第十章 四つ胴斬り 01
朝霧の立ち籠める中。鬱蒼とした森を抜けた先にある、ポツンと開けた荒れ地。
広さは小さな野球場くらいだろうか。剥き出しの土に、ゴロゴロと転がっている無数の石。この決して良い環境とはいえない場所でウェーテリードの敗残兵達は、もう十日以上も野営の陣を張っていた。
不幸中の幸いと言えるのは、近くに小川があり飲み水にだけは困らないという事だろう。
しかし、当初は八十人以上いた兵達も、今では三十人足らずまで減っていた。
脱走した者、近くの街に偵察へ行き捕まった者、少ない食糧を巡って争い死んだ者……
理由は様々ではあるが、この絶望的な状況に兵士達は苛立ち、些細な口論から殺し合いに発展するケースも珍しくない。
更に最悪なのは、これから季節が冬へ向かうという事だ。
今でこそ木の実を摘み、野生動物を狩って、なんとか食い繋いではいるが、冬になればそれも出来なくなる。
そうなれば、全滅するのは確実だ……
「いっそ、玉砕覚悟で打って出るか……」
広めの天幕の中。この部隊の指揮官にして竜召喚士であるアルテッツァ・ワイズは、焚き火を見詰めながらポツリと呟いた。
身体のラインがハッキリと現れる紫色のローブを纏った妙齢の美女。
ローブと同色である紫色の長い髪に、切れ長で隻眼の瞳……
そして、その隻眼の瞳とは、先の戦いで竜召喚の最中に負傷したモノだ。
戦に『もし』はない――それは彼女にも分かっている。
しかし、それでも考えてしまうのだ。
もしあの時、流れ矢がこの左眼を貫かなければ……もしあの時、竜召喚が成功していればと……
そんな事を考えながら、無意識に眼帯を擦るアルテッツァ。
国に忠誠を誓った宮廷召喚士としては、ここで打って出て華々しく散るのも決して悪い死に方ではない。
しかし、傭兵が中心の兵達が、果たしてそれに賛同してくれるかどうか……?
アルテッツァは、焚き火に薪をくべなから苦笑いを浮かべた。
何の主義も主張もなく、金で動くだけの傭兵が賛同するはずもない。そんな事は分かり切っている。
ならば、どうするか……?
結局、結論の出ないまま、思考は堂々巡りするだけだった。
「アルテッツァ様。斥候に放っていた者達が帰って参りました」
「レグナムか? 入れ」
アルテッツァの許しを得て、早朝の冷たい空気と共に天幕へと入って来たのは、騎士甲冑を着た初老の男。
その薄汚れ、傷だらけになった甲冑が、この敗走劇の凄惨さをよく物語っていた。
それでも騎士の礼に習い、アルテッツァの前に片膝を突き、頭を下げる初老の騎士、レグナム。
「報告を聞こう」
「はっ! 我らに向けられた討伐隊は、予定通り明日の夕刻にはラフェスタの街に到着するとの事。編成は騎兵隊と宮廷魔道士を中心とした部隊で編成されており、その数はおよそ五百」
「ふっ……こんな死に体の敗残兵討伐に五百とは……サウラントも容赦がないな」
「それだけ、アルテッツァ様の竜召喚を警戒しておるのでしょう」
「それは光栄な事だ……」
皮肉混じりに、苦笑いを浮かべるアルテッツァ。
こんな状況でもなければ、喜ぶべきところなのだろう。
「しかし、状況は決したな……兵達には投降をさせよう。サウラントは人道的な国だ。それほど無下には扱うまい」
「アルテッツァ様は如何なさるおつもりで?」
「私は虜囚の辱めを受け、敵兵の慰み者になってまで、生き恥を晒すつもりはない。我がドラゴンと共に、一人でも多くの敵兵を道連れにしてくれよう」
いくら人道的と言っても、あくまで比較的にだ。
戦場で捕虜となった女性兵士の扱いなど万国共通であろう。
しかも、それが司令官ともなれば、尋問という名目の元に、どんな辱めを受ける事になる事やら……
アルテッツァは、考えただけで全身に虫唾が走った。
「傭兵どもはともかく、我ら騎士や正規兵がアルテッツァ様を残して投降など出来るとお思いか?」
「ふっ……しかし若い正規兵などは、脱走し、盗賊の真似事をする者が後を絶たんようではないか?」
「お恥ずかしい限りです……」
アルテッツァのからかう様な言葉に、レグナムは合わせる顔がないとばかりに、深く頭を下げた。
「冗談だ――ソナタの忠誠心は私もよく分かっている。しかし、ここに至っては他に手もあるまい? 犬死するのは私だけで十分だ」
「いえ、斥候が一つ面白い情報を持ち帰っております。使い方次第では、全員が祖国へ帰国出来るやもしれません」
「ほう、面白い情報ねぇ……」
胡散臭そうに眉をしかめるアルテッツァ。
どんな情報を持ち帰ったかは知らないが、この状況を一変させるような事が出来るなど、アルテッツァには到底思えなかった。
「実は、サウラント軍の先触れの者に対して、この地の領主が大層なもてなしをしているとの事」
「先触れの者に……?」
アルテッツァは、不審そうな顔で聞き返した。
先触れなど下士官の仕事だ。それを領主がなぜ、それほどにもてなすのか?
「はい、その扱いは、まるで高位の貴族に対するようであったと。不審に思った斥候が、その者の素性を調べたところ――――」




