第十二章 暗躍 01
「つ……疲れた……」
夜もどっぷりと更け、重い身体を引き摺りながら、ようやく辿り着いた桜花亭。
オレはテーブル席へ腰を下ろすと同時に、そのテーブルへと身体を突っ伏らせた。
「なんじゃ? だらしないのう、シズトよ」
「まったくだ。あれしきの労働で披露困憊とは、ホント情けないヤツだな……」
無慈悲な言葉を発する美人主従。
すみませんねっ! コチとら文明の利器に毒された、東京生まれの東京育ちのもやしっ子なもんで。
とはいえ、中世時代の屋台の準備が、あんなに大変だとは思わなかったぞ。
しかも、どこぞのロリババによる『力仕事は男子の役目じゃ』などという男女差別発言により、組み立てから機材の搬入、そしてセッティングまで、ほぼ一人でやらされたのだ。
それも自分達の分の屋台だけでなく、ラーシュア達の屋台まで……
コレはもうアレだ。
今日はトレノっちに、風呂で背中でも流して貰わなければ割に合わん。胸に付いてる、その大きな二つのスポンジ――
「あだっ!?」
「主はアホな事を考えとらんで、とっとと夕餉の仕度をせんかっ!!」
オレの向こう脛を蹴飛ばしながら、声を上げるラーシュア。
だから、いちいち人の考えてる事を読むなっ!
「ったく……疲れて帰って来たばかりなんだから、少し休ませろよ……」
脛をさすりながら、思い切り顔を顰めるオレ。
正直、疲れて過ぎて晩飯なんて作る気にもなれない。日本だったらピザでも注文しているところだ……
ああぁ、電話一本で出前を届けてくれる日本が懐かしい。
てか、久々にピザが食いたいな。
「とはいえシズトよ。もういい時間だし、妾も腹が空いたぞ」
「うむ。いつもの夕食の時間は、とうに過ぎているしな」
遥か遠い故郷の味――いや、故郷で食べた異国の味に思いを馳せていたところへ、王女さまと騎士さまから催促のお言葉。
「それに、あまり遅い時間に夕食をとると太りやすいって、前にラーシュアちゃんが言ってましたし……」
「それは、まことですかっ!? ご主人さま、急ぎ夕食にしましょう!」
更にステラとアルトさんまで加わり、孤立無援の四面楚歌。
くっ、ラーシュアめっ、異世界に余計な知識を広めやがって……
「はあぁぁ~。はいはい、わかりまし――」
「あ、あの……」
オレが大きなため息をつきながら立ち上がろうとすると、帰って来てから一言も発していなかったコロナがおずおずと手を挙げた。
「もし良かったら……夕食はウチが作るッスか?」
おっ!?
ドジッ娘ドワーフから出た提案にしては、珍しく全面的に賛同したい提案だ。
が、しかし……
その提案にサウラントの女性陣が揃って眉を顰めた。
「ソナタがか……?」
「ダメッスか?」
「いや、ダメという訳ではないのだが……妾は、あまりウェーテリードの料理が得意ではないのだ」
「う、うむ……決して不味い訳ではないのだが……わたしには少々辛すぎる」
「はい……辛いのは苦手です……」
ああ……ウチの女性陣は一部の例外を削除すると、揃ってお子様舌だからなぁ。
アルトさんからの情報では、ウェーテリード王国の料理は中華料理――それも、四川料理に近いらしい。
辛い料理や刺激の強い料理に慣れてないと、ツライかもしれないな。
「まあ、わたしは慣れてますから構いませんが……」
更に、その『一部の例外』であるアルトさんも、あまり乗り気では無いようだ。
「いかに桜花亭の調味料の種類が豊富とはいえ、ウェーテリードの料理を作るとなると難しいのでは?」
なるほど――
四川料理における味の基本は『麻』と『辣』――つまり、山椒と唐辛子である。そして、それはウェーテリードでもほぼ同じらしい。
更にそして、残念な事にウチには、唐辛子はあっても山椒はないのである。
噂だと、王国近郊や国境近くの街には、ウェーテリードからの輸入品が出回っているようだけど。
という訳で、ウチにある食材だけでは本格ウェーテリード料理を作るのはかなり難しい。
「そ、それなら、桜花亭で覚えた料理を作るッスよ……そ、それなら問題ないッス……よね?」
「い、いや……まあ、その……なあ?」
「え、ええ……」
反対派が圧倒的多数である状態。しかし、コロナは若干挙動不審気味に、そして控え目に食い下がる。
いつもの、空気を読まずに騒ぎまくるアホっぷりからは、とても想像出来ない様なその態度に、シルビアとトレノっちの美人主従も戸惑う様に言葉を濁した。
まっ、オレもその態度には違和感を感じるけど……正直、疲れていて動きたくないし、ここは助け舟を出してやるか。
「まあ、いいじゃん。そこまで言うなら作ってみろよ」
「うむ。簡単なモノ――そうじゃな、トンカツであれば問題あるまい」
「そうだな、トンカツなら……って、ちょっと待てっ!!」
助けて船を出したオレに同調するラーシュア。
しかし、そのラーシュアがさり気なくこっそりと提示した内容に思わず同意を返しかけ、慌てて上体を起こした。
「店も開けてねぇのに、なにトンカツなんて贅沢ぬかしてやがるっ! 夕飯の賄いなんて、残り物食材の有り合わせディナーで充分だっ!!」
そう、今日は店を開けていないので、本日の現金収入はゼロ。にもかかわらず、トンカツなんて贅沢は、オーナーのステラが許しても仕入れ担当のオレが許さんっ! 贅沢は敵だっ!!
しかし、そんなオレの小市民的主張に、ラーシュアは肩を竦めてため息をついた。
「主よ……男のくせに、小さい事ばかり言うておるとハゲるぞ。それに金なら祭りと治水の手伝いで、変態公子から出ておろう?」
「この場合、ハゲとか男とかハゲとか関係ねぇ!」
大事な事なので、とりあえず二回言っておく。
「それと、その金は冬越えの準備に使う金だ! 1ベルノたりとも、ムダには使わせんっ! それでもトンカツが食いたきゃ、山に行って野生の豚でも猪でも好きに狩って来いっ、このロリッ娘っ!!」
「誰がロリッ娘じゃっ、このハゲッ!?」
「だからハゲてねぇーよっ! フサフサだよっ!!」
「いいや。主は将来、絶対にハゲる。平安の世より一条橋家の歴代当主を知るワシには断言出来る」
「ぐはっ!?」
「そう……主の父である現当主の生え際か後退し始めたのは、ちょうど今の主と同じ年頃――」
「ぐはああぁぁぁあああぁ~っ! そっ、それを言うな……現実を突きつけるな……」
「かっかっかっかっかっ。主よ、逃げてばかりおらんで、しっかり現実と向き合うのじゃ」
ラーシュアの痛恨の一撃が、オレのピュアなハートを深々とえぐった。
後ろでは、ラーシュアの正体を知らないコロナとステラが、
「へいあんのよ?」「何でシズトさんのご先祖様を……?」
と、首を傾げているが、それをフォローする余力も残らない程の無慈悲な一撃を受けたオレは、テーブルの上へと突っ伏す様に力なく崩れ落ちる。
「え、え~と……と、とりあえず、その話は置いておこう」
「う、うむ……そ、そうじゃな。とりあえず話を戻そうではないか」
瀕死のオレの代わり姫さまと騎士さまが、首を傾げる二人に対して話を戻しにかかる。
――が、その若干挙動不審で不器用な話題転換に元宮廷魔導師様は、軽くため息をつきながら肩を竦めた。
「はぁ……、ところでラーシュアさん。別に反対する訳ではないのですけど……トンカツならば、先日食べたばかりではないですか?」
「はぁぁ……、何を言うておる、泣きぼくろよ」
ただ、アルトさんの器用で自然な話題転換に、今度はラーシュアが軽くため息をつきながら肩を竦める。
「先日食うたのは、味噌カツであろう? ワシが言うておるのは、トンカツじゃ」
揃って頭に『?』を浮かべて、首を傾げる異世界ガールズ。
まっ、そもそも日本食の知識が浅い訳だし、その説明じゃ分かりにくいだろう。
とはいえ、精神的ダメージが甚大で起き上がる事の出来ないオレは、
「味噌じゃなくて、オレの作ったソースでカツが食いたいって事だろ」
と、テーブルに額をつけたままで補足の説明を付け加えた。
「ん……? おおっ!! なるほど、そういう事か」
「そう言えば以前、ラーシュアが揚げ物にはソースが一番と言っていたな」
「ふむ。まあ、好みの問題もあるし、厳密にはどちらが上とは言えんが、ワシはソースの方が好きじゃな」
まっ、確かに好みの問題だな。味噌カツよりソースのが上だなんて断言したら、名古屋の人に怒られるし。
何より他に、醤油派や塩派、更にはおろしポン酢派なんてのもいるワケだしな。
てか、ソースでカツが食いたきゃ、トンカツじゃなくてメンチカツ……いや、コロッケで充分だ。何なら冷凍鯵の在庫が少々だふついているし、アジフライでも――
「あい分かった。そういう事なら妾の奢りじゃ。全員分のトンカツ代を妾の懐からだ――」
「よし、今日の晩飯はトンカツで確定だっ! コロナ、すぐに準備を開始しろっ!!」
気前のよい王女殿下のセリフの途中でオレはスクッと立ち上がると、少々被り気味にコロナへと指示を出した。
「た、立ち直りが早いですね、ご主人さま……」
「ははは……」
若干頬を引きつらせ、ポロリと言葉を漏らすアルトさんと、困り顔で力なく苦笑いを浮かべるステラ。
なんとでも言うがよい。
我が家の台所を預かる者として、エンゲル係数を下げる事は最優先事項である。故にタダ飯こそ、唯一無二の絶対正義なのだ。
「え~と……トンカツって、カツ丼を作る時に揚げてるやつッスよね?」
人差し指をこめかみに当て、首を傾げながら確認するコロナ。
ソースの関係上、トンカツはメニューに入っていないが、カツ丼の方は通常メニューに入っている。ちなみに、カツ丼はソコソコの人気メニューなので、コロナにも何度か作らせていたので知っているはずだ。
「そう、豚肉にパン粉を着けて揚げているアレだ。出来るか?」
「作り方は覚えてるから大丈夫ッス……じゃあ、ちょっと着替えて来るッスね」
「あっ!? ちょっと待てっ!」
踵を返して小走りに母屋へと向かうコロナを、オレは慌てて呼び止める。
「な、なんッスか……?」
少々、声が大きくなってしまったからだろうか?
コロナはビクンっと肩を震わせると、恐る恐ると言った感じで振り返った。
まるで悪戯が母親にバレて、オロオロ怯える少女の様な表情。
別に怒っている訳ではないのだが……
オレは一つ咳払いをすると、胸を張るように腕組みをして用件を伝える。
「ああ~、副菜のサラダは海藻サラダな。それと、付け合せ用に作り置きしてあるヒジキを全部出しちゃってくれ。ついでに味噌汁はワカメたっぷりで頼む」
「実は全然立ち直ってないようじゃな……」
「そのようですね……」
主従揃って白い目を向ける、シルビアとトレノっち。
なんとでも言うがよい。
未来とは運命に身を委ねるモノではなく、己の力で切り開き、そして掴み取るモノなのだっ!




