第八章 売られたケンカ 01
厄介者を一人、数日預かって欲しい――
そんなオレの頼み事を、
『人手か増えるのは、大歓迎です』
と、二つ返事で快諾してくれたコロナちゃん。マジ大感謝である。
そしてひと晩明け、オレはお礼も兼ねて手土産を持参しつつ、修道院へと足を運んでいた。
「へぇ~、随分と育ったなぁ」
晴天の青空に、ちょうど真南へと移動した太陽。その暖かな日の光を浴びながら、オレは修道院裏手の一面に広がる桜の苗木を見渡していた。
オレの腰の高さくらいまで成長した桜の苗木と、その周囲をホタルの様に漂う青白い光――
ステラの精霊魔法により、結晶化したマナの放つ光である。
「ふふふっ。明日には、シズトさんの背丈くらいまで大きくなりますよ」
オレが漏らした感嘆の言葉に、無邪気な笑みを浮かべるステラ。
冬を目前に控えているとは思えないほど、新緑をその身に纏った苗木たちの傍ら。ステラとアルトさんが明るい笑みを浮かべながら、オレの差し入れた弁当を広げ始めていた。
そう、今回の作戦のキモとなる桜の苗木育成は、修道院の敷地を借りているのだ。
修道院は街外れにあり、その敷地面積だけは広大にある。
余っている土地とはいえ、コレだけの土地を快く貸してくれたシスターやコロナちゃんには、これまた大感謝である。
ちなみに、そのシスターにコロナちゃんとガキ共。ついでに残念な方のコロナは、修道院の方で只今昼食タイム中。
オレが手土産に持参した、新作料理に舌鼓を打っている頃であろう。
「うわぁ~、この『イカメシ』っていうの、ホント美味しいですぅ♪」
「はい。この、味のよく染み込んだイカと米の食感が絶妙ですね」
一面の新緑に目を向けるオレの背中から、ハーフエルフと元宮廷魔道士さんから歓喜の声が上がった。
この美女二人の言葉で、オレが持参した手土産の新作料理が何なのかは、もうお分かりであろう。
そう、二人に差し入れた弁当のメインでもある『イカ飯』である。
昨日、大量仕入れをしたイカ。
どう料理してやろうかと色々考えたけど、差し入れや弁当にするなら、やはりイカ飯が最適であろう。
「でも、あのグニャグニャヌメヌメしたイカが、こんなに美味しくなるなんて、ホントビックリです」
「ラーシュアさんが持って帰って来たイカを目の当たりにした、昨日のステラさんは見ものでしたけどね」
「も、もう……それは言わないで下さい」
からかう様なアルトさんの言葉に、顔を真っ赤に染めるステラ。
何でも、ラーシュアが意気揚々と持ち帰ったトロ箱いっぱいのイカを見た瞬間、その異様な光景に我が雇い主であるハーフエルフ様は、直立したまま気を失ってしまったらしい。
まあ確かに……
箱の中で十本足の白い軟体動物が、大量にウニョウニョと蠢いているという光景――
見慣れていない者にとっては、さぞ物凄いインパクトであったろう。
「ところで、ご主人様……? ご主人様は本当に召し上がらないのですか?」
「ん? ああ、オレはいいから。味見の時に結構食べたから、腹減ってないし。二人で食べちゃって」
本来、イカ飯はうるち米――いわゆる普通の白米と餅米をブレンドして作るものだ。しかし、こっちの世界には、明確に『餅米』と呼べるモノは存在していない。
そこで、餅米に近い食感の米と、産地の異なる幾つかの米をブレンドして、なんとか日本のイカ飯に近いモノを完成させたのだ。
まあ、その過程で結構な量を味見したので、若干胃がもたれ気味である。
「ところで、アルトさん。苗木に関しては、ほぼ完成って感じでいいのかな?」
「そうですねぇ……この段階であまり育て過ぎても、植樹が大変になりますし。明日まで育てたら、後は植樹先の準備が整うのを待つ感じでしょうか」
そっちはラーシュアと変態公子の担当だな。確か今日から土手の補強と、桜を植える土造りを始めているはずだ。
性格と性癖はともかく、実務だけ見れば優秀な二人である。任せておいて問題はないだろう。
ついでに、隣街の領主の所へと交渉に出掛けた姫さま達はといえば、今日の昼頃に戻ると早馬が来ていたので、そろそろ桜花亭に戻っている頃だと思う。
仮にも王族が、領主である貴族の元を訪ねたのだ。数日は滞在するだろうと思っていたけど……
どうやら、向こうの晩餐が口に合わなかったらしい。
早朝に早馬が来て、『口直しに何か美味い物を作っておけと』との託けがあったので、店の方に姫さま達の分もイカ飯を残してきてある。
広げた弁当の前で、うまそうにイカ飯を頬張る二人の顔を見るに、姫さまと近衛騎士さまの舌にも充分耐えられるであろう。
とはいえ、あの二人にいつまでも留守番をさせておくのは、いささか不安が残るのも事実……
「じゃあ、オレはそろそろ戻るけど、二人はどうする?」
昼食を終え、後片付けを済ませた頃合いを見計らって、オレは二人に声を掛けた。
「そうですね……特にやる事もありませんし、わたしもご一緒致します。よろしいですよね、ご・主・人・さ・ま」
そう言ってオレの隣に並ぶと、艷妖な笑みを浮かべながらオレの右腕へ、するりと腕を絡ませるアルトさん。
二の腕に当たる柔らかく暖かな感触に、顔が一気に紅潮す――
「ちょ~~っ、アルトさんっ!? ナニ抜け駆けしてるんですかっ!!」
「抜け駆けとは、人聞きが悪いですよ小姑さん。それに、腕なら反対側が空いているではないですか」
「だから、小姑と書いてステラと読むのは止めて下さいっ!」
頬を膨らませながら、オレの左腕にしがみつくステラ。
って!? こっちは腕が挟まってるしっ!
そう、オレの左腕は、少女の様な童顔とは対照的に育ちまくった巨大な山脈へ、すっぽりと挟まっていた。
「ほほおぉ~。ご主人さまは、当てられるより挟まれる方が、お好みですか」
「い、いや、だからっ! アルトさんも、張り合わなくていいですからっ! ってか二人共っ、とりあえず離れて――」
「そんなこと言いながら、鼻の下が伸びてるッスよ、ししょー。しかも、若干前屈み……」
両腕に当たる、計四つの柔らかな膨らみに気を取られていたオレの下方から、不意に聞こえて来た第三者の声――
慌てて足元の方へ視線を落とすと、そこには両手で頬杖をつきながらしゃがみ込み、ジト目でオレを見上げるドワーフ娘の姿があった。
「コ、コロナ……いつからそこに……?」
「いつからって――ししょーのズボンが、若干膨らみ始めた頃からッスかね……ってか、この出っ張り、目障りなんで殴ってもいいッスか?」
「いいわけあるかーっ!!」
ちょうど目の高さにあるオレ股間に向けて、拳を振り上げるコロナ。
てゆうか、オレの暴れんぼ――じゃなくて、相棒に対して目障りとは、失礼なヤツだな、オイッ!
柔らかな双山に挟まれた両腕を引き抜いて、股間を押さえながら後ずさり、ジト目を向けるコロナを睨みつけるオレ。
しかし、ふとそこで、オレの目は視界の隅――しゃがみ込むドワーフ娘の後方に、複数の人影があるのを捉えた。
恐る恐る視線を上げると、そこには顔を赤らめて、バツの悪そうに視線を逸らす修道服の少女と、清らかな瞳を輝かせた子供達の姿があった。
「コ、コロナちゃん……いつからそこに……?」
「いつからぁ?」
「え~とねぇ……」
「シズにいちゃんのズボンが膨らみ始めた頃からぁ~っ!!」
「きゃははははは~っ!」
口ごもる純情シスターに代わって、無邪気な笑顔で答えるお子様たち……
いや、止めて! そんな純真無垢な瞳で、穢れたオレを見ないでっ!!
てか、何でコロナちゃんと子供たちまでこんな所に……?
そんなオレの素朴な疑問を察するように、おずおずと口を開くコロナちゃんと無垢な子供たち。
「え、え~と……子供たちが、シズトさんにお礼を言いたいって……そ、その……」
「お、お礼……?」
「うんっ! え~とぉ、いぃか~めぇし? 美味しかったです!」
「ごちそ~さまでした~っ!」
「「「ごちそ~さまでしたっ!!」」」
一列に並び、揃ってペコリと頭を下げる子供たち。
「あ、ああ……ど、どういたしまして……」
ま、眩しい……
眩し過ぎて、涙が出てきそうだ。
「ってーっ! ウチは納得出来ない事があるッス!!」
いきなり立ち上がって、眉を釣り上げながら詰め寄り、声を張り上げるドワーフ娘。
「なにがかな? コロナくん」
正直、コイツの相手をするのは面倒だけど、この重い空気の中、話を逸らすにはちょうどい――
「昨日、ウチの裸を見た時と、反応が違い過ぎるんじゃないッスかっ、ししょーっ!?」
「うおぉぉーーいっ!?」
「やっぱアレッスかっ! 乳ッスかっ!? 結局、最後にはデカい乳が勝つってことッスかっ!?」
「アホかっ!? 子供の前でナニ言ってんだ、コラッ!!」
良い方のコロナちゃんの目まで、ジト目になっちゃっただろうがっ!!
「てゆうかっ、てゆうかっ! 昨日はウチの裸を上から下まで、じっくりタップリ舐めるような目で見ておいて全く手を出す素振りも無かったのに、ちょっと乳を当てられて前屈みになるって、どうゆう事ッスかっ!?」
「裸は、お前が勝手にみせたんだろうがっ!! それにっ! 上か下まで、じっくりタップリ見たのは敢えて否定はせんが、とりあえず舐めるような目などしとらんわっ!!」
場の空気を読まないで喚き散らすコロナに同レベルで張り合い、思わず余計な事まで口走ってしまったオレ。
直後、そんなオレのすぐ隣から、ドスの効いた低い声の呟きが耳に届く――
「へぇ……否定はしないんですか……?」
さ、左舷……殺気が凄いぞ、なにやってんの……?
「い、いや……今のは、言葉のアヤというか、なんというか……」
頬を引きつらせながら恐る恐る声の方へ振り向くと、我が雇い主さまが、その白い衣装とは対照的なドス黒いオーラを立ち昇らせていた。
そして、そのあまりの迫力に、先程まで散々喚き散らしていたコロナですら、金縛りにでもあったらかのように固まってしまっている。
ヤ、ヤバイ……
い、言い訳……何か言い訳を……
「まあまあ、ステラさん。そんなに目くじらを立てなくても――肌を晒した女性に目をやってしまうのは、殿方なら当然の行為ですよ」
と、懸命に言い訳を考えていたオレの右舷から、擁護するようなアルトさんの援護射撃が届く。
が、しかし……
「え、え~と、アルトさん……? そう言いながらも、オレを羽交い締めにしているのは、何故でしょうか?」
「ふむ、何故かと問われれば――頭では理解していても、心と身体は納得出来ていないという事でしょうか? 女心とは複雑なモノなのですよ」
ふ、複雑過ぎる……
男のオレには全く理解不能だ。
とは言え、これで前後を挟まれて、逃げ場を完全に失ったオレ。
そうこうしているウチにも、ステラの全身を覆っていたドス黒いオーラは魔力へと変わり、それがドンドンと右の拳へと集中していった。
「い、いや、たがら……ま、まずは冷静に話し合おう……なっ、ステラちゃん。いやステラ様っ!」
「シズトさんの……」
右・下・斜め下+Pと素早くコマンドを打ち込まれた某ゲームキャラのように、低い体勢から一気に間合いを詰めるステラ。
そして全ての魔力が右拳に集中した瞬間――
「バカーーーーーーッ!!」
ステラの絶叫と共に、天へと昇る龍が如きアッパーカットが唸りを上げた。
物凄い衝撃と共に、秋晴れの青空へと上昇していくオレの身体。
くっ……今回はこの役目、ペド紳士に譲ったつもりだったのに……
そんな事を考えながら、オレの意識は深い闇へと落ちて行ったのだった。




