第十五章 茶番 01
オレは一つため息をついてから、強い殺気を放つ副長さん越しに、隊長のアルテッツァさんへ向かって口を開いた。
「もう一度言う。そろそろ降参して投降してくれると助かる」
言葉は同じでも、前回とは意味合いの違う言葉――
今度の言葉は、本心から投降を促す言葉だ。
その言葉に、一つしかない瞳を閉じ、息を大きく吸い込むアルテッツァさん。
そして、その息をゆっくり吐き出しながら、意を決したように紫紺の瞳を開くと、右手の人差し指と中指を立てて顔の前にかざした。
その指の先端が蒼白く光るのを見て、親指で剣の鯉口を切り、警戒のレベルを上げるオレ。
しかし、次にアルテッツァさんのとった行動は、とても不可解なモノだった。
「レグナムよ…………すまん」
「なっ……ぐぁっ!?」
突然、膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れるレグナムさん……
そう、アルテッツァさんは、背後からレグナムさんの首筋に光る指を当てたのだ。
「ア、アルテッツァさま……なぜ……?」
「本当にすまんな、レグナムよ――」
動かない身体で声を振り絞るレグナムさんに、アルテッツァさんは優しい声色で語りかける。
「お前の勇気と忠心は、とても尊く得難いモノだ。だから、こんなところで犬死などせず、生きて祖国へと戻ってくれ。そして我が国の未来を作る、若い兵達の手本となって欲しい。頼む……」
アルテッツァさんの声が、どこまで聞こえていただろうか?
レグナムさんの瞳は閉じられ、すでに意識は無い様に見えた。
「さて、シズトとやら――いや、シズト殿」
アルテッツァさんはオレの前まで歩み寄ると、片膝を着き頭を下げた。
てか、シズト『殿』は、何か背中が痒くなるので、正直やめてほしい。
「貴殿の申し出を受け入れ、我が第三十八遊撃部隊はサウラント王国に降伏し、投降を願い出たい」
アルテッツァさんの言葉に、ウェーテリードの兵達は皆、ガックリと肩を落とし、その場へと膝を着いていく。
オレは、その姿を目に焼き付けながら一歩後ろに下がりつつ、姫さまの方へと目を向けた。
その視線に神妙な顔で頷くとオレの横を抜け、片膝を着くアルテッツァさんの前へと進み出る姫さま。
「了承した。サウラント王国第四王女、シルビア・サウラント・ヴァリエッタの名において、貴公等の投降を受け入れよう」
「寛大なお言葉、感謝いたします」
王族としての威厳に満ちた態度で、投降を受け入れる姫さま。その姿は、さっきまで捕虜だったとは、とても思えない程だ。
「つきましては、投降するにあたり、二つ程お願いしたい義がございます」
「聞こう」
「ありがたく。一つ目は、我が部下達の命の保証、そして公平な裁判をお願い致したい」
「それはもちろんだ。我が祖国、サウラントの名において誓おう」
アルテッツァさんと姫さまの間で、投降に際しての堅苦しいやり取りが続く。
詳しくは知らんが、投降した捕虜の扱いに関しては、国家間で定めた色々な取り決めがあるらしい。
なんでも捕虜になった者は、一定期間の強制労働があるそうだ。そして、その期間は裁判で決まり、その期間が終わると祖国へ送還される。
まあ、身代金を払えば、即時返還もあるらしいけど。
「して、もう一つと言うのは?」
「はい、それは――」
アルテッツァさんは顔を上げると、その紫紺に輝く隻眼をオレの方へと向けた。
「彼と……シズト殿との決闘を、ご了承頂きたい」
はあぁ!? 決闘ぉ? 結婚じゃなくて?
いやまあ、いきなり結婚を申し込まれても困るけど。てか、あのセクシーダイナマイトバディは魅力的だけど……いやいやっ、そうじゃなくてっ!!
自分の出番は終わりとばかりに、すっかり日和見を決め込んでいたオレは、その突然の申し出に思考を混乱させた。
しかし、当のアルテッツァさんはスクッと立ち上がると、後ろへ飛んで間合いを開ける。そして、コチラの返事も聞かずに、魔杖を構えると背後に無数の氷の刃を展開させた。
「ちっ! 姫さま、下がれっ!」
オレは鞘から康光を抜きながら、姫さまの手を掴んで後方へと引っ張った。
バランスを崩して倒れそうになるところを、トレノっちに支えられる姫さま。そして、オレが二人を庇う様に立ちはだかると同時に、氷の刃が群れを成して飛来する。
「くっ……」
康光を振るい、飛んでくる氷刃を片っ端から切り落としていくオレ。
「決闘を了承頂き、感謝する」
「してねぇよっ! 結婚の申し出ならともかく」
「結婚か……貴殿のような男に侍る生き方かも、悪くないかもしれないねぇ」
そんな軽口を叩き合いながら、氷の刃を飛ばすアルテッツァさんと、それを切り落としていくオレ。
「てか、なんでイキナリ決闘なんだよ?」
「私とて武将の端くれ。強い者と闘ってみたいと思うのは、おかしな事か?」
たくっ……結局、それって道楽じゃねえか。
と、そんなやり取りの間に、背後にいた姫さま達は、氷刃が飛ぶ軸線上から退避した。
よし、これで自由に動ける。
オレは剣を振るいながら、一気に間合いを詰めた。
「っ!」
氷刃の数を増やし、対抗するアルテッツァさん。
しかし、現代兵器の銃やマシンガンに比べたら、バッティングセンターの低速レベルだ。躱すのは、さして難しくはない。
「はあぁあーっ!」
オレが剣を横一文字に一閃させると、アルテッツァさんの持つ魔杖の先端が、埋め込まれた深紅の宝珠ごと地面へと落ちる。
魔力を増幅し、コントロールする宝珠を失い、宙に浮いていた氷刃は四散した。
「ちいっ!」
しかし、アルテッツァさんは諦める事なく、魔杖を投げ捨てると、腰に刺さる護身用の短刀を抜いた。
「って、まだヤル気かよ?」
「ふっ……勝つ為に闘っている訳ではないのでね」
「じゃあ、何の為に闘ってんの?」
「…………………………」
その問いに答える事なく、一心不乱に剣を振るうアルテッツァさん。
まあ、確かに基本はよく出来ているし、女性の剣にしては威力もある。
しかし、それだけだ……
そんな道場剣術では、何百、何千回振ってもオレには届かない。
そして、それは振るっているアルテッツァ自身も分かっているはずだ。
「たくっ……」
オレは後ろへ跳びながら、懐から一枚の呪符を取り出すと、着地と同時に左手上空へと放り投げた。
そして、その宙を飛ぶ呪符は、途中でツバメの形へと姿を変える。
ブーメランの様にU字を描き舞い戻って来るツバメの式神。
その軌道は、間合いを詰めるべく突進するアルテッツァさんの眼前――その隻眼の視界を塞ぐ様に通過した。
「なっ? き、消えた……?」
アルテッツァさんからすれば、ほんの一瞬だったろう。
ほんの一瞬……ツバメに視界を塞がれた瞬間に、その視界からオレ姿は消えていたのだ。




