エピローグ 01
「ありがとうございました~」
ランチタイム最後の客を、元気な声で見送るステラ。
さて、後片付けを済ませたら、ようやくオレ達の昼飯タイムだ。
あの、姫さま達とステラの誘拐事件から十日。
すっかりと平常運転に戻ったオレ達は、忙しくも平和な日常を満喫していた。
まっ、元々がヒエラルキー頂点の王族さまと、最底辺のしがない雇われ労働者だ。住む世界も違うし、飲食代の支払いもキッチリ受け取った。
なにより王宮への出張調理をハッキリ断った今、もう直接会う事もないだろう。
心残りと言えば、あのミニスカウェートレス服を着た巨乳を、二度と拝めない事くらいだ。
「うむ、確かにあの巨乳騎士の乳は、迫力があったからのぉ」
「まったくだ。今でもたまに夢で出……たりしないよ、全然、ちっとも」
ラーシュアのセリフに思わず釣られてしまったが、ハーフエルフ様の殺気のこもった視線に、慌てて否定するオレ。
だからお前は、人の考えを読むなとゆうとろうがっ!
「なんじゃぁ? 夢に出たのはトレノだけか? 冷たいのぉ、妾はソナタを忘れた日など一日もなかったとゆうに」
突然、オレ達の会話に割り込む聞き覚えのある声。
ウチのロリババと被る言葉使いのセリフに、オレ達の視線は店の入り口へと集中した。
そこに居たのは、見覚えのある胸――じゃなくて、見覚えのある顔の二人組。
いや、胸も見覚えあるけど。
「久しいのぉ、息災であったか?」
「な、なんで姫さまとトレノっちがここに? 王都へ帰ったはずじゃ……」
そう、噂をすればなんとやら。
準備中の札が掛かっていたはずのドアを開けて現れたのは、王女殿下さまと護衛の巨乳騎士さま。
「なんで、とはご挨拶じゃな。父上への報告を済ませ、馬車を飛ばして急ぎ戻って来たとゆうに」
いや、だからね。なんで戻って来たのかと、聞いているのだが……
てゆうか、王都までは通常だと馬車で、片道一週間程度はかかるはず。それを往復で十日とか、どんだけ飛ばして来たんだよ。
「そうそう。父上と言えば、シズトが土産に持たせてくれた、竹筒に入った水羊羹。大層気に入っておられだぞ」
呆気に取られるオレ達を尻目に、ツカツカと店の中へ入って来る姫さま達。
「いえ、姫さま。国王陛下だけでなく、王妃様やご兄姉の皆様も、大層喜んでおられましたよ」
「そうであったな。最初は皆、竹から出て来た黒い塊を見て、面食らっておったがな。しかし、それを言うなら同席したスペリント卿など『我等に木炭を食わせる気かっ!』と、怒鳴り出しておったではないか」
「お恥ずかしかぎりです……」
楽しそうにガールズトークに興じ始める二人。
ちなみに、話題になっている羊羹は、姫さまが王都へ帰る時に手土産として持たせた物だ。ステラ得意の、劣化防止魔法をかけて……って!
「イヤイヤイヤイヤッ! 羊羹の話はいいからっ! どうして姫さま達が、ココにいる?」
「おお、そうであったな」
オレ達を蚊帳の外に置いて盛り上がっていた姫さま達は、思い出したかのようにコチラへ向き直った。
「実はな、此度の敗残兵討伐に際し、シズトの功績に対して父上から恩賞が出てな。妾が直々に参った次第だ」
恩賞となっ!? それを早く言え。オレはタダなら何でも貰う男。
駅前でティッシュを配っていれば、往復して二つ貰うハングリー精神に満ちた男だ。
「性少年はティッシュの消費量が激しいからのぉ」
「うるさい黙れ。そして、人の考え読むな」
オレはラーシュアにビシッと言い切り、厨房からフロアへと出る。
ただ、ここで一人、首を傾げる者がいた。
そう、事の顛末を知らない、白い和ゴスのハーフエルフだ。
「恩賞……? シズトさん、何かしたんですか?」
ステラには、人質達を救出したのは軍の討伐隊だと伝えてある。
ただ『詳細は国家の機密事項だ。無用な詮索は国家反逆罪に相当する』と付け加えて。
それをあっさり信じたステラは、身を震わせて何度も頷いていた。
さて、今度はどんな言い訳にするか……
「お、おう……じ、実は大活躍したんだぞ。討伐隊を森の入り口まで案内したのは、何を隠そうこのオレだ」
「へえ、そうなんですか。じゃあ、私が助かったのは、シズトさんのおかげでもあるんですね」
今度もオレの言う事を、笑顔であっさりと信じるステラ。
うん、いつまでも素直で天然なままのキミでいてくれ。
彼女の健やかな成長を祈りながら、姫さま達の前に立つオレ。
「トレノ」
「はっ!」
姫さまに声をかけられ、トレノっちはオレの前に手のひらサイズの箱を差し出した。
おおっ、宝石でも入っていそうな箱だな。
「なにやら婚約指輪でも入っていそうな箱じゃな」
「むう~~ぅ」
オレの両隣に並んで、箱へ目を向ける白と黒の和ゴスっ娘達。
興味津々といった感じのラーシュアと、頬を膨らませるステラ。
そんなオレ達の視線を受け、トレノっちはゆっくりと蓋を開いていく。
「「「………………」」」
反応は一様に無言だけど、表情は三者三様だ。
訝しげな表情のオレに、落胆するラーシュア。しかしステラに至っては、血の気の引いた顔で目を見開き後ずさっていた。
そんなオレ達の目の前に差し出されていた物が何かと言えば、鷹がモチーフになっている、王家の紋章を象った勲章。
そして、蓋の裏側にこう書いてあった。
『一条橋静刀 此度の功績を称え、子爵の爵位を与える』
オレは一つため息をついて、その勲章を摘み上げた。
「これって、いくらくらいで売れるかな?」
「売るなっ!!」
「だってオレ、爵位とか興味ねぇし……」
「き、興味ないって、お前っ! 卿や男爵を飛び越えて、いきなり子爵だぞっ! これがどれだけ名誉な事か分かっているのかっ!?」
目くじらを立てるトレノっちの手に、勲章を戻すオレ。
「とにかく、爵位とかいらんから。だいたい、オレが為政者を嫌いなの知ってんだろ? そのオレがお貴族さまとか、何の冗談だよ」
「そ、それは……」
口ごもるトレノっち。
しかし姫さまは、そんなトレノっちの手から勲章を取り、オレの前に立った。
「そう言うなシズト。肩書きはあって邪魔になるものでなし。なにより、国として感謝の気持ちを形にしたものじゃ。貰うだけ貰ってくれ」
そう言いながら、オレの胸に勲章を付ける姫さま。
ま、まあ……感謝の気持ちと言われては、断るのも忍びない。
貰うだけなら、貰っておくか……
ってか、作務衣に勲章って似合わねぇな、おい。
「さて、これでシズトもめでたく貴族になったわけじゃな――フフン♪」
別に、めでたくねぇし……
と、口にしようとした瞬間。姫さまは満面の笑みを浮かべると、いきなりオレの首に抱きついて来た。
「というわけで結婚しよう、シズト♪」




