第十一章 拉致 02
広い馬車の中。シルビアとトレノが並んで座り、向かいの席にステラと初老の男が座っている。
その慣れない豪華な造りの車内に、ステラは緊張と居心地の悪さを感じていた。
「ステラよ、そう緊張するでない」
「は、はい……」
対照的に、豪華な馬車にも慣れた様子のシルビア。
その第四王女の気遣いが、余計にステラの緊張を加速させる。
明確な身分制度のない日本とは違い、王を頂点としたヒエラルキーがハッキリと確立しているこの世界。そこで育ったステラにとって王族とは本来、近寄りがたい存在なのだ。
こんな事なら、やっぱり歩いて来れば良かった……
ステラがそんな事を思い、少しばかり後悔をし始めた頃。馬車がゆっくりと停車していった。
「ん? 早いな、もう着いたのか?」
少し驚いた声を出すシルビア。
修道院は、街の外れにある。
それがこんな短時間で着くとは、さすが貴族の馬車だ。
ステラがそんな事を思いながら感心していると、突然左右の扉が乱暴に開かれた。
「えっ!?」
貴族の馬車としてはあり得ない出来事に戸惑いの声を漏らすステラと、咄嗟にシルビアを護るべく身を乗り出して、剣の柄へ手を掛けるトレノ。
そう、開かれた扉から見える光景が、目的地である修道院とは、あまりにもかけ離れたモノだったのだ。
鎧姿の男達が馬車を取り囲み、左右の扉の外からは複数の弓矢が車内を狙っていた。
「ちっ!?」
動きを封じられ、舌打ちをするトレノ。
この数の飛び道具を相手にしては、自分の身を楯にしてもシルビアを護り切れない……
「風の精霊よっ!」
一瞬遅れて、この状況を把握したステラ。
弓の攻撃なら風の障壁で対応出来る。そう判断したステラであったが……
「我が身を護りたまっ、ぐっ!? うっ……」
しかし、ステラの精霊魔法が発動する事はなかった。
詠唱の途中で口を塞がれ、その直後にみぞおちへの当て身を受けたのだ。
息を詰まらせて気を失い、ステラは馬車の床へとうつ伏せに崩れ落ちる……
「貴様――何者じゃ?」
シルビアはその様子を見ても臆する事も慌てる事もなく、ステラの詠唱を封じた男を睨みつけた。
そう、ステラの隣に座っていた初老の男を……
「コレは失礼。まだ自己紹介をしておりませんでしたな――」
初老の男はシルビアの視線を正面から受け止めつつ、淡々と名乗りを上げる。
「我が名はレグナム。ウェーテリード王国、紫竜騎士団所属。第三十八遊撃部隊副長、レグナム・ヴィ・エンダ。以後、お見知りおきを」
お互いに視線を外すこと無く、座ったまま対峙するシルビアとレグナム。
そして僅かな沈黙ののち、シルビアが先に口を開いた。
「して、レグナムとやら。ソナタら、何が目的――などと聞くまでもないかのぉ……」
「話が早くて助かります、王女殿下――」
王族を誘拐したとなれば、その使い道は山ほどあるが、この状況に限って言えば目的は一つしかない。
レグナム達は王女の身を人質として、国境を越えるつもりなのだ。
「では、まず武装の解除をお願いします。大人しくコチラの言う事に従って下されば、御身の安全は保証しましょう」
「そのような戯言を信じろと?」
「信じられないなら、それでも結構。しかし、他に選択肢がありますかな?」
シルビアは視線だけを動かし、馬車の外を確認する。
正規兵は騎士風の剣士が二人に魔道士が一人。そして弓を構えた傭兵風の男が六人。亜人の傭兵が六人。
抵抗したとて、勝ち目はなしか……
「ふぅ……」
シルビアは目を伏せると、観念したかのようにため息をつく。
そして腰から護身用の剣を外し、レグナムの足元へと放り投げた。
「トレノ、お前もじゃ」
「くっ……はい」
シルビアの指示に、悔しさを滲ませるトレノ。それでもシルビアに倣って、剣を床へと置いた。
「結構――さて、ココから先、この大きな馬車での移動は困難となりますゆえ、あちらにお乗り換え下さい」
そう言って、扉の外へと目を向けるレグナム。
そして、その視線を追うように、シルビアとトレノも馬車の外へと顔を向けた。
鬱蒼と生い茂る森の手前。そこに用意されていたのは、貴族の馬車とは比較にならない程に貧相な馬が繋がれた、見窄らしい荷車――
「貴様っ! 姫さまに、あのような物へ乗れと言うかっ!」
「かまわぬトレノ。なにごとも経験じゃ」
「しかし姫さま……」
いきり立つトレノを制し、シルビアは何食わぬ顔で馬車を降りた。
内心はどうであれ、このような状況に怯えた姿を見せるのは、王女としてのプライド許さない。シルビアは精一杯の虚勢を張って恐怖を押し殺し、平静を装った。
「では王女殿下。申し訳ありませんが、拘束させて頂きます」
「好きにするがよい」
「ちっ……」
シルビアとトレノが後ろへ手を回すと、狼顔の傭兵がその手をロープで縛り上げていく。
「それから、精霊魔法は厄介だ。エルフの娘には、眠りの魔法を強めにかけておけ」
「ちょっと待てっ! そのエルフは、タダの街娘じゃ。ここで解放しろ!」
今まで平静を装っていたシルビアであったが、レグナムが魔道士へ出した指示に声を荒げて抗議をする。
しかし……
「それは無理ですな」
「なぜじゃっ!? 人質なら、妾達だけで十分であろうっ!」
「確かに人質はもう十分ですが、若い娘なら他にも色々と利用価値がありますれば」
「利用価値じゃと……?」
レグナムの返答に眉をしかめるシルビア。
しかし、レグナムは表情一つ変えること無く、淡々と言葉を綴った。
「差し当たっては、敗走と隠遁生活で落ちた、傭兵達の士気を上げるのに役立ってもらいます」
レグナムの言葉に、周りの傭兵達は下卑た笑みを浮かべた。
「下衆めが……」
「なんとでも――兵達の士気が下がっていては、戦になりませんからな」
「くっ……」
シルビアは後ろ手に縛られた拳を握り締め、怒りを顕にレグナムを睨みつけた。
その、まるで親の仇を睨むような憤怒に燃える瞳にも、全く動揺する様子を見せずに、軽く受け流す老獪の騎士。
「では殿下。あまり乗り心地は良くありませんが、コチラにお乗り下さい」
そして、一国の王女を見窄らしい荷車へと誘うレグナム。
しかし、今のシルビアには、その指示に従う他に選択肢はなかった。




