第十三章 静かなる刀 03
「さて、アルテッツァさん。最後の訂正だ――オレは戦闘において、まるっきりの素人という訳じゃない。こと、人を殺す事に関しては専門家だ」
オレの言葉を受け、奥歯を歯噛みするアルテッツァさん。
額から流れた汗が頬を伝い、乾いた地面に黒い染みを作る。
「貴様……何者だ? タダの料理人ではあるまい……?」
アルテッツァさんの問いに、オレは顔をしかめ声を詰まらせる。
何者だとか聞かれてもねぇ……
「答えてやれ、主。その方が主の望む結果に、一番近づけるはずじゃ」
「うっ……」
躊躇うオレの背中を押すラーシュア。
「シズトの望む結果じゃと?」
「うむ。正直、ワシがその気になれば、この程度の奴らをまとめて灰にするくらい一瞬じゃ。主が一人でも、全員の頸を刎ねるのに五分とかかるまい。じゃが主は、この期に及んで犠牲者は最小限に抑えたいなどとほざきよってな。圧倒的な力量差を見せ付けて、降伏を促したいらしい――」
おいおい、相手の前でソレを言っちゃったら、意味ないだろっ!
「まったく……その甘さが戦場では命取りになると、何度も何度も言い聞かせておるのじゃがな、全然聞こうとせん。これもゆとり教育の弊害かのぉ」
「うるさい。オレだって好きでゆとっとらんわ」
「ならば自己紹介くらい、ちゃんとせい。出来んのなら、保護者のワシが代わってやるぞ」
誰が保護者だ、誰がっ!
「何より、相手は敗残兵とはいえ一国の正規部隊じゃ。いくら異国の見知らぬ術を使うといえど、料理人の若造に降伏するは、自尊心が許すまい」
オレは頭をかきながら、大きくため息をついた。
そして、もう一度アルテッツァさんを見据え、意を決して口を開く。
「元日本政府、内閣調査室特別諜報部、嘱託執行人。そして、一条橋家四代目静刀の名を継ぐ者。一条橋静刀だ」
聞いた事のない固有名詞の連続に、姫さま達は説明を求め、再びラーシュアへと目を向けた。
またか……とばかりに肩を竦め、ため息をつくラーシュア。
それでも正面を見据えながら、ゆっくりと口を開いていく。
「日本政府とは主のいた国、日本における政の中枢。そして、その最高府が内閣府。内閣調査室とは、その内閣府直属の公的機関じゃ。ただ、その中でも特別諜報部とは公にはされてないところでな、おもに影仕事が中心の部署じゃ」
「影仕事……?」
「うむ、非合法な諜報活動と…………暗殺じゃ」
ラーシュアの答えに、息を飲む姫さまとトレノっち。
しかしラーシュアは、そんな二人を気にすることも無く、淡々と言葉を綴っていく。
「主の家は、平安の世――千年以上も昔から代々、時の権力者の影を支える家でな。今では内閣調査室に属し、料亭を隠れミノとして諜報活動と暗殺を行っておるのじゃ。その中にあって、主は暗殺部隊一番の手練じゃった――特に主は、術も然る事ながら、剣において天賦の才があってな。自分の意思とは関係なく、幼い頃より人を殺す術を叩き込まれ、為政者どもの都合で人を殺め続けてきた――」
抑揚のない声で、他人事のように語るラーシュア。
付け加えると、オレが嘱託扱いなのは未成年である事に加え、もし任務に失敗した時、すぐ切り捨てられるようにである。
「主が初めて人を殺めたのは、確か六つの時じゃったかのぉ? どうじゃ、ジャジャ馬姫よ。主が為政者を嫌う理由が理解できたか?」
イタズラっぽい笑顔で問うラーシュアに、言葉を詰まらせる姫さま。
そして、今にも泣き出しそうな顔で、潤んだ瞳をオレに向けて来る。
たくっ……ラーシュアの奴、余計な事まで話しやがって。
姫さまから向けられる視線に居心地の悪さを感じたオレは、誤魔化すように剣の切っ先を妙齢の美人隊長さんに向け、口を開いた。
「という訳だ、アルテッツァさん。そろそろ降伏して、投降してくれると助かる」
正直、ここで降伏するなどとは思ってない。ただ、人的犠牲をこれ以上出さずに、戦意を折るにはどうすればいいか?
それは相手の切り札をねじ伏せるのが一番だ。
オレの言葉の真意は降伏を促すモノではなく、ラーシュアの説明を聞いたアルテッツァさんに、その切り札を切るように促す為の言葉である。
「なるほど……神の力をも使いこなす、異国の最高府直属である暗殺者か……」
そしてオレの思惑通り、アルテッツァさんは一歩後ろに下がると魔杖を構え、腹心のレグナムさんへ声をかけた。
「皆をコチラに集め、守りを固めろ。これより竜召喚の儀に入る」
「し、しかし……竜召喚は我等が切り札。シルビア姫と並び、討伐隊への交渉の材料として……」
「ここで負けては同じことだ」
「…………確かに」
アルテッツァさんの言葉に一瞬だけ躊躇いをみせたが、レグナムのオッサンは剣を掲げ、声を張り上げる。
「総員集結ーっ! これより竜召喚の儀に入る。各員は隊列を組み、アルテッツァ様をお守りしろっ!!」
歓喜の声を上げながら、アルテッツァさんの前に集結するウェーテリードの兵達。
よほど、呼び出されるドラゴンに信頼を置いているのだろう。
「シズトーッ! 何としても竜召喚を止めろーっ! アレを喚び出されては――」
ウェーテリード兵とは対照的に、トレノっちが悲痛な声を上げる。
しかし、止めるつもりはない。いや、むしろ――




