第1章 「プロローグ」
第1章 「プロローグ」
誰にもある、微塵の殺人衝動の欠片。
優しさの裏には、冷たさがあるように、全てが表裏一体なんだ。
小さな壁に挟まれた、狭い世界でしかない。
眩い光が、辺りを照らし出す。
その光で朝になった事を知る。タバコを咥え、お気に入りのジッポーで火を付ける。
次第に明るくなる空。疎ましい程に、晴れ渡っている。
雲ひとつない。紛れも無い快晴だ。
3月にくせに桜が咲くだけで、まだまだ肌寒い。
やっと冬が、終わりを告げたのに、まだこの世界に余韻を残している。
俺は今、屋根の上にいる。
俺の好きな場所。ここに登るのは、危ないから駄目らしいけど、俺には関係ない。
タバコをフィルター近くまで吸い、弾き捨てた。
高所恐怖症のくせに、高い所が好きだ。
ただただ、ボーッとしている内に時間が経った。
携帯の時刻は、7時を回っていた。学校に向かう準備をする。
俺はまだ、中坊だ。今は中2で、来月には中3に上がる。
ここ2ヶ月、俺は学校に行っていない。
転校したのが3学期の初めで、ちゃんと登校したのは、最初の1週間だけだ。
久しぶりに通る通学路。自分と同じ制服の奴がいっぱいいる。
これなら、少し遅刻気味にした方がよかったかな・・・。
そんな後悔も遅かった。でも、深く考えても仕方ない。
学校に着けば、腐る程いるんだから。
でもやっぱり、時間を潰す事にした。
学校前に、大きなマンションがある。15階建てのマンションで、俺が遅刻する時は大概ここにいる。
まだ、住んでる人も少ない。だからこそ、ここがいい。
屋上への扉も何故か、壊れていて何時でも入れる。
自販機で買ったカフェ・ラテと、さっき買ったサラのタバコ。これだけで、1時間は耐えれる。
今日もいつものように、扉は開いていた。
開けた瞬間。涼やか風と共に、見慣れない姿があった。
同じ制服の女。年齢は・・・わからない。
俺は少し戸惑ってしまった。ここにくるような奴だから、何かあるんだと。
このマンションの屋上、いや全体は薄汚れている。
まるで、廃墟のように・・・。いかにも幽霊が出そうな程に。
その子が、生きてるのか死んでるのか・・・・。それすら不安になりそうな程に・・・。
「君・・・・。よくここに来るの?」
話しかけられた。まぁ、こんな場所だし、興味は湧くだろう・・・。
「ん。たぶん、自分よりよう来てる。」
「そぅ・・・・。」彼女の視線は、また屋上から見える景色に戻った。
何より、悲しい目をしていた。
「自分さ・・・。うちの生徒か?」
彼女の横に行った。たぶん、幽霊の類では無さそうだ。
「そうよ・・・。今日転入するの。」
喋り方からして、大阪の人間では無い。関東だろう。
「何年?」
「中2よ。」
それから暫く、一問一答が続いた。
「あ・・・遅刻しちゃう。」
それだけ言うと、足早に学校に向かった。
彼女は、不思議な感じがした。
なんていうか、猫のような・・・・。鋭い刀?よく分からない。
ただ、周りを気にせず馬鹿笑いするような、最近の女の子とは少し違った感じだった。
品があり、清楚な雰囲気が漂っていた。
せっかくホット缶だったのに、彼女と話してるうちに忘れてしまった。
冷たくなった、元ホットのカフェ・ラテを飲む。
体の芯が冷えてきた。やっぱり、冬は未練があるらしい。
寒さに耐え切れず、タバコを咥える。
ジッポーの火で、手を温めながらタバコに火を灯す。
冷えた体に、メンソールの効いたタバコが別の意味で寒い感じになった。
携帯を確かめると、9時を回っていた。
「そろそろ、行こ。」屋上のベンチから腰を上げ、階段に向かった。
1階に下りて、鏡でチェックをする。
このマンションは、知らず知らずのうちに汚れてしまう。
顔も手も、制服も。綺麗なモノを汚く染めてしまう。
校門をよじ登り、トイレでうがいをして、タバコの臭いを取った。手も洗い、完璧に遅刻を成立させる。
俺は2−8だ。教室は2階だ。階段は物音を立てないように上がる。
途中で先生に出くわすと、それはそれは面倒だ。
出来るだけ静かに、自分の教室の前まで来た。
なんだか、賑やかだ。
ドアを開ける。その瞬間、俺に全員の視線が集まる。
最初は視線が痛かったが、慣れればなんて事なかった。
「また、遅刻かぁ・・・。霞。」
「寝坊っす。」俺は、苗字で呼ばれるのが嫌いだ。だからと言って、「涼太」と下で呼ばれるのも、あまり好きじゃない。
自分の席に着く。と思ったが、自分の席が何処かわからない。
「何やってる?お前はあそこやろ。」
先生が指差したのは、窓側の一番後ろだった。
ラッキーだ。あそこなら、存分に寝れる。席に着いてさっそく寝ようとした。
なのに、隣から声を掛けられた。
「さっきの人・・・だよね?」
「あっ・・・。屋上で・・・・。」
さっきの子がいた。自分のクラスに。同じ8組に来たらしい。
「カスミ君って言うの?」
「まぁ、な。」
また苗字で・・・。イラつくけど、転校早々から、怒るのは可哀想だから止めておいた。
元々、女の子には、基本キレない。どんなに酷くても。ただ、限度もある。
まぁ、そんな事よりも、屋上での彼女と教室で見る彼女は違っていた。
静かな感じではなく。元気な感じというか・・・・。
とにかく、彼女の印象は違っていた。
第1章 完。