第四章 密林の邂逅 01
鬱蒼とした緑の生い茂る深い密林の中。
人の来訪を拒む様に生える草木を掻き分け、重い足を引き摺りながら息も絶え絶えに歩みを進める一人の小柄な少女――
いや、外見は確かに十四、五の少女であるが、実年齢を人間に当てはめてみれば十分に老婆と呼ばれる年齢であろう。
そう、彼女は人間などよりずっと長命なドワーフと呼ばれる種族の少女である。
しかし、いかに人間よりも長寿で強靭な肉体を持つとはいえ、赤いチューブトップの胸当てに革製のショートベスト。そしてショートパンツという露出の高い格好は、およそ山歩きに適していると言えるモノではない。
「も、もうすぐッス……この森を抜けさえすれば……」
赤茶げたお下げ髪を振り乱し、汗と泥でまみれた顔で譫言のように呟きなが歩く少女。
「えっ……? こ、この音は……」
日もだいぶ傾き、夜の帳が落ち始めた頃。遠くからとある微かな物音が少女の耳に届いた。
「水……? 水の流れる音……川があるッスか?」
少女はまるで何かに取り憑かれたように、音のする方へと歩き出した。
彼女がこの森に入ってから、すでに一週間が過ぎようとしている。手持ちの水も食料も底をつき、ここ二日ほど少女はまともに食事もしていないのだ。
喉の乾きを雨露で凌いでいた少女にとって、川のせせらぎは決して抗えない誘惑の音色であった。
そして、どれくらい歩いただろうか?
すっかり日も暮れて、微かに届く月の光を頼りに進む少女。徐々に大きくなる川音へ期待を膨らませ歩く少女の目の前に、ようやく待望の流れる川面が姿を現した。
が……
『なっ!? そ、そんな……』
しかし、そこは少女にとってオアシスにはなり得なかった。
むしろその逆だ。少女はここへ足を踏み入れるべきではなかった――いや、踏み入れてはいけなかったのだ。
絶望に打ちひしがれ、膝を着く少女。そしてその物音に、六つの鋭い眼光が一斉に向けられた。
「誰だっ!?」
呆然と膝を着く少女に向けて、威嚇するような声が飛ぶ。
泥で汚れた顔を蒼白にした少女の虚ろな瞳に映るのは、狼の顔を持つ男達……
そう、そこで目にしたのは河原で焚き火を前に座る、薄汚れた革鎧を纏う三人の獣人達であった。
見た目で人を判断すべきではないが、盗賊か敗残兵を思わせるその風体はお世辞にも善人には見えない。
「んっ? 迷子か? って、ずいぶんと薄汚れたナリりだが、よく見りゃ女じゃねぇか?」
「へっへっへっ。そうゆう事なら身ぐるみ剥がして殺す前に、少し楽しませて貰おうか」
「まっ、ちぃとばっかし幼いが、この際ガマンしとくか。くっくっくっ」
下卑た笑みを浮かべ、少女を取り囲む様に近付いてくる男達。
少女はこの地点ですべてを諦め、そしてそれを受け入れた……
相手は人間より遥かに優れた敏捷性を持つ獣人である。この疲弊しきった身体では、抵抗したとて抗えるワケもなく、逃げた所で逃げ切れるワケもない。
幼く見えても、これまで幾人もの死を看取ってきた彼女である。この状況に助かる道などないことを、即座に悟ってしまったのだ。
『まあ、心残りと言えば、家に残してきた母様の事くらいッスか……みんな、母様はご病気なのだから、しっかり面倒みてあげるッスよ』
故郷に残してきた母親と弟や妹達の事を思い出し、微かに口元を綻ばせる少女。
『さて、男と肌を合わせるのは嫌いじゃないッスけど、こんな奴等に陵辱されるなんてのはゴメンッスよ。何より人生最後の相手が犬ッコロなんて勘弁して欲しいッス。ウチはこれでもメンクイなんッスから――』
そんな事を思いながら少女は、迫り来る男達を見据え腰の短刀へと手を伸ばしていく。
少女のその動きに、一瞬だけ歩みを止める男達。
しかし、少女の手にしたモノが短刀だと分かると、再び下卑た笑みを浮かべた。
強靭な肉体を持つ獣人にとって、女の振るう短刀の一撃など恐れるモノではない。
無論、少女もそんな事は理解している。少女が短刀を抜いた本当の目的は――
『はてさて……ドコを刺せば楽に死ねるッスかね?』
そう、その刃を自分自身に向ける為である。
目前まで迫り来る男達。その、虫唾が走る程にいらやしい視線から顔を背けると、少女は手にした短刀を両手で掴み、切っ先を自分の喉元へと向けた。
『兄様達、今からそっちに行くッスけど、どうか怒らないで欲しいッス。そして母様……どうかお元気でッスっ!!』
きつく眼を閉じて、短刀へ力を込めようとした瞬間っ!?
少女と男達の間に、一迅の疾風が吹き抜けた――




