腹をくくるしかないの!?
「きみはだれ? どこの子!?」
「お弁当屋さんの配達娘でーす」
あたしが説明するより早く、伊木さんが私隣に立って肩に手を乗せた。
「君! ちょっと協力してくれないかな!?」
「は?」
嘘でしょ。いやいやいやいや!
「なに大丈夫! 後ろでうっすら流れるくらいだから君の声だってわからないよ」
「え、あの……」
「ギャラも出す!」
「いや、あの……」
ギャラってお金のことだよね? いや、あのね。そういう問題じゃなくて。
「私、お店に戻らないと」
「あんたさっきお店に少し時間かかるって電話してたわよね」
説明しかけたところに伊木さんがひょいっと言葉を挟んできた。
「好都合!」
「伊木さん!」
喜ぶ渋谷さん。悲鳴に似た声をあげるあたし。
「えーと……演技経験なんてありませんし」
「ほかに何十人って声重ねるから大丈夫大丈夫!」
「いや~プロの方々に混ざるなんて……」
「プロデューサーや制作がガヤに加わるなんてよくあることだから大丈夫大丈夫!!」
ああ……何言ってもだめだこれ。
「数分で済むから!」
「……じゃあ、今までよりももっとうちをご贔屓にしてくれますか?」
「ありがとうーーー!!」
……お礼は、肯定ととっていいのかな。年甲斐もなく泣きそうな勢いで喜ぶ渋谷さんに、私は心の中で嘆息する。
「そうと決まればちゃっちゃとやっちゃおう!」
「こっちよ」
伊木さんの声の方をみやれば、今まではいつ来ても閉まっていた扉が開けられていた。
なぜかその奥にももう一つ重そうな扉があって。伊木さんは今そちらを押し開けている。
二重扉……? すっごく厳重。
関心をもって感心しながら案内されるままに踏み入れたことのない部屋へと足を踏み入れた。
中には大勢の人が、テレビとマイクとをコの字型に囲むように座っていた。一斉にこちらに注目してくる。
思わず、入口で固まってしまった。身体がそれ以上動かない。
やだ……怖い。
私と同い年くらいだろう人から、30代、40代はもちろんのこと、70代くらいの人までいる。優しそうな人から強面の人も。太った人も細い人も。みんながみんな私を見ている。怪訝そうに。
「伊木さーん! その子なにー?」
尋ねたのは40代くらいのおじさまだった。
「ガヤ要員で急遽参加してもらうことになった今里さんです」
瞬間、小さくざわめいた。ざわめくって言葉に小さくってつけるのは変かもしれないけれど、そうとしか例えようがない。
「ほら! あんたも挨拶する」
「い、今里瞳です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。
「この子、全くの素人なので下手でも多めに見てあげてください。では、よろしくお願いしまーす」
後ろから渋谷さんがフォローらしきものを入れてくれると、中にいた方々は一斉に「よろしくお願いしまーす」と唱和した。
「時間ないから俺は録音の準備しちゃいたいんで、説明はそうだなあ、高崎くんよろしくお願いしていい?」
「はい!」
返事をした人はすぐ近くにいた。
扉を入ってすぐ右に座っていた男性。眼鏡をかけた優しそうな人。年は20代半ばくらいかな?
「じゃ、あとよろしくー。今里さんも、よろしくね」
「あ、はい」
二重扉を閉めながら去っていく渋谷さんに軽く頭を下げる。
さて、私はこの高崎さん……を頼ればいいのかな。
思いながら振り返ると、高崎さんは立ち上がってくれていた。
「今里さん、よろしくお願いします。俺は高崎凌です」
「はい。ご迷惑おかけすると思いますが、よろしくお願いいたします」
「時間かけられないから手短に説明するね」
そう言って、彼は手に持っていた少しヘリの黒ずんだ台本をぱらぱらと捲った。