第一章 サウラント王国 02
ジェルブラテトラ大陸――四つの王国が支配する大陸。
ここは、その大陸の南方にあるサウラント王国カルーラ伯爵領、ラフェスタの街。
アクシオ・カルーラ伯爵が治める漁業が盛んな漁師街であり、王国南端に位置し、治安も比較的良好な田舎街である。
そんな田舎街に彼女――サウラント王国第四王女シルビア・サウラント・ヴァリエッタ王女が到着したのは、昨日の夜半過ぎであった。
彼女の護衛である王族親衛隊所属の女性騎士トレノ・スペリントが駆る馬車が途中で故障したこともあり、予定が大幅に遅れてしまったからだ。
しかし、そんな真夜中の訪問にも関わらず、カルーラ伯爵は王女の来訪を歓迎し、最高級の客間と数人の侍女を用意した。
昨夜は旅の疲れもあり、挨拶もそこそこに済ませ、早々に床へ着いたシルビア。
そして、夜が明けて朝食を済ませた彼女は、侍女を引き連れて浴室へとやって来ていたのだ。
「んん~~っ、やはり広い風呂はいいもんだなぁ」
大理石で出来た豪華な浴場。
数人のメイド服を身に着けた侍女達が見守る中。真紅の長い髪を纏めたシルビアは、その広い湯槽の中で大きく身体を伸ばす。
彼女がこの街に来た理由は建前上、軍が進行する上での先触れに同行。そして領内の視察という事になっていた。
この街の西方には隣の王国。ウェーテリード王国との国境がある。そして、そのウェーテリード王国と、このサウラント王国は現在戦争状態にあるのだ。
しかし、その戦争も今は膠着状態で、ここ数年は大きな衝突はない。
まして、この街は国境があるとはいえ、それは深い森の奥の、更に険しい山脈の先にあるのだ。
両国共その国境を超えて進軍するなどは、まずあり得ない。したがって開戦以来、この街が戦場になった事など一度もないのである。
ではなぜ、そんな平和な田舎街に軍を進行させるのか?
確かに両国の大きな衝突はないが、国境付近では小さな衝突は今も頻発している。
そして数週間前。この街の北にある国境で起こった小競り合いで敗走した敵国の敗残兵が、この街の森まで逃げて来たとの報告があったのだ。
しかも、その敗残兵の中には竜召喚士も居たらしい。
竜召喚士とはその名の通り、ドラゴンを召喚し、使役するというかなり希少な魔道士である。
前回の小競り合いでは、召喚の途中で負傷を負わせて召喚を回避したようだが、もし召喚に成功されていたら、コチラ側に甚大な被害が出ていたはずだ。
それらを考慮したサウラント王国軍は、ドラゴン対策用の高位魔道士を含めた敗残兵の討伐隊を編成して、この街に進軍中なのである。
そして、その話を聞いたシルビアは、先触れの任務に名乗りを上げたのだった。
当然の如く、その話に周囲の者達は反対した。先触れなど下士官でも務まるような任務に、なぜ王女自ら――と。
しかし、シルビアはガンとして譲らず、出た折衷案が『先触れには同行するだけで、王女の来訪はあくまで領内の視察』というものだ。
シルビアにとっては面倒な話だと思うが、王族としての立場や権威を考えれば、それもやむなし。
何より彼女の目的はこの街に来る事であり、先触れと言うのもタダの口実であったのだから結果オーライである。
そう、シルビアの本来の目的は、王都でまことしやかに囁かれる噂の真偽を確かめること――
『ラフェスタの街では、一風変わった料理を出す店があるらしい』『今まで見た事もない料理だけど、味は宮廷料理に勝るとも劣らないとか……』
王位継承権も低く、子供の頃からオテンバ姫と呼ばれていた彼女は、十六歳になった今でもよくお忍びで王都の散策に出かけていた。
そこで最近よく耳にするのが、この噂なのだ。
彼女の護衛を務める女性騎士のトレノに言わせれば『噂は噂。あのような田舎街に、宮廷料理人に比肩する料理人が居るわけありません』とのことだけど……
しかし、シルビアには全くのデタラメとも思えなかった。
もし本当なら……
と、そんな事を考えていたシルビアの耳に、浴室の扉が開く音と良く通る澄んだ声が届く。
「失礼致します」
その声に首を振り向かせるシルビア。
そこに現れたのは、白金色で胸元の開いた女性用セパレートタイプの騎士甲冑を纏った女性騎士。
年の頃は二十歳を過ぎた頃であろう。鎧と同じく白金の長い髪に鋭い眼光の騎士は、シルビアの傍らまで進むと、片膝を着き頭を下げて礼を取った。
「シルビア様。トレノ・スペリント、只今戻りました」
「ご苦労だった――すまんな、トレノ。お前まで駆り出させてしまって」
「いえ、私の事でしたらお構いなく」
そう、昨夜は夜半過ぎに到着して早々、街で敗残兵によるものと思われる領民の殺害と強盗事件が発生していた。
いくら建前上とはいえ、敗残兵討伐隊の先触れに同行して来ているのだ。見て見ぬフリは出来ず、トレノは街の警備隊の捜索に参加したのだ。
朝からずっと馬車の御者をしつつ、壊れた馬車の修理までしてのけたトレノ。
そして、ようやく目的地に着いたかと思えば、休む間もなく夜通しの山狩りである。
何よりトレノの実家、スペリント侯爵家は代々王家に仕える騎士の家系。更に彼女自身が王族親衛隊の騎士であり、言わばエリートなのだ。
それが自分のワガママで彼女には、先触れの同行などという下士官がするような仕事をさせてしまったのである。
いくら自分が王族とはいえシルビアには、彼女に対して少なからず心苦しく思う気持ちがあった。
「よし、トレノ! 一緒に入ろう。なんなら背中も流してやるぞ」
「お戯れを」
姿勢を崩す事もなく、淡泊な拒否の意思表示をするトレノ。
しかしシルビアは、そんなトレノ手首を掴んで強引にお湯の中へと誘った。
「遠慮するなぁ~。ほれ、そんな無粋な鎧など脱いでしまえ」
「えっ? ち、ちょ、ちょっと姫さま!? ご、ご容赦を――」
「良いではないかぁ、良いではないかぁ~」
器用に鎧と服を脱がしていくシルビアに、慌てるトレノ。
騎士として訓練を受けたトレノである。彼女が本気で抵抗すればシルビアを押さえ込む事など容易いであろう。
しかし、相手は王族であり、自分はその王族に忠誠を誓う親衛隊の騎士。
その事実がトレノの抵抗に歯止めをかける。
剥ぎ取られた鎧に衣服は放物線を描きながら宙を舞い、さながらスリーポイントシュートのような正確さで居並ぶ侍女達の手にドンドンと収まっていく。
まあ、狙いの外れた"某"衣類が一枚、侍女のヘットドレスの上へネコ耳のように落下したのはご愛嬌だ。
そして、とうとう一糸まとわぬ姿となったトレノの背後から腕を回し、鎖骨の下にある大きな二つの塊へと手を伸ばすシルビア。
「前々からトレノの大きな胸には興味があったのじゃ――って、ホントにデカっ!」
「ひ、姫さま……んん、ぁ……こ、言葉使いが、下品です……」
「古今東西、風呂の中は無礼講じゃ、硬い事を申すな。ここは、こんなにも柔らかいのに――って、ん? 硬いところ発見」
「ひゃっ!? ひ、姫さま……そ、そこは……」
「んん? そこはなんじゃぁ~? ホレホレ、ちゃんと申してみよ」
「いや、……で、ですからそこ、んっ……つまんぁああ……んっ、あ、あぁぁぁ……」
「中々に良い感度ではないか。ではコチラはどうじゃ?」
「ひ、ひ姫さま……あっ、い、いくらなんでも、ソコは……んんっ……あぁっ」
手入れの行き届いた豪華な大理石の浴場。姿勢良く、表情ひとつ変えずに居並ぶ侍女達の頬が徐々に赤らんでいく中――
「ああぁぁぁぁーーーーーー…………」
リバーブの良く効いた声が天へとこだましていく――