第十三章 静かなる刀 01
結界を取り囲んでいたウェーテリードの兵達。
オレの歩みに合わせて、間合いをキープするように後退していく。
そして、ラーシュア達から二十メートルほど進んだところで足を止めるオレ。
「アルテッツァ様は、お下がりを……」
「いや、よい……」
隻眼にセクシーなローブを纏った妙齢の女性は、自分を庇うように前に出ようとする大塚○夫声のオッサンを、片手を上げて制した。
見たところ、あのセクシーローブさんが指揮官で大○明夫さんが副官っといったところだろう。
姫さま達の視線を背に、正面の女性を見据えるオレ。
会話をするには少し遠い間合いだけど、セクシーローブさんは気にすること無く口を開いた。
「さて、小僧……一つ問いたい事があるのだか、よいか?」
「まぁ、いいだけど……初対面でいきなり小僧扱いですか? 一応、一条橋静刀って名前があるんで名前、もしくは気軽にご主人様とでも呼んでくれ」
「フッ……報告では異国の者達と聞いているが、そっちの童女といい、人を食った奴らの多い国なのだな――ご主人様」
オレの小粋なジョークに、笑顔で余裕の返しを見せるセクシーローブさん。
「で、そちらさんは? 名乗らないのなら、セクシーローブさんと、大塚○夫さんって呼ぶけど」
「まあ、その呼び名も捨てがたいが――私はウェーテリード王国、第三十八遊撃部隊の隊長アルテッツァ・ワイズ。そしてこっちは副長のレグナムだ」
アルテッツァさんに、レグナムさんね。
まあ、他にもオレ達を取り囲む様に三十人近くの兵がいるけど、そんなモブキャラ全員の自己紹介をされても、どうせ覚え切れないし。
「さて、改めてシズトとやら。ソナタがそこの使い魔――確かシキガミと言ったかな? そのマスターなのか?」
「ん? そうだけど――てか、ソコはお約束的に、『問おう、アナタが彼女のマスターか?』って聞くところ……って、なに?」
オレ渾身の『剣の英霊』声マネに、不敵な笑みを浮かべ口角をつり上げるアルテッツァさん――
いや、アルテッツァさんだけでなく、オレ達を取り囲むウェーテリードの兵達もニタニタとした笑みを浮かべていた。
もしかして、そんなに似てなかったのか? オレのセイバーちゃんは……
「いやなに……そこのシキガミとやらを見るに、かなり高レベルな魔導師のようだが、戦闘においては素人だと思ってな」
アルテッツァさんの言葉に首を捻る。
いや、別に戦闘のプロとか、なりたい訳じゃないけど……
「へっ! 分かんねぇのか?」
遠巻きにオレ達を取り囲んでいた兵の一人。2メートルを超えるゴツい身体に、完全武装のプレートメイルを身に着けた人間の男が歩み寄って来た。
見たところ騎士ではない様だが、軍の正規兵ではあるようだ。
「いいか? 魔導師ってぇのは、前衛で戦っている味方の後方から、呪文による攻撃で敵を倒すのが仕事だ。そのテメェが武器も持たず、一人で最前線に出てきてどうする?」
「そして、確かにあのシキガミとやらは脅威だが、ソナタの魔導によって動いているのなら、ソナタを殺せば消滅するのは自明の理」
オレの前へ立ち塞がるように止まり、偉そうに講釈をたれる正規兵の男と、それに続き持論を展開するアルテッツァさん。
その二人の話を聞いて、オレは肩をすくめ、一つため息をついた。
「とりあえず三つほど訂正する事がある。まず一つ目――」
左手を懐に入れて、一枚の呪符を取り出しすオレ。
「心配しなくても、武器ならちゃんと持ってる――康光っ!!」
呪符を持った左手を真横に上げると、そこに霊力を込める。
青白い発光――
光の粒子に包まれた呪符は、長細い物質に姿を変えていく。
そして発光が消えると、オレの左手には鞘に収まった一振りの日本刀が握られていた。
長船康光――刀身二尺二寸の太刀。備前長船の名工。応永三光の一人、長船康光の手による名刀である。
が、しかし、その名刀を目にした眼前の正規兵の反応は――
「ハッハハハハーッ! なんだそのオモチャみたいな剣は? 魔導師の細腕じゃ、その細い剣を振り回すのが精一杯だってかぁ!?」
額を抑えて、高笑いする正規兵の男。
そしてその笑いが、取り囲む兵達へ伝染するように広がっていく。
「いいか? 知らねぇなら教えてやる。ウェーテリードの鎧は大陸中でも最高の強度を誇ってんだ。そんなオモチャみてぇな剣――まして魔導師の細腕で振るう剣じゃあ、キズも付かねぇぞ」
再び講釈を始める男に対して、オレは左手に剣を持ったまま両手を下ろし、全身の余計な力を抜きながら相手の目を見据えた。
「どうした? 魔導師さまは、剣の構え方も知らねぇのか? どだい魔導師が剣士の真似事なんて――」
「オン イダテイタ モコテイタ ソワカ」
男の挑発する様な言葉を遮る様に、オレは精神を集中させながら"真言"を唱えた。
そして――
「なっ!?」
「き、消えた……?」
オレの背後にいた、姫さまとトレノっちの驚きの声。そう、『いる』ではなく『いた』。
つまり、過去形である。
「消えてなどおらん。よく見てみるがよい」
ラーシュアの言葉に従い、シルビア姫達はその視線を追った。
視線の先は、オレの前に立っていた正規兵の首筋。
大柄な男の影にオレの姿は隠れてしまっているが、その首筋には背後から長船康光の刃が充てられていた。
首筋に当たる冷たい刃に、男の額に浮かんだ冷や汗が頬を伝い刀身へと落ちる。
この状態――この男は、完全に死に体だ。
オレの持つ刀が、男の揶揄する通りオモチャに等しく、百均のカッター程度だったとしても、少し力を入れただけで充分に男の頸動脈を斬り裂ける。
「訂正二つ目――オレは魔導師じゃなくて陰陽師だ」
 




