第四章 密林の邂逅 02
「ぎやああぁぁああぁぁーーっ!?」
「目っ!? 目がぁぁああぁーっ!?」
「ぐごぉ、ががぁぁ……があぉぉ……」
突然あがる、耳を劈く獣人達の悲鳴。
あまりに想定外の出来事に、少女は閉じていた瞳を開き、慌てて顔を上げた。
そしてそこにあったのは、やはり想定外の光景。両目を押さえて地面をのた打ち回る獣人達の姿であった。
『な、何が……いや、誰が……?』
顔を覆うように当てられた指の隙間からは大量の血が溢れ出しており、一見しただけでも、それがかなり深手だというのが分かる……
そして、状況を把握しきれずに困惑する少女の前に、一匹の黒い鳥が舞い降りた。
漆黒の片翼を真紅に染めた黒い鳥――
『カラス……? いやでも、足が三本生えてるッス……』
そう、少女に背を向けて立つ、その烏によく似た鳥は三本の足を持っていたのだ。
「まだ、このような所に潜んでおるとはのぉ。まったく泣きボクロのヤツめ……主に色目を使っておる暇があったら、己が元部下の後始末くらい己やるが良かろうに……」
「うわっ、喋ったッスっ!?」
黒い鳥は、驚きの声をあげる少女を一瞥すると、すぐにのた打ち回る獣人達へと目を向けた。
「まったく、ギャアギャアうるさい犬ッコロじゃのう。すぐに楽にしてやるから、待っておれ」
そう言って黒い鳥は、一番右の足で地面をトンっと鳴らした。
直後――
「なっ!?」
少女は目の前の信じられない光景に目を疑った。
地面に倒れていた獣人達は、見た事もないほどの爆炎に巻かれ、悲鳴をあげる間もなく一瞬にして焼失してしまったのだ。
風に舞う白い灰を眺めながら、少女はただ呆然と言葉を失っていた――
「おい、小娘よ――」
「誰が小娘ッスかっ!!」
言葉を失っていた少女であったが、その幼い外見にコンプレックスを持っていた彼女は、黒い鳥の言葉へ脊髄反射的に声を上げた。
「これでもウチは、齢百歳を超える、酸いも甘いも噛み分けた大人の女ッスよっ!!」
「はんっ……齢百歳なぞ、ワシから見たら十分に小娘じゃ」
少女の言葉に、呆れた様な声で応える黒い鳥。
「それより、小娘よ。この辺りにはまだ、不埒な輩が潜んでおるやもしれん。早う山を降りよ」
「降りよと言われても……降りたいのは山だけに、山々なんスけど。なんつって……」
とても大人の女性とは思えない空気の読めなさを発揮する少女に、黒い鳥はため息をついた。
「迷子ならこの川を下って行けば、直に街が見えて来よる」
「マジッスかっ!?」
身を乗り出し、歓喜の声をあげる少女。
と同時に、空腹を知らせる腹の虫が大きな音を鳴らした。
「はぁ……腹が空いとるなら、犬ッコロの食い残しでも漁ればよかろう」
そう言われて少女は、獣人達のあたっていた焚き火に魚が焼かれている事に気がついた。食欲をそそる香ばしい匂いが漂い、空腹を刺激する。
故人の食べ物に手を付けるのは躊躇われるが、背に腹は代えられない。何より自分を犯し、殺そうとしていた連中のモノだ。
遠慮なく美味しく頂かせてもらおう――と、少女はゴクリと喉を鳴らした。
「ではワシはそろそろ去ぬぞ。お主もせいぜい気を付けて来るがよい」
「ちょっ、待つッス。まだお礼もしてないッスよ!」
飛び立とうとする黒い鳥を、慌てて呼び止める少女。
「礼などいらんわ。ワシは別にお主を助けたワケではないでな――ワシは犬ッコロの退治に来ただけ、そしてお主は勝手に助かっただけ。それだけじゃ」
そう言い残し、黒い鳥は闇夜に向かって羽ばたいていく。
夜空を見上げ呆気に取られていた少女。しかし、自分の腹の虫の大合唱に、すぐさま現実へと引き戻された。
「腹減ったッス……とりあえず、飯にするッスか」




