第二章 桜花亭 05
「……じゅ、獣人の方は分かった。で、人間の――正規兵の方はどうなのじゃ? その死因も、やはり魔道によるものなのか?」
「いえ、そちらはおそらく剣によるモノと思われますが……胴体を、ひと振りの元に両断されておりました」
「ひと振りの元に両断じゃと……? いや、待て待て。確かその正規兵は、プレートアーマーを着けていたのではなかったのか?」
「はい、正規軍用のプレートアーマーを着用しておりました」
ウェーテリード王国が採用している正規軍用プレートアーマーは、確か全身を覆うタイプのモノだったはずである。なのに胴体を両断とは、どういう事なのだ?
そんな疑問が、シルビアの頭に浮かんでいた。
そしてトレノは、その疑問に答えるように口を開いていく。
「ですから、そのプレートアーマーごと切断されていたのであります。そして……そして、その断面は一切の歪みなく、まるでチーズを切断したかの如く……」
ウェーテリード王国は、鉱物資源が豊富で鉄鋼業が盛んな国である。
その良質な鋼で造られた正規軍用のプレートアーマーは、大陸でも随一の強度を誇っていた。
『そ、それがチーズのように切断されていたじゃと……』
シルビアは再び言葉を失っていた。重苦しい沈黙の中、流れる湯の音だけが静かに響く――
が、しかし、その沈黙も長くは続かなかった。
「ふっ、ふふ……」
「姫さま?」
「ふふふ、あはははははははっ!」
突然、高らかに笑い出す第四王女に狼狽する護衛騎士。
「ひ、姫さまっ、お気を確かにっ! すぐに医者を呼びますからっ!」
「失礼なヤツじゃな。別に気が触れたわけではないわ。また、絶頂されたいか?」
「そ、それはご容赦を……ではなぜ?」
トレノは立膝を着いたまま器用に後退り、シルビアから距離を取りつつ、突然笑い出した事の真意を尋ねた。
「なに、その者たちが敵兵だというのであれば由々しき問題じゃが、そういうわけでもなし。むしろ、ウェーテリードに敵対しておるのじゃ。これは歓迎すべきで事ではないか?」
「なにをのんきな……」
シルビアの楽観した言葉に、トレノはため息を吐いた。
「よいですか、姫さま? 敵の敵が、必ずしも味方であるワケではないのですよ」
「なれば、味方に引き入ればよいだけじゃ。これは面白くなってきたわ」
浮かれ顔のシルビアを見て、トレノはもう一度ため息を吐く。
聞いた事もないような強力な魔道に、見た事もないような剣技を使う手練の者達だ。確かに、味方になれば頼もしいだろう。
しかし、それ以上に怪しく、不審な者達でもある。
ましてや、その強力な魔道や剣技が、いつコチラに向くか分からないのだ。
とてもシルビアのような楽観視などは出来ない。
「さて、報告は分かった。ご苦労じゃったな」
「いえ、もったいないお言葉」
「で、今日の予定なんじゃが――」
その言葉にトレノは、昨日の道中に馬車で話し合った予定を思い出す――
今日はシルビアがこの街に来た本当の目的である、変わった料理を出すという店の視察をする事になっていた。
確か名前は『桜花亭』といい、場所も調査済みだ。
昼時過ぎの、客が少なくなる時間に来訪する予定になっていたが――
シルビアは湯槽から立ち上がり、片膝を着くトレノを見下ろすように告げる。
「お前も徹夜で疲れておるじゃろう? 予定は変更して夜に出掛ける事にする。だから、それまでユックリと休め」
「いえ、私の事なら気になさらずとも大丈夫で、うわっ!?」
シルビアに続き、湯槽から立ち上がろうとするトレノ。
しかし、途端に膝から力が抜けバランスを崩す。そして豪快な水飛沫ならぬ、お湯飛沫を上げながら尻もちを着いた。
「はははははっ! 腰が抜けて足腰が立たぬのに、ムリをするな」
腰が抜けて? 足腰が立たない? いつの間に……?
トレノには、ナゼ自分がこの様な状態になっているのか理解出来なかった。
「妾の指技は、中々のモノじゃろ?」
「指技って……まさか?」
トレノの頭に浮かんだのは、先ほど湯槽に引きずり込まれた後の、思い出すだけで赤面してしまうようなアノ出来事。
まさかアレで……あの短時間で、七つも年下の王女に、私の足腰は立たぬようにされてしまったのか?
シルビア王女……恐ろしい子!
「まっ、上に優秀な兄と姉が三人もいる出来の悪い末娘なぞ、適当な貴族と政略結婚させるくらいしか使い道がないからのう。嫁ぎ先で夫を誑し込むのに、この程度の技術は身に着けておかんとな」
「そんな、姫さまっ! ご自分を卑下するような事を言うのは、わっぷっ!」
自身を貶めるような王女の物言いを止めようと再び立ち上がろうとするトレノであったが、今度は頭から豪快に湯槽へと突っ込んでしまった。
「お説教は、ちゃんと立てるようになってから聞くから、しっかりと休むのじゃぞ」
そう言って脱衣所へと向かうシルビアに、タオルを手にした侍女たちが静かに集まって行く。
そしてトレノには、自分の腰をさすりながら、その後ろ姿を少しふてくされた顔で見つめるしか出来なかった。




