第七章 弟子入り志願 01
ドヤ顔で胸を張るレビンの指し示す方へと、全員の目が向けられる。
作り置きの惣菜を中心に、賞味期限の近い食材を揚げ物にして詰めただけの弁当。
オレ的には、若干手抜き気味の弁当である。コレが大陸の四王国に誇れるかはさておき――
「おい、レビン。お前の言う料理というのが、この料理を指しているのならソレは間違いだ。コレはサウラントの料理ではなく、オレの国の――日本の料理だ」
まあ、和洋折衷している部分もあるが、基本ソコに並んでいる弁当は、現代日本で日常的に食べられているモノばかりである。
「何を仰っております、お義兄さん? いま現在、お義兄さんが暮らしているのはサウラント王国ラフェスタの街であり、お義兄さんはこの街の住民――つまり、お義兄さんのモノは街のモノ、街のモノは街のモノです」
「その、ジャイアニズム的セリフも日本のモノだ。それからお義兄さん言うな」
レビンの言い分に、眉をしかめるオレ。そして、正面に座るドジっ娘も、同じように眉をしかめていた。
「料理……料理ッスか……」
「なんじゃ、コロナよ? ソナタ、料理は苦手なのか?」
「そ、そんなことないッスよ。料理は好きッスし、家ではよくやっていたッスよ。ただ……」
「『ただ』、なんじゃ?」
「い、いや、まあ……なんてゆうかッスね……」
「なんじゃ? 言いたい事があるなら、ハッキリ申せ」
若干、バツが悪そうに言い淀むコロナへ、シルビアが急かすように続きを促す。
「え、え~と……怒りません?」
「なぜ、妾が怒らねばならん?」
「ホントに?」
「くどい! サウラント王国第四王女の名にかけて、怒ったりはせぬっ!」
「そうッスか、では……コホン――」
シルビアに急かされコロナは、一つ咳払いをしてその重い口を開いていく――
「サウラントの料理って、大陸四王国で一番不味い料理って言われてるじゃないッスか……?」
「「うっ……」」
コロナから出た言葉に、今度はシルビアとトレノっちが揃って言葉を詰まらせる。
って、ナニ? この国の料理って、他国からは大英帝国の料理みたいな扱いなの?
「対してウェーテリードは、四王国で一番食文化が発展しているって言われる国ッスよ。特に調味料と香辛料の研究は他国の二十年先――サウラントと比べるなら五十年は先に行っているッス。そのサウラントから、料理について学ぶ事なんて無いと思うッスよ。だいたい――」
「「ぐぬぬぅ……」」
重かった口も一度開いてしまえば、ペラペラと泉のように――いや、地獄谷の間欠泉のように言葉が湧き出てくる。
そして、ドワーフ娘の軽くなった口に反比例して、逆に口と表情がドンドン重くなっていく、メシマズ王国の王女さまと騎士さま。
しかし、いくら怒られないからって言いたい放題だな、おい……
「それに、そこの弁当もなんなんッスか? 見た事のないようなモノばかりではあるッスけど……まあ、見ただけで、たいした事ないって分かるッスよ」
さんざん、サウラントの料理をディスったかと思えば、今度は呆れ顔を浮べながら、オレの後ろに並ぶ弁当へと矛先を向けた。
「例えば、その厚く焼いた玉子焼き……何の具材も入ってないみたいッスし、ただ玉子を焼いただけじゃないッスか?」
まあ、確かに……
一見、なんの工夫もない厚焼き玉子ではあるな。
そんな事を思いながら、重箱に詰められた玉子焼きに目を向けていると――
「ふっ……ふふっ……ふふふふふ…………」
と、不気味な笑みを浮べたシルビアがフラフラと立ち上がり、箸でその玉子焼きを一つ摘み上げた。
「その程度の料理で、『大陸全土に誇るぅ~』とか、片腹痛いッスよ、ハッハッハ~ッ!!」
「ていっ!」
大口を開けて高笑いのコロナ。
その大きく開いたドワーフ娘の口へ、シルビアが箸で摘んでいた玉子焼きを勢いよく放り込んだ。
そして次の瞬間――
「なんじゃこりゃあぁぁぁぁ~~~っ!?」
高笑いから一転。コロナの口から、銃で撃たれたジーパン姿の刑事みたいな絶叫が上がった。
そして、目を見開き、這い寄るように弁当の方へと身を乗り出すコロナ。
「なんなんッスかっ、なんなんッスかっ、コレはっ!? 冷めた玉子焼きが何でこんなにふっくらして、フワフワと柔らかいんッスかっ!? いや、柔らかいだけじゃなくて、どうやったらこんな濃厚な上に複雑な味わいと上品な甘さが出せるんッスかっ!?」
「ふふ~ん♪ どうじゃ? コレが、大陸全土に誇るサウラントの料理じゃ。恐れ入ったか?」
驚きに目を丸くするコロナを、その形の良い胸を張り、ドヤ顔で見下ろすシルビア。
しかし――
「おい、シルビア。ソレがいつからサウラントの料理になった?」
その玉子焼きは、江戸前の技法で焼いた玉子焼きだ。間違ってもサウラントの料理ではない。
ちなみに、フワフワと柔らかな食感の秘訣は、山芋と海老のすり身にある。
すり身にした山芋と海老に、鰹節と醤油で取った出汁を加えた溶き卵。そこに砂糖と和三盆糖を半々に入れ、たっぷりと空気を含ませながら焼き上げたモノである。
「何を言う、シズトよ。ソナタと妾は将来を誓い合った仲ではないか? つまり、夫のモノは妻のモノ、妻のモノは妻のモノじゃ」
だから、そのジャイアニズムも日本の文化だ。そもそも、将来を誓い合ってもいねぇし。
「そんなの、ドコのモノでも良かろう? そろそろワシの空腹も限界じゃ。早う、飯を食わせい」
業を煮やしたように、口を挟むラーシュア。
確かに、弁当にすると言ってから色々あって、時間もだいぶ経ってしまったな……
「じゃあ、飯にするか。いくら涼しいとはいえ、いつまでも広げっぱなしにしていたら、食材が傷みそうだ――コロナ。お前も興味があるなら、食って――」
「いいんッスかっ!?」
オレの誘いに、コロナが食い気味に言葉を被せ、目を輝かせる。
「あ、ああ……多めに作ってあるし、一人増えたくらいなら問題ない」
「じゃあ、遠慮なくいただくッス!?」
「おいコラッ! 少しは遠慮せいっ! それから、既に玉子焼きを食べたのじゃから、ソナタの分はもうないぞ。そしてシズトの分は妾のじゃからなっ!!」
弁当を取り囲むよう、一斉に移動する一同。
さて、かなり時間が押してしまったけど、ようやく昼飯だ。
ああ、腹減った……




