第十二章 可憐で清楚な美少女 02
「ぎゃああぁぁあーーーっ!!」
悲鳴を上げ、右眼を押さえながら大地をのたうち回るゴルフ。
何が起こったのか分からず、その光景を前にシルビアとトレノは呆然と立ち竦んだ……
そんな二人へ背を向けるように、眼球をくわえた三つ足の烏――八咫烏がゆっくりと舞い降りて来る。
そして三本の足が大地に降り立つと、烏の身体が光りに包まれ、その光りが徐々に人の形へと変わっていった。
「ぺっ! マズい目玉じゃ。少しはDHA豊富な青魚の目玉を見習うがよい」
くわえていた眼球を吐き捨て、それを踏み潰すと手の甲で口元を拭う幼女――
そう、そこに現れたのは、黒髪を靡かせ、黒を基調とした和ゴス服を纏う桜花亭看板ウェートレスの一人。
「ラ、ラーシュア……? ソ、ソナタ、本当にラーシュアなのか……?」
「ん? こんなにも可憐で清楚な美少女が、ワシの他にもおるのか?」
シルビアの問いに、可憐や清楚とは程遠く、血を拭った跡の残る口角を吊り上げて笑いながら振り返るラーシュア。
「ふ、ふざけやがって、このガキ……」
と、その背後で、ラーシュアに吹き飛ばされ、のたうち回っていた男がゆっくりと立ち上がった。
右の瞼から流れる血で、狼の顔を鮮血に染め上げ、鬼のような形相で腰の大剣を抜くゴルフ……
「殺す……殺してやる……そのド頭カチ割って、手足引き千切ってグチャグチャに踏み潰してやんよ……」
「かっかっかっ。よう吠える犬ッコロじゃのう。弱い犬ほどよく吠えるとは、よぉ言うたもんじゃ」
残った眼を妖しく光らせ、ユラユラと迫りくるゴルフに、ラーシュアは腕を組んで余裕の笑みを浮かべる。
とはいえ、二人の体格差は歴然。
しかも、片や大剣を持つ戦闘のプロである傭兵に対し、片や身を守るような物は何も持たぬ幼女……
「ちっ……」
舌を鳴らし、ラーシュアを庇おうと前に出ようとするトレノ。
しかしラーシュアは、歩み寄る手負いの傭兵を見据えながら、片手を上げてトレノの動きを制した。
「問題ない。下がっておれ、巨乳騎士」
「巨乳騎士言うなっ!」
トレノの抗議を聞き流し、不敵な笑みを浮かべるラーシュアの瞳に、大剣を大きく振りかぶる獣人の姿が映る。
「脳ミソブチまけて死ねや、クソガキィィイーーーーッ!!」
迫りくる大剣の刃に対して、ラーシュアは顔色一つ変えること無く、右足の爪先で軽く地面を蹴った。
その行為に呼応して、ラーシュアの前に半透明な光の壁が現れる。
そして、その壁に振り下ろされた刃が触れた刹那――
「なっ!? ぎ――――――」
ゴルフの身体が爆炎に包まれる。
そして、大柄な獣人の巨体は悲鳴を上げる間もなく、一瞬にして消失――いや焼失した。
真っ白な灰が風に舞い、焼け残った大剣は、鋼が真っ赤になり溶け出している――
その信じられない光景に誰もが言葉を失い立ち竦む中。ラーシュアは更に四度、トントンと爪先で太地を鳴らした。
爪先が太地に触れるたびに現れる光の壁。
その光の壁は、ステラの眠る荷車を中心にして、ラーシュア達を囲むように五芒星を描き出していった。
味方であるシルビア達ですら呆然とする中で、いち早く正気を取り戻すアルテッツァとレグナム。
しっかりとした足取りでラーシュアへと歩み寄り、光の壁の手前で立ち止まった。
アルテッツァは品定めでもするかのように光の壁を見渡すと、魔力を込めて魔杖を構える。
「凍てつく氷の刃よ、我が敵を撃てっ!」
アルテッツァの背後に無数の氷の刃が現れ、一直線にラーシュア達へ向け飛んで行く。
「姫さまっ!」
トレノは主を守るように、シルビアの前に出る。
しかし……
「…………」
「…………」
無言で視線を交わすアルテッツァとラーシュア――
そう、アルテッツァの放った無数の氷の刃は、光の壁に触れると一瞬にして蒸発してしまったのだ。
「………………」
「………………」
「…………初めて見る術式だ。それに先程の異形の烏姿といい……ソナタ、人間ではないな? 使い魔か?」
先に口を開いたのはアルテッツァ。内心の動揺を隠しながら、平静を装い問いかける。
対して、そのアルテッツァの問いに眉を顰めるラーシュア。
「コチラの世界の概念では、使い魔というのが一番近いじゃろうが、その呼ばれ方は好かんのぉ。正確には使い魔じゃのぉて、式神じゃ」
「シキガミ……?」
「まあ、コチラにはない概念じゃ。ワシの事はラーシュア『様』とでも呼べばよい。小娘よ」
「なるほど。報告では異国の者が居ると聞いていたが、異国の術式か――しかし、童女がこの私を小娘扱いか?」
「フッ……ワシを見た目通りの、ただ可憐で清楚な美少女だと思おておると火傷じゃすまんぞ」
可憐や清楚とは程遠い、不敵な黒い笑みを浮かべるラーシュア。
「だろうな。その物腰に物言い……何よりその殺気。ただの童女に出せるモノではない」
ラーシュアの殺気に気圧されながらも、懸命に平静を保つアルテッツァ。
ここで隊長である自分が屈してしまえば、隊の総崩れは必至である。
「それで、ラーシュア"様"とやら。この後はどうするつもりだ?」
「どうとは?」
「確かにその光の障壁は、私達には破れんだろう。ならばその中に亀みたく閉じ籠り、討伐隊が来るまで待つか? しかし、それだけ強力な障壁だ。そう何時間も維持は出来まい?」
予定通りであれば、討伐隊が街に到着するのは今日の夕刻。そこで王女の拉致を知れば、休憩など取らずに強行軍で隊を進めて来るだろう。
それでも、ココまで到着するには、まだ数時間はかかる。
初めて見る術式の障壁ではあるが、触媒もナシにこれだけ強力な障壁を何時間も維持するのは不可能だ。
それがアルテッツァの見解だったが……
「はっ……こんな小さな結界張るなぞ、一日どころか年単位とて造作もないわ」
ラーシュアは、アルテッツァの見解を鼻で笑った。
その言葉は、到底信じられるモノではない。
ただ、アルテッツァには、ラーシュアの瞳が嘘をついている様にも見えなかった。
「じゃが、ワシもそれほどヒマではないのでな。日の沈む前には街に戻り、店を開けねばならん」
ラーシュアは顔を振り向かせ、荷車で眠るステラへと目をやった。
「ところで巨乳騎士よ。ステラは気絶しておるのか?」
「えっ? い、いや、魔法で眠らされている。かなり強めに眠りの魔法が掛けられているようだ……てゆうか、巨乳騎士言うな!」
「フッ、好都合じゃ。この暮らしを捨てずに済みそうじゃな――」
トレノの抗議を再びスルーして、口元に笑みを浮かべるラーシュア。
「ジャジャ馬姫に巨乳騎士よ。ついでにお主等も助けてやろう――」
「その代わり、ここで見た事、ステラには絶対内緒だぞ」
「「えっ!? なっ…………」」
ラーシュアのセリフに続いて、自分達の背後から聞こえて来た言葉に驚き、慌てて振り返るシルビアとトレノ。
「シ、シズト……」
「お前……いつの間に……?」
そう、そこにいたのはラーシュアの主であり、桜花亭の料理人、一条橋静刀であった。
荷車で眠るステラに慈しむような視線を向けていた静刀は、顔を上げると驚きの顔を見せる二人にイタズラっぽく笑って見せた。
「実は職業柄、気配を消すの得意なんだよ」
「イ……イヤイヤイヤイヤッ!」
「料理人が気配を消すのが得意って、おかしいだろっ!?」
シルビアとトレノのツッコミをスルーしつつ、静刀はゆっくりと歩き出し、ラーシュアの横を抜けて前に出る。
「主よ。とっとと終わらせんと、店を開ける準備の時間が無くなるぞ」
「わかってるよ」
ラーシュアの声を背中に受け、静刀はそのまま結界の外へと足を進めた。
さあ、反撃の始まりだ。




