第十三章 静かなる刀 04
「って、お前ら、何してるーーっ!?」
まるで河川敷の土手に座り、花火でも見上げるかのように空へ浮かぶ魔法陣を見上げるオレ。
そして、いつの間に移動したのか? オレの隣に座りワクワクしながら空を見上げるラーシュアの背中に、トレノっちのツッコミが飛ぶ。
「いやだって……オレ、ドラゴンとか見るの初めてだし」
「うむ、ワシも異界の竜は初めてじゃ。ワクワクするのう」
ミーハーで新しいモノ好き。そして野次馬根性が旺盛なのは、日本人の国民性である。
こればかりはDNAに刻まれた業ゆえに、何者も止める事は出来ないのだ。
「暢気にワクワクしている場合かっ!? アルテッツァの喚ぶドラゴンは紫紺竜と呼ばれる巨竜で、その紫色の炎は万物全てを焼き尽くすと言われているのだぞっ!!」
「万物全てを焼き尽くす……じゃと?」
トレノっちの言葉に、ラーシュアの顔色が変わった。
あぁ~あ、スイッチが入っちゃったか……
腰をおろすオレの肩に飛び乗り、不敵な笑顔で腕を組むラーシュア。
「図体がデカイだけのトカゲ風情が生意気な……主よ、トカゲ野郎の相手はワシがするぞ。異論は許さぬ」
「はいはい……好きにしろ」
肩車でオレの肩に乗るラーシュアに、ため息をつきながら答える。
まっ、こうなったラーシュアは止められない。出来るのは、この森が全焼しないように祈る事だけだ。
諦めの境地で、空に浮かぶ魔法陣を見上げるオレ。
アルテッツァさんの詠唱と共に、輝きを増す魔法陣。その魔法陣を描く空間に、突如大きな亀裂が入った。
「出るぞーっ!!」
トレノっちの声がこだますると同時に、その亀裂からゆっくりと這い出てくる紫紺の竜。
「「おおぉぉぉおおおお…………おっ?」」
そして、初めて見るドラゴンに対して、拍手と共に感嘆の声を上げるオレとラーシュア。
そう、初めは確かに感嘆の声であったが……
「ふむ……思っていたより小さいのぉ」
「ああ……」
「巨竜などと言うで、てっきりキング○ドラくらいはあると思っておったのじゃが……」
「アレだと、お台場のガン○ムと同じくらいか?」
「いや、それよりは一回り大きいじゃろ。尻尾も入れれば、ガン○ム二機分くらいはあるかのぉ」
濃い紺色を帯びた、暗い紫色のドラゴン。
その紫紺竜と呼ばれるドラゴンをに対するオレ達の感想は以上である。
参考までに言うと、キング○ドラの全長が約100メートルでガン○ムは18メートル……だったかな?
拍子抜けに肩を落とすオレ達の目前に、両翼を広げたドラゴンが大地を揺らし降り立った。
そして、威嚇するような甲高い咆哮が、大気を揺らし耳を劈く。
「鳴き声はゴ○ラみたいなじゃな」
「そうかぁ? オレはガ○ラに近いと思うぞ。平成版の」
「いいや、ゴジ○に似ておる。80年代のな」
「っんな昔のゴ○ラなんて、知らんわ」
「って! 何してる二人共っ!? 早く逃げろっ!!」
のんびりくつろいでいたオレ達の背中に、トレノっちの荒げた声が届く。
そして、わずかなタイムラグの後、ドラゴンの吐く紫色の爆炎が眼前に迫り来る――
「シズトォォーーーーッ!!」
悲痛な叫びを上げるトレノっちに、オレ達を包み込む炎を前に呆然とする姫さま。
そして、そんな姫さま達とは対照的に、歓喜の声を上げるウェーテリードの兵達。
しかし……
「くっくっくっくっくっ……この程度で、万物全てを焼き尽くす炎とは――」
炎の中から、それらの者を嘲笑うかの様な声。そのあり得ない声に、姫さま達の目が見開かれる。
「――片腹痛いわっ!!」
その見開かれた目に飛び込んで来たのは、これまたあり得ない光景。
ラーシュアの気合のこもった叫びと共に、ドラゴンの吐く炎がオレ達の前で大空へと垂直に進路を変え、雲にポッカリと穴を開けた。
「バ、バカな……全てを焼き尽くす、紫紺竜の炎が……」
驚きに後ずさりながら、掠れた声で呟くアルテッツァさん。
その姿にラーシュアは、オレの肩の上で不敵な笑みを浮かべた。
てか、重いから、そろそろ降りろ。
「フッ、この程度の炎。ワシの国では芋も焼けんぞ」
「いや、いくら何でも、芋くらいは焼けるだろ?」
「主の国の軟弱な芋と一緒にするでない。ワシの国の芋は、ビシッと気合が入っておるでな」
そんな芋、食いたくねぇ……
「残念じゃったな、泣きぼくろよ。ちなみに主の国ではお主らのような者の事を『井の中の蛙』と言うのじゃ」
奥歯を噛み締めたアルテッツァさんの頬を一筋の汗が伝い、胸の谷間へと落ちる。
っと、胸の谷間にもほくろ発見。
この人のほくろの場所は、一々色っぽいな。
「さて、それでは本当の"全てを焼き尽くす炎"というヤツを見せてやろうかのぉ。主よっ、谷間のほくろに見惚れとらんで、準備せい」
「だから、人の考えを読むなと、何度言えば分かるっ!?」
肩の上のラーシュアに抗議しつつ、立ち上がるオレ。
不意に肩からラーシュアの重みが消え、代わりにヒラヒラと舞い落ちる、一枚の呪符。
そう、式神であるラーシュアが式札という呪符に戻ったのである。
オレはその式札を右手でキャッチすると、左手の人差し指と中指で指刀を作り前方に突き出した。
「バン・ウン・タラク・キリ・アク・ウン」
そう唱えながら空中で星を描くように指刀を切ると、霊力が結晶となり、眼前に赤く光る五芒星が浮かび上がった。
「ノウマク・サマンダ・ボダナン・ラタンラタト・バラン・タン! 六道より来たれ、煉獄の炎を纏いし修羅の王……急々如律令っ!!」
赤く光る五芒星に向かって、持っていた式札を放つ。
強い発光――式札がまるで太陽の様な光を発して、勢いよく燃え上がる。
そして、炎の中へ徐々に浮かび上がる人影――
いや、人ではない。明らかに人とは違う異形の影。片側三本ずつ、六つの腕を持った鬼神の影……
「六本腕……? そんな亜人は聞いた事ないぞ……」
「おい、小娘――このワシを、亜人などといった人間モドキと一緒にするでない」
妖艶な肢体に、着崩した黒い着物を纏い、黒曜石の様な艷やかな黒髪と同色の瞳を持つ六本腕の美女。
その切れ長の瞳から刺すような視線を向けられ、アルテッツァさんは蛇に睨まれた蛙のように身を震わせた。
「我が名は阿修羅――天龍八部衆に属する仏法の守護神にして、六道がうち修羅道を治める戦乱の鬼神なり」




