第五章 河川敷の邂逅 01
プリモ川――隣国のウェーテリード王国との国境であるホーンダル山脈から湧き出る幾つもの小川が合流して出来た河川。
その流れは、ここラフェスタの街の北側から東側へ街を取り囲む様に通り、やがて海へと流れ着く。
そう、このラフェスタの街は、西を山脈に、北と東を河川に、そして南を海に囲まれた天然の要塞となっているのだ。
そのため、ここサウラント王国と隣国のウェーテリード王国は長きに渡り交戦状態にあるが、このラフェスタの街が戦場になった事は一度もない。
とはいえ、大自然というものは気まぐれである。
外敵から街を守り、更に人々の生活を潤す水源である河川――しかし、その恵みの清流も、時に牙を剥き災厄となって人々に襲い掛かって来るのだ。
特に街の北東部。西から東へ流れていた川が大きく弧を描き、南へと進路を変える地点。
洪水は毎年、この地点を起点として起きている。
然るに――
「やっぱ、この辺りを中心に、堤防の補強と……出来れば河川の拡張工事もしたいな……」
川沿いの道を歩いていたオレは、足を止めて辺りを見渡した。
とりあえず我が『桜花亭』は、昼間の営業をしばらく休む事にした。そして、今日は地図を片手に、河川の下見へ来ているところだ。
メンツはオレの他に、工事担当のラーシュアとペド紳士。そして、会場の下見という名目でついて来た姫さまと護衛騎士の五人。
小春日和の暖かな日差しを受けた土手の上から、静かに流れる綺麗な川の水面を見下ろすオレたち。これがピクニックなら、最高の行楽日和なんだけどな。
てか、シルビア達の方は、完全にピクニック気分のようだ。実際、早朝に叩き起こされ、弁当を作らされたし……
王都育ちの王女様にとっては、田舎の風景が新鮮なのであろう。暖かな日差しを受けて無邪気に笑うシルビアを横目に、口元をほころばせるオレ。
そんなオレの隣では、ラーシュアが真剣な面持ちで辺りをゆっくりと見渡していた。
「ふむ……出来ればここからあの森を迂回する様にして、向こうにも支流を伸ばしたいところじゃな」
対岸にある小さな森を指差すラーシュア。
確かにそれが出来ればベターだけど……
オレは眉をひそめながら、レビンが用意した地図を広げた。
そう、川の向こうは隣街の領土。いくら山林や荒れ地とはいえ、コチラの都合で勝手に工事をするわけにはいかな………………い?
いや、待てよ――森の向こうは荒れ地なのか……
「なあ、ちょっといいか、荷物持ち?」
「お呼びですか、お義兄さん」
ラーシュアに大量の荷物を持たされ、恍惚とした笑みを浮かべていた伯爵公子が嬉しそうにやって来る。
その、貴族としてあるまじき姿に美人主従が冷ややか視線を送ってくるが、まったく気にする様子のない変態――いや、むしろあの視線ですら、ご褒美になっているのかもしれない……
そんな事を思い、オレは苦笑いを浮かべながらレビンの前に地図を広げた。
「向こうの領主の、え~と…………なんて言ったっけ?」
「川向こうの領主は、クレスタ男爵になりますね」
「そう、そのクレスタ男爵。その男爵の領地って、いま結構な失業者が出てるって噂を客から聞いたんだけど、本当か?」
「ええ、そのようです。何でも農地の開墾に失敗したそうですよ」
なるほど。少し前に警備隊のミラさんが、
『隣街から人が流れて来てるから、トラブルが増えた』
なんて愚痴っていたけど、本当のようだ。
「なあ、レビン。さっき、ラーシュアの言った支流の話し。向こうと共同で出来ないか?」
「共同で……ですか?」
オレの提案に、表情を曇らせ難色を示すレビン。
しかしオレは、それをあえてスルーし、説明を続けた。
「ここから向こうの森を迂回して、ここに川の支流を通すとするだろ? 向こうとしては、ここに水源が出来れば、この荒れ地を農地として開墾出来るんじゃないか?」
そう、地図を見る限り、隣の領地には幾つかの小川はあるが、大きな川はない。おそらく開墾の失敗というのも、水源の確保の失敗であろう。
「なるほど……確かにクレスタ男爵としても、ここに水源が出来るのは大歓迎でしょうね」
知的なイケメンフェイスで、地図を見ながら神妙に頷くペド紳士。
オレは肯定的な言葉を得て、畳み掛ける様に話を続けていく。
「だろっ? それに、失業者がたくさん出てるなら、工事の人手として雇用すればいい。何より共同で工事するなら、向こうからも金を引っ張って来れる」
「確かに……現実だけ見ればその通りなのですが、しかし……」
肯定的な言葉ではあるけど、なにやら歯切れの悪いレビン。表情にも、あきらかな曇りが見える。
「何か問題があるのか?」
「二つの領土での共同工事など、前例がありませんゆえ、上手く行くかどうか……」
「それに領主――貴族というのは自尊心が強い。己の領土へ対して、他の地の領主に口を出されて、いい顔はせまい」
この地の領主カルーラ伯爵の息子に続き、スペリント侯爵家の長女様が繋げた言葉に、オレは肩をすくめて顔をしかめた。
なるほど……貴族さまのつまらないプライドと縄張り意識か。
たくっ、コレだから為政者ってのは嫌いなんだよ。その、つまらないプライドに振り回される、庶民の気持ちを少しは考えろ。
「フッ、そうゆう主も、今は貴族さまじゃがな。一条橋卿」
からかう様なラーシュアのセリフに、オレは更に顔をしかめた。
てか、ホントに人の考えを読むのをやめてくれ……
そう、何をどう間違ったのか、今のオレは爵位持ち。しかも、一代限りの卿や騎士爵ではなく、いきなり子爵。
ちなみに、貴族の爵位は大きく分けて五つ。公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の順位である。
なので、立場だけで言えば、お隣の領主さまよりもオレの方が上なのだ。
一つの領土を任され、長年領主を務めている男爵さまが、ぽっと出の若造子爵の提案で領地を工事させてくれと言われて、いい顔をするかどうか……?
まっ、するわけネェよな。さて、どうするか……?
「フッフッフ……お困りのようじゃのう、シズト?」
考え込むオレの二の腕に突如柔らかいモノが押し付けられ、フワリと甘い香りが漂った。




