第二章 桜並木 03
「王都に居られる、地学の学者や建設の専門家などを派遣して頂きたいのです」
「王都のか?」
「はい。王都はコチラに比べて、そういったモノの研究がかなり進んでいると聞き及んでおりますれば」
姫さま達の会話を、自家製の煎餅を噛りながら静かに眺めるオレ達。
仮にも第四王女と伯爵公子の会談の場だ。近衛騎士のトレノっちですら口を挟まず、黙って話を聞いている。
「地学の学者と言うが、地学にも色々あろう? 具体的には、どのような方面の専門家を望んでおるのじゃ?」
「はい。治水の専門家であれば、最良でございます」
レビンの口から出た『治水』という言葉に、オレは眉をしかめた。
四季もあり、比較的日本と近い気候のラフェスタの街。しかし、まったく同じという訳ではない。
こちらでは梅雨がない代わりに、冬の終わりに長雨が降るのだ。そして、その雨が上がると春が訪れるのである。
しかし冬の終わりの長雨は、その膨大な降水量に加え、冬の間に積もった山の雪を溶かして一気に川へと流れ込む……
オレ自身も今年経験したが、この街ではほぼ毎年、冬の終わりに川が氾濫して洪水が起きているのだ。
ちなみに余談ではあるが、この大陸は北に行くほど温暖になっていき、最北端の方では常夏になるらしい。
航海技術は未発達で、大陸の外がどうなっているかも分からないので断定は出来ないけど、恐らくこの大陸は南半球にあるのだろう。
「治水はドコの街でも苦労しているのだな……」
今まで静かに話を聞いていたトレノっちですら、ポロリとそんな呟きを漏らす。
確かに昔は日本でも『治水は政の要』なんて言われていたしな。
「ん~。学者を派遣する事自体は出来なくもないが……治水は、一朝一夕でどうにかなる問題でもないからのぉ~」
そりゃあそうだ。治水はその土地の地質や地形で変わってくる。
特にこの世界の技術レベルでは、地質と地形の把握だけで数年はかかってしまう。
まあ、そんな事は当のレビンだって分かってはいるだろう。
「姫さまの仰る通りです。然るに、取り急ぎ堤防を築くに当たり、建設の専門家による所見を仰ぎたく」
なるほど、それで建設の専門家か。堤防は毎年作ってるけど、毎年決壊してるらしいからなぁ……
まあ、堤防と言っても、コチラの技術では土を盛って土手を作ったら、木材で補強するくらいしか出来ないけど。
「それとて、地形――いや、地質か? それを把握せねば、所見の出しようがあるまい?」
難しい顔で続く議論……
姫さまはもとより、あのレビンですら駆け引きや私欲など一切はいっさい挟まずに、国民、領民を第一に考えて議論しているのが伝わってくる。
この辺は、日本の政治家共に、是非とも見習って欲しいものだ。そうすればオレも、為政者を嫌うなんて事は無かったかもしれない……
「そうじゃっ! ときにシズトよ――」
二人のやり取りと見ながら、三杯目のお茶を注ごうとした時だった。
姫さまは何かを思い付いたように、コチラへ顔を向けた。
「シズトの国では、どうなのじゃ? 洪水や氾濫なぞの治水対策は、どうしておる?」
「フム。わたしもお義兄さんの国の話を、ぜひ参考にしてみたいですな」
更にレビンまで、何かを期待するように目を輝かせる。
「治水対策と言ってもなぁ……大雨が降れば小さな氾濫くらいはあるけど、洪水なんてゆうのは殆ど起きないな」
「まあ、昔はよく川の氾濫や洪水なぞは起きておったがの、今では数十年に一度くらいじゃな」
「なんと……?」
オレとラーシュアの答えに目を見開く姫さま――いや、姫さまだけでなくレビンにトレノっちも、驚きに目を見開いる。
「して、シズトよ! それはどのような治水を行っておるのじゃ?」
「堤防の造りも、やはりコチラとは違うのですか? お義兄さん」
いや、どのようなとか言われても……治水工事なんて、ウスターソース以上に専門外だ。
それでもオレに分かる事と言えば――
「そうだな……上流にダム……? いや、無理だな。当然、鉄筋コンクリートの擁壁なんて不可能だし……」
期待に満ちた六つの瞳に晒されながら、色々と思考を重ねてみるオレ。
しかし、素人のオレが考えても、良い案など簡単に出て来る訳もなく。正に、下手の考え休むに似たり状態である。
「ダメだ……そもそも、機材も材料もコッチじゃ揃わん」
「そんな……」
落胆にガックリと肩を落とす三人。
ガッカリさせて申し訳ないけど、ムリなモノはム――
「そうでもなかろう、主よ」
しょんぼりした三人の視線から逃れるように煎餅に手を伸ばした時。ラーシュアが不敵に笑みを浮かべながら口を開いた。
「なにも、主の時代の技術でなくてもよかろう? 長い日の本の歴史において、この世界の技術でも出来る治水の術があったであろう?」
「なんとっ!? それは真かっ、ラーシュアよっ!?」
潰えそうになった希望が再び繋がり、姫さまは歓喜の声を上げ身を乗り出した。
だから、それは谷間が見えるから控えてくれ。
まあ、谷間はとりあえず置くとして――
日本史など得意ではないオレは、ラーシュアの『長い日の本の歴史』なんて言葉に、いまいちピンと来るモノがない。
そんな、腕を組んで頭を傾げるオレに、ラーシュアはこれみよがしにため息をついた。
「はぁぁ~、分からんのか、主よ……だからあれほど、己が国の歴史くらい、しっかり学べと言うたであろう? それを、赤点が回避出来ればよいなどと言っておるから、分からんのじゃ」
うるさい黙れ、オマエはオレの母ちゃんかっ!?
と、そんな心のツッコミなど届く訳もなく、ラーシュアは一つ肩をすくめると更に言葉を続けた。
「隅田川と徳川吉宗じゃ」
「隅田川に吉宗………………? ああ~、なるほど。桜並木か」




