第七章 弟子入り志願 03
「まったくッ! 酷い目にあったッス!」
「自業自得だ」
「だいたいっ! 麗しい乙女の顔に、あんな生臭いモノをブッかけるなんて、何を考えてるんッスか、あの軟体動物はっ?」
麗しい乙女とは程遠く、肩を怒らせ、オレの前をガニ股でのしのしと歩くドワーフ娘。
ちなみに、先程のイカはオレ達が全部買い占めさせて貰った――と、言っても、元々捨てようしていた物。おっちゃん達は、新鮮なイカを日本では考えられない様な捨て値で譲ってくれたのだ。
今頃は、トロ箱一杯のイカを持ったラーシュアが、浮かれ足で桜花亭に運んでいるであろう。
余談ではあるけど、今日は捕れなかったらしいが、稀にタコも網にかかるらしい。
そして、やはりタコもイカと同様に、キャッチアンドリリースしているそうだ。
なんともったいない……
まあ、確かにイカもタコも見た目はグロテスクだし仕方ない。特にタコなどは、海外じゃあ悪魔の魚などと呼ばれていて、食べる習慣のある国もあまりない。
とりあえず、漁師のおっちゃんには、タコもウチで引き取るから、捨てずに持って帰ってきてくれと頼んでおいた。
これでメニューのレパートリーが、ぐっと広がってくれるはずだ。
「これはあれッスね。ししょーが責任取って、ウチを弟子にするしかないッスね」
「断る」
何やら都合のいい事を言い出したコロナの言葉を、一言の元に斬り捨てる。
てか、何でオレが責任を取らねばならん?
「いいじゃないッスかぁぁああ~! ししょーになら、ブッかけられてもいいッスからぁぁああぁぁ~~っ!!」
「ええ~いっ! 白昼堂々、際どいワードを口走るなっ!! 変な噂になったらどうするっ!?」
「お願いするッスよ、ししょぉぉ~!」
「いや、だから張り付くなっ! 平らな胸を押し付けるなぁーっ!!」
「イ~ヤ~で~すぅぅぅ~~っ! 掃除でも洗濯でも皿洗いでも、ついでにししょーの貧相な『ピーー』洗いでもするッスからぁぁああぁぁ~っ!」
「誰の『ピーー』が貧相だ、コラッ! マジ、ぶっ殺すぞっ!」
ったくっ! コイツの辞書には、恥じらいとかパーソナルスペースという言葉はないのか?
とゆうか、あまりに際どいワードを喚き散らすドワーフ娘に、そろそろ周りの目も厳しくなって来た。
人通りの多い市場。しかも、ここは住人の半数以上が顔見知りという狭い田舎街。変な噂でも立てられたら厄介だ。
そもそも噂というのは、尾ヒレを着けて広がって行くモノ。そんな拡大誇張された状態の噂が、我が雇い主の耳に入ったら命の保証はない。
「はあぁぁぁぁ…………」
オレは大きなため息を吐きながら、腹部へコアラの様にしがみ付くドワーフ娘に視線を落とした。
「仕方ない。じゃあ、こうし――」
「弟子にしてくれるッスかっ!?」
「いや、話を最後まで聞け、ロリッ娘――そうだなぁ~、もしお前が何かしらオレの役に立ったら、弟子入りを前向きに検討してやる」
「役に……? 閨でッスか?」
「だから、話をソっちに持っていくなっ、この色ボケドワーフ娘っ!!」
ちなみに閨とは、寝室の事である。
てゆうか、女のドワーフって、みんなこんななのか? それとも、コイツが特別なのか? ファンタジー映画なんかのドワーフとは、イメージがだいぶかけ離れてるな。
「とにかく、この話は終了ぉ~。これ以上の譲歩はしないからな」
「ムムム……仕方ないッス。そんかわり、困った事が出来たら、真っ先に相談して欲しいッス。どんな事でも、絶対お役に立ってみせるッスから!」
この女……
何処からこんな自信が湧いて来るんだ? 全裸で川に飛び込み、頭を打って気絶する様なドジっ娘のくせに。
つーか、重いから、そろそろ降りろ。
コバンザメの如くオレの腹に張り付くコロナに向け、苦笑いを浮かべながら歩いていると、程なくして目的地への到着を告げる様に、味噌の焦げる芳ばしい香りが漂って来た。
その香りへ引かれる様に屋台へと歩み寄るオレ。そして、屋台の向こうにいる、修道服にエプロンを身に着けた少女へと、フレンドリーに声を掛ける。
「よっ! コロナちゃん。久しぶり」
「あっ、いらしゃいませ、シズトさ……………………ってぇ~! シズトさんっ!?」
オレの笑顔に、朗らかな笑顔で応えてくれたコロナちゃん。
しかし、すぐにその笑顔が凍り付いたかと思えば、今度は驚きに目を見開いて、素っ頓狂な声を上げながら後ずさった。
そして何を思ったのか、被っていた三角巾を取って深々と頭を下げる。
「えと、えとっ! ほ、本日はお日柄もよく、シズト殿に至りましては、ご機嫌麗しく、相成り候の処、御意にございまして――」
な、なぜに武士言葉? しかも、かなり使い方を間違えているし。
「え、え~と……コロナちゃん?」
「すみません、すみませんっ! わたしは、修道院の子供達の面倒を見なくてはなりません! 手籠めにされるのは我慢しますから、色街に売り飛ばすのだけは、勘弁して下さいっ!! すみませんっ!」
「うわっ……ししょーって、案外鬼畜ッスね――あだっ!?」
深々と頭を下げていたと思ったら、今度は凄い勢いで何度もペコペコと下げだすコロナちゃん。
そして、ようやく離れたと思ったら、今度はドン引きジト目で距離を取るドジな方のコロナへ、オレは無言で脳天チョップをお見舞いする。
てか、手籠めに、色街って……
いったい何を言ってんだ、この子は?
「え~と……まずは、少し落ち着こうか? とりあえず、深呼吸しよう」
「し、深呼吸……ですか?」
「そう、短く2回吸って、大きく吐き出す感じで。じゃあ、一緒にいくよ。せーの、ひっひっふ~~。ひっひっふ~~」
「ひっひっふ~~。ひっひっふ~~」
オレに続き、フランスのフェルナン・ラマーズにより体係化された深呼吸(?)を実践するコロナちゃん。
年齢的に少し早すぎる気もするが、彼女にもいずれ必要となる日も来るであろう。
「どう? 落ち着いた?」
「はい……なんだか、修道院の子供が増えそうな感じですが、落ち着きました」
ふむ……そんな簡単にポコポコ増えては色々と問題あるけど、落ち着いたのなら良かった。
「それで、さっきのはなに?」
「え、え~と、それは……シズトさん、貴族になったんですよね?」
「えっ? ま、まあ一応……爵位は貰ったかな」
俺の問いに、おずおずと確認するような問いを返すコロナちゃん。
特に隠していた訳じゃないけど、もうココまで広がってるのか……
「ええっ!? ししょーって、お貴族様だったんッスか、って、あだーっ!?」
欲望に目を輝かせて擦り寄ろうとする残念な方のコロナへ、再び脳天チョップをお見舞いする。
「話がややこしくなるから、お前は少し黙ってろ。それから、変なルビを付けるな」
「ぬぬぬぅ~~。可憐でか弱い乙女の脳天に、二度も手刀を食らわせるとは……コレは責任取って娶って貰わ――」
「んっ!!」
「ひっ!?」
涙目で勝手な事をほざいているコロナを睨みつけながら、再び手刀を振り上げ黙らせる。
『自称』可憐な乙女の涙では、武器にならん事を思い知れ。
「話の腰を折ってごめんね。それで、何でオレが貴族だと、あんな事をするのかな?」
そして、怯えるように目尻へ涙を浮かべる『天然』可憐な乙女に向かい、優しく問い掛けるオレ。
「それは……シズトさんの国のでは、高貴な方に無礼を働くと、男性は無礼討ちと言って、問答無用で斬り殺されるとか。女性は手籠めにされて散々弄ばれた後、色街に売り飛ばされるとか聞いたもので……」
「………………」
い、いや、まあ……確かにそんな時代もあったけどさぁ……
てゆうか、誰がそんなデマを――って、考えるまでもない。
さっきの変な武士言葉といい、無礼討ちなんて言葉といい、そんな言葉を知っているのは、この世界にオレを除いては一人しかいない。
「それで、無礼に当たらない言葉使いを教わったのですけど、上手く話せなくて、その――」
「もういい、分かった。状況は完全に理解したから」
身を縮めて、申し訳なさそうに語尾をどんどんトーンダウンさせていく可憐な乙女。
まったく、あの黒い悪魔めぇ……
面白がって、いたいけな少女にホラを吹き込みやがって。
「とりあえず結論から言うと、それはデマだ」
「デマ……?」
「そう、デマです。貴族になったからって、別に威張り散らすつもりはないし、無礼討ちとか手籠めにするとか、そんな事は絶対にしないから」
「そ、そうなんですか?」
「そうなんです。店の方だって、今まで通り続けるしね。だから、コロナちゃんも今まで通り接してくれると嬉しいな」
「そうですか……ホッ、良かったぁ~。わたしも、シズトさんがそんな事するだなんて、少し変だなぁ~って思っていたんですよ」
そこは『少し』じゃなくて、大いに思って欲しい。
「まあ、シズトさんになら、手籠めにされるのもアリかなって思っていたんですけど……」
「ん? なんか言った?」
「いえいえいえいえいえっ! 何でもありませんっ! タダのひとり言ですっ!!」
何やら小声でぼそぼそ呟いたと思ったら、今度は真っ赤になった顔の前で手をブンブンと振って慌て出すコロナちゃん。
何だったんだ、いったい?
「こほん……そ、それでシズトさん。本日はどういったご用件でしょうか?」
コロナちゃんは、頬を赤く染めたままで平静を装い、誤魔化す様に話題の転換をはかる。
まあ、コチラとしても都合が良いので、それに乗らせて貰おう。
「実はコロナちゃんに、頼み事があるんだけど」
「頼み事……ですか?」
かなり遠回りをしてしまったけど、オレはようやく話の本題を切り出した。




