第六章 国境を超えて 03
小春日和の昼下がり、川のせせらぎと共に流れるドワーフ娘の淡々とした声。
まあ、話の内容をまとめるとこんな感じだ。
隣国ウェーテリードの辺境で、貧しくも平穏に暮らしていたドワーフの一家。
しかし、軍部拡大を進める半軍事国家のウェーテリードは、人間のみならず亜人――ドワーフ族やエルフ族などに対しても徴兵を始めた。
そして、鍛冶屋を営んでいた彼女の三人の兄も徴兵され、戦地で命を落としたのだという……
元々、ウェーテリードはあまり肥沃な土地ではない上に、今年は夏の長雨で農作物が不作だったらしい。そこにきて、鍛冶屋で得ていた貴重な現金収入までも激減。
今の状態では、残された家族七人が今年の冬を越すなど、とても出来ない。
そこで、長女である彼女が家を出たそうだ――
「まっ、早い話が口減らしッスね。とはいえ、家を出ても食い扶持の当てがあるわけでもなし。そこで、『そうだ、国境を越えてサウラントに行こう』。と思ったわけッス」
そんな、京都にでも行くような軽いノリで、あの国境を越えて来たのか、このドワーフ娘は……?
「う~む……そこが分からん――?」
静かに話を聞いていたシルビアが、不思議顔で首を傾げる。
「話を聞くに、不憫な事じゃとは思うが……なぜそこで、ワザワザ危険を犯してまでサウラントに来ようと思ったのじゃ? 仕事を探すなら、国内の大きな街にでも行った方が良かろう?」
当然の疑問だな。
ただそれは、ウェーテリードとサウラントに国力の差がなければの話だ……
まあ、オレもそれほど詳しいわけじゃないけど――先日、酔っ払ったアルトさんに絡まれ、祖国の愚痴を延々と聞かされたという事があって知っている程度だけど。
その愚痴の内容がホントなら――
「今のウェーテリードには大きな街に行っても、ウチみたいな田舎者の――それも可憐で非力な乙女に、仕事なんてないッスよ。まあ、あるとしたら娼婦くらいのもんッス」
ちょっと聞き捨てならない単語も混ざっていたけど……まあ、という事だ。
国が安定して、国民が普通に生活出来ているなら、戦争なんてそうそう起こらない。まあ、起きるとしたら宗教戦争くらいのものだ。
戦争……特に中世の戦争は、国が安定せず国民が生活に苦しんでいるから、肥沃な土地を求め侵略し、戦争が起こるのである。
そして、難民というのは、不安定な国から少しでも安定した国へと流れて来るものだ。
「なんと……ウェーテリードは、そんなにも困窮しておるのか……?」
コロナの言葉に眉をしかめるシルビア。
ウェーテリードは敵対国だ。当然、スパイを放って、ある程度は情報収集をしているのだろうけど……
スパイの練度が低く、上手く情報が集められていないのか、それともシルビアの耳まで届いていないのか?
シルビアの後ろに控えているトレノっちが、オレの視線から逃げるように目を逸らしたところを見ると、恐らく後者であろう。
オレは軽くため息をつくと、手頃な石を掴んで木槌の代わりにトントンと鳴らした。
「え~っ、だいたいの話は理解した。とりあえずスパイ――間者の線はないだろう。むしろ、このドジっ娘が間者に見えるなら医者に行った方がいい」
オレの意見に、被告人以外の全員が大きく頷いた。
「あぁ~……う、疑いが晴れたのは嬉しいッスけど、なんか素直に喜べないッス……」
複雑な表情を見せるドジっ娘をスルーして、オレは検察役のトレノっちへと目を向けた。
「で、トレノっち。検察としては何を求刑する?」
「そうだな……間者の疑いはなくとも、不法入国は不法入国だ。二年間の強制労働を求める」
二年間――不法入国者に対する強制労働の最低年数か。お硬い騎士様からしたら、最大限の譲歩だろう。
「じゃあ、ラーシュア。弁護人として、弁護する事は?」
「ない……ワシが何を言うても、どうせ主の中では判決が決まっておるのじゃろ? なら、こんな茶番はとっとと終わらせて、早く飯を食わせろ」
うんざり顔で、投げやりに答えるラーシュア。
まあ、長い付き合いだし、ラーシュアにはオレの判決内容が予想出来ているようだ。
ならば、ちゃっちゃと判決に入りますか。
「では、判決を言い渡します――」
全員からの視線を一身に受けながら、オレは大きく息を吸い込んだ。
そして――
「被告、コロナ。明日から毎日一時間、街の清掃活動一ヶ月間の刑に処すっ!」
オレは正面に座るドワーフ娘に向け、高らかと刑を宣告した。
「「「「………………」」」」
世界三位の経済大国である日本の、スピーディーかつ公正な判決を目の当たりにして、言葉を失い固まる異世界の住人達。
まあ、向こうから見たら、オレ達の方が異世界人なのだろうけど。
「うむ、その辺が妥当じゃろ。冬を迎えるにあたって、枯れ葉の多い時期じゃからのう。掃除をする者がおると助かる」
「だろ? とゆーワケで、裁判はこれにて閉廷――じゃあ、飯にしようぜ」
「そうじゃな」
一件落着とばかり立ち上がり、踵を返すオレた――
「「待てっ待てっ待てっ待てっ!!」」
「「ぐおっ!?」」
踵を返したところで、シルビアとトレノっちに襟首を捕まれ引き戻されるオレ達。
「シズトよっ! いくらなんでも、その判決はなかろうっ!?」
「そう? じゃあ、一ヶ月じゃなくて、二週間で――」
「更に軽くしてどうするっ!?」
正面から、ステレオで声を荒げる姫さまと騎士さま。
まあ、気持ちは分からんでもないが……
オレ個人の都合としては、あのドジっ娘の罰を出来るだけ軽くしたいのだ。
「あ、あの~……お兄さん? 自分で言うのもなんなんッスが……そんな軽い罰でいいんッスか?」
シルビアとトレノっちから、もの凄い剣幕で睨みつけられるオレに、今度はコロナが戸惑うような目を向けて来る。
「ああ~、いいのいいの。間者でもなければ、害意や悪意があるようにも見えないし、普通に働くつもりなら問題ないだろ」
おどけるように、軽い感じで答えるオレ。
長年、内調――内閣調査室で、さんざん悪党達を見てきたのだ。害意の有無を見極めるくらいの目は有るつもりだ。
「そういうワケにはイカンじゃろ、シズト!」
「そうだ! 王家に仕える者として、そのような不正行為は――」
「ならば、オレ達も捕らえるか?」
非難の声を上げるトレノっちの言葉を遮るように口を挟み、その青い瞳を正面から睨みつけた。
殺気にも似た冷たい気配を、これみよがしに放つオレ……
「な、なぜ……お前達を……?」
おどけた態度から一転させたオレの態度に、言葉を詰まらせるトレノっち……
いや、トレノっちだけではなくシルビアも、その一変した空気に身を固くして、二の句が告げられずいる。
そんな二人を前に、ラーシュアが一つため息をつきながら、一歩前に出た。
「分からんのか? 不法入国うんぬんを言うのであらば、ワシらもそうだと言う事じゃ」
「「あ……」」
ラーシュアの言う通り。
別に国境を越えて来たワケではないが、許可を取って入国したワケでもない。当然、国境の通行証も入国許可証も持っていないのである。




