第二章 桜並木 01
「ふう~、美味しかったのぉ~。妾は満足じゃ」
あのあと、
『騒ぐのをやめないと、もうウチのご飯は作らないぞっ!』
っと、賄いのボイコット宣言をすると同時に、ピタリと止まった闘論会。
すぐに和やかムードでの食事が再開された。
さすが、人間の三大欲求たる食事の力は偉大だ。
ちなみに後片付けに関しては、人数も増えたので当番制になっている。
なので、今日の片付け当番であるステラとアルトさんは厨房で食器洗い中。残りのメンバーは、まったりとお茶を啜っていた。
「いやはや、お義兄さんの料理は、いつ食べても素晴らしい。しかし、屋敷のシェフよりも美味しいと言うのは、少しは悔しいですね」
「ふふん♪ シズトの料理は最高じゃかなら」
上品に口元を拭いながら漏らしたレビンの感想に、なぜか鼻高々に胸を張る姫さま。
てか、お義兄さん言うなっ!
「しかし、ワシはトンカツならやはり、ソースで食いたいのぉ……」
ぽつりと呟きながら、ジョッキみたいな湯呑みで紅茶を啜るラーシュア。
姫さまが王都で買って来た高い紅茶を、もったいない飲み方しやがって……
「ソース? ソースはかかっていたではないか?」
「うむ。あのミソペーストをベースにしたソースは、まこと見事であった。シズトの言う『ミソは何にでも合う万能調味料だ』というのがよくわかるな」
いまひとつ噛み合ってない会話。
ちなみに、いくら味噌でもココアパウダーと合わせたり、ボルシチを作るのには適さないけどな。
「ラーシュアの言ってるのは、ウスターソースのとこだな」
オレのは軽く苦笑いを浮かべて、会話に割って入った。
「ウスターソース?」
「そう、広義的な意味で言えば、料理に添えたり調理に使う液状やペースト状のモノをソースって言うけど、日本ではソースと言ったら一般的にウスターソースの事を指すんだ」
「刺し身には醤油じゃが、揚げ物にはやはりソースが一番じゃ」
フムフムと、オレ達の解説に耳を傾ける姫さまとトレノっち。
ステラもそうだったけど、この二人もやはり大陸の外の世界(という事にしてある)である日本の事に興味津々のようだ。
「ところでお義兄さんは、そのウスターソースというモノは作らないのですか?」
「なんとなくは作り方も分かるが、専門外だからなぁ。あと、お義兄さんゆーなっ!」
そう、うろ覚えだけど確か――
野菜果物を煮込んで醤油と酢、そしてカラメルにした砂糖を加えて更に煮込む。
そこへ香辛料を加え弱火で温めたら、粗熱を取り、密閉して2~3日寝かせる。
最後に清潔な布巾でこして完成。
と、こんな感じだと思う。
まあ、もし作るとしたら、問題は香辛料だな。オレ自身もそれほど詳しくはないし、何よりコチラの市では香辛料などほとんど取り扱っていない。
ただ、アルトさんの話しでは、隣のウェーテリード王国は香辛料の種類が豊富らしく、料理にもよく使われるそうだけど。
「しかし……ラーシュアが美味いと言う程のモノなら、確かに一度食べてみたいな」
「ウムッ! シズトよ、なんとか作れんか?」
「いや、だから専門外だし。それに材料が……」
いくら美人主従の頼みとはいえ、材料が揃わなければ――
「そこをなんとか、頑張ってみてくれっ!」
テーブル越しに身を乗り出し、オレの手を取る姫さま。
間近に迫る綺麗な顔と、ふわりと香る甘い香り。
そして胸元の開いた服の襟元から覗く、形の良い柔らかそうな谷間……
アレ? これって少し顔を傾ければ、隙間からピンクの先端が見えんじゃね?
そう頭に浮かんだと同時に、無意識に顔が傾き――
「あだっ!?」
突然、右足の甲と向こう脛に激痛が走る。
「主よ、鼻の下が伸びておるぞ……」
「姫さまも、はしたのうございます」
ジト目で睨むラーシュアと、同じくジト目で睨みながら、姫さまの肩を引いて椅子に座らせるトレノっち。
どうやら、ラーシュアに足を踏まれ、トレノっちに脛を蹴られたらしい。
「ちっ……トレノめっ。余計な事をしよって……」
「くっ……ラーシュアさまに踏んで貰えるとは、なんて羨ましい……」
そして、オレにジト目を向けるトレノっちの両隣では、第四王女と伯爵公子が顔を顰めて呟きを漏らす。
ま、まずい……さっきまでの和やか雰囲気から、一気に場の空気が悪くなってしまった……




