第十五章 茶番 03
「ラーシュアよ、ソナタの言う通りじゃな。ゆとり教育の弊害と申したか? 確かに、ソナタの主は甘い。そして、演技が下手くそじゃ」
「返す言葉もないのぉ。主の甘さと大根役者っぷりには、ワシの名演技も台無しじゃ――まあ、そんな主も、ワシは嫌いでないがの」
「奇遇じゃな、妾もじゃ」
なにやら意気投合する二人。
ただ、そういう話は、冗談でも反応に困るので本人のいない所でしてほしい。
「さて――シズトは、誘拐された妾を救ってくれた恩人じゃ。その縁者というのなら、無下には出来まい。アルトとやら、王都までは妾の馬車に同乗するとよい。不埒を働くような輩には、指一本たりと触れさせぬ」
「ちょっ、ひ、姫さまっ! この茶番に付き合うのはともかく、この者を姫さまと同じ馬車に乗せるなど賛同しかねます。いくら何でも危険ですっ!」
と、当然の様に護衛騎士様から苦言が入る。
てか、このお硬い騎士様が、茶番に付き合う事を了承するだけでも驚きだ。
まっ、了承と言うより黙認に近いけど。
「危険という事はあるまい。妾には優秀な護衛が付いておるからな。それとも妾の護衛騎士は、丸腰の相手から妾を守る自信がないのかのう?」
「ぐ、ぐうっ……」
正にぐうの音も出ない、いや、ぐうの音しか出ないトレノっち。
オレは、そんなトレノっちを横目に見ながら、呆気に取られるアルトさんへと語りかける。
「という訳だ、アルト姉さん。王都からは、なんとか自力で頑張って下さい。それから、ショートの髪も似合ってま、いでっ!?」
突然、右足に激痛が走る。
目の前には、オレの向こう脛を爪先で蹴り上げながら見上げるラーシュアの呆れ顔。
「のんびり女子を口説いとる場合か? 用が済んだのなら、とっとと帰るぞ。夜の仕込みだって、まだしとらんじゃろ」
「とっ、そうだったっ! ステラはオレがおぶって帰るから、お前は先に帰って、下準備を――」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待て、シズトッ!」
慌てて走り出そうとするオレ達を、それ以上に慌てて呼び止めるトレノっち。
「今、お前達に行かれたら、私一人では対処しきれん! せめて捕縛が済むまで、待ってくれ」
トレノっちの懇願に、辺りを見回すオレ。
周りには膝を着いたウェーテリード兵の捕虜達。確かに今は戦意を失っているが、オレ達が消えれば再び剣を持ち、姫さま達に牙を向くのが容易に想像出来た。
「たくっ、世話の焼ける――はい、コレ」
オレは一枚の呪符をトレノっちに手渡した。
更に懐から呪符の束を取り出すと――
「我、汝等を調伏すっ! 急々如律令っ!!」
オレの手の中にあった呪符の束は宙を舞い、次々に捕虜達の身体に貼り付いて行く。
「こ、これは……?」
オレはトレノっちの手の中にある呪符を指差して、手短に説明する。
「あの呪符にはラーシュアの炎が封じられている。そして対になるその呪符を持つ者以外が剥がしたり、逃げようとして呪符から一定以上の距離を離れたら消し炭になるってゆう、ありがたい呪符だ」
「な、なんとっ!?」
「ただ、効果が強力な分、使い回しは利かないから注意しろよ」
驚愕に目を見開き、自分の手の中にある呪符を見つめるトレノっちと、恐怖に目を潤ませ、自分の身体に貼りつく呪符を見つめる捕虜達。
まっ、ウソだけど。
ホントは、まだ何の力も込めていない空の呪符だ。
とはいえ、実際にラーシュアの炎を目の当たりにして、剥したり、逃げたりするような勇気のある奴はいないだろう。
「本来なら、一枚一万ベルノは下らん代物じゃが……」
「い、一万っ!?」
「まっ、泣きぼくろの馬車代と通行証代、それとステラへの口止め料の代わりじゃ。とっておくがよい」
ワナワナと身を震わせ、手の中の呪符を見た後、捕虜達の身体に貼り付つく呪符を、声を震わせ数え出すトレノっち。
侯爵家のご令嬢にしては、随分と庶民的だな。
しかし、一万ベルノ――約十万円。
ただの空呪符に十万とは、随分と吹っ掛けるな。この商売人は……
「って、のんびりしてる場合じゃねぇ! 行くぞ、ラーシュアッ!!」
「主こそ、途中で綺麗なお姉さんを見かけても、寄り道などせず早く帰って来るのじゃぞ」
ラーシュアは地面を蹴って大きく跳ね上がると、八咫烏の姿になって飛び去って行く。
てか、お前はオレの母ちゃんかっ?
と、毒づきながらも、オレは気を失ってるステラをおぶって、八咫烏の後を追うように街へ向かって走り出した。
※※ ※※ ※※
「せわしない連中じゃな……」
い、一万……こんなモノが一枚一万ベルノ……
と、うわ言の様に呟いているトレノの隣。シルビアは静刀の背中を見送りながら、静かに笑みを浮かべた。
「して、アルテッツァ殿……いや、アルトとやら。これで良かったのか?」
シルビアは、すっかり短くなってしまった紫色の髪先を見つめるアルトへと声をかけた。
「良かったかと問われれば、分かりませんとしか……ただ、なにやらバカバカしくて、死ぬ気が失せたのは事実です。なにより――」
アルトは短くなった自分の髪を撫でながら、静刀の消えた森へと目を向けた。
「なにより今は、あの男の事をもう少しだけ見ていたい気持ちです」
「なるほどな――じゃが、やらんぞ。アレは妾のモノじゃ」
「フフ……同じ事を言っている女が、殿下の他に何人いるのでしょうね?」
イタズラっぽく艶美な笑みを浮かべるアルト。
シルビアは対照的に、苦笑いを浮かべながら森へと目を向けた。
「分からん。せめて片手の指で足りてくれると良いのぉ……」
沈みゆく夕日を背に、森へ眺める二人の間を冷たい秋風が吹き抜けていった。




