第十章 四つ胴斬り 03
「お、おい、シズトよ――」
そんな、ひな鳥に餌付けをする親鳥の気分に浸っていたところへ水を差すように、姫さまからお声がかかる。
「これは、先程のマグロと同じものか?」
「ああ、同じ柵から切ったモノだぞ」
「にしては、舌触りが悪いな……なんか、ザラザラしてべチャとしていると申すか……」
「それに先程と比べ、味も少し抜けている気がします」
刺身のダメ出しをする姫さまとトレノっち。
ほお~、中々いい味覚をしてるな。食べ比べてみないと、日本人ですら気が付かない場合も多いのに。
「分かったろ? 刺身ってゆーのは、切り方ひとつで味が変わる繊細なものなんだよ」
「う~~む……しかしなぜじゃ? なぜ、同じ魚なのに、ここまで味が変わるのじゃ?」
「生の魚っていうのは、身が柔らかくて脆いからな。長く鋭い包丁の刃元から先端全てを使い、ゆっくり引いて切る事で断面の細胞が潰れること無く――って、細胞なんて言っても分からんか。とにかく断面が滑らかになるんだ」
「逆に上から押す様に切ると、断面の細胞が潰れザラ付きが出るからの。舌触りが悪くなりおるし、上から押される事で、潰れた断面から旨味が染み出てしまうのじゃ」
オレとラーシュアの解説に、目を丸くする姫さま達。
更に付け加えるなら、断面の細胞が潰れれば酸化のスピードも早まり、その分劣化も早くなる。
「ほ、ほんにシズトの国の料理は、細部まで考えられておるのぉ……」
「とはいえこの技術。元々は、戦場で人を斬る為の技術じゃがの」
「ほおぉ……それは詳しく聞きたいな」
ラーシュアの言葉に、興味深そうな顔で前へと出るトレノっち。
王国騎士としては、戦場と人を斬ると言うワードが、琴線に触れたようだ。
「主の国の刀――日本刀は特殊な刀でな。細く刀身に反りのある片刃の刀でのう、折れず、曲がらず、よく斬れるを極限まで追求したものじゃ。こと切れ味に関しては、他に類を見ないほどじゃな」
「切れ味というなら、私の剣だって負けてはいないぞ」
「悪いが巨乳騎士よ。お主の剣とでは次元が違うわ」
「むっ……てゆうか、巨乳騎士言うなっ!」
あからさまに不機嫌な表情を見せるトレノっち。
しかし、業物同士を比べるなら、この世界のブロードソードと日本刀では確かに次元が違う。
「して、ラーシュアよ。その日本刀とやらは、どれほどの切れ味なのじゃ?」
「ふむ……業物の中には、四つ胴斬りなども呼ばれておる物もあるのう」
「四つ胴斬り……?」
「主の国では昔。死罪となった罪人の遺体で、刀の試し斬りをしておったのじゃが……大人四人の身体を重ね、その胴体を一刀の元に両断が出来て、なおかつ刃こぼれを起こさぬ刀を四つ胴斬りの刀と呼んでおったそうじゃ」
ラーシュアの話に絶句する二人――
とはいえ、四つ胴斬りの刀なんて滅多にないけど……
まあ、有名どころで言えば、かの新撰組局長、近藤勇の愛刀である、長曽根虎徹が四つ胴斬りだと言われているな。
でも……
「四つ胴ったって、実際二つ胴から先は斬り手の腕次第だろ?」
「まっ、そうじゃのぉ……試し斬りの最高は七つ胴斬り言われておるが、その刀を使えば誰でも七つ胴が斬れる訳ではないでのぉ」
てゆうか、まるで見てきた様に言うなぁ、お前は……
「どうじゃ、巨乳騎士よ。七つ胴とは言わんが、お主の腕と剣で四つ胴斬りが出来そうか?」
「くっ……巨乳騎士言うな……」
ラーシュアの意地悪な問いに、悔しそうな表情を浮かべるトレノっち。
まっ、普通のブロードソードでは無理だろう。
「くくく……くやしいのぉ、くやしいのぉ、あだっ!?」
「その辺にしておけ、ロリババァ」
悪ノリを始めたラーシュアの頭を、お玉で小突く。
「誰がロリババじゃっ!? チェリーボーイの分際でっ!」
ちょ、おまっ!? なに人の最高機密をサラリと暴露してんだよっ!
「チェリーボーイってなんですか?」
「ステラはそんな下品な言葉知らなくていいんだよ。ほら、六番さん、お会計だって」
「えっ? あっ、は~~い」
ラーシュアの言葉に首をかしげるステラへ、優しく語り掛け、その肩をポンと叩く。
そして、テーブル席へ向かうステラを横目に、オレとラーシュアは至近距離で睨み合った。
てゆうか、チェリーで悪いかっ!?
「おいおい、話が逸れておるぞ――」
そんな一触即発なオレ達を仲裁するよう、二人の間へと割って入る姫さま。
「シズトの国の剣――日本刀と言うたか? その特性は分かった。じゃが、それとシズトの包丁の技術に、どのような繋がりがあるのじゃ?」
「んん? ああ……トレノっちの持っている幅広の剣は、刃を相手に叩き付けて斬るだろ?」
そう言って、まるで実演するかの様に出刃包丁を使い、マグロの柵を垂直に押し切る。
「でも日本刀は刺身を切る様に、刃元から切っ先まで使って引く様にして斬る――」
そう言いながら、包丁を刺身包丁へ持ち替えて、すーっと引く様にマグロを切っていく。
「そうする事で刃こぼれしづらく、滑らかな切り口で人が斬れる――ちなみに、剣の達人が業物の刀を使ってこれをやると、相手は痛みを感じずに死んでいくそうだ」
「いや、主よ。本物の達人なら、相手に斬られた事すら気付かせんじゃろ?」
俺達の解説に、息を飲む二人……
それでも、それでもなんとか声を絞り出す、姫さまとトレノっち。
「い、いやいや、ラーシュアよ……いくらなんでも、それは大げさ過ぎるのではないか?」
「う、うむっ……百歩譲って、痛みを感じずに――というのは分からなくもない。しかし、斬られた事に気付かせないなど、ありえないだろ?」
「まっ、にわかには信じられんじゃろうなぁ。確かに長い日の本の歴史でも、それが出来る剣客は片手で数えられる程度しかおるまい。しかしじゃ――」
ラーシュアは溜める様に一度言葉を区切って、不敵な笑みを浮かべる。
「ワシの知人に一人、それが出来る者がおるからの。決して大げさな話ではないぞ」
再び息を飲む二人……今度は、声を絞り出す事も出来ないようだ。
てか、誰だよその知人って? 緋村○心か? それとも石川五○衛門か?
「おい、シズ坊よ……ちょっとよいか?」
と、声の出せない姫さま達に代わって、カウンター席の反対側に座っていたじいさんが、声を出した。
「なんだ、じいさん?」
「お前らな……」
じいさんも溜めるように一度言葉を区切り、大きく息を吸い込んだ。
そして……
「人が飯食うてる横で、食欲のなくなるような話をするでないわぁぁぁーっ!!」
じいさんの叫びに、無言で頷くお客様達。
あ、あぁ……た、確かに……
食事中の人に聞かせる様な話ではなかったな。
お食事中のみなさん、どうもすみません……




