第九章 シズト軍VSラーシュア軍 04
朝から灯台近くの堤防へ釣りに出かけたオレ。異世界に来てから釣りなどしていなかったので上手く釣れるか不安のではあったけど、狙っていた獲物の大物を三匹もゲット出来た。
そこから鍛冶屋を経由して修道院へ。そこで、アルトさんとダメな方のコロナに任せてあった新しい調味料を仕上げ、ちょうど桜花亭へと到着したところである。
時間的には午後のニ時を回ったところだろうか?
準備中の札がかかる扉へと、手をかけた時だった――
「かっかっかっ。土下座して謝る姿が目に浮かぶようじゃ」
扉越しに聞こえて来たラーシュアの高笑い。
ふっ……土下座するのは、オマエだ。
口元に笑みを浮かべ、オレは――いや、オレ達は目の前の扉を開いた。
「何だ? 自分が負けて土下座する姿が、そんなに嬉しいのか?」
大きな鉄板を背負ったオレ。そして、瓶か抱えたアルトさんに木箱を持ったコロナへは、連れ立って店内へと足を踏み入れて行く。
「おかえりなさい、シズトさん。釣りの成果はどうでした?」
「ただいま、ステラ。成果はバッチリだよ」
マイペースな笑顔で出迎えるステラへ、同じく笑顔を返しながら、隣のコロナが持つ木箱をトントンと叩いてみせる。
「くっくっくっ……成果はバッチリとな?」
ステラの天使の笑顔とは対照的に、小悪魔的な笑みを浮かべて、オレ達の前に歩み出るラーシュア。
「何を作る気かは知らんが、ワシが負けるなど――」
「ほれっ」
「――――――ま、負けじゃ……」
不敵な笑みから一転、オレが背負っていた鉄板をラーシュアの前に付き出した途端、唖然とした顔で膝から崩れ落ち両手を床に突いた。
ふむ、早速ラーシュアの土下座が見れて、余は満足じゃ。
「ちょっと待てっ、ラーシュアッ!」
「負けたって、オマエっ! まだ料理すら見ておらんではないかっ!?」
そんなに絶望の縁にいるラーシュアへ、慌てて駆け寄る姫さまと近衛騎士さま。
「そんな物、見んでも分かるわ……祭りの屋台という条件下ならば、ヤツは最強じゃ。何人も抗えん……」
「そ、そこまで……」
ラーシュアの言葉に息を飲み、慄いた視線をオレの方へと向ける二人。
その視線に、オレは不敵な笑みを浮かべた。
「まあ、味の好みななんかは千差万別だ。正直、ココで食べ比べすれば、クレープの方が有利だろう――」
ココでは女性陣が圧倒的に多いし、甘党も多い。おそらくクレープに軍配が上がるはずだ。
しかし、オレは余裕の態度を崩さず、更に言葉を綴った。
「ただ、ラーシュアの言う通り、戦場が祭りの屋台ならコチラが最強だっ!」
突き出した鉄板を見せつけながら、オレは胸を張りながらそう断言した。
「な、なんと……」
「そのようなヘンテコな鉄板で、それ程のモノが作れると言うのか……」
ヘンテコとは失礼なっ!
金物作って百五十年。この街一番の鍛冶屋、ドワーフのエルガ爺さんによる至高の一品だぞ。
「確かにコッチでは見ん鉄板じゃがな……主がその鉄板を作らせたという事は、ソースを完成させたという事じゃろ?」
悔しさを滲ませながら、アルトさんの抱きかかえる瓶へと目を向けた。
ラーシュアの想像通りだ。ドジっ娘ドワーフに香辛料を集めさせて作ったのは、ソース――いわゆるウスターソースである。
ここまでくれば、オレの持つ鉄板がどういった物かおおよその見当がついたと思う。
ピンポン玉がちょうど半分ほど埋まる程度のヘコみが、規則正しく並んだ鉄板。
祭りの屋台では必ず見かけ、本場大阪では一家に一台、コレの小型な物が必ずあると言われている。
そう、たこ焼き用の鉄板だ。
そしてコロナの持つ木箱には、今朝獲りたてのタコが二匹ほど入っている。
ちなみに一匹は、修道院で試作品を作った時に使用済み。
出来立てのたこ焼きは、修道院のシスターやガキ共にも大盛況だった。
「し、しかし、分からん……味が互角――いや、この場でならクレープの方が有利と言うに、なぜ祭りの場じゃとそちらが勝つというのじゃ?」
訝しげに眉を顰めながら出た、シルビアからの問い……
まあ、当然の疑問だな。
しかし――
「簡単な事だよ。味の繊細さで言えば、おそらくクレープの方が上だ。だけど、祭りみたいな人が大勢集まり盛り上がる場所では、繊細さより単純で分かりやすい、そして強烈な旨味が物を言う」
「更には香りじゃな。ソースが出す暴力的なほどの強烈にして、食欲をそそられる香りの前では、クレープの甘く繊細な香りなぞ簡単に塗りつぶされてしまうのじゃ……」
「そ、そんな……」
オレとラーシュアの言葉に、ようやく納得したのか、シルビアはラーシュアの隣へ同じ様に膝から崩れ落ちた。
「勝ったらシズトを王宮へ引っ張り出し、どさくさ紛れに玉座の間で親族全員を集め、婚約発表をするという妾の計画が……」
こ、この姫さま……そんな事、考えてたのか。
油断も隙もあったもんじゃねぇな……
てゆうか、その手の話には、物凄い存在感を示して反対するハーフエルフが、今回は随分と静かだな。
ついでに、やかましいロリっ娘ドワーフも――
「なっ!?」
不審に思って、隣にいたはずのコロナの方へと振り向くと同時に、オレはそこにあった衝撃の光景に思わず目を見張った。
「お、おい……何があった……?」
そう、そこにあったのは、板張りの床に仰向けで倒れているステラと、その蒼白になった顔を心配そうな表情で覗き込んでいるコロナの姿……
オレの絞り出す様な声に、コロナは罰の悪そうな表情を浮かべて振り向いた。
「い、いや……ししょーがどんな魚を釣って来たのかって聞くもんッスから、コイツを見せたら――」
そう言って、箱の中から大ぶりのタコを鷲掴みにして取り出すコロナ。
「ひっ!?」
ウニウニと八本の足をうねらせる、生きの良いタコのグロテスクな姿に、さしもの王国の近衛騎士さまも顔を引きつらせた。
まあ、確かに見慣れてない人間にとっては、インパクトが強いだろうな。さすがは悪魔の魚の異名を持つだけの事はある。
てゆうか、ステラは確かイカでも失神してなかったか?
「まあ、ウチも最初見た時は面食らったッスけど、よく見ると中々に愛嬌のある顔してるッスよ」
まるで子猫でも愛でる様に、楽しそうな顔で手にしたタコをつつくコロナ。
「って、おいおい。あんまり刺激すると――」
「えっ……? にょわあぁぁぁぁああぁぁ~~っ!?」
顔を寄せていたコロナの顔目掛けて、至近距離から勢いよく墨を吐き出すタコ……
「な、なんッスかっ!? なんなんッスかコレはっ!! なんか顔にドピッとかかったッス! ってか、鼻の中にも生臭のがいっぱい入って来たッスぅぅ~~っ!!」
たくっ……言わんこっちゃない。
「垂れて来たッス! 中に出されたのがドロッと垂れて来たッスよぉ~っ!」
「って! アホな事を言っとらんで、裏の井戸で顔洗って来いっ!」
はあぁ~。コイツはコイツでイカに続きタコにまで……
ホント、何か仕出かさないと死ぬ病気なのか、オマエは?




