第十一章 謀略 04
「キュイーン、キュイーン、キュイィ~ン♪ お掃除ですか、ルルルのル~ン♪」
いつもより少しだけ遅い時間帯。しかし、いつも通りに鼻歌混じりでホウキを振るうコロナ。
「さて、今日は月も明るいッスし、このあとは河原の方にでも行ってみるッスかね……下見もかねて」
辺境の田舎街とはいえ、たった一人で掃除をしきれるはずもなし。
なので掃除する場所は彼女の独断と偏見、そしてその日の気分で毎日変わっていた。
電気も無ければ、当然にして街頭なども存在しないこの世界。月明かりを頼りに、表通りから河原の方へと歩みを進めていくコロナ。
程なくして、静かなせせらぎと共に姿を見せるプリモ川――
コロナが前にココへ来たのは、初めてこの街に来た日。
そう、上流からあの川に流され、静刀達に助けられた時である。
しかし、僅か数日で一変した眼前の光景に、コロナは感嘆の声を上げた。
「おお~っ!? 随分と工事も進んだッスねぇ~」
川沿いの土手に沿って走る遊歩道に並ぶのは、今にも芽吹きそうな程に蕾を膨らませた桜の木。さらに、その桜並木から遊歩道を挟んだ反対側には、造りかけの屋台がズラリと並んでいた。
「なるほど……ここが噂の『びーきゅう、ぐるめこんてすと』の会場になるわけッスね……てか、ウチらの屋台はどこになるんッスかね……?」
ホウキを片手に、まだ骨組み状態の屋台を眺めるコロナ。
明日からは、桜花亭を休業してコチラの準備に入ると聞かされていた。
そして本番では、静刀がやるたこ焼きの屋台をアルトと共に手伝う事になっている。
ちなみにラーシュアも、ステラ、トレノと共にクレープの屋台を出すそうだ。
当初はシルビアも手伝うと言っていたが、王族にそんな事をさせる訳にはいかないと王国近衛騎士が猛反対。
結局、伯爵公子の提案でシルビアは、渋々ながら審査委員長の座に着くこととなった。
「まっ、場所なんてどこになっても、ウチらの優勝は間違いないッスけどね――じゅるっ」
コロナは先日食べたたこ焼きの味を思い出し、締りなく頬を緩ませた。
「とととと……そんな事より、今は掃除ッス!」
コロナが緩んだ頬にパチンっと活を入れ、掃除を再開しようとした時だった――
「すみません――桜花亭のコロナさんですよね?」
「にょわぁぁぁっ!?」
突然、人気のなかった背後から声をかけられ、コロナは素っ頓狂な声を上げる。
「だ、だだだ、誰ッスか!? お金ならないッスよっ!!」
「驚かせてしまって申し訳ない……ワタシは隣街に住む、エルガと言います」
慌てて振り返った先。
そこに立っていたのは、どこにでも居るような茶髪の青年。挙動不審な程に慌てまくるコロナにも顔色一つ変える事なく、人当たりの良い自然な笑みを浮かべていた。
「と、隣街の……エルガさん……ッスか?」
「はい。気軽にエルガと呼んで下さい」
「は、はあ……そのエルガがウチに何の用ッスか?」
「少々、コロナさんに聞いて欲しいお話とお願いがありまして」
「お話とお願い……?」
彼の発する人畜無害のオーラに、少しずつ落ち着きを取り戻していたコロナ。しかし、その口から出た『お願い』という言葉に思わず眉を顰めた。
「ふぅ~~~~む……」
訝しむ様に目を細め、男の顔をマジマジと覗き込むコロナ。
不躾な視線にも笑みを崩す事なく、茶髪の青年はその視線を受け止めている。
「ふむ……顔は及第点ッスかね。まあ、一晩くらいなら付き合って上げるのもやぶさかじゃないッスけど、あいにくと今は忙しいッスから。またヒマな時にでも――」
「は、はあ?」
コロナの切り返しに、さすがの青年も笑みを崩して眉を顰めた。
「ん? ウチの美貌に一目惚れして、逢い引きの誘いに来た。とか、そう言う話じゃないんッスか?」
「………………」
真顔で首を傾げるコロナに、顰めた眉をピクピクと引きつらせる青年。
「まっ、何でもいいッスよ。とにかく、ウチは忙しいんで、また後でッス」
「ちょっと待って下さいっ!」
どうでも良さげに踵を返したコロナを、青年は慌てて後を追いかけ、その肩を掴んだ。
「なんッスか……? ウチは忙しいって――」
「ウェーテリード王国、トヨッテの森部族」
「!?」
面倒くさげに首を振り向かせるコロナであったが、その耳へ口を寄せて囁かれた青年の言葉に、思わずその身を強張らせた。
目を見開き、言葉を失うコロナ……
そんなコロナの姿に、青年は不敵な笑みを浮かべながら、更に耳元で言葉を綴っていく。
「コロナさんはいま、桜花亭に身を寄せてますよね? しかも、そこにはシルビア王女殿下も滞在中だとか?」
「そ、それが、なんッスか……?」
「知ってますか? この国で密入国は、匿った者も罪にとわれるんですよ」
「なっ!?」
まるで、心臓を鷲掴みにでもされた様な衝撃――
目の前が真っ暗になり、手にしていたホウキが足元へと転がり落ちる。
この青年の言葉……実は真っ赤なウソである。
何より司法の未熟なこの世界。密入国の揉み消しくらい、簡単に出来てしまう。
とはいえ、元が情報弱者である辺境部族の民。何より、サウラント王国に来たばかりのコロナが、そんな事など知るはずもなく――
「な、何が……望みッスか……?」
コロナは奥歯を噛み締め、怯える様に身を震わせながらも、なんとか言葉を絞り出した。
「なに、至極簡単な事ですよ」
青年はコロナの耳元から口を離すと、再びニコやかな笑みを浮かべる。
最初に見た時には、とても視線に見えたその笑みが、今のコロナには、とても不自然な作り笑いに見えた。
「とはいえ……ココでは何ですから、静かな所でゆっくり話しましょう」
そう言って土手を下り、河原の方へと降りて行く青年。
夜の夜中、時刻は間もなく日を跨ごうというこの時間。辺りに人気などなく、ここでも充分に静かだろうとコロナは思う。
しかし、今の彼女には、青年の言う事に逆らうという選択肢は残されていなかった。




