第十三章 静かなる刀 02
「オ、オンミョウジ……だと?」
金縛りにでもあった様に固まる男は、身を震わせながら掠れた声を絞り出す。
そして、その言葉を聞いた姫さま達は、まるで説明を求めるかのようにラーシュアへと視線を向けた。
「ハァ……陰陽師と言うのは元々国の官職の一つで、陰陽寮という国の機関に属し、陰陽五行思想に基づいた占術師でな――」
一つため息をついてから、ヤレヤレとばかりに説明を始めるラーシュア。
ちなみに陰陽五行思想とは、自然界の万物は陰と陽の二気から生じるという陰陽思想と、万物は木・火・土・水・金の五行からなるという五行思想が合わさったものだ。
「その仕事は暦を読み、政などの吉凶を占う者達の事であった。じゃが、後に呪術や祭祀を司る様になり、仏教、密教、神道などを習合し、式神をと呼ばれる鬼神を使役する様になって行ったのじゃ。まあ早い話が、陰陽寮に属する呪術の錬れ者達を陰陽師と呼ぶのじゃ」
ラーシュアの説明は、かなり端折っていたし専門用語も多い。
姫さま達にどこまで伝わっている事やら……
「ラ、ラーシュアよ。その呪術というのは、魔法とは違うのか?」
案の定、難しい表情で首を傾げる姫さま。
「似て非なるモノ……いや、魔法も呪術の一つではあるな。呪術とは、呪文や儀式により行使される術の総称じゃ。まっ、主が使う術とお主等の魔法では系統が全く違うがの」
「系統が違う……?」
「うむ。主の術は真言という呪文を唱え、神々の力を借りて奇跡を起こす術じゃ」
「カ、カミガミ……?」
眉をしかめ、更に首を傾げる姫さま。
まあ、当然か。
コッチの世界に来て色々と調べたが、コチラの世界の宗教は全て一神教。つまり、神とは唯一無二の存在であり、多神教の概念すらないのだから。
「まっ、お主等には理解出来んじゃろうが、主の国にはヤオヨロズの神々と言うてな――八百万の神がおるのじゃ」
「はっ、八百万だとっ!?」
「そ、それはまた……有り難みに欠ける話じゃな……」
目を見開いて驚くトレノっちと、顔を引きつらせて苦笑いを浮かべる姫さま。
そして、ウェーテリードの兵達も、ラーシュアの話にどう反応すれば分からずに固まっていた。
「ちなみに、さっき主が唱えた真言は韋駄天真言とゆうてな、韋駄天という神の力を借りる真言じゃ」
ラーシュアの説明に、姫さまの表情が苦笑いから真剣な面持ちへと変わる。
そして、何かを納得するように呟いた。
「な、なるほど……にわかには信じられんが、神の力を借りたというのなら、突然シズトの姿が消えたのも頷けるな……」
「フッ……アレはそんな大層なモノでもないわっ」
姫さまの自己完結を鼻で笑い、否定するラーシュア。
まあ、確かにそんな大層なモンじゃない。
「アレは消えたのではなく、消えた様に見えただけ。タダの目の錯覚じぁ」
「さ、錯覚……?」
「うむ。人は走り出してから最高速に達するまで、ある程度の距離が必要じゃろ? ただ、それを韋駄天の力を借り、一歩目から最高速で走り出しただけじゃ――身体の余計な力を抜いた八字自然体の構えで、予備動作なく一歩目から最高速で走って距離を詰めただけ……まあ、目前でやられたら、人の目には消えた様に見えるじゃろうがのぉ」
そう、タダそれだけ。
漫画なんかでよくある『縮地』を、韋駄天の力を借りて再現しただけだ。
「さて、疑問も解決したことだし、そろそろ――」
「ま、待てっ! 待ってくれっ!!」
首筋に刀を突きつけられている正規兵の男は、オレの言葉を遮るように声を上げると、両手を挙げて降参の意思を示した。
「た、頼む……命だけは……」
身を震わせ命乞いをする男。
オレはその姿に軽くため息をつき、肩を竦めると、刀を引いて鞘に収めていく。
刀身が鞘の中に消え、カチャっと鍔が鳴るのと同時に、男は安堵の表情を見せた。
なんか、ぬか喜びさせてしまったようだけど――
「ホッとしてるとこ悪いけど、今更降参しても手遅れだ。アンタはもう……いや、お前はもう、死んでいる(神谷調)」
と、世紀末的に非情な現実を突き付けた。
「主ぃ~。全然似とらん。3点じゃ」
クッ……今度こそは自信あったのに……
「な、なに言ってんだ、お前……?」
「まっ、とりあえず一秒でも長生きしたいなら、そこを動かない事だ」
オレは困惑する男の横を抜け、後ろ手に右手を軽く挙げながら元いた場所へと歩き出す。
「バ、バカッ! シズトッ! 敵に背を向けて、気を抜く奴があるかっ!」
そんなオレへ、トレノっちの怒声が飛ぶ。
同時に、背後から剣を抜く気配と共に殺気が爆発した。
たくっ……
いくら騎士じゃないとはいえ、仮にも正規兵が剣を収めた人間へ背後から斬りかかるのはどうかと思うぞ。
オレは歩みを止め、首を捻って後ろへと視線を向けた。
そこにあったのは、腰の大剣を抜き、ソレを両手で振り上げる男の姿。
「うおぉぉぉおおーーっ、お……おお? なっ!?」
雄叫びを上げる男。
しかし、すぐにその雄叫びが驚愕へと変わる。
そして、その驚愕が伝染する様に、周囲にいる者達の目を見開かせた。
驚愕の視線に晒されながらバランスを崩し、後方へ倒れる男。
剣を振り上げた勢いそのままに、男の上半身は背中から大地へと落下したのだ。
そう、上半身だけが……
「な、なにが……どうし……おれ……あ、足が……なん……で……」
腰の位置で真横に両断された身体。
男は、何か起こったのかも分からずに、虚ろな目で大地に立つ己の下半身を見つめていた。
「だから動くなつったろ……」
オレの言葉は届いただろうか?
冷めた目で見下ろす視線の先で、男の顔から血の気が急速に失われていく。
そして、そんな男の顔に腰から上の無くなった下半身から噴水のように噴き出す鮮血が緋色の雨となって降り注いでいった……
「ラ、ラーシュアよ……アレはシズトがやったのか……?」
大きく息を飲んでから、掠れた声で問う姫さま。
「決まっておろう。他に誰がおる? あのウドの大木の後ろに回った時、すれ違いザマに一刀両断じゃな」
「そ、そんな……い、いやしかし、あのウェーテリード兵はさっきまで……どうして……?」
「何を驚いておる? 姫さんと巨乳騎士には話したであろう? ワシの知り合いにも一人、斬られた事にも気付かせん者がおるとな」
「そ、それがシズトなのか……? し、しかし、太刀筋どころか剣閃すら全く見えなかったぞ?」
「主は一条橋家の中でも、長年空席だった静刀の名を継ぐ者じゃ。その剣の性質は静かなる刀。気付いた時には死んでいると言わしめる剣……人間如きに見切れるモノではないわ」
「…………」
完全に言葉を失った姫さま。
そして主人に代わり、今度はトレノっちが何かに気付いたように口を開く。
「あ、あれ……? ちょ、ちょっと待て…………骨まで灰にする炎の魔導にプレートメイルごと両断する剣筋……もしや先日、強盗を働いたウェーテリード兵を手に掛けたのは……?」
「ああぁ、そんな事もあったのぉ。まっ、ウチの常連さんを手に掛けたのじゃ。当然の報いじゃろ」
全く悪びれる事なく、笑顔を見せるラーシュア。
まあ、オレも悪びれる気はないけど。
オレは一度顔を伏せてから、ゆっくりと視線を上げ、アルテッツァさんへと振り向いた。




