第九章 シズト軍VSラーシュア軍 02
「ふむふむ……」
喧騒の中で、円形のテーブルを囲むオレ達。
オレのイメージする香辛料を、アルトさんがコチラの世界にあるモノからピックアップ。
そのリストをコロナは、珍しくマジメな顔で眺めていた。
あの後、作戦会議と称してオレ達は、手近な酒場へと足を向けた。
とりあえず生――ではなく、とりあえずオレとコロナはグレープジュース。アルトさんはエールを頼んで席に着いたオレ達。
「どうだ、コロナ? そこにある物を集められそうか?」
「んん~、だいたいの物は、あの山にあったッスけど……このダットの実とサンの葉は基本、秋口に収穫する物ッスから……まあ、ダットの方は探せばまだ残っているとは思うッスけど、サンの葉はもう枯れているかもしれないッスねぇ」
サンの葉……? ああ、ローリエの代わりの葉か。
まあ、ローリエは香り付けと臭み消しだから、なければないで――
「ご主人様? サンの葉なら、乾燥した物でよろしければ、わたしが持っておりますよ」
「え?」
半ば諦めかけたところで、エールに若干頬を赤らめたアルトさんからの救いの言葉。
「いや、むしろ乾燥してある物の方が助かるけど、何でそんな物を?」
「はい。サンの葉は、腹痛や食あたりの薬草としても効果がありますゆえ、常備しておりました」
なるほど。確かにローリエにも消化促進や整腸作用があったな。
ちなみにローリエは他に、ガンの予防や抜け毛予防にも効果があり、更にはストレスホルモンを引き下げる鎮静作用まである、優れた食材だ。
「よしっ! ならこれで、食材の目星は付いたな。あとは調合だけど――」
オレは、三杯目のエールに突入したアルトさんへ再度目を向ける。
「ところでアルトさんの魔法で、ステラがやっているような食べ物の発酵や熟成を早めたりする事は出来るのかな?」
「はい、出来ますよ。まあ、ステラさんの精霊魔法とは別の魔法になりますけど」
ほろ酔い加減で、淫靡に微笑むアルトさん。微かに潤んだ碧眼の瞳と、赤みのさした胸の谷間に思わず息を飲む。
なんで、アルコールの入った女性というのは、こんなにも色っぽいのだろう……?
オレは、視る者すべてを魅了するようなアルトさんの瞳から逃れる様に視線を外し、魅了の欠片もないドワーフ娘へと目をやった。
「そ、それじゃあ、コロナ――早速で悪いんだけど、あまり時間がない。明日から頼めるか?」
「この程度なら一日もあれば収集出来るッスし、なんなら今から――」
「それはやめろっ! 」
この前、森で遭難して野盗に殺されかけたって言うのにコイツは……
ホント、学習しないヤツだな、オイ。
「そ、そうッスか……じゃあ、明日からにするッス……」
「そうしろ。明日、オレの方からも出来の良い方のコロナちゃんに話しておくから」
「むぅ~っ……その言い方だと、ウチの出来が悪いみたいじゃないッスか……」
実際、その通りだろ?
オレは出来が悪い方のコロナの抗議をこれみよがしにスルーして、目の前に置かれたグレープジュースに口を付けた。
「ふんっ! まあ、いいッス。この依頼を見事完遂して、名誉返上し汚名を挽回してやるッス!」
うん。出来が悪いという、オレの見立てに間違いはなかったようだ。
「そうと決まれば、善は急げッス! ウチは明日に備えて、早く休む事にするッスよ。ジュース、ごちそうさまッシたっ!」
そう言い残し、早々に席を立ち、駆け足で出口へと向かって行くコロナ。
「忙しない娘だこと……」
呆れ顔でエールを口に運ぶアルトさんに、オレは苦笑いを浮かべた。
さて、これで香辛料の目処は立ったし、オレも明日は他の食材や道具の調達をしなければ。
差し当たっては、鉄板を調達して鍛冶屋の爺さんに加工を――
「フフフ……」
明日の予定に頭を巡らせていたオレの左腕に、とても温かく、そしてとても柔らかいモノが押し付けられた。
「さて、子供もいなくなった事ですし、これからは大人の時間ですね」
「――――!?」
椅子ごと隣へ移動して、オレの肩にしなだれるアルトさん。
微かに漂うアルコールに、大人の女性の特有の淫靡な香りが合わさり、オレの心臓は痛いくらい跳ね上がった。
「ア、アルトさん……オ、オオオ、オレ達も明日に備えて、早く休まないと……」
「休む……?」
突然の出来事――潤んだ瞳に上目遣いで見つめられ、思考がどんどんと麻痺して身体が硬直していく。そして、動かない身体の代わりに、いつもの数倍の大きさと早さで活動するオレの心臓……
「もおぉ、せっかちですねぇ、ご主人様……では、上で二人きり、ゆっくりと休みましょうか……」
「う、上で……?」
アルトさんの提案に、ゴクリと唾を飲み込むオレ。
そう、この世界では、酒場の上はだいたいが宿屋となっている。そして、この酒場もご多分に漏れず、やはり宿屋となっているのだ。
「ご主人様……」
口元から漏れる吐息……
アルコールで火照った身体を更に密着させ、顔を寄せて来るアルトさん。
まるで魅了の魔法にでも掛かったかのように、オレはその吐息を漏らす唇へゆっくりと引き寄せられていく。
「アルトさん……」
お互いの吐息が頬を撫でる距離。静かに閉じられていく碧眼の瞳……
ああ……遥か遠い祖国にいる、お父様お母様。今日、わたしは大人の階段を――
「と、思いましたけど、残念――時間切れのようです」
「へっ?」
正に二つの唇が触れ合う直前。左腕に感じていた温もりがスーっと消えていった。
なぜ……?
そんな思いが頭を過ぎった瞬間だった。
「――――っ!?」
アルトさんの火照った身体とは対極の、まるで背筋が凍り付くような感覚に襲われた。
その、背後に感じる気配に恐怖で身を震わせながら、オレは恐る恐る後ろへと振り返った。
「!?」
直後、鼻先に突き付けられる、豪華な装飾が施された鋭利な短刀の切っ先。
こんな場末の酒場に似つかわしくない宝剣の持ち主は、言わずと知れたこの国の第四王女様。
そして、その両脇には、フライパンを両手で振り上げるハーフエルフと、ブロードソードを上段に構える近衛騎士。
更にその後ろには――
「ワリーな、シズトっち。人の恋路を邪魔するのは気が引けるけどよっ」
「これも仕事だから、フフフ……」
そんな事を言いつつも、楽しげに剣を構える猫耳巨乳ビキニアーマーを中心とした、警備隊の面々……
「さあ、帰るぞシズト……門限の時間だ」
だだ漏れの殺気と共に、不敵に笑う第四王女殿下。
ああ……遥か遠い祖国にいる、お父様お母様。先立つ不幸をお許し下さい……




