第九章 シズト軍VSラーシュア軍 01
さて、どうしたものか……?
すっかり日も落ちて、各家庭からは夕餉の準備から出る香りが立ち籠めるこの時間。
ない頭をフル回転させながら、目的地もなくただ街中をブラブラと歩くオレとアルトさん。
ある種、勢いというか、挑発に乗せられてコンテストに参加を決めたものの、出品する料理にピンと来るアイデアがまったく出てこない。
とゆうか、確かにラーシュアの言うとおり、今回の条件下ではクレープ……というより、生クリームに勝てる素材が見つからないのだ。
ちなみに、その条件下というのが――
まずB級グルメの大前提である、安価で贅沢でなく、それでいて美味しい料理。その基準はあくまで、庶民的で気軽に食べられるモノである事。
続いて、今回のルールである屋台での調理。厨房で作った物を屋台で販売ではなく、その場で調理して出すという事。
そして最大の難関が、盛り付けである。
日本と違い、使い捨ての紙コップやポリエステルの容器など存在しない。
となれば当然、うどんや蕎麦などの汁物を出そうとすれば、木製や陶器の器を用意する必要がある。とてもじゃないけど、そんな物を使い捨てにしていては、コストがかかり過ぎてNGだ。
コストを考えるなら、木の皮や葉っぱに乗せて出せる物か、串物くらいしかなく、選択の幅が極端に狭い。
そんな条件下では、コチラの世界の食材だけで生クリームを超えるモノなど、いくら考えても出てこないのが現状だ。
であれば、何かしら新しく作るしかないのだが……
「ふうぅ~、さすがに夜は冷え込みますねぇ」
店を出てから、ずっと腕を取っていたアルトさんが更に身を寄せて、その豊満な二つの塊を押し付けて来る。
確かに冷え込んではいるけど、腕に当たる山脈とチャイナドレスから覗く谷間に、オレの頬は火照りっぱなしだ。
んっ? そういえば、屋台に蒸籠を持ちこんで、肉まんという手もあるな。
まあ、目新しさと言う面で、クレープに勝てるかは微妙だけど。
てゆうか、今すぐその暖かそうな肉まんにかぶり付きたい――って、ヤバッ! そんな事を考えてたら、別の場所が火照って来た。
オレは寒さに背を丸める風を装い、身体を若干前屈みにする。
「ホ、ホント、寒くなりましたねぇ」
「フフフ……そうですね」
しかし、そんなオレを見て、妖しい笑みを浮かべるアルトさん。
くっ……感付かれたか?
「と、ところでアルトさん?」
「なんですか、ご主人様?」
オレは誤魔化すように、前屈みとなった元凶へ話を振った。
「ウェーテリードは、調味料や香辛料が豊富だと聞いたんだけど、アルトさんも詳しいのかな?」
「そうですねぇ……普段の食事は屋敷の使用人が作っておりましたけど、手慰み程度に自分で菓子などを作る事もありましたから」
や、屋敷に使用人と来たか……
まあ、今でこそウチの店でウェイトレスなんてしてるけど、元は宮廷魔導師にして一軍の将。それも当然か。
「それに、香草やハーブなとは魔術の触媒にもなりますし、一通りの名称は存じてはいますわ」
「なるほど……じゃあ例えば、こんな感じの味や風味の香辛料と言えば、その香辛料の名称は分かる?」
「分かるとは思いますが、果たしてサウラントで手に入るかどうか……何度か市などを覗きましたけど、ほとんど売られていませんでしたし」
くっ……さすが、お料理後進国……
まあ、実際に調味料の少なさは目にしているので、分かってはいたけど。
「でも、名称さえ分かれば、山に入って自生しているモノを探すという手も――」
「申し訳ありません、ご主人様……名称と加工済のモノなら分かりますが、それがどの様な葉や実なのかまでは……」
オレの言葉へ被り気味に頭を下げるアルトさん。
それもそうか……
日本人だって唐辛子や胡椒みたいなメジャーどころならともかく、ナツメグやクミンなんかの原形がどんなモノか知ってる人なんて、殆どいないだろう。
「とはいえ、森や山間部に住む民なら名前が分かれば、それがどのようなモノか分かるかもしれませんけど。彼らは山に自生する葉や実から、自分達で香辛料などを作っておりましたから」
他国の……それも森や山間部の民ねぇ……
タダでさえ、サウラント王国とウェーテリード王国は、国家間で交戦状態。そんなヤツが、こんな辺境の街にいる訳が――
「あれぇ? ししょーじゃないッスか?」
「って! おったがなっ!!」
「ん?」
なんという幸運。とゆうか、なんというご都合主義っ!
アテもなくブラブラと歩いていたオレ達の前に現れたのは、国境の先――あの険しい山脈の向こうにある村に住んでいた、ドジっ子ドワーフ娘であった。
その、あまりのご都合主義に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまったオレに、箒を片手に首を傾げるコロナマークⅡ。
「てゆうか、ししょー達は逢い引きッスか?」
「いや、待て。コレは違う。コレはそうゆうんじゃないから」
「ふぅ~ん……でも、おっぱい押し付けてられて、前屈みになりながら違う言われても、説得力がないッスよ」
オレの腕に当たる大きな二つの果実にジト目を向けながら、比べる様に自分の平らな胸に手を当て、頬を膨らませるコロナ。
安心しろ。比べるまでもなく、お前の完敗だ。
てか、アルトさんもっ! 勝ち誇った様に、グイグイ押し付けないで下さい!
「コホン……でっ? お前の方は、そんなモン持って何をしてんだ?」
一つ咳払いをしてから、露骨に話を逸らすべく、夜に箒なんかを持って出歩いている意図を尋ねる。
「いやぁ~。昼間は子供達の世話が忙しくて街の掃除が出来なかったッスから、代わりに今してるッスよ」
街の掃除……?
ああ、あの河原でやった裁判ゴッコの話か。
ってか、あんなのを真に受けて、ちゃんと街の掃除をするとは律儀なヤツだな。
しかも、ガキ共の世話にしても、掃除にしても、笑顔を浮かべて楽しそうに話しているし。
その笑顔につられて、オレの口元も少しだけ緩んだ。
「まあ、楽しそうで、何よりだ」
「はいッス! ウチ、子供は見るのも世話するのも、それに作るのも好きッスから!」
おいっ! ガンプラ作るみたいに、子供を気軽に作るとか言うなっ!
「なんなら、掃除が終わったらウチと子供をつく――」
ダダダダダダダダダッ!!
セリフの途中で笑顔が凍り付き、合法ロリッ娘の持つ箒の柄にダーツの様な氷の矢が並んで突き刺さった。
「おい、小娘……」
「こ、小娘って……ウ、ウチはコレでも齢百を超える――」
「そんな事はどうでもよいのです――これ以上ご主人様にチョッカイを出して、もしご主人様が小さな胸にしか興味を示さないようになったら――」
「な、なったら……?」
「全裸でドジョウすくいのポーズのまま氷漬けにして、街の広場に三日三晩晒してあげます」
「――――!?」
元竜召喚士の放つ強烈な殺気に、顔を青ざめさせて言葉を失っているコロナ。
「よいですね……?」
「………………」
「よいですねっ!?」
「(コクコクコクコクッ!!)」
アルトさんの剣幕と、その後ろへ無数に浮かぶ氷の刃に、もの凄い勢いで首を縦に降るコロナ。
若干、既視感を感じさせる展開ではあるけど、敢えてもう一度言おう。
大から小まで等しく愛する事はオレのポリシーだっ!
「うううぅ……で、でもぉ、何か役に立たないと、弟子入りさせてもらえないッスよ……」
殺気から開放され、涙目で箒に刺さった氷の矢を抜いて行くコロナ。
「そんな事で役に立たなくてもよろしいっ! それに女は間に合ってますので、もう結構ですっ!」
「別に間に合ってはいな――」
「何か言いましたかぁ、ご主人様ぁ?」
「(ブンブンブンブンッ!!)」
アルトさんがニッコリ笑って振り向くと同時に、その後ろへ無数に浮かぶ氷の刃も一緒にコチラへと向かい、オレはもの凄い勢いで首を横に降った。
なんという地獄耳……
ここは、紫紺の竜召喚士様をこれ以上怒らせない為にも、早々に話を変えよう。
「なあ、コロナ?」
「なんッスか……?(ポリポリ)」
抜いた氷の矢をポリポリ噛りながら、気のない返事を返すコロナ。
てか、食えるのか、それ?
ま、まあ、大気の水蒸気を凍らせたモノらしいから、食えない事もないだろうけど……
オレは苦笑いを浮かべながら、話を続けた。
「お前、野草や香草、それと木の実とかに詳しくはないか?」
「まあ……詳しい方だと思うッスよ。ウチの村は山の麓にある森の中ッスし、下の妹達は山の香草を摘んで、それを香辛料に加工して市で売っていたッスから……」
なんと好都合な。
こんなご都合主義が起こるのも、偏にオレの日頃の行いが良いからに違いないっ!
「コロナ、一つ頼み事が出来た――」
「えっ?」
「上手く行ったら、弟子入りも許可してやる」
「マ……マジッスか……?」
「ああ。とはいえ、ウチの店も今は人手が多いからな。衣食住の面倒は見るけど、給料は殆ど出ないぞ」
まあ、確かに人手は多いけど、ホントのところトレノっちの給料は国から。アルトさんの給料はシルビアのポケットマネーから出てるんだけど。
とはいえ、元々桜花亭は、ステラとオレ、それにラーシュアがカツカツ食べていける分の価格設定でやっているので、余分な給料を出せないのも事実だ。
しかし、日本なら労働基準監督署の職員が怒鳴り込んで来そうな条件にも関わらず、ドワーフ娘はその幼い顔に満面の笑みを咲かせた。
そして――
「ヒャッホォ~! ししょーっ、愛してるッス!! ムチュ~~」
その喜びを全身で表現するように、唇を突き出してオレの顔面目掛けて飛びついて来る。
が、しかし……
「ぶべっ!?」
突如、オレの前に現れた氷の壁に阻まれるコロナ。透明度の高い壁の向こうに、まるで車に轢かれたカエルの様な格好で張り付くコロナの姿が見て取れた。
「ぬおぉぉぉ~うっ! は、はにゃぁ~、はにゃがぁぁぁ~っ!!」
「ホント、学習しない娘ですねぇ」
鼻を押さえてうずくまるコロナを、呆れ顔で見下ろすアルトさん。
てか、こんな氷の壁を瞬時に作り出すとは……さすがは元宮廷魔導師様だ。
「しかし、よろしいのですか? 店主であるステラさんに相談もなく、決めてしまって……?」
「ん? まあ、大丈夫でしょう――勝負に勝ったら、何でも言う事を聞いてもらえる訳だし」
そう、オレの考えている食材さえ揃えられれば、おそらくクレープにだって勝てるはずだ。
無給の従業員を雇うくらいなら、ステラとって無理な願いでもないだろう。ついでに姫さまには、アルトさんの半分くらいでいいので、コイツに給料を出して貰うという手もある。
あとトレノっちには、スカートの丈を5センチ詰めて貰って、ラーシュアは一週間便所掃除だ。
そんな未来予想図を描きながら、オレは口元に笑みを浮かべた。
まあ、それもこれも、このドジっ子ドワーフ娘が、食材を集められればだけど。




