第七章 弟子入り志願 02
「ねぇ~、ししょ~」
「ダメ」
「まだ、何も言ってないッスよ~ッ!」
「断る」
人混みの中を連れ立って歩くオレ達。
参加者の半数が王侯貴族だったとは思えないほどの修羅場と化したランチタイムのあと、オレとラーシュア、そしてコロナは市場へと来ていた。
ちなみに、その王侯貴族さま達は、思い立ったが吉日とばかりに早速隣り街の領主の元へと交渉に向かっている。
この辺の決断の速さとフットワークの軽さ、そして落ち着きなさは、王都でジャジャ馬姫との異名を取るだけの事はあるな。
で、姫さま達と別れたオレ達は、このドジっ娘ドワーフの当面の棲家を探しに来たわけだが――
「なんでッスかぁ~、弟子にして下さいッスよぉ~っ!」
「ええ~い、纏わり付くなっ! そして、平らな胸を押し付けるなっ!!」
と、弁当を食べ終わってからずっと、このロリッ娘ドワーフに、弟子にしろと纏わり付かれているのだ。
「平らじゃないッスよっ! 少しはあるッスよ~っ! それに、ししょーは小さい胸も嫌いじゃないッスよね?」
嫌いじゃないし、むしろ好物である。てゆうか、子供の頃から両親に好き嫌いなくと躾けられたオレは、大から小まで全部が好物である。
故に、こんな人通りの多い街中で押し付けられるのは、精神衛生上よろしくないのだ。
「クククッ……どうした、主よ? 背中が曲がっておるぞ。若者なら背筋を伸ばして、堂々と歩くがよい」
くっ……こ、このロリババァが……
若者だからこそ、前屈みになってしまうのを分かっていてニヤニヤと笑いやがって。
「して、主よ――市なぞに来て、此奴の棲家に当てでもあるのか?」
「ん? ああ……仕事が見つかるまでの間だからな。それまでコロナちゃんのとこで、こき使ってもらおうと思って」
修道院ならガキ共の世話に、人手はいくらあってもいいだろうし、広さ的にもコイツ一人くらい増えても問題ないだろう。
そう、ココに来たお目当ては、おそらく今日も市場で串芋の屋台を出しているであろう、シスター見習いのコロナちゃんである。
しかし、そのシスター見習いの名前を出した所で――
「ん? 呼んだッスか?」
と、オレの背中にしがみつくように張り付いていたドワーフ娘が、肩越しに顔を覗かせた。
「誰が、お前なんかを『ちゃん』付けでなんて呼ぶかっ! この、コロナマークⅡ」
日本では、よく『名は体を表す』なんて言うけど、この二人は同じ名前なのに全く正反対だな。
似てるのは、発展途上の胸部くらいだ。
「な、なんッスか、そのマークⅡって……?」
「いいか? いま、話に出ているコロナちゃんてぇのは、素朴で可憐。そして気配りが出来る上に働き者で、すごく面倒見のいい美少女の事だ」
「やっぱ、ウチの事じゃないッスか」
お前は一度、客観的に自分自身を俯瞰してみろ。そして現実と向き合え。
「お、おい、主よ……あ、あれを見よ……」
コロナマークⅡの過剰な自己評価っぷりに思わず拳を握り締めかけたところで、ラーシュアがその袖を引いた。
その、信じられないモノを見るような目を向ける先――小さな手が指差す先を追うように、オレも視線を向ける。
「なん……だと……?」
向けた視線の先にある光景に、オレは目を見開き、そして言葉を詰まらせた。
居並ぶ出店の後方にある船着場。早朝の漁で荷揚げされた魚を、漁師のおっちゃん達が仕分けをしているところなのであろう。
そんな中、オレとラーシュアの目は、右端に立つおっちゃんが手に持っている白い物体へ釘付けになっていた。
「あ、主よ……あれって……」
「ぁ、ああ……」
おっちゃん達までの距離は約100メートル――
ハッキリ視認出来た訳ではないが、あの色と独特のシルエット……
間違いない、ヤツだ!
あまりの事に、遠めの間合いで立ち竦むオレ達。
そんなオレ達の前で漁師のおっちゃんは、こともあろうにその白い物体を海へ投げ捨てようと、手を振り上げた――
「ちょっ~と、待ったぁぁぁぁ~~~~っ!!」
その蛮行を阻止すべく、猛ダッシュでおっちゃんの前に立ちはだかるオレとラーシュア。
おそらくこの時のタイムは、100メートル9秒台前半を記録していたであろう。
「うおぉぉっ!? な、なんだ、シズ坊か……? 脅かすなよ……」
背中に悲鳴を上げるロリッ娘を張り付けたままで突然現れたオレ達に、驚きの表情を見せるおっちゃん。
しかし今は、そんな些細な事に構っている場合ではない。
「おっちゃん……ソレって……?」
「んん? ああ、コレか?」
おっちゃんはオレ達の前へ手を差し出すように、そのゴッツい手のひらを開いた。
約30センチ程、半透明の白く長細い胴体。そこからウニウニと動く、十本の長細い足を伸ばす軟体動物――そう、イカである。
見た目はスルメイカに近い――いや、ほぼ同じだ。
コチラの世界に来てから初めて見たぞ。イカはコッチでも捕れていたのか。
しかし……
「おっちゃん……いま、コレを逃がそうとしてなかったか?」
「んっ? ああっ。こんなヌメヌメして気持ち悪いモノ、誰も買わんしな。黒い汁は吐くしよ」
「なん……だと……?」
驚愕に、再び言葉を詰まらせるオレ。
そんなオレへ追い打ちをかけるように、他のおっちゃん達が口を開いて行く。
「今日は沖の方で雨雲が出てきたからな。仕分けは後回しにして帰って来たんだけどよ」
「いつもなら、引き上げたはしから海に逃がしてくるんだよ」
「っても、一回の漁で掛かるのは十匹くれぇだけどな」
なるほど……だから市場じゃ見かけなかったわけか。
この一条橋静刀……一生の不覚っ!
「お、おっちゃん、そのイカ――」
「いかぁ……なんだ、コレは『いか』ってぇのかい?」
「ああ、そのイカ……次からオレが買い取るから、捨てずに持って帰って来てくれ」
「ん? お、おう。買うってんなら、持って帰ってくるけどよ――まさか、コレを食うのかい?」
自分の手の上に乗る、白くヌメヌメとした物体に目を落とし顔をしかめるおっちゃん。
確かに、一見グロテスクだし、食べる習慣のない人にとって、コレを食うのは勇気がいるかもしれない。
オレだって子供の頃から食ってなければ、やはり抵抗があるだろう。
「まっ、シズ坊なら上手く料理するんじゃねえか?」
「ああ、そうだな。あのシビだって上手く料理してるしな」
シビ――いわゆるマグロ。
この世界では日本の江戸時代同様、マグロは下魚でほとんど食べずに捨てられていた。
それがウチの店で扱うようになってから、一気に人気食品へと登り詰めたのだ。
「イカには色んな食い方があるからのう。楽しみじゃ」
「ああっ! 今度ウチの店に来てくれ。美味いイカ料理を出してやるから」
オレはおっちゃん達に向かって、親指を立てた。
ラーシュアの言う通り、これでウチの店もメニューのレパートリーが一気に広がっるってもんだ。
「ふぅ~ん……コレがホントに美味いんッスか?」
ここまでのやり取りを黙って聞いていたコロナが、オレの肩越しに身を乗り出して、おっちゃんの手をのぞき込む。
そういえば、このロリッ娘を背中に乗せてたんだったっけ。懐かしい食材との久々の再開で、すっかり忘れていた。
「うへぇ……グニャグニャのヌルヌルで気持ち悪いッス……」
やはりウェーテリードでも、イカを食べる習慣はないらしい。
おっかなびっくりと、イカの身体をつつくコロナ。
「って、おいおい。あんまり刺激すると――」
「えっ……? にょわあぁぁぁぁああぁぁ~~っ!?」
船から荷揚げされたばかりの活きの良いイカは、顔を突き出していたコロナの顔目掛けて、勢いよく墨を吐き出した。
「な、なんッスかっ!? なんなんッスかコレはっ!! なんか顔にドピッとかかったッス! ってか、鼻の中にも生臭のがいっぱい入って来たッスぅぅ~~っ!!」
たくっ……言わんこっちゃない。
「垂れて来たッス! 中に出されたのがドロッと垂れて来たッスよぉ~っ!」
「って! アホな事を言っとらんで、海で顔洗って来いっ!」
はあぁ~、コイツは何か仕出かさないと死ぬ病気なのか?




