第十五章 茶番 02
オレは、戸惑うアルテッツァさんの一つ編まれた綺麗な後ろ髪を見つめながら、その首筋に冷たい刃を当てた。
突然、背後から肩越しに現れた二尺二寸の刀身。
アルテッツァさんは、その冷え冷えとした波紋を呆然と見下ろした。
「満足しましたか? オレはこのあと本業の仕事が残ってんですから、あんまり疲れさせないで下さいよ」
オレの付き出した康光の先端に、さっき飛ばしたツバメの式神が止まる。
その緊張感のないツバメの仕草を見て、アルテッツァさんは自嘲気味に笑うと、スーっと肩の力を抜いた。
「殺せ……いや、殺してくれ……」
「………………はあぁ?」
オレはアルテッツァの言葉の意味が理解できず、訝しげに首を傾げた。
「いや、何言ってんの? さっき投降するって……」
「それは部下達の話だ。私は生き恥を晒すつもりはない」
「生き恥って……この世界じゃ、騎士が捕虜になるとか、珍しくもないだろに。確か炭鉱あたりで数年働けば、国に帰れるんだろ?」
「男ならばな……」
アルテッツァさんの悲しげな呟きに、オレの頬を冷たい汗が流れた。
「はてさて、シルビア殿下? 戦場で捕虜となった女性士官を、サウラントの男共はどのように扱ってくれるのかな?」
アルテッツァさんの、おどける様な口調の問い。
そして、その問いに姫さまとトレノっちは、唇を噛んで視線を反らした。
お、おい、それって……
オレはアルテッツァさんの肩越しに、正面に立つ姫さまを睨みつける。
「オイ、答えろよ、シルビア……」
「シズト、貴様っ! 姫さまに向かって――」
「テメェは黙ってろ、トレノッ!!」
オレの怒声に威圧され、口を噤む護衛騎士。そして代わりに、隣の王女殿下様がバツの悪そうに口を開いた。
「い、いや……当然、国としては、そういう行いを禁じてはおるのだ。それが騎士や正規兵なら厳しい罰則もある。ただ……それ以外の者や末端の者までは、目が届かぬのも事実だ……」
「フッ……移送中の護衛官。尋問をする尋問官。収監先の看守……私は祖国に帰るまで、何度辱めを受ける事になるのだろうな、王女殿下?」
今、彼女はどんな表情をしているのだろうか……?
肩越しに届く声は、まるで他人事の様な声色だ。
そう、全てを諦めている声色……
そして、苦悩を滲ませながらも『仕方のない事だ』と、その諦めの声色を受け入れてしまっているシルビア達の表情が、更にオレを苛立たせた。
アルテッツァさんの首筋に当てていた剣が無意識に震え、先端に止まっていたツバメが空へと飛び去っていく。
「シズト殿――何も貴殿が怒る必要はない。これはサウラントだけに限らず、どの国でもある事だ。当然、我がウェーテリードでもな。事実、我等とて、そこのハーフエルフを傭兵共の慰み者にするため攫って来たのだからな。むしろ、怒りを向けるのは我等へだろう?」
確かにそうかも知れないけど。
だけど……
「それに、女の身で戦場に立つ以上、当然その覚悟も出来ている。もし、敵の手に落ちたのなら取るべき道は二つだけだ」
「二つ?」
「そう、二つ――凌辱を受け入れるか死の二つ。そして、私は死を選んだだけの事……だから貴殿に、私の頸を刎ねてほしい」
「オレに……?」
オレにはアルテッツァさんの言っている事が、まったく理解出来なかった。
二人の間に一陣の風が吹き抜け、オレの目の前で三つ編みに纏めた紫色の髪がふわりと靡く。
その綺麗な髪を漠然と視界に映しながら、オレは呟く様に問いかける。
「なぜ……オレなんだ……?」
「なぜかと問われれば――今、この場で最強の手練は貴殿だ、シズト殿。その貴殿と決闘し、頸を獲られるのなら、武将として決して悪い死に様ではあるまい? いや、むしろ先に冥府へ逝った仲間達へ、よい土産話になるというモノだ」
自分の死を悟り、その死に様を愉しそうに話すアルテッツァさん。
オレは、この人の願いを聞いてやるべきなのか?
しかし、こんな話を聞かされて『はい、そうですか』などと、簡単に剣を振れる訳がない。逆に無様な命乞いでもされたら方が、嫌悪感を持てる分だけよっぽど斬りやすい。
「主よ。死ぬべき時に死ねぬは辛きこと……殺すもまた、武士の情けじゃぞ」
オレの心の内を見透かすような、ラーシュアの言葉。
平安の世から、その大半を武士の時代で生きて来た者の重みある言葉……
武士道に騎士道……言葉は違えど、根底に有るものは同じなのだろう。
しかし……
「別にオレは、武士でも武士になりたい訳でもねぇんだよ……」
そう言いながらもオレは、一歩後ろへ下がりながら剣を肩の高さで水平に構え直した。
「感謝する、シズト殿……」
静かに感謝の言葉を口にするアルテッツァさん。
そんなオレ達の周りでは、彼女の兵達――特に正規兵と騎士の甲冑を纏った者達は、膝を着いたまま涙を流し、嗚咽を堪えている。
くそっ! 感謝されたって、こんなの嬉しくないてぇのっ!
紫色の三つ編みの向こう。白いうなじを見つめながら、オレは剣を真横へと走らせる。
名工、長船康光の手による二尺二寸の白刃は、何の抵抗もなく横一文字に振り抜けた。
今まで、命じられるままに散々人の命を奪って来たのだ。今更、善人ぶるつもりはない。
ただ、オレはもう、あの頃とは違う。
人の命令や、まして人に乞われて剣を振るつもりは金輪際ない。
オレがこの康光を振るうのは、オレ自身の意志でのみだっ!
何が起きたか分からず、目を見開く姫さまとトレノっち。そして、ヤレヤレとばかりに肩を竦める、呆れ顔のラーシュア……
はてさて、目の前に背を向けて立つ紫紺の竜召喚士さんは、どんな顔をしているのやら?
オレは、足元に落ちる三つ編みに編まれた紫色の髪の束を拾うと、トレノっちに向かって放り投げた。
「紫紺の竜召喚士、アルテッツァ・ワイズは討ち死にだ。それからこの人は、オレの遠い親戚でアル……そう、アルトさん。よろしくな」
「いや、ちょっ、ちょっと待て、シズト――」
オレは何か言いたそうなトレノっちをスルーしてアルテ――ではなくアルトさんの隣に並び、その肩をポンっと叩きながら姫さまの方へ視線を向けた。
「ところで姫さま。アルトさんは、ウェーテリードにある実家に急用があるらしいんだ。とりあえず、王都まで送ってやってくんないかな? ついでに、国境の通行証も発行してくれ」
「い、いや、シズト殿……それはいくら何でも――」
「やだなぁ〜、アルト姉さぁん。『シズト殿ぉ』なんて他人行儀な。いつも通り、シズトくんでいいよ。まあ、ご主人様でもいいけど」
戸惑うアルトさんの言葉に被るように――それ以上の言葉を封じるように笑顔を向けるオレ。
「いい加減にしろ、シズトッ! こんな茶番が通用すると思っているのかっ!?」
しかし、そんなオレの態度に激昂し、近衛騎士さまが声を張り上げる。
確かに王国騎士としては、こんな茶番は認められないだろう。ただ、それでも認めて貰わない訳にはいかないのだ。
アルトさんに向けていた笑顔から一転。オレは睨むような冷たい視線をトレノっちへと向けた。
「ならどうする? オレ達と殺り合うか?」
「カッカッカッ、それは面白い――」
嬉しそうに笑顔を浮かべながら、アルトさんを挟みオレの反対側へと並ぶラーシュア。
「あの大トカゲでは、暴れ足りんと思っておったところじゃ。手始めに、ここへ向かっておるという討伐隊五百。消し炭に変えてやろうかのぉ」
「ふざけるなよ、ラーシュア……それはオレの獲物だ。お前は後から、オレに斬られた奴の火葬でもしていろ」
オレは、これみよがしに殺気を放ちながら、康光の先端をトレノっちへと向けた。
息を飲み、白刃の鋭い光を見つめるトレノっち。
場を静寂が支配し、お互いの間を冷たい風が吹き抜ける。
が、しかし……
「プッ……ク、クク……ハハハハハ――」
その静寂も、姫さまの笑い声ですぐに引き裂かれてしまった。




