第五章 河川敷の邂逅 03
混沌たる深い眠りから醒めたとき、天空に浮かぶ太陽は真南へとその身を移動させていた。晩秋の空に差す強い日差しが、暗闇から引き戻されたばかりの眼球を刺激する。
東から登った太陽が頂点に達し、一日の内で最も影が短くなる時間……
まっ、早い話がちょうど正午くらいという事である。
少し早めに昼飯を摂るつもりが、結局はちょうど昼時になってしまったようだ。
「ほれ、主っ! せっかく待ってやっておるのじゃ。早う手を洗って席に着け」
「はいはい……」
上体を起こしたところで飛んで来る、食事の時間を遅らせた元凶の言葉を受けて、オレはのっそりと立ち上がった。
河原に弁当を広げ、準備万端で座っていた面々。その、急かす様な八つの瞳を背中に受けながら、川岸に移動すると静かに流れる冷たい水で手を洗い始めるオレ。
最近は東京も河川の浄化が進んでいるが、それでも比較にならないほどに澄んだ清流。このまま飲料水として使えるレベルの水だ。
その清い水で手を洗ったオレは、涼しげな川のせせらぎに耳を傾けながら、ゆっくりと顔を上げた。
日の光を受けて、キラキラと輝く川面。そこへ、跳ねた川魚が波紋を作り、川上からはゆっくりと流れてくる裸の女の子がどこか幻想的な光景を――――
「って、裸の女の子ぉぉぉおおぉぉ~~っ!?」
幻想ならともかく、現実ではあり得ない――とゆうか、あってはイケない光景に、オレは勢い良く立ち上がり素っ頓狂な声を上げた。
「どうした、主? 童貞をこじらせて、ついに女子の幻でも見えるようになったか?」
「童貞ゆーなっ!」
てか、まだこじらせてへんわっ!!
オレの上げた声につられ、ワラワラと集まってくる面々。
その中で、なぜか頬を膨らませながら、肩を怒らせ大股で歩いて来るシルビア。そしてオレの眼前で立ち止ると、コチラの鼻先へビシッと人差し指を突きつけた。
「聞き捨てならんな、シズトッ! 女子の裸など、幻に頼らずとも、妾がおろうっ!! それとも、妾の裸では役不足だとでも申すかっ!?」
「いやいや、っんなこと言ってる場合じゃネェしっ! そもそも見たことないから知らんしっ!!」
「なるほど、道理じゃ…………ならば、今ここで確かめてみるが良いっ!」
王家の紋章の入った純白のマントを勢い良く脱ぎ捨てると、次いで上着へと手をかけるシルビア。
「ちょっ、ちょおぉぉ~っ! ひ、姫さまっ!? 公衆の面前で何をする気ですかっ!?」
いきなり服を脱ぎだしたシルビアへ慌てて駆け寄ると、背後から羽交い締めにしてその奇行を止めに入るトレノっち。
「放せ、トレノォォ~ッ! 幻ごときに負けたとあっては、王家の恥じゃっ!」
「いやいやっ! 王家に名を連ねる者が、公衆の面前で肌を晒す方が、よっぽど恥ですからっ!」
「ええ~いっ、放せぇぇぇぇ~っ! 騎士の情けじゃぁぁぁぁ~っ!!」
「面前でございます~っ! 公衆の面前でございますぅぅ~~っ!!」
なにやら『松の廊下』の寸劇を始める美人主従。衣服を乱しながら演じる美女達の競演も捨て難いけど、今はそれどころではない。
「コレは、暢気に構えている場合ではありませんね」
「はあぁぁ~……」
川の方へと振り返ると、同じく川の方へ目を向けるレビンが眉をしかめ、ラーシュアが深いため息をついていた。
そんなオレ達の視線の先にあるのは、緩やかな川の流れに身を任せ、ゆっくりと流されて行く、着衣を一糸纏わぬ女の子の姿。
年の頃は十四、五歳くらい。見た目だけなら、ステラと同い年くらいである。
どうやら気を失っているようだが、背中に背負う大きなリュックのお陰で沈まずにいるようだ。
そして、そのリュックのおかげで上半身が水面から浮かび上がり、小振りではあるけど将来がとても有望な胸部が――
「シズト……それ以上凝視するなら、切り捨てるぞ」
「ウムッ! 小振りな胸好きにでも目覚められたら厄介じゃからのう」
突然、背後から両目を塞がれると同時に、カチャりという剣の鯉口を切る音が耳に届く……
ちなみに鯉口を切るとは、剣を少し引き出し直ぐに鞘から抜ける様にしておく事である。
まあ、ブロードソードでも、鯉口を切るなんて言い方をするかは知らんけど。
とりあえず背中に当たる感触から察するに、目を塞いでいるのがシルビアで、剣の鯉口を切ったのがトレノっちであると思われる。
しかし安心しろ、シルビア。オレは小振りから大振りまで等しく愛せる、器の広い男だ。
「とはいえ、黙って見ている訳にもいくまい。助けに行かねばなるまいが――主に裸の女子など助けに行かせたら、行って帰って来る間に孕まされるやもしれんしのう」
「ちょっと待て。お前は、オレがどんだけ早いと思っているんだ?」
「みこすり半」
「よし、そのケンカ買った!」
シルビアに目を塞がれたまま、オレはラーシュアの声がする方へ向かい、ビシッと指を差した。
「売ってやりたいのは山々じゃが、ケンカなどしとる場合ではないでな……おい変態公子、川に入ってあの娘を助けて参れ」
「そのお言葉を待っておりました、ラーシュアさま」
川のせせらぎに混ざって、『バサッ』という、おそらくレビンのマントを脱ぎ捨てる音が聞こえてきた……
てゆうか、目を塞がれているので、ここからの描写はオレの想像でお送りします。
「では、行って参ります」
「ちょっと待ってくれ、レビン殿――」
助けに行こうと、川の中へ一歩踏み込んだレビンをトレノっちが呼び止める。
「向こうは子供とはいえ、着衣を身に着けていない女の子だ。ココはわたしが行こう」
「いえ、秋も深まり、水もだいぶ冷たくなっております。そのような中へ淑女を行かせたとあっては、カルーラ家の名折れ――」
トレノっちの提案へ、紳士的なセリフを返すレビン。
そして、一度目を伏せて言葉を区切ると、爽やかイケメンスマイルで顔を上げて――
「何よりわたしは、外見年齢が十歳以上の女性に劣情の目を向ける事はありませんので、ご安心を」
と、清々しいまでの笑顔で、清々しいまでに下衆い言葉を残し、川へと入って行くペド紳士。
その、清々しいまでの欲望に忠実な姿勢には、特にシビレもしないし憧れもしないけど、ある意味感心だけはする。
「さて、他の者は焚き火の用意じゃ。変態公子が戻るまでに、乾いた流木を集めて参れ」
「う、うむ……」
「そ、そうだな、分かった」
幼女のテキパキとした指示に同意し、その言葉に従う第四王女と侯爵令嬢の図。
てか、何でお前が仕切ってるんだよ。
「シズトは絶対に川の方を見るでないぞ」
「はいはい、分かってますよ」
オレの返事を聞き、背後からオレの両目を塞いでいたシルビアは、その手を放した――と同時にオレの頬を掴んで、強引に顔を横へと向かせる。
「では行こう、シズト♪」
オレの顔が川の方へと向かないようにと、背後から頬を固定したまま歩き出すシルビア。
って、信用ねぇな、おい。
オレだって外見年齢が中学生の年代には、劣情の目なんて向けないぞ…………………………多分。




