第3章 「ベストポジション」
第3章 「ベストポジション」
次の日。
俺は、昨日6時には寝ていた為、早朝5時に目を覚ましてしまった。
何もする事が無く。何もする気になれず。
ただ、まだ暗い虚空を眺める事しか、できなかった。
とりあえず俺は、お気に入りの場所に向かった。
マンションの6階、その階段を乗り越えれば、屋根に上れる。
屋根は石瓦だから、滑る事はなさそうだった。
上から見る風景は、俺の心を癒してくれる。
早朝の景色は、俺を、全てを始まりに導いてくれる。
1日の始まりを、ここで迎える。それが、俺の日課になっている。
たまに通り過ぎる人を見ていると、見覚えのある顔が見えた。
よく見ると、それは片桐だった。
この時の片桐は、学校の片桐ではなく。屋上で見た片桐だった。
俺に気付いたのか、手を軽く上に上げた。
俺も手を上げると、少し小走りになってマンションに入ってきた。
「どうやって、登ったの?」
制服姿の片桐が、少し息を切らせて聞いた。
「そこよじ登って、軽くジャンプしただけや。」
俺が言い終わる前に、片桐はもう階段の手摺を乗り越えていた。
「意外と、幅あるね。」
そう言いながらも、軽々とジャンプし、俺の横に座った。
片桐は、高い所は大丈夫らしい。俺は、まだ少し足が竦む。だが、屋根に上がればこっちの物だ。
「朝っぱらから、何の用なん?」
「別に何もないよ。ただ、顔が見たかったの。」
もし、片桐に色気があり、何かを求めるような感じなら、顔が真っ赤になっていただろう。
俺には、見えてしまった。片桐の瞳の奥に、漆黒の闇よりも深く、そして大空よりも儚い哀しみを見た。
それが何なのかは、わからない。ただ、見えてしまった。
「タバコ・・・・吸う?」
俺は、箱からタバコを出し、片桐に差し出した。
「ありがとう。」
俺の分のタバコも取り出し、咥えた。
ジッポーを取り出し、片桐のタバコを付けてから、自分のを付けた。
朝の風に、俺の髪が靡く。
今日は、学校には行かない。面倒くさい。フケた後の学校には、説教しか待ってない。
「鳥かご」こと「特別相談室」。素行の悪い生徒は「鳥かご」にて、拷問紛いの説教を受ける。
俺も髪の事で、よく呼び出され1時間以上、拷問を受けた。
でも、そんな事で髪を染め直す事はない。
俺は地毛だ。筋は通っている。だから、染め直す事はしない。
それに、そんなに茶色くもない。栗毛色。その表現がしっくりくる。
「今日は、学校行くの?」
片桐が、タバコを消しながら聞いてきた。
「ん。行かん。」俺もタバコを弾き飛ばし、大きく深呼吸した。
「今日はどうするん?」
街を見下ろしながら、聞いた。
「霞君の家、入りたい。」
唐突だ。いくらなんでも、いきなり過ぎる。
別に、部屋が汚いとか、女の子を入れるのが恥ずかしいと。そんな理由じゃないけど、何か嫌だった。
ふと、考える。片桐の哀しみ。それを知るのは、親しくなるのが一番早いんじゃないか、と。
「ええよ。」
「ありがとう。学校には、行きたくなかったの。」
そのあとすぐに、部屋に戻った。
この家に、他人を入れたのは初めてだった。
「お邪魔します。」片桐は、妙に畏まりながら家にあがった。
「あれ?おかあさんとかは?」
不思議そうに聞いてきた。まぁ、無理もないだろう、俺は単身ここに引っ越してきたんだから。
「別居してるから、俺一人やで。」
俺は片桐を適当に座らせ、キッチンに入った。
いつもは、自分の為にだけ使う物を、二人分用意した。
俺が好きな紅茶だ。有名なメーカーではないが、深い味わいのある紅茶だ。
トレイに紅茶と砂糖、ミルクを乗せ、リビングに持っていった。
「あっ、ありがとう。」充電器に挿したままの、携帯を開き時間を確かめる。
7時半。中途半端な時間だ。何をするにしても。
「それにしても、案外片付いてるね。A型?」
「そやで。」
まるで、探検にでも来たみたいに、見物している。
俺は必要以上に物を置かないし、趣味以外はほとんどやる事がない。
2LDKの家。マイルームって言うのも変だが、ベッドが置いてあり24インチのプラズマテレビとシリアス系の小説に埋め尽くされた本棚。
パソコンと、オーディオの置いてある机、箪笥、ソファ。あとは、殺風景な物だ。
これで、生活が出来る分の物しか、置いていない。
片桐の質問に一問一答しながら、時間を潰していった。