第十一章 拉致 03
「ふぅ……まっ、こんなとこか?」
姫さまとステラの乗った馬車を見送ったあと、オレとラーシュアは市へ買い物に来ていた。
快晴の昼下がり。爽やかな潮風の中、活気に充ちた商人達の声が響く市。
大きな荷物と生物は配達を頼んだし、切れかかっていた調味料と付け合せ用の野菜も買った。
あと買い忘れは……?
「マグロは大丈夫か? ワシのおかげで、結構出ておるじゃろ?」
「ん~、明日の昼の分までは足りるだろ。それよりも――」
二人で店の在庫を頭の中で整理しながら、市で賑わう街中を並んで歩くオレ達。
「お~い、シズトくーんっ!!」
「ん?」
そんな、まったり買い物中のオレ達を呼び止める声。
その聞き覚えのある声に振り返ると、遠くから銀髪のポニーテールとビキニアーマーの大きな胸を揺らすネコ耳の美女の姿が見えた。
「ん? プレオさん……?」
「よお揺れる乳じゃのぉ」
うむ、まったくだ。あの素晴らしい揺れは、賞賛に値する。
立ち止まり、人混みの中を器用にすり抜けて駆け寄って来る巨乳――じゃなくて、プレオさんに目を向けるオレ達。
「いや、言い直さずとも、主の目は乳に向いておるじゃろ?」
「うむ、あえて否定はしない――てか、人の考えを読むな」
そんな馬鹿な事を言い合っているウチに、目の前に迫りくる巨――じゃなくてプレオさん。
「コレ以上凝視するなら、お金取りますよ」
「ごめんなさいっ!」
身を乗り出して、前のめり気味に谷間をガン見状態だったオレは、プレオさんの冷たいジト目に見下され、そのまま直角に頭を下げた。
「ととっ、そんな事よりシズトくん。ちょっと聞きたい事があるのだけれど、少し時間いいかしら?」
「えっ? ああ、大丈夫ですよ」
「そう、ありがと――」
オレが頭を上げると、プレオさんは神妙な表情で話を切り出した。
「早速なんだけど、お昼過ぎにカルーラ家の馬車が桜花亭に来ていたって聞いたのだけど、確かかしら?」
「ええ、来てましたよ――大塚○夫みたいなシブイ声のオッサンが、馬車で姫さまのお迎えに」
「お、大○明夫……?」
「こほん――んんっ、あ~あ~~」
オレはひとつ咳をして、声を整えた。そして――
「――これまでのボルシチに足りなかった素材。それは……ココアパウダーとミソペーストなのです(大塚調)」
「主ぃ、2点じゃ……まったく似ておらん」
くっ……結構自信あったのに……
「てぇーっ! フザケてる場合ではなくてっー!!」
「す、すみません……反省してます」
普段は冷静なプレオさんの剣幕に後退るオレ。
しかし、そんなオレにラーシュアがサラリと問いかける。
「して、どのくらい反省しておるのじゃ?」
「日本の政治家がする謝罪会見……くらい?」
「それでは反省0ではないか」
「………………テヘッ♪」
――ブチッ
ん? どこかで何かの切れる音――そう、例えるなら血管のブチ切れるような音が――
「シ~ズ~ト~く~ん……」
いつの間にやら超至近距離に、とてもステキな笑みを浮かべたプレオさんの綺麗なご尊顔……
その、チビリそうになるくらいの迫力ある笑顔に、オレもラーシュアも思わず竦み上がった。
「まだ死にたくなかったら、マジメにやって下さい」
ニッコリと微笑む、綺麗な顔の前にかざした手から、鋭く伸びた爪を光らせるプレオさん。
その、笑顔とは対局的な冷たい殺気に、オレとラーシュアは勢い良く首を前後に振った。
ちなみに猫の獣人……人猫は、自分の意思で爪を伸び縮みさせる事が出来るらしい。
「で、話を戻すけど……姫さま達はその馬車に乗ったのね?」
「ええ――それとステラも乗って行きましたよ。ついでに修道院まで送ってくれるって事で」
「そ、そう……ステラちゃんも……」
プレオさんは、俯いて顔をしかめる。
普段は冷静沈着なプレオさんのその見慣れぬ姿に、オレとラーシュアは顔を見合わせた。
「何かあったんですか?」
「ええ……実はさっき、身ぐるみを剥がされて殺された二人の遺体が発見されたのだけど……その二人というのが、カルーラ家の執事と馬車の御者なのよ」
「えっ……?」
「おそらく殺されたのは昼前――カルーラ伯爵の話では、隣街の晩餐会に出席した奥方様の迎えに、今朝がた馬車を出したらしいわ」
プレオさんの話に、一瞬頭の中が真っ白になった……
その二人が殺されたのが昼前と言うなら、昼の営業が終わって、遅めの昼食後に来たオッサンとは別人という事になる。
ならあのオッサンは……
「ふむ、なるほど……これは単純な物取りではのぉて――」
「ええ、姫さまを拉致するために、計画されたモノね」
拉致……誘拐。しかも、その誘拐劇にステラが巻き込まれた……?
「そして、犯人はおそらく――」
「プレオさん、コレお願いしますっ!!」
オレはプレオさんの言葉を遮り、手に持っていた荷物を押し付けると、踵を返して走り出す。
「えっ、ちょっ!? シ、シズトくん!?」
プレオさんの呼びかけをスルーして人混みをすり抜けると、オレは細い裏路地へと入った。
「ちょっとシズトくん、待ちなさいっ! って、いないっ!?」
慌てるプレオさんの声を背中に聞きながら、オレは建ち並ぶレンガ造りの家の上――屋根伝いに最短ルートで森へと走る。
「主よっ、修道院は確認せんのか?」
全力で走るオレに、遅れること無くピッタリと着いてくるラーシュアの声。
「姫さまを誘拐する様なヤツが、わざわざまわり道なんてすると思うか?」
「まあ、そうじゃな」
もっとも、ステラが修道院で解放されているなら、それに越したことはないけど……
王位継承権が低いとはいえ、仮にも姫さまは第四王女だ。その身柄の使い道はいくらでもあるだろう。
しかし、現状を考えれば営利誘拐の線は薄い。
伯爵家の者を殺害し、馬車を強奪してまでするにはリスクが高すぎる。それだけのリスクを犯すのは、よほど切羽詰っている者……
さっきプレオさんが言いかけた言葉を思い出す。
『犯人はおそらく――』
いや、おそらくではない。
この状態で、それだけのリスクを犯し王女を誘拐するのは、ウェーテリードの敗残兵達以外には考えられない。
姫さまや王国騎士であるトレノっちは交渉上、あまり手荒な事はされないだろう。
しかし、何の後ろ楯もないステラは……
「くっ……」
オレは街中を抜け、収穫の終えた麦畑を突っ切り、一直線に森へと走る。
「主っ! アレをっ!」
隣を走るラーシュアが、前方へ視線を向けたまま声を上げる。
その視線の先。森の入り口には、見覚えのある豪華な馬車が乗り捨てられていた。
「ステラーッ!!」
扉の開かれた馬車に駆け寄り、ステラがここで解放されているかもしれないという僅かな可能性に、名を呼ながら車内を確認するオレ。
しかし……いや、やはり車内はもぬけの殻だった。
そこに残されていたのは、ステラが持って出掛けた手提げのバスケットだけである……
「して主よ――どうする?」
「決まってんだろ? ステラを助けに行く以外の選択肢があるか?」
「よいのか? この暮らしを捨てる事になるやもしれぬぞ」
「お前はステラが居ないこの暮らしに、何か未練があるのか?」
お互い目を合わせること無く、忘れ去られように置かれたバスケットをジッと見詰めながら、静かに意思の確認をする。
「…………」
「…………」
僅かな沈黙の後。ラーシュアは一度顔を伏せると、不敵な笑みを浮かべて顔を上げた。
「違いない――ではゆくぞ、主っ!」
「おうっ!」
先に走り出したラーシュアに続いて、オレも森の中へと走り出した。




