第二章 桜花亭 03
「なんだい、じいさん。今朝のこと、まだ知らないのかい? シズトっちの勇姿をさっ、くくくっ……」
「ぷっ、ふふふ……」
と、器用に箸で刺し身定食をパクつきつつ、笑いを堪えながら嬉しそうに声を掛けて来たのは、テーブル席に座る二人組のお姉さん。
ネコ耳に尻尾、そしてビキニアーマーのようなかなり露出の高い鎧を身に着けたセクシー美女達。
ちなみに、そのネコ耳と尻尾は作り物ではなく自前である。
外見は、ほとんど人間と変わらない、いわゆる人猫と呼ばれる獣人のお姉さんだ。
他国では獣人の地位が人間より低く、迫害されたりする事もあるそうだが、この国では基本的には人間と平等で、両者の関係も比較的に良好である。
そして、この二人はウチの店の常連さんにして元傭兵。
今ではその高い身体能力を活かし、街の警備隊に所属している。
ワイルドな感じで、真紅の髪の方がミラさん。
クール系で、銀髪をポニーテールに束ねているのがプレオさん。
共通点は、ネコ科特有の引き締まった足腰。そして、胸当てから溢れんばかりの巨乳だ。
「なんじゃ、なんじゃっ? シズ坊の勇姿じゃと?」
うどんのドンブリを持ち、ちゃっかりと巨乳美女二人が座るテーブル席へと移動するじいさん。
たくっ、この女好きのエロジジィめっ。いい加減にしないと師匠って呼ぶぞ。
ニヤニヤと笑いながらミラさんとプレオさんは、含みのある視線をコチラへと向けてくる。
「シズトっちの手前、アタイの口からは言えないけど、もう街中の噂だよ。いやぁ~、朝から大変にいいモノを拝ませて貰ったわ」
「ホントホント、中々に立派なモノだった――眼福眼福」
肉食系女子達の、からかうような熱視線に耐えきれず顔を逸らすオレ。
そりゃあ、綺麗なお姉さんに立派なモノとか言って貰えるのは、嬉しくない事もないけど……
そっかぁ、もう街中に広まっているのかぁ……
たくっ、コレだから娯楽の少ない狭い街はっ!
「まっ、目の保養には丁度良かったよ。昨夜はスゲー酷いモン見ちまったからなぁ……」
「ええ、まったく……変に夜目が利くのも考えものだわ」
二人の言葉に、オレとラーシュアは厨房の中で眉をしかめた。
「え、え~と……昨夜って、デリカお婆さんの件ですか?」
トレーを胸に抱き、少し悲しげな表情を浮かべて遠慮がちに尋ねるステラ。
「ああ、そうだ……思い出しただけで食欲がなくなってくる」
「ホント、山狩りになんて参加しないで、現場の警備でもしていればよかったわ」
そう言いながらも、確実に刺し身と大盛りライスの残量を確実に減らしていく二人。
ちなみにデリカ婆さんの件とは、深夜に自宅で寝ているところを強盗に押し入られ、殺害されたという婆さんの話だ。
犯人は森に逃げ込んでいる隣国の敗残兵の一味で、警備隊による山狩りの結果、遺体で発見されたと言う噂が朝から街中を駆け巡っている。
「なんじゃ? ウェーテリードの奴ら、そんなに酷い死に様じゃったのか?」
「ああ……傭兵の頃から死体なんて腐るほど見てきたけど、あんなのは初めてだ……」
じいさんの問いへ、ため息混じりに答えるミラさん。そしてそこへ、プレオさんが更に言葉を繋げていく。
「それに、あんな殺し方が出来る手練のヤツが、この街にいるのかと思うとゾッとするわ」
頬に一筋の冷や汗を流すプレオさん。
その表情は少し青ざめているようにも見える。その姿を見て、トレーを胸に抱いたステラも一緒に青ざめていた。
「そ、そんなに酷かったんですか?」
「ええ……こんな仕事していれば、いつ死ぬかも分からないけど、あんな死に方はゴメンだわ」
「ああ、まったくだ――それにアタイが死ぬときは、いい男に跨がって腹上死って決めてんだ」
さ、さすが肉食系女子……
思わず立候補しそうになってしまったが、そんなオレより早く立候補する猛者がいた。
「なんじゃ? そうゆう事なら、ワシの腹の上がいつでも空いておるぞ」
そう、立候補したのは、あのセクハラジジィ……
ホント、こりないじいさんだ。
鼻の下を伸ばしながら、ミラさんの巨大な胸に手を伸ばして行くじいさん。
っと、いっても元傭兵にして、敏捷性に優れた人猫相手にその手が届くワケもなく。人差し指一本で、あっさりと止められてしまった。
「あいたぁーっ!」
まあ、人差し指といっても、そこはネコ。その指には鋭い爪があり、じいさんの手の平にプスッと突き刺さる。
「五十年若返って出直して来な。あいにくだけど、萎れた朽木には興味ないんだよ」
「ダレが朽木じゃぁーっ! ワシはまだまだ現役じゃぞっ! 嘘だと思うなら見せてやろうではないかっ!!」
そう言って勢いよく立ち上がると、ズボンの腰紐に手をかけるじいさん。
それを見て、ミラさんとプレオさんは顔を伏せたままユックリと席を立つ。
ちなみに、じいさんの背後にはトレーを振りかぶるステラ。そして、オレの隣で皿を洗っていたラーシュアは、両手でフライパンとお玉を手に取った。
ハァ……死ぬなよ、じいさん……
オレが、顔を反らしながらため息をつくのと同時に、じいさんは腰紐を解いたズボンへと手を掛けた。
「しかとその目に焼き付けよっ! 青竹のように瑞々しくそそり立つワシの、ぐおぉぉぉーーっ!?」
狭い店内に連続して響く、重い打撃音――
もう一度ため息をついてから視線を戻すと、頭に複数のタンコブを作り、半ケツを出したじいさんが車に轢かれたカエルみたいなポーズで倒れていた。
身体がピクピクと痙攣しているところをみると、どうやら息はしているようだ。
まぁこんな感じで、東京の料亭と比べれば決して上品な客層とは言えない桜花亭。
しかしオレは、東京にいた頃より、ずっと充実した日々を送っていた。