第六章 国境を超えて 04
「で、どうすんだ? オレ達も捕らえるのか?」
「まあ、その時は、せいぜい抵抗させてもらうがのう」
裁判長と弁護人が、検察を恫喝する図。
近代日本の裁判では、まずお目にかかれるモノではないが……まあ、よしとしよう。
「おのれ……卑怯だぞ、シズト……」
「クックックッ、なんとでも言うが良い。武士の卑怯は武略だ」
まっ、武士じゃねぇけど。
ちょっと悪ノリが過ぎる気もするが、女の子一人が隣りの国から勝手に来たというくらいで、目くじらを立てる事もないだろう。
「「ぐぬぬぅ……」」
ラーシュアの『抵抗』という言葉に、苦虫を噛み潰したような顔で、二の句が告げずにいる二人。
ラーシュアの正体と、その能力を知っている二人なら当然の反応だな。アイツがその気になったら、一国の軍隊程度で止められるモノではではない。
「ハハハッ、まあ良いではありませんか、シルビア様――」
そんな、状況が膠着しかけた所へ、レビンが爽やかイケメンスマイルを浮べながら割って入って来る。
「間者でないのなら、少女の一人や二人にそれほど目くじらを立てる事もないでしょう?」
「し、しかしだな、レビン殿……」
「それに職を探しに来たと言うのであれば、コチラとしては願ったり叶ったりです。王都と違い、この街は辺境ですからね。若い働き手が増えるのは大歓迎ですよ」
「う、うぬぬぅ……」
領主の息子である公子さまの意見に、更に言葉を詰まらせる王女殿下さま。
やがて、シルビアはめいっぱい息を吸い込むと、それをゆっくり吐き出すように大きなため息をついた。
「はあぁぁぁぁぁ…………妾の負けじゃ。ソナタら三人を敵に回すのは、分が悪過ぎる」
「よろしいのですか、姫さま?」
「仕方あるまい……それともトレノよ。お前はあの三人に勝てるのか?」
「そ、それは……姫さまの命とあれば、やるだけはやりますが、しかし……」
シルビアの問いに、言葉を濁すトレノっちは、悪ノリ全開で不敵な笑みを浮かべるオレとラーシュアを横目に見て頬を引きつらせた。
「じゃがシズトよ。あくまでコレは、公認ではなく黙認じゃからな」
「それで充分だ。それに……もし、そのドジっ娘がこの街で悪事を働いた時は――」
そこで一度言葉を区切ると、オレはシルビアとトレノっちに向けていた不敵な笑みを、そのままコロナへと向けた。
「オレが責任持って、殺すから――」
「ひっ!?」
短い悲鳴を上げて、身を震わせるコロナ。
一応、保険の意味も兼ねて、脅しをかけてみたけど――まっ、そんな事にはならんだろう。
「とはいえ、文無しで放り出して、悪さでもされたらかなわん――おい、変態公子よ。悪事を働かさん為にも、食い扶持の世話をしてやれ。いかな領主のボンクラ息子とて、そのくらいは出来るじゃろう?」
「はっ! このレビン・カルーラ、ラーシュアさまからの全幅の信頼に応えてみせましょう」
領主のボンクラ息子さまは、ラーシュアに向かって片膝を突き、深々と頭を下げた。
てか、ラーシュアの言葉のどこに『全幅の信頼』があったかは、甚だ疑問ではあるが……
「して、コロナとやら。何かやりたい仕事などはあるのか?」
「ドワーフというくらいです。鍛冶屋や鉄鋼業などが、良いのでは?」
と、そんな大仰に頭を下げているレビンを尻目に、シルビアとトレノっちは早々に話を進めていた。
全幅の信頼とやらに応えるのは、中々難しそうだな、ペド紳士。
「そうッスねぇ……鍛冶屋の仕事も一通りはこなせるッスけど、出来れば新しく何か手に職を付けたいッス」
「手に職ぅ?」
「そうッス。せっかくサウラントに来たんッスからね、ウェーテリードにはあまりないような仕事を覚えたいッス。そして、一人前になったら故郷に帰って、一花咲かせたいッス!」
なるほど……
ウェーテリード王国は鉄鋼業が盛んらしい。ただその分、鍛冶屋も多く、競争率も激しいのだろう。
そういう意味では、向こうでの競争率の低い仕事を覚えた方が成功しやすいのは確かだ。
「ふ~む……サウラントがウェーテリードに勝るモノとなると養蚕と絹織物かのう?」
「しかし姫さま。織物が盛んなのは王都よりも北です。南の外れにあるこの街では難しいのでは?」
「そうじゃなぁ~。この辺りは漁業が中心じゃからのぉ……」
「あっ、でもサウラントは、ガラス細工も有名だって聞いた事があるッスよ」
「それは王都近郊だけじゃ」
「なら、製蝋はどうだ? サウラントの蝋燭は、ススが少ないと評判だぞ」
河原に腰掛けて、アレやコレやと意見を出し合い話し合う女性陣。
まぁ、この街はのんびりとした良い街ではあるけど――魚介類以外、名産らしい名産は特にないからなぁ……
「おやおや、みなさま方。いったい何を仰っておるのやら? この街には、ウェーテリード王国どころか大陸全土にも誇れるモノがあるではありませんか?」
行き詰まりかけた女性陣の談議に、笑顔で口を挟むレビン。
ほおぉ、そんなモノあるのか? それは知らなかった。
しかし、変態公子よ。お前やじいさんの『hentai』は、決して誇れるモノではないからな。
まあ、日本の文化の一つと諸外国から認定されて、『kawaii』と並び、世界の共通語になりつつあるけど。
「そ、そのようなモノがあるのか、レビン殿?」
「はい、ございますよ」
レビンは、シルビアに答えながらゆっくりと立ち上がった。
「我が街が、大陸全土に誇れるモノ、それは――」
「「「それは……?」」」
勿体つけるようなレビンの言葉に、息を飲む女性陣。
期待の眼差しを受け、レビンは白いマントをなびかせながら、オレ達の座る後方に向けて右手を差し出した。
「それは、料理です!」
そう、レビンが指し示した先には、広げられたままで放置されていた、色とりどりの弁当が並んでいた――




