第十四章 阿修羅 01
前線をラーシュアに……いや、阿修羅に任せ、姫さま達のいる結界の前まで下がるオレ。
「シ、シズトよっ! 六道とか修羅道とは何の事だ?」
「いや、そもそも、アレはラーシュアなのか?」
そして、そんなオレに対し、当然のように姫さま達からお声がかかる。
「まあ、ラーシュアと同一人物である事は間違いない。ただ、あの姿の時は阿修羅と言ってやってくれ。それから六道っていうのは、そうだな……」
確かこの世界にも、天国や地獄に近い概念はあったな。ならば説明しやすいか。
「仏教って宗教における考え方で、この宇宙を構成する六つの世界。この国で言う『天界、人間界、冥界』を更に『天道、人道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道』って、六個に細分化したものと思えばいい――この世に生まれた者は死した後、その魂が背負う業により、この六つの世界を渡り歩く。それを六道輪廻って言うんだ。そして、地獄道から修羅道までの四悪趣と呼ばれる地獄の頂点が修羅道。絶えず、争いと闘争に明けるくれる世界。その修羅道を治める神が、戦乱の鬼神と呼ばれる、あの阿修羅だ」
結界越しに阿修羅を見つめていた姫さま達の視線に恐怖の色が浮かぶ。
そして、その視線がゆっくりとオレの方へと向けられる。
「で、では、ラーシュア……いや、阿修羅とは……神……なのか……?」
「まあ、そうだな。とりあえず八百万いる神の中で十本の指に……いや、こと戦闘力だけで言えば五本の指入る神だな」
掠れた声を絞り出した姫さまの問いに、あっけらかんと答えるオレ。
「で、では、あの姿が……神の身が、ラーシュアの本来の姿……」
「侮るなよ、巨乳騎士。あとの二回の変身をワシは残しておる」
さすがにトレノっちから『巨乳騎士言うな』の返しが無くなった。
てか、フリーザさまか、お前は……?
とはいえ、確かにアレが阿修羅の本来の姿ではない。
阿修羅といえば本来、三面六臂。六本の腕の他に三つの顔、更には三つの人格を持っている。
しかし、今の阿修羅には一つの顔と一つの人格しかないのだ。
元々阿修羅は、オレの遠い先祖が使役した式神で、平安時代に十二神将という式神を使う最強の陰陽師と言われていた。
そしてその彼が、死に際に己の魂を引き換えとして八部衆の神々を使役しようとしたのだ。
ただ、その呼びかけの応じたのは四人――いや、四柱と言うべきだな。
しかも、三つの人格がある阿修羅に関しては、呼びかけに応じたのが一つの人格だけだったのだ。
それが彼女、阿修羅の女性人格である。
とはいえ、悠久の時を生きる神々にとって、人の世の千年などは、昼寝程度の時間でしかないらしい。
だから他の人格達も、特に彼女のやる事へ口を出すことはなく、今は眠っているとの事だ。
まっ、阿修羅自体を知らない姫さま達に、そこまで説明する必要はないだろう。
オレの解説に満足したのか。阿修羅は特に話を付け加える事なく、不敵な笑みでウェーテリードの兵達を見渡した。
阿修羅の醸し出す、神格を纏った圧倒的なオーラに身を震わせる兵達。
そして、そのオーラに身を震わせているのは人間だけではなかった。
「し、紫紺竜が……怯えているだと……」
その綺麗な顔を蒼白にして声を震わせる、アルテッツァさん。
そう、万物全てを焼き尽くすと言われる、ドラゴンですら阿修羅を前に身を縮め、身じろぎも出来ずにいるのだ。
その有り様は、まるで蛇に睨まれた蛙のようである。
「カッカッカッ。トカゲのクセに、対峙する者と己の力量差は分かるくらいの脳みそが有るようじゃな。感心感心――では、見せてやろうかのぉ? 本物の『万物全てを焼き尽くす炎』というモノを――」
阿修羅は左手で自分の身体を抱き、右手を左目の前にかざす。
そして、指の間からドラゴンを見据えると、ニヤリと口角を吊り上げたた。
「ゆくぞ……黒より黒く、闇より暗き漆黒に、我が深紅の混沌を――」
「やめんかっ!」
「あだーっ!」
オレはツカツカと歩み寄り、何やら聞き覚えのある呪文を唱え始めた阿修羅の後頭部へ拳を振り下ろした。
「何をする、主っ!? 痛いではないかっ!!」
「いらないからっ! そうゆう厨二病みたいなのは、いらないからっ!!」
「なんじゃとーっ! ヒトがせっかく異世界に来たのじゃから、ソレっぽい演出をしてやっておると言うにっ!」
「何が演出だっ! タダのパクリじゃねぇかっ!? オレはお前が魔力を使い果たして倒れても、おぶって帰ってやるほどお人好しじゃねえぇからなっ!」
「なんじゃとっ! 主の人でなしっ! バーカバーカッ!」
「んだとっ!? バカって言う方がバカなんだぞっ!」
まるで子供のケンカの様な言い合いから、子供のケンカみたいな取っ組み合いへと発展するオレ達――
って!! 六本腕はヤッパ反則だろっ!?
ロリババ形態ならともかく、第二形態に変身した阿修羅との近接戦闘はとても不利な状況だった。
「カッカッカッ! 寝技で、第二形態となったワシにかなうと思おたか?」
「のごぉぉ~! いてててぇぇぇ~!」
うつ伏せに組み敷かれ、複合関節技を極められるオレ。
阿修羅はオレの後頭部へ大きな胸を押し付けながら、六本の腕を器用に使って、首、肘、手首、そして足をグイグイと捩り上げる。
「ん~~? ここかぁ? ここがえぇのんかぁ~?」
「ら、らめ……そ、そこは、らめぇぇ~~」
「くっくっくっ、イイ声で鳴きよるのぉ~。やめて欲しくば『んぁ……すごい……腕が何本もあるみたい……』とでも、色っぽく囀ってみるがよい」
「んぁ……すごい……腕が、ってぇ、コレ誰得だよっ! そういうのは、姫さまかトレノっちに言わさせてくれ。ステラでも可。いや、むしろ推奨っ!!」
てゆうか、お前にはホントに腕が何本もあるだろっ!
「な、なあ、お前たち……」
「んっ?」
じゃれ合うオレ達の背中に、姫さまの遠慮がちな声が届く。
阿修羅は首を捻り顔を向けるが、あいにくとオレの首はガッチリ極められていてまったく動かない。
まあ、後頭部に当たる柔らかい二つ感触は悪くないので良しとしよう。
「え、え~と……紫紺竜……逃げちゃった……ぞ」
「えっ? …………あ」
視線を上げ、前方へ目を向けるオレ達。
そして、先程のまでそこにあったはずの巨体が、今は忽然と姿を消えていた……




