第十二章 暗躍 03
「おっ、おおおおおっ!? コレは中々っ!」
「ふむっ! ラーシュアが、トンカツにはソースだと言うのも納得だ」
「確かに、味噌カツに勝るとも劣らず。甲乙付け難い味ですね」
四人席のテーブルを二つ並べてくっつけて、遅めの夕食を取るオレ達。
コロナが作ったトンカツを一口食べ、対面に座るシルビア、トレノっち、そしてアルトさんから感嘆の声が上った。
それを聞き、ラーシュアを挟み一つ隣の席でホッと胸をなでおろすコロナ。
カツの衣を着けるのに少々手間取っていたようだけど、キツネ色に揚がったトンカツは、十分に及第点を超えているであろう。
まだ日は浅いけど、それでも弟子の確実な成長にオレは頬を緩め、目の前のトンカツを一切れ箸で摘んだ。
すり胡麻を効かせたソースのかかったトンカツ。
遠い故郷の思い出の味に、軽く胸を踊らせながら一口に頬ば――
んっ?
サクサクの衣を纏ったトンカツを口へと放り込もうとした正にその瞬間、オレは箸を口元から離し視線を窓の外へと向けた。
夜の帳が落ち切った静かな表通り。いつもと同じ、見慣れた風景。
しかし……
「………………」
オレが、その代わり映えのない窓からの景色に眉を顰め――
「なんじゃ、主よ。ワシにくれるのか? では、遠慮なく――あぐっ」
「あああぁぁぁあ~っ!?」
そう、窓からの景色に眉を顰めた直後。口元から離した箸に摘まれていたトンカツを、隣にいたラーシュアが身を乗り出して頬張ったのだ。
「テメッ! どうゆうつもりだコラッ、ラーシュアッ!?」
「はむ、はむ、はむ、はむ、はむ――っくん。ん? なんじゃ? ワシの前に差し出されたから、貢物かと思おたのじゃが……違うたのか?」
「違うわっ、アホッ!!」
勢いよく立ち上がり声を荒らげるオレの前で、黒い和ゴス幼女はゆっくり咀嚼したカツを飲み込み、飄々と笑みを浮かべた。
「カツの一つや二つで、そう熱り立つでない。まったく……そう細い事でグチグチネチネチしとると、余計に髪が薄くなるぞ」
「ブチン……」
「ほれ、代わりに味噌汁のワカメをやろう。主には、カツよりコチラの方が良いであろう?」
「カッチ~~ン……」
「知っとるか? ワカメには髪の健康を保つ甲状腺ホルモンを生成するヨウ素の他に、カルシウムやビタミンも多く含んでおるのじゃぞ。細い事ですぐカリカリする主には、正にピッタリの――」
「フッ……フフッ……フフフフフフフッ………」
口元を引きつらせて笑うオレに見下されながら、ラーシュアはワカメのうんちくを語りつつ、味噌汁のワカメをオレのお椀へと移して行く。
「おいコラ、ロリババァ……」
「誰がロリババじゃっ!?」
オレの呼びかけにテーブルを叩き立ち上がると、視線を合わせる様に椅子の上へ飛び乗った。
至近距離で視線を交差させるオレ達……
「前々から思っていたんだが……そろそろ上下関係というモノを、ハッキリさせるべきなんじゃないか?」
「奇遇じゃのう……ワシもこの辺で、形だけの主従とは別にキッチリと上下の区別を着けるべきと思おておったわ」
額を突き合わせ、お互いに口角を上げて不敵な笑みを浮かべるオレ達。
「ち、ちょ……待て待て、オマエ達っ!」
「トンカツの一切れや二切れで、大人げないぞ」
まさに、一触即発状態のオレ達へ、形だけではない正真正銘の主従が仲裁へと入る。
「大人げなくて結構。見ての通り、ワシは『美』幼女じゃからな」
「うわっ……開き直りやがった。てか、自分で美幼女とか言うな、恥ずかしいっ!」
「ああっ?」
「あんっ?」
「いや、だから、待て待てっ!」
80年代ヤンキーバリにガンを飛ばし合うオレ達の間へと、割って入る姫さま。
「カツなら妾のカツを……カツを……カツ……に付いている、このキャベツをやるから。なっ?」
「うむ。わたしのキャベツも分けてやるから、それで我慢しろ」
随分とレートが下がったな、おい。
「でも姫さま? キャベツは『しょくもつせんい』というのが豊富で、お通じに良いらしいですよ」
「なにっ!? それはまことか、ステラッ!?」
「はい。まあ、ラーシュアちゃんから聞いた話ですけど」
「な、なんと……。すまんシズト、キャベツはなしだ。代わりに、この……み、味噌汁に入っている豆腐をやろう」
「う、うむっ! そう言えばオマエ以前、豆腐の原料の大豆は、畑のお肉と言っていただろう? トンカツの代わりにピッタリじゃないか?」
千切りキャベツをオレの皿へと移してかけていた二人が、慌てて自分の皿へと引き戻す。
更にアルトさんとコロナに至っては、トンカツ皿を180度回転させ、その食物繊維の山を守るが如くキャベツを手前にして引き寄せた。
食事中の話題としては如何なモノかと思うが……女性特有の悩みというのは、万国共通らしい。
オレは乙女達の行動に内心で苦笑いを浮かべながら、再び眼前のラーシュアへと視線を向けた。
「安心しろ、姫さま。一条橋家の流儀で話し合うだけだ」
「うむ。お互い、納得するまで話し合おうではないか。一条橋家の流儀……肉体言語でな!」
「安心できるかぁっ!!」
お互い指をポキポキと鳴らしながら、不敵に笑い睨み合うオレ達へと突っ込みを入れるシルビア。
だが、しかし――
「表に出ろ、ちびっ子」
「望むところじゃ、童貞」
「童貞言うな、殺すぞロリッ!」
「主こそロリ言うなっ!! だいたい、十五過ぎて童貞とは、憐れ過ぎて泣けて来るわ」
第四王女殿下の突っ込みなど完全スルーを決め込んで、オレ達はヤイヤイと言い合いながら、出口へと向かって歩き出した。
「いやっ! だから待てと言うにっ!!」
「おいっ、シズトッ! ラーシュアッ!!」
慌てて、オレ達の後を追いかけて来るシルビアとトレノっち。
「ああ、そうそう――」
出口の扉を開けたところで立ち止まり、徐に振り返ると、オレ達はすぐ背後まで追い迫っていたシルビア達に目を向けた。
「オレとラーシュアの飯は、この話し合いにおける勝者の物だ」
「うむ。然るに、我らが戻るまで決して手を付けるでないぞ。もし手を付けたなら――」
「つ、付けたなら……?」
「「殺すっ!」」
これみよがしに殺気を滲ませつつ声をハモらせるオレ達に、シルビアとトレノっちは息を飲んで身を竦ませた。
「という事で行くぞっ!」
「おうよっ!」
オレとラーシュアは、二人が足を止めたのを確認すると、夜の闇に包まれた通りを北に向かって走り出した。




