリティーになるわけがない。

「ひとまずかけたまえ、紅茶とコーヒーとオレンジジュース、どれがいい?」

「じゃあ……

「「オレンジジュース」」

「……」

「ふふ、果無ならそう言うと思ったよ」

 私とお兄さんの声が見事にハモった。お兄さんはまるでいたずらに成功した子供のような笑顔で机に向かっていく。

 ガチャリ 

 どうやら机の後ろには見えなかったが冷蔵庫が置かれてあるらしい。それにしても自分の考えが全部見透かされているようでどこか落ち着かない。

「さあさあ、正式な依頼人だ。確認するが、今回の依頼は果無の罪を晴らして、真犯人を突き止めればいいのかな?」

「……」

 目の前に置かれた百パーセントのオレンジジュースの缶から、水滴が缶をなぞり、その身を大きくしながらテーブルを濡らす。

 本当は、私の冤罪を晴らしてくれればいいのだが、大事な––––本当に大事な友人の死、その真相を知りたくないものなどいないだろう。警察に頼んでも教えてはくれないだろう、テレビを見ても情報は乏しいだろう、ならば私は私個人で調べ上げてやる。

「……はい」

「わかった、ワタシは今回、果無の罪を晴らし真犯人を突き止めてみせよう『La() verite(ヴィリティ)』(真相をこの手に)」

 右手を胸に当て、左手を腰に回して、こちらに頭を下げる。まるでお姫様に挨拶をするような執事のようだ。

「じゃあ、この書類にサインしてくれ。一応、正式な依頼だからね」

「わかりました」

 私は渡された書類にすらすらと自分の名前を書き込む。

「うん、しっかり書類も書いてもらったし、さっそく事件について聞きたいところだが……一度寝るとするか」

 思わず倒れてしまうところだった。これからだというのに、お兄さんはなにを言い出すことやら。

「人は睡眠をとらないと脳のパフォーマンスが下がってしまうんだ。それに果無の体調も心配だ。倒れて事件の詳しいことを聞けないのが何より駄目なことだ、だから今日は寝て明日本格的にスタートしよう。寝るときはこのソファーで勘弁してくれ毛布も貸すから」

「でも、私が家に帰らなかったら、それこそマスコミたちが反応するんじゃないですか? 例えば見出しに『逃亡』とか書かれたら、私は本当に社会的に終わってしまいますよ」

 社会的に終わる、それはつまり人生の詰みだ。社会を生きてくうえでレッテルは大事だ、どんなに悪人でもレッテルが『善人』と張られればその人は善人になってしまう。自分の友達や血縁者などの知人ではない、赤の他人はそのレッテルの情報を信じてしまう。

 そして、犯罪者だと信じている人が多ければ多いほど、そう思っている人の思考に合わせようと、信じていなかった人まで信じてしまう。

 私はもうすでに落ちてはいるかもしれないが、底ではない、まだ登れるチャンスがある。まだ、自分の人生を詰みにできない。そのためには、なんとしてもこの探偵に一日でも早く、一時間でも一分でも一秒でも早く、事件を解決してもらわないと。

「その点なら気にすることはないよ、果無は正式に探偵という法律の盾を身に着けたんだ、実際に判決を下された人が弁護人を雇うのと一緒だよ。堂々としていればいい、私が守るから。そらっ、そんな顔しない、ジュースでも飲んで今日は寝なさい」

 お兄さんは私が手を付けていないオレンジジュースを開けて私に差し出す。本当にこの人は公園で会った時のあの酔っ払いなのか、私は疑いながら開けてもらったジュース(飲まないわけにはいかない)をグイっと飲む。オレンジの甘みとほのかな苦みが口の中いっぱいに広がって、喉を通した後もまだかすかにオレンジの香りが鼻に残る。

「じゃあ、はいこれ、タオルケット、明日私が起こしてあげるからそれまでゆっくり眠っているといいよ」

「でっですか……ら……」

 急に視界が歪みだして、体に力が入らなくなり、私はソファーに倒れることになった。そして、これまでに感じたことのないほどの瞼の重さ。抗ってはいるが、その重さには到底耐えられなかった。

「それじゃあ、お休み、果無」

 私にそう言って、タオルケットを掛けるお兄さんは、また子供のような笑顔で私にそう言った。私は快楽に身を包まれるのだった。


 私は、こんなにも気持ちのいい睡眠を体験したのは、初めてだった。私はどちらかといえば、眠りが浅いほうで、よく眠りが浅いと夢を見るといわれているが、それが本当なら私は、内容は覚えていないが夢を頻繁に見ている。そんな私が、こんなにも深く眠りにつけたのは、きっと昨日、お兄さんからもらったあのオレンジジュースのせいだろう。あれを飲んでから私は気が遠くなって、眠ってしまったのだ。

 私が起きたころにはもう昼は過ぎて、お兄さんが向かいのソファーに座って、コンビニのお弁当を食べていた。

「やあやあ、おはよう果無。調子はどうだい、よく眠れたかい?」

「……はい、おかげさまでぐっすりですよ!」

 あったばかりの人に、薬を飲まされるという、この奇妙な体験をした人ならわかると思うが(多分、あまりいないとは思うが)、それはなんとも危なっかしくて、怖くて、腹立たしいことか。今回は、多分、睡眠薬だったからよかったものの、下手したら猛毒とか飲まされて死んでいたかもしれないのだ。しかも、睡眠薬とかは、人によって飲む量が違って、薬との相性もある、目覚めたことを神様に感謝し、薬を入れた張本人には、しっかりと理由を聞かねば。

「それはよかった! それじゃあ、早速だが……」

「ちょっと、待ってください!」

「どうしたのかね? 昨日あれだけ事件を早く解決してくれと言ったのは果無なのに」

「確かに言いましたが、今はそこじゃないでしょ! 私に変なものを飲ませておいて何もなしですか!」

「昨日のは必要な処置だったんだよ」

 お兄さんは悪びれた態度などなく、自分は当たり前をやったことと、逆に自信満々な態度だった。

「いいかい? ワタシはね、依頼には全力で取り組み、そして何としても真実を手に入れるが。それ以外にも、依頼人の体にも気を遣う。なぜか……依頼人自身が興奮していたり情緒不安定だったら、しっかりとし情報が聞き取れない可能性がある、この情報が真実にどれほど大事なものか、パズルでいうところの枠組みみたいなものさ。未成年じゃなければお酒を飲ませて落ち着かせるが、あいにくjkの果無は無理だ。そして、昨日はもう夜が遅く、目の下のクマを見れば最近ろくに睡眠をとれてないのが見えて、だから寝かせようとしたが、情緒も不安定だったため、そんな状態での睡眠はよくない。だから、市販で売っているちょっと強い睡眠剤を飲ませたのだ。これで満足かね?」

「……」

 怒涛の言葉に、私は思わず圧巻してしまった。本当にこの人は、私が聞きたいことを先にこたえてしまうから、会話が成り立たない、一方的すぎる。

「それでも、薬以外の方法ってなかったんですか……」

「これが最善だと思ったんだ。今回の真相を早く知りたがっていたからね、その条件がなかったら今回の方法は使わない。だが依頼主の願いを全力で聞き入れるのが、探偵としてのワタシのモットーだからね。ほらほら、この話はもう終わりにして、果無の分もお弁当買ってきたから食べて、真相を手に入れよう」

 コンビニの袋から、私の分のお弁当と飲み物を渡して、中断していた昼食をお兄さんは再開した。今回の一見、それでも薬を使うことが、ベストだったかは、私にはわからなかったけど、お兄さんが私のためにしたことだから、少し目をつぶることにしたのだった。

「……おいしい」


 昼食を食べ終えてから、やっと事件についての話が進んだ。まずは、今回起きた事件がどのようなものなのか。

「事件はテレビには映らなかったが、新聞にはでかでかと一面を飾っていたよ。しかし、しょせんは人が聞いた情報だ、君が本当に体験したことなんかとは比べ物にならないよ。これから私が今持っている事件の概要を言うから、果無が知っている事件と照らし合わせてくれ」

「わかりました」

 私は、自分がどのようにして、世の中に知れ渡っているのか、まだ、あまり知らなかった。

不幸中の幸いというべきか、テレビには映らなかったらしい。

 本当に幸いだ。

 私は、生きてきた人生の中で、これほど集中して話を聞くことは初めてだった。

「まず、事件の被害者からだ。名前が伏せられていたが、某N高校の三年生の男子生徒で、山を半分ほど登った当たりの道を外れた森の中で、バラバラになった遺体として発見された。ここまではあってるかい?」

「はい、N高校は七神高校で、被害者の名前は神崎慶です」

「よし、そしてこの第一発見者が果無とお友達ということだ」

「はい、私の友達、大門加奈ちゃんと発見しました」

「被害者と第一発見者、つまり果無たちとの間には強いつながりがあると、新聞にはあるがそれは何だい?」

「私たち三人は、家が近いことから小さいころからよく遊んで、三人で助け合って今まで生きてきました。今の高校にも三人で猛勉強して入ったんです。だから、まるで血のつながった家族みたいなものでした」

 お兄さんが鋭く、迫力のあるその目で私をじっと見ている。瞬きをせず、じっとこちらを見つめ、私の一言一句をものすごい集中力で聞く。これには私も、しっかりお兄さんの目を見ることで答えることにした。

「次にどのようにして、遺体を発見したかだ。第一発見者は二人、同じ高校の女子生徒であるN氏とD氏……果無と加奈ちゃんだね、は、事件当日の朝に家に被害者が書いたと思われる手紙が届き、それを読んで山を登った。そして、二人が山を半分ほど登ったあたりで、N氏が何か異臭が漂うと言い、その方向に行ってみると遺体があり、二人はすぐに警察に知らせたと」

「その情報は間違いありません」

「じゃあ、いくつか質問させてもらうね。まず、届いた手紙がどうして、被害者である神崎慶のものだと思ったのだい?」

「届いた手紙には、慶君の名前が書かれてありました」

「それだけでは、被害者、神崎慶のだという確証はないだろう?」

「それは字の癖を見れば慶君のだと確証が持てました。小さいころから慶君の字は、その、特徴的で、いままで慶君と同じような字を書いた人を私は見たことがありません」

「それも筆跡を似せて書けばいいことだと思うが?」

「それでも、小さいころから見てきた私の目に、狂いはないと断言できます。なんだったら加奈ちゃんに聞いてもいいですし、筆跡鑑定したとしても、結果は変わらないと思います」

 字というのは、人の癖が一番出やすいものだろう。例えば『す』と書くのに、この丸の空間がすごく細く、全体的に細長かったり、『ん』の最後の部分が横に払われていたり、『な』の形など、本当に十人十色だ。

 そんな文字の癖を、もうかれこれ十年以上見てきたら、さすがに、この人の字だなと確信できる。今回の事件で私がどれだけ動揺していたとしても、これだけは自信を持って言える。

「ふふ、そこまで自信があるなら信じるよ。じゃあ、この手紙をもらった時、どんなことを考えた? 朝早くから呼び出され何をすると思った?」

「わかりません、その理由を知りたくて、私は行ったんです」

「なるほどなるほど、異臭に先に気が付いたのはどっちだい?」

「私です」

「それじゃあ、申し訳ないけども、遺体はどんな風にバラバラになっていたか、話せるだけ話してこれないか? 体調が悪くなったらすぐに中断していい」

「……はい」

 頭の中に、あの日の光景を思いだす。すると鮮明に思い出さる。朝日がまだ出たばっかで、鳥のさえずりと、淡い太陽の光のベールが、街を美しくしていたこと。登っていくにつれて、きつくなっていく鼻が曲がりそうな臭い。そして……

「……そして、足にこつんと当たった、血まみれの斧。そのまま目線を上げていくとそこには……そこにはっ! まるで火事にでもあったかのように、周りが血で染まって、胴体と四肢が全部違うところに、あ、って……」

 私は、体の重心がぐらりと横に傾き、反射で何とか倒れずに済んだが、呼吸が少し早く、胃の中が気持ち悪い。

「落ち着いて、私の目を見るんだ!」

「はぁはぁはぁはぁ」

 遠近感がわからなくなってきた、視覚を頑張って制御して、お兄さんを見る。するとお兄さんが、私の目を真っすぐ見てくれるおかげで、視点がはっきりとしてきた。赤く見えていた周りが通常の色を取り戻す。

「落ち着いて、私と同じタイミングで息を吸ってー吐いてー」

「すぅー、はぁ〜」

 うるさく鳴っていた心臓が、しっかりと正常の回数を刻みだし、私は元の体調に戻ることができた。

「危ないところだった。すまない、無茶をさせたようだ」

「いいえ……大丈夫です」

「だが、おかげで事件については詳しく知ることができた。それじゃあ今度は事件の概要ではなく、推理と行こうじゃないか」

 するとお兄さんは、ソファーから立ち上がって、そこら辺をうろうろと歩き出したのだ。「こうすることによって、脳を最大限働かせるのさ」お兄さんはそう言い、話を進めた。

「推理だが、まずは警察の考え方から考えてみよう。まず警察は、バラバラで発見された遺体を見て、すぐに強烈な恨みを持つ者の犯行だと考えた。警察はすぐに被害者の身の周りを調べ、そして、果無が犯人説として候補に挙がった」

 お兄さんは今この瞬間もしゃべりながら動いている。私はこの世の中で、こんな推理小説に登場してくるような人は初めて見た。一回だけ読んだことのある『シャーロック・ホームズ』のホームズその人を見ているようだった。

「犯人として挙がった理由、それは被害者、神崎慶の部屋にあった日記から果無に好意があり、日々アプローチをしているが、果無はそれを気づかないふりをしていた。ということがわかり。

そこから、果無はもう何年もアピールしてくる被害者、神崎慶がうっとうしくて仕方がなかった。そしてついに、感情が爆発して犯行に至った」

 実際には嘘なんだが、現実に起こった真実をお兄さんはなぞっていく。来た道を戻るみたいに、たどり着いた結果の過程を見る。

「その日記から、君が第一容疑者となり、逮捕された」

「……でも、警察の推理は全く違っていて」「結局、釈放された」

 私の言葉の続きをお兄さんはさらりと言う。私の考えは筒抜けなのではないのか、不安になってきた。

「今回、警察が上げたのは証拠ではないのだよ」

「どういうことですか?」

「証拠ではなく、()()。やったという証明ではなく、なぜやったのかという()()。それを今回、警察は見つけたのさ。でも、罪人を裁くには、動機ではなく証拠が必要だ。例えば君が見たという斧に、君の指紋が付いていたなら、それは証拠となり、君は法に裁かれる」

 なるほど、お兄さんの説明はわかりやすい。確かに原因は大事である、それがなければそもそも、事件などは起きないのだから、その原因が見つかり、それにつながっている人物が怪しいと思うのは当たり前だ。だが、原因はあっても、その人がやったという証明にはならない。

 ある部屋に、普通体型の人が九人、肥満体型の一人の合計十人の人がいたとする。人数分用意していたおやつが、いつの間にか誰かに食べられていた。その証拠に、ゴミ箱にそのお菓子のゴミが捨ててあった。この時一番に疑われるのは誰か、そう、肥満体型の人だ。その人は、いつでもお腹をすかせていたため、()()がその人を犯人にした。しかし、しかしだ、本当の真実は、普通体型の一人が食べたという。

 たまたま小腹がすいていて、自分の好きなお菓子があったから食べてしまったと原因があり、服の裾についていた、お菓子のカスが証拠となったのだ。

 つまり、この二つは二つで一つの考え方で、どちらか一つが欠けていたら成り立たないのだ。

「警察が動機を見つけたところまでよかった、しかし、それに合致する証拠を見つけることができなかったから、君は今ここにいる」

「じゃあ、いったいどれが真実なんですか?」

 お兄さんは、動かしていた足を止めて、目をつぶって、こめかみを指でトントンと叩く。

 トントントントントントントン

 一定のリズムで動く指、私は真実がわかったのかと、体をこわばらせた。

「警察の動機については、概ね正しいと思う。その証明は、私がコンビニで被害者、神崎慶の話を聞いたことにある。あの時の被害者、神崎慶は確かに言った『明日俺は果無に告白する』と、つまりこのことから、被害者、神崎慶は君に好意を寄せていたことは明白だな」

 慶君が私を好きだったと聞いての私の心境は驚きしかなかった。別に慶君が嫌いというわけではないのだが、別に付き合うほどに、好意を抱いていたかと思うと違う。兄弟に恋愛感情を抱かないのと一緒で、慶君はただの家族だった。

「だがしかし、これが一番重要なのだが、あまりにも被害者目線過ぎて、果無の考えを勝手に決めつけてしまった。人間というものは、答えが誤りだとしても、正解であってほしいから、勝手に正解にしてしまう生き物だ」

 そのせいで私は、ひどい体験をした。

「じゃあ、果無目線から考えてみよう。被害者、神崎慶の熱烈な思いは届いていたかい?」

「いいえ、慶君が私のことを好きだということは、逮捕されて初めて聞かされました」

「そうだろうと思ったよ。慶君の思いに気が付いていないのに、どうして犯行に及ぶのか。だが、警察もただ、殺す動機があるというだけで、逮捕まではいかない」

「えっ? でも、実際に私は逮捕されて……」

「そう、つまり君が知らない情報を警察は考えて君を逮捕したんだよ」

 よくわからない、私が逮捕された理由は、アピールがうっとうしくて殺害したじゃなかったのだろうか? 

「さっきまではあくまで、理想論だが、ここからは物理的な話さ。被害者、神崎慶がどうして殺されたかではなく、()()()()()()()()()()()()()()、これも真実には欠かせない。こういう理由で殺したってわかったとしても、その人が現場にいないことになったら、意味がないからね」

 確かに、いくら動機はあっても、その人と被害者との間にものすごい距離が開いていたり、時間的に不可能だったりしたら、絶対に犯人とはならない。

「果無以外にも、犯人候補として挙がったものはいる、なのになんでその中から選ばれたのか、それには死亡推定時刻が大きくかかわってくる。果無は被害者、神崎慶がいつ殺害されたか知っているかい?」

「……知りません」

「死体が発見された前日の、午後四時から午後七時にかけての三時間。その時間に果無は何をやってた?」

「えーと、その日は学校から帰ってきてからずっと勉強をしていました」

「それを証明してくれる人物か物はある?」

「人はいませんが、物ならその日にやったノートがあります」

「それは証拠にはならない、もしかしたら、昨日やったノートかもしれない。これで君のアリバイはなくなった」

「アリバイ……」

「現在不明証明のことだよ、これで君は午後四時から午後七時までの間で犯行が可能だ」

 現在不明証明、つまり、私がいくら家で勉強をしていたと言っても、証拠がないため、事件現場に行っていたかもしれないということになる。

「でっでも! それじゃあ、ほかの人がやったというアリバイはあったんですか!」

「あったんだろう、そもそも今回の事件のカギになるのは、バラバラの死体ということだ。もしも、人間をバラバラにするとしたら、いったいどれだけ時間がかかると思う?」

「え、えっと……」

「頭のいい君ならわかると思うが、かなり時間がかかるんだ。しかも、男の体ってのは、女よりはるかに筋肉があるから、バラバラにするにはかなりの労力がいる。それに骨っていう問題もある」

 自分の腕を手刀で切りつけるジェスチャーをやりながら、お兄さんはどんどん話を進める。

「だから、死亡推定時刻が午後四時から午後七時の間だったとしても、バラバラにするには、見積もっても二時間くらいはかかると推測する。もちろん機械の力を利用したなら別だけど事件前場に斧が落ちていたのなら、それが犯行に使われたに違いない。犯行時間もそしてそのあとも、アリバイがない人物、それが果無だったわけだ」

 そう、忘れていた。逮捕されて、尋問されたときに何回も言われた、『アリバイがないのはお前だけなんだ』っと。動機の面で怪しい人たちをピックアップし、アリバイから犯行可能な人物を絞りこみ、そして証拠を突き付けて罰する。この三つの過程を考えて当てはめると、最初の二つが当てはまっているのだ、逮捕されて当然だ。

 すると、ドカッとお兄さんがソファーに座った。そして、上着のポケット(服装は昨日と全く同じ)から、煙草とライターを取り出した。

「煙草は大丈夫かい?」

「はい、別にいいですけど」

「ありがとう」

 そういって、煙草を一本取り出し、ライターで火をつける。煙が出始め、煙草特有の臭いが私の鼻を刺激する。お兄さんは右手の人差し指と中指の間でもって、煙草を口に銜える。そして、吸わずに口から離した。

「えっ吸わないんですか?」

 ついつい私は質問してしまった、煙草に火をつけたのに吸わないなんて、おかしすぎる。お兄さんの顔はなんとも、きょとんとしていた。

「だって、煙草を吸うと体に悪いだろ? 歯だって汚くなるし、口臭も臭くなる。そんなデメリットしかないものを吸う理由はないだろ?」

 そんな風に当たり前のことを返されて、誰が納得するのか。

「じゃあ、なんで煙草に火をつけたんですか?」

「吸っているという、()()を味わうためだよ。まあ、今は私のことよりも事件だよ」

 いやいや、お兄さんのその不思議な行動も十分事件だということは言わずに、本題に戻った。

「犯人は果無しかいないという事実と、果無自信はやっていないという事実。同じ世界で事実が二つ存在することなどありえないことだ。つまり、どちらかの事実が間違っているということになる」

「だったら、私がやっていないことが事実です」

「ワタシもそう思うよ」煙草を銜えながら微笑んだ。

「さて、さすがに私の情報と、果無の情報だけでは細かいところまで推理ができないな」

「それじゃあこれから、どうするんですか?」

「それはね……おっ!」

 また、ソファーから立ち上がったお兄さんは、今度は玄関まで行った。私からはちょうど玄関が見えていて、お兄さんはなぜか、チャイムすらなっていないのに玄関を開けた。すると、ドアを開けた先に人がいて、お兄さんの体でよく見えないが、とても驚いている様子だった。

「ニーナ! 待ってたよ!」

「なんであなたはっ!」

 そしてお兄さんが、その見知らぬ人の腕を引っ張り事務所の中に入れたのだ。一瞬、誘拐でも起こったのかと思ったが。近づいてくるにつれてよく見えてくる、その見知らぬ人の顔を見て、私は心底驚いた。

「離してください! なんであなたは! いつもいつもっ!」

「ああ?」

「ん? お客さ……ああ?」

 私の叫びに気づき、彼も気が付いたようだ。

「なんで、七森さんがこんなところに……」

「二階堂果無……」

 七森七華、確か警視庁捜査一課で、私を逮捕した男。

「すまなかった!」

 すると、七森さんはいきなり体を九十度以上曲げて、頭を下げ、私に向かって謝罪をした。

突然の行動に私は、ポカンとするしかできなかった。

「二階堂果無、警官としてやってはいけないことをやってしまった私を許してほしい! そのためだったらなんだってする!」

「ほお! なんでもやるのかー!」

 お兄さんが私と七森さんとの間に、ギュッと入ってきた。そうだ、そもそもなんで七森さんがここにいるのか、なんでお兄さんが七森さんを事務所に入れたのか、そこが疑問だったのだ。だが、なんというか聞ける雰囲気ではないなと思っていると。

「ニーナはこのアパートに住んでいて……というか、このアパートには私とニーナしか住んでいないから、仕事から帰ったらここに帰ってくるのは当たり前で。知っての通りニーナは警察だから、今回の事件の情報を貰おうと思って、事務所に入れたんだよ」

 また私の心を読んで答えたお兄さん、本当になんなんだこの人は……。

「それよりも、ねぇ、ニーナ、今なんでもやるって言ったよね? なら、事件について教えてよ」

「嫌ですよ!」

 七森さんはガバッと頭を上げて、お兄さんを睨んだ。

「なんで、一般市民であるあなたに教えなきゃいけないんですか!」

「ニーナも鈍いな〜、この場面を見て、理解できないのは鈍すぎるよ。なんで果無がここにいて、そしてここはどこだい?」

「も、もしかして?」

 七森さんは私の顔を見て、そして、再びお兄さんの顔を見る時には顔を真っ青にしていた。

「やっと察したか! さあ、座りたまえ! そしてすべて話したまえ!」

 なんか、悪徳業者が商売している雰囲気って、こういう感じなんじゃないかと私は思った。

 というわけで、私の座る場所は変わらず、横にお兄さんが座り、さっきお兄さんが座っていたところに七森さんが座る。七森さんの顔は大変よろしくない色だ。

「ハジメさん、何度も何度言いますが、私が外部に情報を漏らしているなんて、絶対に言わないでくださいね」

 青い顔をした七森さんが––––大の大人が本気で頼み込みをしている。それをニヤニヤと笑っている、こちらの某探偵事務所の探偵。なんか、正義ってあっけないなと感じる。

「言うか言わないかは、ニーナ次第だよ」

「……それと、ニーナもやめていただきたいんですが……」

「何を言うか! 七森七華、七が二つでニーナ! かわいくて呼びやすいじゃないか! ワタシのつけた名前に文句があるなら、このことを上層部に漏らすぞ」

「いやー! ハジメさんに着けてもらった、名前は最高だなー!」

 笑顔で涙を流す人を私は初めて見た。ものすごく惨めだった。

「それでは、推理第二部といこうか!」

 なんか、お兄さんの声がご機嫌に聞こえるのは、私の気のせいだろうか。

「まず、ニーナには事件現場について話してもらう、遺体はどういう状態だったのか、その周辺は? 死因は何なのか?」

「えーとですね、事件現場には第一発見者の二階堂果無が証言した通り、血まみれの斧が付いていて、その先に四肢と頭が切り離された遺体がありました」

「そこはもう知っている、それで?」

「遺体を詳しく調べてみると、死因とみられる腹部への複数の刺し傷と、その……」

 七森さんが、私の顔を見て、なんとも複雑な顔をしていた。何か私に気を使うことでもあるのだろうか?

「ニーナ、気にせず言うんだ。真実を知りたがっているはワタシだけじゃない」

「……遺体の、その、性器がグチャグチャにされていました」

「なに?」

「調べると、包丁のようなもの、腹部を刺したものと同じもので、何度も何度もめった刺しにされたんだとわかりました」

 七森さんがなんでためらったのか。そりゃあ、男二人に女一人のところで、こんなワードを言うのは誰でもためらう。しかし、真実に近づくには必要なことなんだが。わかっていても、私の頬はほんのり赤みを帯びていた。

「……腹部の刺し傷をもっと詳しく頼む」

「はい、腹部の刺し傷はさっきも言った通り包丁のようなもので合計五回刺されていまして。しかも、刺された個所から上に傷が開いていたことから、犯人は包丁の刃を上側にして刺したんだと推測されます」

「なるほど、なるほど」

 お兄さんは、再び立ち上がり歩き出した。

「バラバラにされた遺体については?」

「はい、バラバラにされた遺体については、現場に落ちていた斧を使ったとみて、まず間違いないと思います。それとあれだけの作業を行うのに、専門家は二時間はかかると言ってました」

「なるほど、なるほど、なるほど、なるほど」

 お兄さんのうろつくスピードが上がっている、こんなに同じところをグルグル、グルグル回っていたら目が回らないのだろうか。しかし、お兄さんの顔は真剣そのもので、まるで私たちには見えていないものを、一生懸命見ているみたいだ。

「ニーナ」

「はい」

「他の容疑者は果無を除いて何人だ」

「二階堂果無を除けば、残りは二人。そのうちの一人は、もう一人の発見者である大門加奈、彼女は二階堂果無と同じく、被害者、神崎慶ととても親しい中にあったため、一応、容疑者に入っています」

「加奈ちゃんは絶対に犯人ではありません!」

 私は気が付けば大きく叫んでいた。かけがえのない親友が何者かに殺され、最後の一人の親友であり、唯一、私のことを犯人じゃないと言ってくれた大親友。そんな加奈ちゃんが、慶君を殺すはずがない。

「……わかっている。大門加奈にはアリバイがしっかりある。家には専業主婦の奥さんがいるから、家にいるときは彼女が証明する人となり。午後五時三十分から午後六時三十分ころに、買い物のため家を出るが、商店街での目撃があるため、そして犯行時間が約二時間のことから、容疑者からは外れた」

 私は心の底からのため息をはいて、安堵した。彼女が犯人と言われたら、私は私がどうなるのかわからない。

「もう一人は?」

 お兄さんはスピードを維持しながら、頭をトントンするのを加えてさらに聞き出す。いつの間にか煙草は消されていた。

「二人目の容疑者は、被害者、神崎慶の自宅の隣に住んでいる茂吉(もきち)吉三(よしぞう)という、よわい八十歳を迎える老人で、なんでも彼は奥さんが亡くなられた、半年前から、神崎家に怒鳴りを上げて

いて、お前の息子を殺してやるとも言われたらしいんです」

「アリバイは?」

「アリバイはしっかりあります、彼は事件当日は昼からお酒を飲んで、午後四時ころには、べろんべろんに酔っぱらっていて、交番に連行されていました。そして、午後七時ころにようやく家に帰りました。僕が知っているのはここまでですよ、ハジメさん」

 七森さんは、ぐったりとソファーにもたれかかってそういった。ここまで情報を漏らしてしまった七森さんの顔色は、もはや吹っ切れて元の健康そうな顔いろに戻っていた。

「……容疑者のアリバイを調べたのはニーナかい?」

「そうです、今回の容疑者は少なかったため、経験の浅い僕にアリバイ調査が任されました」

「それじゃあ、容疑者たちの家に入ったのかい?」

「入りましたね」

「それじゃあ、容疑者たちの家の中の様子を細かく教えてくれないか、まず大門加奈から」

「プライバシーなんで、これはいくらハジメさんでも……」

「言うぞ」

「はい、大門加奈の家に伺った時には、奥さんが出迎えてくれて、居間に通されました。大変掃除が行き届いて、どこもかしこもピカピカでした。食器棚の上にはなんとも微笑ましい家族写真が置かれていて、私は心が温かくなりましたよ。そうして、奥さんとそれから娘さんと話して、さっきのアリバイを聞きました。すると奥さんが、必死に娘さんが犯人ではないことを

言うんですね。この子はとても優しい子なのとか、最近このルームフレグランス? なんか香水みたいなものを私の誕生日に貰ったとか。確かにとてもいい匂いでしたよ。そんなものですね」

 加奈ちゃん、お母さんの誕生日プレゼントあんなに悩んだ結果、ルームフレグランスにしたんだ。確かに、あのものすごくピカピカの家に、いい匂いが漂っていたら、とても素敵に思う。そういえば思い出したが、事件の、私が逮捕される前に、七森さんが家に来たのだった。そこで、アリバイのことを、お兄さんに言ったのと同じことを言ったのだった。

「次、茂吉吉三は?」」

「彼の家に聞きに行ったときは、玄関先で聞きました。事情を話すと、これが怒り出して、もー大変でしたよ。一緒に来ていた先輩と一緒になだめて、何とかして、さっき話したアリバイを聞き出したんですから。しかし、彼は奥さんが亡くなられたことがとてもショックだったんだと、ちらりと見えた、廊下にためられたゴミの山を見て思いました。最初に行った、大門家とは大違いでしたよ」

「よしニーナ、もう帰っていいぞ」

 突然、お兄さんはそう言った。

「突然なんですかハジメさん」

「突然も何も、情報を聞いたら、ニーナにはもう用はないから、せっかくの仕事から帰ってきたのだから休んでほしいなと思って」

「ハジメさん、それは人としてどうなんですか?」

 私もそう思う、お兄さんは多分、人間として何か大切なものが一つ––––いや、二つほどかけていると思う。ここまでの印象だけれども。そう感じたのだ。

「ハイハイ、ありがとうありがとう。君の情報提供のおかげで、一人の冤罪者を救ったんだよおめでとう。さあ、帰った帰った」

「えっ? ハジメさん、それって犯人が分かったんじゃ……」

「ああ、わかっている。後で教えるから、今は果無と二人っきりにしてくれ」

「それじゃあ、わかりました!」

 七森さんは元気よく、探偵事務所を出て行った。最初と真逆だ。

 だが、私は七森さんが出て行ったことではなく、その理由に、興味があった。

「事件の犯人が……分かったんですか?」

 私は恐る恐る聞く。慶君を殺した犯人が、私の罪の持ち主が、こんなにも早く分かってしまった。私の情報を、七森さんの情報を、新聞の情報を、見て聞いただけで犯人が分かってしまったのか。さっきこの人には、人間として何か欠けているといったが、その分、並外れたものがあるのではないか。そんな推測が私の頭の中をよぎる。

「ああ、わかった。犯人はわかった。証拠も何とかなるだろう。しかし、動機はいったい何なんだろうか」

「犯人は誰なんですか?」

 私は叫んだ。気持ちが先走る。この罪から解放されると思ったら、体が勝手に動いてしまう。お兄さんはもう動くのを止めて、私の前に座りなおす。そして、再び煙草に火をつけて、口に銜えるだけ。

「犯人は、大門加奈だ」

 声がやけに部屋に響いた感覚がした。この感覚、慶君が殺されたと知った時と同じ、血の気が一気に引いて、顔が青ざめていくのがわかる。頭の中で嘘だと叫んでいる自分、しかし、それが本当なんだと、現実を突きつける現実。頭の中がもうパニックだ。

「加奈ちゃんは……違いますよ」

 必死に声を出して否定する。そうあってほしくない現実から、必死で抵抗する。

「いいや、犯人は大門加奈で間違いない」

「違うって言ってるでしょ!」

 喉が裂けるくらいの大声を出すのは初めてだ。喉のあたりから血の味がする。

「いいや、真実だよ、二階堂果無」

「なんで、なんで加奈ちゃんが犯人何ですか! 加奈ちゃんは、慶君を殺されて、どん底にいた私を救ってくれたんですよ! それに、釈放されてからすぐに加奈ちゃんが電話してくれて、大丈夫だよって……言ったんです」

「なら、彼女が犯人であることを一緒に見に行こう」

 お兄さんは、とても冷たい声で淡々と告げる。

「そこで、真実を見るんだ。真実を受け入れないものはただの愚か者だから。さあ、行こう」

 お兄さんが、煙草を消して立ち上がり。私も、お兄さんに続き立ちあがる。真実を受け入れないものは愚か者。その愚か者になったとしても、私は……


 5

 事務所を出てから、お兄さんはポチポチとスマホを操作しながら歩いていた。加奈ちゃんの家までの道のりは知らないらしく、私が先頭を歩いて案内をする。

 加奈ちゃんの家に着くまでにお兄さんから守ってほしいと言われた、三つのことがある。

一つ、質問されたこと以外で口を開かない。

二つ、お兄さんの発言に合わせること。

三つ、同情するな。

 これら三つを守れないようだったら、加奈ちゃんの家だけ教えて、事務所に帰れと言われた。当然私はついていく、真実ではないことを、心の底から願って。

 加奈ちゃんの家について、お兄さんは何のためらいもなくチャイムを押した。

「果無、なんか理由をつけて、ワタシたちを大門加奈の部屋に入れるんだ」

 チャイムが応答する前に言われた、その命令を、私は犬のように従う。

「はーい、あら、果無ちゃんいらっしゃい。それと、お隣の人は……」

「どうも、彼氏の荒川一と申します」

「あらあら、ついに果無ちゃんにもそういう人ができたのね、ちょっと待って今開けるから。加奈〜」

 そこでチャイムからの応答は途切れた。というか、この人、私の彼氏としてこの家に入るのか。これを聞いた加奈ちゃんきっとびっくりするだろうな。

 ガチャリ

 ドアが開けてくれたのは、てっきり加奈ちゃんのお母さんだと思ったら、加奈ちゃん本人だった。

「加奈ちゃん久しぶり!」

 これは私の素の挨拶だ。親友に久しぶりに会ったのだ、挨拶くらいはいいだろう。

「……はっちゃん、彼氏できたの?」

 親友からの挨拶は、なんというか、私ととても温度差を感じた。質問されたことなので、私は、お兄さんとの約束を守って彼氏彼女の関係を作る。

「うん、そうなんだ。それで加奈ちゃんにも紹介しようと思ってさ、加奈ちゃんの部屋に入れないかな?」

「……いいよ、入って」

 その時の加奈ちゃんの目は、絶対に私の方を向いていなかった。すべてお兄さんに向けて、鋭い目線を飛ばし、お兄さんに向けて話すように、冷たく話す。なぜ、加奈ちゃんは私を見てくれないのだろう。私は心に悲しみを覚えた。

 加奈ちゃんの部屋は二階にあって、ドアに『かなのおへや』と書かれたプレートが掛けてある。加奈ちゃんの部屋の中は相変わらず人形がいっぱいで、女の子の手本のような部屋だ。部屋の中は全然変わってなかったが、部屋の中から香る、このとても良い匂いは初めてだった。

「あれ、加奈ちゃんの部屋、ものすごくいい匂いがする!」

「おかあさんの誕生日に挙げた香水、いい匂いだったから私も買ったんだ」

 加奈ちゃんはやっと私の目を見て話してくれた。いつもの親友の笑顔に心が安らぐ。加奈ちゃんが犯人なわけがない。

「いやー、果無の親友なだけはあります。机には教科書が開かれていて勉強をしていた形跡がある。おまけに部屋もとてもきれいで美しい。しかし、この匂い、ワタシには少し強すぎです」

「いやいや、お兄さん、この匂いの良さがわからないとか正気ですか?」

 急に加奈ちゃんの様子がおかしい、お兄さんが感想を言っただけなのに、ものすごく睨んでいる。どうしてそんなに、お兄さんに向けてトゲトゲしいのか私にはわからない。

「申し遅れたね、ワタシの名前は荒川一です。よろしくね、加奈ちゃん」

「あんたが加奈ちゃんって呼ばないで、呼んでいいのははっちゃんだけよ」

「そうですか」

 なんか、この二人の間に火花が見える。どうしてこんなに険悪なのか、不思議でしかなかった。

「はっちゃん、どうしてこんな男と付き合ってるの?」

「それは、事件で苦しんでいる果無をワタシが助けたからですよ」

 私に来た質問をお兄さんが横取りする。

「はぁ? あなたははっちゃんの赤の他人でしょ? どうして、はっちゃんと出会ったのよ」

「あれは、夜中の零時を回って日付が変わった時でした。ワタシが夜の街を散歩していると、あなたの家の前の公園で、何やら落ち込んでいる果無さんと出会いました。夜中に、しかも女の子が公園にいるなんて、何かあったのかとワタシは彼女に近づき話を聞きました。それから、ワタシは彼女と話をしていくうちにだんだんと仲良くなって、そして、交際をスタートしました」

 よくもまあ、長々と嘘の話を話せたものだ。即興だろうか? そんな事実は一切ないのに、それを知っているのは私だけ、加奈ちゃんを見ると、とても冷えた目でお兄さんを見ている。私もみたことがない、加奈ちゃんだ。

「ねえ、それってさ。はっちゃんの弱みに付け込んでるだけだよね? はっちゃんが弱ってるから付き合っちゃおっていう、お兄さんの下心見え見えだよ? そんな関係、私は許さない!」

 大激怒だ、あんなにいつも笑顔で輝いていた加奈ちゃんが、怒りで顔を歪ませて、感情をぶつけている。私のために––––私のために?

「私は許さないって、別にあなたの許可が必要というわけではないでしょ?」

 お兄さんが火に油を注ぐようなことを言う。ドンピシャで加奈ちゃんの怒りのボルテージが上がる。

「私ははっちゃんの親友なの! 親友の心配しちゃダメなわけ! 体が目的のあんたと違って私は本当に、心配して言ってるの!」

「ワタシと果無は、しっかりお互いが求めあって付き合っているのです。私が一方的に果無が好きなんじゃありません。互いが好き、両思いなんですよ」

「うるさい! なんで、なんであんたなのよ!」

 ここからの加奈ちゃんの言葉は、過去に戻れるなら、聞きたくはなかった。

「なんで、なんで! こっちは十年以上積み重ねてきたのよ! はっちゃんの癖も、苦手なことも、得意なことも、好きなことも、嫌いなことも、体にあるほくろの数だってわかる! バストや身長の大きさだって、体重の重さだってわかる! なんでこんなにも思ってるのに、愛しているのに! あんたなのよ!」

「簡単な話だよ、果無は君じゃなく、ワタシを選んだ。ただそれだけのことさ」

 これがトドメだった。ここから加奈ちゃんの感情は、コントロールを失い、全てを話した。そう、全てね。

 加奈ちゃんはガッと私の肩をつかんで、瞳孔が開かれた目を私に向けながら、まるで血の涙を流しているような形相だった。私は、親友のその顔を一生忘れないだろう。

「はっちゃん! こんな男を選んだら駄目だよ! 男なんてみんなクズ! 生きている価値なんてない、人間の底辺! ねえ、私と付き合いましょう? 私はね、ずーとはっちゃんのことが大好きだったんだよ? 親友として、女として。大丈夫、性別の壁なんて関係ない! 一緒に乗り越えよう! 私たち二人ならなんだってできるよ! そのために、今回の事件を起こしたんだから! 邪魔者の慶を殺して、はっちゃんを追い詰めて私に惚れさせる! 作戦はうまくいったのに! どうして、どうしてどうしてどうして、どうして! 私を選ばないの、ねえ、はっちゃん!」

 もう加奈ちゃんは、正常ではないのだろう。加奈ちゃんの思いは痛いぐらいわかった、でも、その思いには答えられない。たとえ、こんなことがあったとしても。私は顔を真っ赤にして息を切らしている加奈ちゃんの目をしっかりと捉え。涙を流して目の前がぼやけても、加奈ちゃんの目だけはしっかりと映った。

「加奈ちゃん、親友を殺すような人は、私は嫌い––––大っ嫌い」

 この言葉を聞いて、加奈ちゃんは膝から崩れ落ちて、それを私は強く抱きしめることで受け止めて、二人して涙を流した。一人は思いが散った痛み、そしてもう一人は、大切な親友が罪を犯した痛み。お互いが違う痛みを味わいながら、涙を流した。

「なるほどな、犯行の動機は恋愛か」

 お兄さんは、この部屋にある押入れの前に立ち、バッと開ける。奥のほうまでガサガサと何かを探し、そして、目的のもの、大きな袋を取り出した。その袋からは血まみれの包丁、そして、服が出てきて、とても酷い異臭が漂った。あの山で嗅いだのと、同じ臭いを。


 エピローグ

 後日というか、数時間後に、七森さんが来て、加奈ちゃんを連れて行った。車に乗る瞬間、何かしゃべった様子だったが、私には聞き取れなかった。

「事件の概要を知りたいかい?」

 お兄さんのこの質問に、私は無言で頷く。

「犯人、大門加奈は果無に好意を寄せていた、小さいころからずっとだ。しかし、それと同じく被害者、神崎慶も好意がった。二人は互いの気持ちを理解して、ずっと揉めていたのだろう。そして、その揉め事は殺人へ繋がった。ある日、犯人、大門加奈は被害者、神崎慶に言った『私はもう諦めるから、頑張ってね』っと。そして、告白させるように被害者、神崎慶を誘導した。告白するために一緒に作戦を作り、それを実行しようとした。作戦内容は、あの事件現場である山の頂上で告白するという方法で、果無を呼び出して告白する、成功すればそれでよし。もしも、失敗するようなことがあった場合は、犯人、大門加奈が出てきてドッキリといえば、果無はそれを信じて何にもなかったようになる。だから、この作戦は非常に魅力的だった。作戦結構前日に、被害者、神崎慶たちは場所の下見に行った。それが午後五時ころのことだ。買い

物を頼まれた犯人、大門加奈は、アリバイに使えると思いその時間に決行し、一緒に歩いて山を登り、途中、道のはずれの森に導いてナイフでブス、それでも死なないブス、さらにブス、さらにブス、さらにブス、合計五回刺した。犯人、大門加奈は急いでもってきていた服に着替えて、包丁をしまい、買い物をしに商店街に行く。そう、そうなんだ。今回のバラバラ殺人は時間帯が二つあったんだ。ただ殺す時間と、バラバラにする時間。ただ殺すだけだったら、一分もかからない、しかし、警察はこれを一緒の犯行として考えたから、犯人、大門加奈が第一容疑者として出なかった。

「急いで商店街に行ってアリバイを作って家に帰った。服装が変わったことは多分親は気が付かなかっただろう、そうして、夜を過ごし、みんなが寝静まったころに、再び起きて、死体の場所へと向かう。着替えと手袋、そして斧。夜だから誰も見ていない、遺体のところまで行き、そして今までの恨みを晴らした。あんなに男のことをクズだとか言っていたんだ、だから性器をグチャグチャにした。そして、四肢に関しては、今回のトリックを完成させるためにやるしかなかったことだ。そして、犯行が済んだら、急いで服を着替え、斧を置いて、帰る。

「そしてその帰りに、君の家までいって、もともと作戦で使うはずだった、紙をポストに入れ

て、家に帰り、君が起きる時間がわかっている犯人、大門加奈は、自分もそれに合わせて起きて、外に出る。後は君が知っている通りだよ」

 親友だと思っていた関係は、実はは私を中心にしたただの泥沼の関係。中が良いと思っていた二人の関係は真逆で、なんでこんなことになったのだろう。私だけが親友と思っていたのか、ただの自己満足だったのか。私は全くわからない。

 二人に聞こうとしても、二人はもういない、私は一人になった。

「人間の関係って、ワタシはとても紙一重だと思うんだよ」

 お兄さんが私に優しい声音で話しかける。

「友情も紙一重で恋愛となり、憎悪も紙一重で殺人となる。そんな紙一重の存在が、ワタシたち人間にはあるんだよ。今回の事件はなかなか紙一重だった。ワタシがあの時、犯人、大門加奈を見ていなかったら、ずっとわからないままだった」

 目撃してた? 加奈ちゃんを? 一体どういうことだろうか。気になるが私は声を出すのが、もはやできなかった。

 しかし、お兄さんがいつもの通り、私の心を読んで話してくれた。

「私はね、『超記憶』なんだ。記憶がずっと忘れずに残っている。だから、一度見たり聞いたりしたことは忘れることができないんだ。事件、当日の夕方、私は公園にいた、理由はないよ、ただいただけ。すると向かいの家から女の子が山の方に向かっていった。それから数分が建って、さっき山に向かっていった女の子が、走りながら商店街の方へ向かっていった。その時の服装が出て行った時と違っていたのを、ワタシは鮮明に思い出せる。このことを知っていたから、私はトリックを破ることができて、犯人が大門加奈であることが分かったんだよ」

 お兄さんの話は、まるでドラマのように現実味がない。しかし、起こった現実を見ればそれが本当であると信じるしかない。

「二階堂果無、今回の、無実の晴らし真犯人を打突き止めるという依頼、しっかり達成した。

La()fin(ファン)』(これにて終了)」

 お兄さんが依頼達成だといったが、私は––––私は、この依頼が達成されなければと思ってしまう。やっぱり今後の人生をあの二人なしで生きていける自信がないのだ。もはや心には穴が開いて、その間を流れる空気がとても痛くて。ここ最近じゃ一番の痛さだ。

「それじゃあ、依頼料は後で請求しとくから」

「……え?」

「だから、依頼料だよ? ワタシは探偵で人生を食べて生きているんだ、お金を取らなきゃ生きていけないだろ? まさか、無料でやってくれてると思ったのかい?」

 私の心の穴がさらに広がった気がする。この男、本当になんなのだ。依頼料なんて親に頼むしかないのだが、勝手に雇ったのは私なんだから、親に払わせるというのはなんか違う気がする。たぶん……

「うーん、仕方がない。払えないというなら、働いて払ってもらうしかないね」

「……働くってどこで」

「もちろん決まってる。私の事務所だよ」

「はい?」

「ふふふ、果無、喜びたまえ。この偉大なる名探偵、荒川一の助手として明日から働けるのだ!」

 この人はいったい何を言っているんだ? 働くんだったらもっと他にコンビニとかあるのに、なんでもう場所が決まっているのか。

「お兄さん、私コンビニでバイトするんで大丈夫です」

「いいや、駄目だ。これは正式な依頼だ。だから支払いも正式に行わないといけない。我が探偵事務所では、支払いができない場合、うちで働いてもらうという規則がある」

「いやいや、そんな規則初めて聞きましたよ」

「依頼したときサインしてもらった書類に書いてたじゃん」

「えっ?」

 依頼したときのサイン? 私は記憶を戻して、依頼したときにサインした一枚の書類を思い出した。

「あの時のサインがこれなんだけど、ここにさっき言ったこと全部書いてるから読んでみなよ」

 そういって渡された紙には、しっかり私の名前が書かれてあり、その上にはお兄さんが言ったことが全部載っていた。

 私は、過去の私に向かって叫んだ。何をやっているんだ私!

「と、いうわけでよろしく、助手」

「…………」

 受け入れがたい。だが受け入れなければ。本当にこのお兄さんは、探偵よりもそういう仕事をしたほうが、絶対にあってると思う。

「助手よ、なって初めて教えることだが、ワタシはお兄さんではなくお姉さんだぞ?」

「はい?」

 さっきから返す言葉が一緒だが、仕方がない、だってみんな『?』なことばかりなんだもの。

それで、なんだって? お兄さんじゃなくてお姉さん? ふむふむ、意味が分からん。

「ほら、これワタシの自動車免許だけど、ちゃんと性別女になってるでしょ?」

 お兄さん? が私に見せてきた免許証には。きちんと女であることが開いてあった。

「ええ! 女の人? だって、格好が。胸も」

「胸は小さいが一応はあるんだぞ? 揉んでみるかね?」

「いいです! 遠慮じゃなくしっかり拒みます!」

「あと、私のことはハジメさんと呼んでくれ。これからもよろしくね助手」

 

 これが彼女、荒川一との出会い。男だと思ったら女で、親友関係だと思ったのが泥沼の関係で、友情が恋愛で、憎悪が殺人で、様々なものが紙一重ななんとも奇妙な物語。

 探偵である彼女と、助手である私もまた、紙一重の存在だ。


                   


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