第十四章 阿修羅 02
オレ達は一度視線を合わせると、ゆっくり立ち上がり、服に着いたホコリをパンパンと払う。
そして、オレは腰に手を当て胸を張り堂々と、そしてハッキリと言い切った。
「コレはワザとだっ!」
「うむ、その通りっ!」
隣では、六本の腕で器用に腕組みをしながら胸を張り、オレの意見に激しく同調する阿修羅。
そしてオレ達は、姿勢を崩さず、西へ傾く太陽へと向かって飛び去って行くドラゴンを見上げながら、更に堂々と話を続けた。
「阿修羅の炎は、この世の全てを浄化すると言われる業火の炎だ。地上で使うには危険過ぎる」
「うむ、然るにワザと隙を見せ、トカゲ野郎を空へと逃したのじゃ」
結界越しに向けられる美人主従のジト目が、オレのピュアなハートへと突き刺さる。
いや、やめてっ! そんな目で、オレ達を見ないでっ!
「こ、こほん……ところで話は変わるけど、阿修羅はインドヒンドゥー教と言う宗教だと太陽神。つまり太陽を司る神と言われておるのだよ」
オレは一つ咳払いをして、姫さま達から視線を逸らしつつ、ついでに話も逸らしていく。
「ところでチミ達は、太陽の温度がどれくらいあるか知っておるかね?」
「おん……ど?」
オレのエセ科学者口調の質問に、首を傾げる姫さま達。
ああ……この世界には、温度という言葉はなかったっけ。
「温度と言うのは、熱さ冷たさを測る尺度。目安としては、水が凍りだす温度が0度で、逆に沸騰しだす温度が100度。ちなみに天ぷらを揚げるのに最適な油の温度が180度だ」
「そして、その尺度で言えば、純粋な鉄が溶け出すのは1535度で、蒸発し出すのが2862度じゃな」
オレの解説に、補足を入れる阿修羅。
「では、話を戻そう――この尺度でいうと、太陽の温度はどれくらいあると思う?」
「ど、どれくらいと言われても……まったく見当がつかん」
「そもそも、太陽の熱さなど考えた事もなかったからな」
二人の答えを聞いてオレ達は、再び太陽へ向かって飛び去るドラゴンへと目を向けた。
「太陽の温度……表面の温度で言えば約6000度……」
「ろ、6000度じゃとーっ!?」
素っ頓狂な声を上げて驚く姫さまを尻目に、一番上の右手で指鉄砲を作り、人差し指をドラゴンへと向ける阿修羅。
「そう、6000度。ただ、フレア時――彩層内での爆発時は最大で約…………3000万度」
「パァーン……」
オレの説明の終了と同時。阿修羅は作った指鉄砲から、弾を発射したかのように、右手を振り上げた。
直後――
オレと当の本人である阿修羅を除き、誰もがその光景に絶句した。
日の沈みゆく西の空。まるで太陽が二つに分裂したかのように、大きな発光現象が起きたのだ。
この場にいる誰一人、言葉を発せずに西の空に浮かぶ光球を呆然と眺めている。
いや、あのサイズの光球だ、このサウラント王国内なら、どこにいてもその光が確認出来るだろう。
やがて、次第に小さくなっていく光。
そして僅か数秒で、太陽が分裂したかの様にも見えたほどの巨大な発光体は、跡形もなく消え去った。
そう、発光の中心にいたはずのドラゴンごと、跡形もなく……
その僅か数秒は、この場にいる者を放心状態にするのに充分な効果があった。
誰もが一歩も動けずにおり、姫さまなどに至っては腰を抜かしたかのように、その場へペタリと座り込んでしまっている。
「さてと……他にも、灰になりたい者はおるか?」
さっきまで子供のケンカみたいな言い合いをしていた者とは思えない程の、圧倒的な威圧感を放つ阿修羅。
その、背筋が凍り付くような殺気を孕んだ瞳を、ゆっくりとウェーテリード兵へ向けていく。
「うわあぁぁあーーっ!」
「バ、バケモノだぁぁああーーっ!」
「逃げろーっ!」
恐怖に理性のタガが外れ、獣人の傭兵を中心とした幾人かの兵達が、己の武器を投げ捨て逃げ出した。
散り散りに森へと走る兵達。
しかし――
「こんな清楚で可憐な大和撫子をつかまえて、バケモノとは失礼な」
その逃走劇は50メートルも走らずに、すぐ終わりを告げた。
そう、まるで逃走する兵の行く手を阻むよう、彼らの前に炎の柱が地面から噴き出したのだ。
突然現れた火柱に急停止をし、尻もちを着く兵達。
「下手に逃がして、またコソドロの真似事でもされたらかなわんからな。大人しくしておれ」
そう言い捨てると、阿修羅の身体が光に包まれ、見慣れた和ゴスロリババのラーシュアへと姿を変えた。
同時に、姫さま達を守っていた結界が消失。
腰を抜かしていた姫さまがトレノっちの手を借りて立ち上がるのを待ち、オレ達は敵部隊の隊長であるアルテッツァさんの方へと歩き出した。
完全に戦意を失ったウェーテリード兵達から向けられる視線の中をゆっくりと進むオレ達。
しかし、特に大声を出さなくても会話が成立する距離まで進むと、レグナムさんが剣を抜いてアルテッツァさんを守るように立ちはだかった。
って、まだ戦意が折れんのか、このオッサンは……?




