暁伝 外伝 副将スウェア
彼の名はスウェア。長命な魔族の中でもまだまだ年若い。アムル・ソンリッサの兄の代から志願兵となり、武功をコツコツと積み上げて今の地位を築いた人物だ。最近出世株の、シリニーグ隊のグラン・ローには密かにライバル心を抱いている。
そんなスウェアの特技は大声だった。
剣戟の音、馬の嘶き、断末魔に、罵声に悲鳴、鬨の声。それらを掻い潜るよく通る声を持っている。
分隊長時代から多くの将軍達にそこだけは認めて貰っていた。
特に彼の悪鬼と呼ばれた将軍の指揮下に入り副将という地位に就いた時にその真価は発揮された。自分でも自分の声がこうであってくれて良かったと思っている。
「アカツキ隊! 突撃するぞ!」
そう言うや、いの一番に敵陣へ消えて行くアカツキ将軍。自分達は徒歩で、アカツキ将軍は馬だった。それも駿馬だ。懸命に両足で駆けるが距離は離され、将軍の姿が敵に呑まれてゆく。
「将軍を死なせるなアアアアッ!」
スウェアは懸命に声を上げて駆ける。疲労困憊の部下達も彼の声に鼓舞され後に続いて行く。
もしもアカツキ将軍を死なせたら降格だろう。いや、そんなことはどうでも良い。俺は好きなのだアカツキ将軍が。時に豪胆、あるいは猪突猛進。そんなアカツキ将軍が好きだった。何者も恐れることなく誰よりも先に敵陣へ押し入る。その姿が自らを叱咤激励してくれる。だからこそこの将軍は、いや、この人だけは死なせたくなかった。
「大変です、スウェア副将軍! アカツキ将軍が、単身で城内へ侵入を試みています!」
攻城戦の時だった。
這う這うの体で戦場を指揮していたスウェアは度肝を抜かれ、叫んだ。
「弓隊を揃えろ! 将軍を死なせるなアアアアッ!」
そして梯子の中腹にいるアカツキを懸命に援護する。
そして城内へ消えるやすぐに叫ぶ。
「将軍に合流するぞ! 将軍を死なせるなアアアアッ!」
そして周りの脅威など脳裏をかすめることも無く夢中で一番手に梯子を上って行く。
上ったら上ったで大勢の敵に囲まれ孤軍奮闘するアカツキ将軍の姿が目に入る。
「全員急げ! 将軍を死なせるなアアアアッ!」
見れば、グラン・ローの姿もある。
共に副将という地位だった。
スウェアは叱咤激励し、自らも敵に斬りかかる。グラン・ローにだけは負けたくない。俺の方が早く昇格するんだ! だが、アカツキ将軍の姿が敵の中に消えるや、そんなことは忘れて声を上げる。
「お前ら! 将軍を死なせるなアアアアッ!」
そして鬨の声を上げて敵勢とぶつかる。
そんなスウェアは喉を痛めてしまった。
アカツキ将軍は別件で不在だ。戦線も落ち着いた頃で良かったと心から彼は思った。
「ケヒョッ、ケヒョッ」
「お前あんだけ声出してたらなぁ」
見舞に来たグラン・ロー「将軍」が苦笑いしながらベッドに寝ているスウェアに言った。
「すぐに、ケヒョッ、追い付いて、ケヒョッ、やるから、ケヒョッ、な」
スウェアはガラガラになった己の声とガサガサになった喉を忌々しく思いながらかつての好敵手であり僚友の地位であったグラン・ローに言う。
「喉に良いって話だ」
グラン・ローが見舞の品を出す。喉飴の袋詰めだった。
「余計なことを、ケヒョッ」
「意地張るなよ。アカツキ将軍が戻らなかったらお前が将軍代理なんだからな。早くその喉を治せ。お前の声が無いと戦場が寂しいんだよ」
グラン・ローはそう言い、屈託無く微笑んだ。
「・・・・・・パクッ」
スウェアは包み紙を剥し飴を食べた。
「んぎゃ! ケヒョッ、不味い」
「ハハハハッ、良薬は口に苦しだ。不味いと思うが効果は折り紙付きだ。早く上って来いよ、スウェア副将軍」
グラン・ローは笑ってスウェアの肩を叩いた。ライバル視しているが、グラン・ローの武は尊敬に値し、人柄は嫌いじゃなかった。むしろ好きだった。彼が出世できたことが実は内心誇らしかった。口には決して出さないが。
「で、どう?」
グラン・ローが尋ねて来る。
「何が?」
「アカツキ将軍さ。俺は内心好きだぜ。おっと変な意味じゃないからな」
「将軍は部下思いだ。死んだ部下のことも忘れずに家族への補償の手続きもすぐにする。そして何よりも馬上で武器を振るうあの背中、俺は大好きだ。部下に勇気をくれる」
スウェアはかつての様々な戦場に思いを馳せそう答えた。
あの人の下は大変だけど、今の位置が俺は好きなのかもしれない。アカツキ隊のナンバーツーという大役が。アカツキ将軍という英雄と共に戦えるだけで幸せな上に、その「副将軍」だ。
「実質、アカツキ将軍の下が務まるのはお前だけだぜ」
グラン・ローが励ますように言った。
「俺、実は昇格したく無いかも・・・・・・」
「え?」
「何でも無い! ケヒョッ!」
アカツキ将軍が戻って来た。
光の者とアムル・ソンリッサ様は共に歩むことにしたらしい。そんな中の帰参だ。それもアムル様の前で魔族と共に歩むことを誓ったらしい。
金色の長い髪にどことなく若さの残る鋭い顔つき。腰の左には斧、右には長剣、戟を手に馬上の人となり自分達を見下ろしている。
スウェアは歓喜していた。
味方が劣勢で、玉砕の様な突撃だろうが、構うことは無かった。気持ちが逸る。
「アカツキ隊、突撃するぞ!」
待っていた。これを。戦場で懐かしい号令が耳に木霊した。
大好きで憧れな異種族の将軍の背をスウェアは追う。槍を掲げ後ろの部下達を叱咤激励する。
「将軍を死なせるなアアアアッ!」